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第2話 あるの?

 おれは急ぐふうでもなく通学の道を歩いていた。


 この時間であれば、遅刻することがないのはわかっていた。

 もちろん、勇真比呂の記憶によれば、だ。


 勇真比呂が通う西華高校は自宅から歩いて10分のところにある。

 ごく普通の公立校だ。

 大学の進学率は悪くはないが良くもない。


 将来への展望も、人生の大きな目標もあるわけではない勇真比呂にとって、高校は自宅から近いという点だけが志望理由だった。

 なにせ、小さいころから乗り物が苦手で、電車通学だけは避けたいと考えていたのだ。

 我ながら情けない。


 おれがこの世界に、勇真比呂として現れた事情はさっぱりわからなかった。


 とにかく情報が不足している。


 この状況を把握するべく、多くの情報を集めなければならない。

 しかし、当面できることは、今のおれである勇真比呂として行動することだ。

 そして、勇真比呂は学校へ行かなければならなかったので、こうして登校することになったのである。

 これまでの勇真比呂であれば、今この瞬間、同じ行動をしているはずだ。

 それに、学校に行っている間に、今のおれである勇真比呂のことを整理しておきたいとも考えていたのだ。


 さて、勇真比呂とは、学校での成績は特に悪くないが良くもない。


 平均点がそのまま自分の成績になるという、まさに奇跡的なほどの平均野郎だ。

 友達は作らない主義……と言うか、作り方がわからない。

 教室の隅っこで漫然と時間が過ぎるのを待つのが日課のようなものだ。

 誰とも仲良くしていないが、誰とももめ事は起こさない。

 こういうのは悪目立ちしないのはありがたいが、誰にとっても空気のような存在になるのは必然的とも言える。


 おれは教室に入ると、誰ともあいさつを交わさずに自分の席に座った。

 それが、これまでの勇真比呂ライフスタイルだ。


これを急に変えて、「やぁ、みんな、おはよう」だの、「髪型変えたのかい? 似合っているよ」など口にすれば、クラス全員がドン引きすること請け合いである。


 だから、ここは誰とも口をきかずに外の風景を眺めるのが最善の行動なのである。

 ちなみに2年生の教室は2階にあるが、おれは窓際の一番後ろという、景観を楽しむベスト・ポジションを獲得していた。

 誰とも口をきかず、考え事にふけるには都合がいい。


 窓から見える景色を眺めながら、おれは頬杖をついて考えにふける。

 頭の中には答えを出すべき多くの疑問が渦巻いていた。


 疑問1。

 おれはどうなった? 生きているのか?


 答え。

 おれは生きている。

 少なくとも、この地球で。日本という国で。


 だが、おれはエクトラントで死んだはずだった。

 魔王の起こした、あのケタ外れの爆発に巻き込まれて。

 あのとき口の中に広がったのは死の味に違いない。

 最後の瞬間、自分の身体が崩壊する実感がわずかだが残っている。

 あれで生きていられるはずがない。


 そこで考えられるのは、おれはエクトラントで死んで、この日本で生まれ変わったということだ。

 しかし、それでは今までの勇真比呂は何だったんだろうか。

 勇真比呂として生まれ変わったおれは、これまでエクトラントの記憶がないまま17歳まで成長したと言うのか?

 そして、何の前触れもなく記憶が蘇ったと言うのか?

 そうだとすると、おれはエクトラントで死んで、少なくとも17年――もちろん地球上での時間軸の話だが――経っていることになる。


 正直なところ、おれにその実感がない。


 おれは死んで、次の瞬間には勇真比呂として目覚めたのだ。

 もちろん、死んでから時間の流れは別次元のものになっているだろう。


 結論として言えるのは、エクトラントのおれは死んで、地球の勇真比呂として生きている、ということだ。

 さらに考えを推し進めれば、おれは魂として地球に現れ、勇真比呂の魂と融合した、ということになる。

 それであれば、おれがエクトラントでの記憶と、勇真比呂の記憶の両方を持っている理由として一応の納得はできる。


 疑問2。

 なぜ、おれは地球に、しかも日本という国にいるのか?


 答え。

 これの答えは当分出そうにない。

 転生するのに、別にアメリカでもアフリカでも、地球上のどこでも不都合はない。

 日本はたまたまと言うしかないだろう。

 おそらく、これに頭を悩ませるのは時間の浪費にしかならないようだ。


 疑問3。

 そもそも、なぜ、おれは転生した?

 いや、なぜ、エクトラントの記憶を維持してこの世界に現れた?


 答え。

 これも明快な答えは出そうにない。

 エクトラントでも、この日本と同じように死んで生き返ったエピソードは存在する。

 しかし、別世界で、さらに別人として生活していたなんて話は聞いたことがない。

 さらには、日本のように三途の川を渡る話なんて聞いたことがないし、先に逝った親族に「まだこっちへ来るな」などと言われて追い返されるシチュエーションも聞いたことがない。

 おそらく、臨死体験は本当に死後の世界に行ったわけでないから、エクトラントでのエピソードと重なることがないのだ。

 なにせ死生観がまるで違う世界なのだから。

 つまり、おれはエクトラントや日本の死生観とはまったく異なる概念で出現したということだ。


 そこまで考えて、おれはため息をついた。


 考えが整理できるどころか、困惑の材料が増える一方だからだ。

 はた目では、頬杖ついてボーッと外を眺めているぐらいにしか見えないだろう。

 実際は見た目と違い、おれは情報の整理がまったくできず、気分が落ち着かなかった。

 正直苛立ってさえもいた。


 「勇真君」


 突然、おれを呼ぶ声が聞こえたとき、おれは不機嫌に「ああん?」と睨むように振り返ったのはその苛立ちのせいだ。そして、すぐ後悔する。


 おれに声をかけたのは城代祐実きしろゆみという我がクラスの学級委員長だった。


 みんな「委員長」と呼んでいる。

 容姿端麗、頭脳明晰。

 さらに温柔敦厚と、ひとを褒めるときに使う四字熟語はすべてコンプリートできるのではという最強女子だ。

 ちなみに最強女子は四字熟語ではない。念のため。

 しかし、勇真比呂って、『温柔敦厚』なんて四字熟語を知ってるんだよな。


 委員長はおれの威圧的な態度にたじろいだようだった。

 髪は肩あたりでさっぱりと流す感じだが、まるで地味にならない。

 小さな顔のわりに大きな瞳が不安そうに震えていた。

 それもそうだ。

 これまでの勇真比呂は温厚とは言い難いが、それでも女子相手に凄むようなことは皆無だったからだ。


 「ゆ、勇真君。どうか、した?」

 委員長は心配そうな表情で尋ねる。

 おれは慌てて席から立ち上がった。

 椅子が大きな音を立てて、周りが何ごとかとこちらに視線を向けてきた。


 「い、いや、別に。ちょ、ちょっと考え事してて。

 そ、それより、委員長こそ、何? おれに何か用?」


 「この間、進路希望の用紙を受け取っているでしょ?

 勇真君、まだ提出していないから回収しろって先生に言われたの」


 「あ」


 みるみる新たな記憶が蘇ってくる。


 本当だ。忘れていた。


 勇真比呂の奴、すっかり忘れていやがった。

 おれが忘れていたんじゃないぞ、決して。


 「ご、ごめん。完全に忘れてた。提出は今日だっけ?」

 「昨日よ」

 ますます気恥ずかしい。


 「ええっと、用紙は確か……」

 おれは急いで机の中をあらためた。


 あった。


 奥のほうでくしゃくしゃの紙が見える。

 おそるおそる引っ張り出すと、まさに進路希望を記入する用紙だった。

 おれは申し訳ない思いに苛まれながら、くしゃくしゃの用紙を広げてみせた。


 「ご覧のとおり、まだ書いていません……」

 委員長は少し首をかしげて、ふぅとため息をついた。

 わずかに苦笑いを浮かべているが、その顔も可愛らしかった。


 「だと思った。

 お昼休みにでも書いてね。

 放課後までに私か、直接先生に提出すること。いい?」


 「了解、委員長」

 思わず敬礼して答えてしまった。

 その様子に委員長は驚いたように目を見開いた。

 が、すぐにクスクスと笑い声をあげる。


 「やあね、勇真君。ひとが違ったみたい」

 「え?」どきりとして、思わず聞き返してしまった。


 「だって、今まで、そんなひょうきんなところ見せてくれなかったもの」

 急いで勇真比呂の記憶を手繰ってみる。

 確かに、これまでの勇真比呂のキャラにはない行動だった。


 「……ひょうきんって、あれ、ひょうきんに見えたのかな?」

 おれはかろうじて反論らしきものを試みていた。

 これまでの勇真比呂のキャラを壊すと、あとあと面倒なことになるかもしれない。

 そのときは、とっさに防衛反応で言ってしまった。


 「あれって、素の反応だったの? 逆に可笑しいわ」

 委員長は屈託のない笑顔を見せた。


 あ、この笑顔いい。まじ、可愛い。


 おれは照れてうつむいてしまった。


 おかしいな。

 おれの精神は17歳のものではなく、28歳のいい大人のはずなんだがな。

 感情の部分に、かつての勇真比呂が残っているようだ。


 「じゃあ、お願いね。今日は忘れて帰っちゃダメよ」

 委員長は軽く手を振ると、おれの前から離れていった。

 さらさらした髪がおれの目の前で舞っている。

 どことなくいい匂いがした。気のせいかもしれないけど。


 委員長が立ち去って、おれはくしゃくしゃの用紙を手にしたまま席に座った。


 今度は用紙を見つめてため息をつく。

 よその学校ではどうか知らないが、西華高校では2年の1学期、前期試験の前に進路志望を提出することになっている。

 入学時でそれぞれのコースに分かれているから、普通科のおれは進学を希望するのが普通だ。


 しかし、ここでの希望は進学、就職、という大雑把なものでなく、もっと踏み込んだもの、例えば、どの大学に行きたいのかを記入するのだ。

 おれがため息をついたのは、勇真比呂はその進路先についてまったく考えを持っていなかったということだ。

 つまり、これを考えるのは、ついこの間まで勇者だったおれということだ。


 さすがに『勇者大学』なんてものは存在しないし、社会に出たら何をするべきかまるで思いつかない。

 剣を振るって世界平和のために戦いたいなんて、絶対に書けない。書けたらいいんだけど。


 おれは用紙を指に挟んで、ぺらぺらと振った。

 こんな紙切れ一枚に、自分の未来像を書き込むのが、どうも性に合わない。

 エクトラントのおれは、紙切れに自分の将来を描くまでもなかった。

 幼いころから剣の腕を磨き、まだ子供と呼べる8才から、おれは戦いの世界に足を踏み入れた。

 そこに一片の迷いもなかったのだ。

 しかし、この世界には剣を振るって戦うべき魔族はいない。

 モンスターはゲームの中で戦う相手で、実生活のモンスターはやたらとキレまくる人間ばかりだ。

 さすがに剣で成敗するわけにいかない。

 おれのスキルは剣で敵を倒すことに特化したものだ。

 剣を使わない世界で、おれは何をすればいいのだろう。


 「あ」


 そのとき、新たな疑問が湧き上がってきた。

 おれの肉体は勇真比呂の肉体であって、かつてのおれの肉体ではない。

 剣を振るために鍛えた肉体ではないのだ。

 つまり、おれの中で芽生えた新しい疑問はこうだ。


 疑問4。

 この世界のおれは何ができる?


 答え。


……できることって……、あるの?

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