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逆転生! 勇者でもこの世界では中二病? -勇者? 比呂編-  作者: 恵良陸引


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第18話 おれの言葉が通じた……?

 翌日の昼休み、おれは1冊の本を手に、真央の姿を探し歩いた。


 持ってきたのは北村薫の『空飛ぶ馬』だ。

 ジャンルはミステリだが、家にあった本で、これが一番前向きな本だと思ったのだ。

 家では、おれも家族もミステリやSFを多く読んでいるが、文学作品はあまり読んでいない。

 本棚に並んでいる文学作品と言えば、太宰治『人間失格』、カフカ『変身』、ドストエフスキー『罪と罰』ぐらいで、前向きな物語なのは、かろうじて『罪と罰』だろう。

 ただし、地面にキスして、殺人の罪で自首するのを前向きと捉えるのであれば、だが。


 その点では、『空飛ぶ馬』はジャンルこそミステリだが、殺人事件は起きないし、主人公は素直だ。

 現実を直視しながら前を向く姿は、『前向きな物語』として紹介するのに問題ないだろう。

 山中恒には悪いが、真央にはこちらを薦め直そうと考えたのだ。


 しかし、いざ探そうとすれば、真央はなかなか見つからなかった。

 プール脇の木陰も、体育館そばの木陰にも真央の姿は無かった。

 そもそも読書をするのに校舎を出る必要はなく、自分の教室にいることも考えられるのだ。

 しかし、1年生の、しかも女子を訪ねるのは気が引けた。

 できるなら、これまでのようにひとりで読書しているところで会いたい。

 外で見つからないのなら、今日は諦めるしかない。


 諦めかけて校舎へ戻ろうとすると、さらに向こう側にある特別教室棟の非常階段に人影が見えた。

 シルエットだけだが見覚えのあるツインロールだ。

 おれは足早に特別教室棟に向かった。


 西華高校は大まかに3つの校舎で構成されている。

 おれたちが日常的に授業を受ける一般棟。

 職員室や図書室、生徒指導室など、職員が多くいる西棟。

 そして、音楽室や美術室などが入る特別教室棟である。


 特別教室棟には大型テレビを備えた視聴覚室など、その名の通り一般棟の環境では受けられない特別な授業のためにある校舎だ。


 真央はその特別教室棟の非常階段、正確には1階と2階の間の踊り場に腰かけていた。


 膝の上に本を載せて読んでいるようだ。

 昼の太陽は校舎でさえぎられて、真央のいるあたりは陰になっていた。

 近くまで歩いてみると、柔らかな5月のそよ風が心地よく頬を撫でていく。

 真央がこの場所を選んだ理由がわかった気がした。


 「やぁ……」

 おれは階段の下から声をかける途中で凍り付いた。

 下から見上げると、真央のスカートの中が丸見えだとわかったのだ。

 白と言うより、薄いピンクのものが見える……。


 おれは視線をそらして、「昨日話していた本だけど、見つからなかったんだ……」と、考えていた言い訳を口にした。

 額から汗が噴き出してきたが、それは自分のついた嘘のせいではない。


 「……問題、ない……」

 真央が膝に載せて読んでいた本を掲げてみせたようなので、おれは表情を変えないよう気をつけながら真央のほうを向いた。

……やっぱり見えてる……。


 真央が掲げて見せたのは、昨日とは違う本だった。

 おれは目を見張った。

 それは『青い目のバンチョウ』だったのだ。


 「……自分で、見つけたんだ……。どこに、あったの?」

 「駅前の……、図書館……」


 上原台駅から3つ目の駅前に、大きな図書館がある。

 真央の言う駅前の図書館とは、そこを指すのだろう。

 彼女は昨日のうちに、図書館で本を探していたのだ。

 大人しそうに見えて、ずいぶんと行動的だと思った。

 いや、本に対する執着心が強いのかもしれない。


 「どこまで、読み進んでいるの? 面白い?」

 おれは不安になって尋ねた。本の内容が彼女を傷つけないかと危惧していたから、違う本を紹介しようと思ったのだ。

 まさか、おれの行動を上回ることをするとは予想していなかった。


 「……まだ、半分。でも……、けっこう、面白い……」

 おれは胸を撫でおろした。

 自分のことを揶揄しているのではと、悪意に捉えなかったようだ。


 「気に入ってもらえて良かったよ。実は違う『前向きな本』を紹介しようと思ったけど、余計な考えだったな」


 真央はふるふると首を振った。


 「……知らない本、紹介して、くれる。うれしい……」


 笑顔はまったく見せないが、おれのことを悪くは考えていないみたいだ。


 「じゃあ、それを読み終わったら、これも読んでみてくれ」

 おれは階段の残りを登ると、真央に『空飛ぶ馬』を手渡した。

 彼女は本の表紙を見ながら首をかしげた。


 「鮎川哲也と……十三の、謎……?」


 「ジャンルはミステリなんだ。でも、人殺しの出ない珍しいものだよ」


 「……ひとの死なない……ミステリ……なの?」

 おれはうなずいた。


 「謎って、自分の身の周りにいくらでも転がっているし、殺人事件でなくても解決しなければならない事件って存在する。

 そういうことに気づかせてくれる好例の作品さ。

 ミステリが好きじゃないひとでも、気に入ってもらえるんじゃないかと思ったんだ」


 「……ふーん……」


 真央の声は、相変わらず関心があるのかわからない「無」の調子だが、おれは彼女が興味を持ってくれたと思った。

 その証拠に、おれに本を返そうとせず、そのまま膝の上に置いたからだ。

 興味が薄いと、脇に置いたりするものだ。

 膝の上に置いたのは、本を汚したくないという、本に対する思いやりと、忘れずに持ち帰ろうとする気持ちの表れだ。


 それがわかって、おれは満足して引き返すことにした。


 「……週明けには……返す、から……。どの、クラスのひと? 誰宛て……に、返しに行ったら、いいの? 私、矢蓑台……真央」

 去り際のおれの背中に、真央の声が聞こえた。


 そうか。

 今までお互いに名乗っていなかった。

 おれは安藤から教えられていたから彼女の名前を知っていたが、真央のほうはおれのことをまったく知らないのだ。

 それなのに、おれと普通に口をきいてくれる。

 話し方はたどたどしいが、真央はそれほど人付き合いが悪いわけではないらしい。

 おれは振り返りながら、「そんなにすぐでなくても大丈夫だよ」と言おうとした。


 忘れていた。

 振り返ると、真央のパンツが丸見えなのだ。


 おれは再び視線をそらした。

 今さらパンツが見えているなど言えるものではない。

 幸い、このあたりはひと気が無いから、ひとに見られる心配は少ない。

 しかし、あくまで少ないだけで、ゼロというわけではない。

 直接的に教えるのは気まずいが、そのまま教えないのもどうかと思うし……。

 対応に苦慮したおれは、とっさにつぶやいてしまった。


 “Count off which peal sand fast.”


 エクトラントの言葉で「下着が見えているよ」という意味になる。

 エクトラントには「パンツ」という直接的な単語が無い。

 戦争に明け暮れるエクトラントの世界では、女性が下着まで気にかける意識が育たないのだろう。

 この世界ほど語いは豊かではない。

 まぁ、おれの意味不明な言葉で、真央が自分の状況を悟ることはないだろうが、おれ個人は礼節を尽くしたことになる。

 おれはそう思いながら真央の様子を確認しようと見上げた。


 真央は真っ赤になりながら、スカートを押さえつけていた。

 少し怒っているような表情で、おれを睨んでいるようだ。

 これまで表情に変化が無かったのに、今、真央の表情からは羞恥心がはっきりと見てとれる。

 おれはぼうぜんとしてしまった。


 まさか……、


 まさか……、おれの言葉が通じた……?


 「き、君は……」

 おれが戸惑った声をあげると、真央はさっと立ち上がった。

 本を抱えて、無言のまま階段を駆け上がる。

 間もなく、2階の非常口の閉まる音が聞こえた。

 パタパタと駆け去る音がかろうじて聞こえたが、それはすぐに聞こえなくなった。

 とたんに辺りは静寂に包まれる。


 その静寂の中でおれはひとり、階段の途中で立ち尽くしていた。

 頭の中では、さきほどの光景がぐるぐると回転していた。

 加えて、『まさか』と『いや、違う』の言葉が交互に主張し合っている。


……真央は転生者なのか?

 いや、さっきのは、おれが変なことを言ったので、その意味を彼女が考えた結果、気づいたものだ。

 エクトラントの言葉を知っているからではない。

 だが、あの羞恥に満ちた顔は、意味を正確に理解したように見える。

 やはり、彼女はエクトラントの者なのだ……。


 では、真央は誰が転生したものだ?

 玉座の間にいた者で、女性は魔女ミリヤと仲間の魔法使いルナだった。

 しかし、ルナは勝気で、ものをはっきり言うタイプだ。

 真央のようにまどろっこしい言い方はしないはずだ。

 たとえ真央の魂と融合した結果、性格に変化が生じたとしてもだ。


 では、ほかに誰がいる?

 魔王の城には、まだ多くの兵士がいた。

 あの爆発に巻き込まれた兵士の中に、真央がいたのだろうか?

 おれは首を振った。兵士は男ばかりだった。

 その中に転生前の真央がいたとは考えにくい。

 そこまで考えて、おれは雷に打たれたような感覚に襲われた。

 先日の麻条先生の言葉を思い出したのだ。


――実際の魔王陛下は、小柄の可愛らしい少女であられた……。


 「まさか……、まさか……、君は……」

 おれは真央の消えた階上を見上げたままつぶやいた。


――闇の大魔王……なのか……?

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