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逆転生! 勇者でもこの世界では中二病? -勇者? 比呂編-  作者: 恵良陸引


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第17話 前向きな物語って……あるの?

 翌日の昼休み。


 おれはぶらぶらと校内を歩いていた。

 中二病キャラとして、校内の生徒に声をかける役目を結局引き受けることになってしまったのだ。

 引き受けたとは言うものの、それを忠実に実行する気などさらさら無いのだが。

 ただ、何もしないでいるのも体裁が悪いので、こうして探索活動に従事している「フリ」をしているのだ。


 季節としては梅雨の時期だが、ここしばらくは天気が続いていた。

 今日も空に大きな雲がかかっていることがなく、太陽は盛夏に向かって勢いを増そうとしていた。

 おれはギラギラした太陽を避けるべく、日陰を選んで歩くことにした。


 昼休みの時間は校内のいたるところで生徒の姿を見かける。

 屋上も憩いの場として解放されているので、昼休みには生徒の姿が見える。

 安全上の理由で、屋上が施錠されている学校が多い中では、西華高校は異色なのかもしれない。

 ただ、かなり背の高いネットが屋上のフェンスを囲んでいるので、そのおかげだとも言えるのだが。

 おれは1階から屋上を見上げ、よくそんな日に焼けるところに居られるものだと感心しながらその場を離れた。

 もちろん、屋上に向かうつもりはない。


 体育館近くの木陰に腰を下ろして、グラウンドに目をやる。

 小学校じゃないから、昼休みにグラウンドで遊ぶ者なんていないと思っていたが、数人の男子がサッカーを楽しんでいる。

 よく身体が動くよ。

 転生前と違って、今のおれはインドア派なのだ。

 そういう行動なぞ、自発的にはとてもできない。


 こうして校内を見渡してみると、生徒たちは皆どこか楽しげで、転生者のような苦悩は抱えていないように見える。

 もちろん表面的な見方なので、内面がどうであるかはわからない。

 しかし、見える範囲では、おれたち以外の転生者がいるようには感じられなかった。

 第一、大きなストレスを抱えるほどの精神状態であれば、この学校に姿を現わしていないのではないか。


 ひょっとすると見当違いの探索をしているかもしれないと、おれは不安になってきた。

 考えてみれば、おれや安藤は義務感で学校へ行っていたところがある。

 たしか麻条先生も、「この世界での責任があるから」学校へ行っていたと話していたように思う。

 ストレスが義務感や責任感より強ければ、そもそも学校へ行く気にならないだろう。

 うかつにも、おれはそんなことにも気が回らなかった。

 転生して間もなくのころ、おれだって学校へ行くのは気が進まなかったのだ。

 校内にほかに転生者がいるとして、それが登校拒否になっている可能性は考慮すべき点だった。


 おれは腰を上げて校舎へ戻ることにした。

 今、思いついたことを安藤と話し、今後の相談をしようと思ったのだ。

 校舎に顔を向けると、すぐ隣の木陰に女の子がひとり腰を下ろしているのが見えた。

 この間、プール脇の木陰で見かけた真央という女子だ。

 今日も、何かの本を読んでいるところだ。

 表紙までは見えないが、この間のニーチェとは違うようだ。

 おれは真央の近くまで寄って声をかけてみた。


 「やぁ、今日は何を読んでいるの?」


 真央は眠そうな顔をあげて、おれの顔を見た。

 この様子だと、おれのことを覚えていないようだ。

 しかし、彼女は今日も素直に本の表紙をおれに向けてくれた。

 ゴーリキーの『どん底』だった。

 すごいチョイスをするよな、この子は。

 良い天気にもかかわらず、気分が滅入りそうなタイトルだ。


 「それも……、面白いの……?」

 おれはおそるおそる尋ねてみた。真央の反応は前回と同じだった。

 興味なさそうに本を見つめると、「このひとたちのほうが……、まし……」と、やっぱりおれの質問の答えとは思えない返事をした。

 ただ、今回は言いかたが気になった。


 「まし?」

 「このひとたちは……、まだ、底を知らない……から……」

 「それ、どんな話?」

 「かなり年上の夫から……自由になりたい若妻が……、愛人をそそのかして……、夫を殺させようとする……話……」

 ロシア文学らしからぬ、日本のサスペンスドラマにありそうな話じゃないか。


 「君はどん底を味わっているひとの物語が読みたいのか?」

 真央は再びおれを見上げた。

 「……わかんない……」どうも会話が続かない。


 「前向きな物語の本には興味が無いの?」

 「……前向きな物語って……あるの?」


 そりゃあ、あるだろう。

 おれは勇真比呂の記憶のデータベースを検索して答えてやろうと考えた。

 しかし、思っていた以上に探し出すのは困難だった。

 勇真比呂は古今東西のさまざまな本を読んでいるのだが、ハッピーな内容のものは少ない。

 ジャンルはミステリーが多い。

 たいていひとが死ぬ話なので彼女にはお薦めできない。

 児童文学までさかのぼってみると、古い作品に行き当たった。


 「山中恒やまなかひさしの『青い目のバンチョウ』なんてどうだろう? 知ってる?」


 真央は首をふるふると横に振る。

 そりゃあ、そうだろう。

 おれたちが生まれるはるか昔の児童文学だから。

 たしか、親父の本のお古だ。


 「朝鮮戦争から10年ほど経った、東京にあるどこかの町が舞台だ。昭和40年頃になるのかな?

 太田デンベエと名前は古風だけど、金髪で青い目、顔立ちが外国人の男の子が主人公だ。

 口調も江戸っ子のべらんめぇで英語なんて話せない。

 ただ、その見た目のせいで、いろんなトラブルに巻き込まれるコメディみたいな物語なんだ」


 「……それが……、前向き……な……物語……?」

 真央は首をかしげてみせる。

 表情に変化はないが、そのしぐさは可愛らしい。

 安藤が美少女図鑑に登録したのもうなずける。


 「主人公デンベエは周りの……主に大人たちの無理解や人種的な偏見をモノともしない行動力で、トラブルに立ち向かっていくんだ。

 そのまっすぐさは、最近書かれている本ではなかなか見られないね。

 それに話がいろいろとおかしいんだ。

 ギャグマンガを読んでいるような感覚ですいすい読めるよ」


 山中恒は吹き出しそうなユーモアが特徴の作家だ。

 真央が本を読みながら吹き出している様子は、見られるものなら見てみたい。


 「……その本は……図書室に……あるの?」

 もともと小学生向けに書かれたものだ。

 高校の図書室に置いてあるとは思えない。

 ニーチェやゴーリキーは置いてあったかもしれないけど。


 「無いと思う。

 その本なら、おれの家に、まだ捨てずに置いてあるかもしれない。

 良かったら探してみるよ」


 「……無いのなら、別に……いい……」

 真央はおれから手元の本に視線を戻した。

 そして、おれの存在は忘れたかのようにページをめくり始める。


 「まぁ、こっちも無理しない程度に探してみるよ」

 おれはそう言い残して、その場を後にした。

 今回は多少会話ができたように思う。

 彼女に良い印象を与えられたかはわからないが。

 どうも、ひとりぽつんとしている子を見ると放って置けない。

 安藤が指摘した通り、本能的に動いてしまうようだ。


 再び校舎へ戻ろうと少し歩き始めて、おれは心の中で「あっ」と言った。

 慌てて後ろを振り返る。木陰では、真央が静かに読書を続けている。


 おれはなぜ、『青い目のバンチョウ』なんて古い物語を思い出したのか。

 それは真央もまた、顔立ちが西洋人っぽいからだ。

 心のどこかにそんな考えがあったから、無意識のうちにそんな本を思い出したのだろう。

 見た目が外国人に見えるからと偏見で見られる主人公は、そのまま真央にも通じているかもしれない。

 ひょっとしたら、彼女が昼休みにひとりで読書をしている背景も、そこにあるかもしれないのだ。

 それなのに、おれはよりにもよってあんな本をチョイスしてしまっていた。

 いくらなんでも無神経な選択だろう。

 さっきのやり取りを思い出してみたが、真央がそのことを気にした様子は無かった。

 しかし、あの子のつかみどころのなさから、そんな判断をするのは早計だ。


 おれは彼女に謝るべきか迷った。

 しかし、今引き返して詫びれば、余計にそれを意識していると伝えることになる。

 そっちのほうが彼女を傷つけるかもしれない。

 おれは悩んだが、そのまま立ち去ることにした。

 彼女に対する詫びは、今後の接し方で示そうと思った。

 ただ、おれの失敗はすでに取り返しがつかないのかもしれない。

 我ながら、つまらないことをしでかしたものだ。


 五分ごぶのことといい、真央のことといい、ここしばらくのおれは失敗続きだ。

 こんなに下手を打つのなら、しばらく行動するのは控えたほうが良さそうだ。

 おれはそう考えながら暗い気持ちになった。


 教室へ戻る階段の途中で、朝霧とすれ違った。

 この男とは階段でよくすれ違う。


 「おい、どうした?」

 朝霧はおれの暗い表情に気づいて声をかけてきた。


 「今、自己嫌悪の真っ最中だ」

 おれは不機嫌に答えた。


 「……そりゃ、忙しいことだな……」

 朝霧は妙な顔をして、おれをねぎらった。

 おれはそのまま教室へ戻った。


 教室に戻ると、おれは自分の席に腰を下ろして外の景色に目をやる。

 すると、「勇真君?」と頭の後ろから声が聞こえた。

 振り返ると委員長の心配顔が近くにあった。

 おれの暗い表情が気になったらしい。


 「どうしたの? 急に怖い顔しているよ?」


 おれは朝霧に返したように「自己嫌悪の真っ最中だ」と答えかけたが、それをやめて口をつぐんだ。

 同じことを繰り返し言いたくはない。

 それに、委員長に聞いてみたいことがあった。


 「委員長はひとに世話を焼くけど、それを迷惑がられたり、かえってひとを傷つけたなと思ったりしたこととか、ある?」


 委員長は大きな目をさらに見開いて、おれの顔を無言で見つめた。

 やがて、委員長はおれから視線をそらすと、さっきまでおれが眺めていた外の風景に目をやった。

 ただ、校舎の近くと言うより、もっと遠くを見るような表情だ。


 「……あるよ、いっぱい」


 「……だったら、もう他人の世話なんてやめようとは思わなかった?」


 「思ってたと思う。でも、気がついたら忘れちゃってた」


 委員長はこっちを向くと、てへっと照れ笑いを浮かべた。

 「懲りないよね、私。たぶん、同じ失敗、繰り返していると思う。最低だね」


 照れ笑いと言うより、自虐の嗤いだったのか。

 おれは慌てて両手を振った。


 「ご、ごめん。委員長を責める考えなんか無いんだ。

 ただ、ひとを傷つけたかもしれないと思ったあと、どうしたのかなって」


 「かもしれないってことは、相手が傷ついている様子を見せていないってこと?」

 おれはうなずいた。委員長はあごに指をかけて天井を見上げた。


 「うーん。相手がはっきりした態度を見せていないんだったら、謝ったりしたらかえって傷つけちゃうかもね」

 それは、おれも考えたところだ。


 「場合によるけど、私だったらそのひとにもっと優しくしようと思うし、そう行動する。じゃあ、どんな行動で優しくするのかって聞かれたら困るけど」


 「答えのない問題だよね」


 今度は委員長を困らせてしまったとおれは後悔した。委員長は首を振る。


 「答えのない問題じゃないよ。

 いっぱい、答えのある問題。

 でも、たくさんあり過ぎて最適解を選べないだけ。

 それだけ、私たちは未熟なんだと思う。

 だから、今のうちにたくさん失敗して、最適解をきちんと選べるようになるんだ。

 そうじゃないと、今まで迷惑かけたひとたちに申し訳ないじゃない」


 おれは委員長をじっと見つめた。

 委員長は少し斜めを見ながら、言葉を選ぶように話している。


 「誰かに対して、何かしてあげたいと思ったら、してあげたほうがいいと思う。

 そんな気持ちになったのは絶対、理由があるからだよ。

 自分では説明できないものかもしれないけど、きっと、理由はある。

 その気持ちに応えないと、あとでもっと後悔するかもしれない。

 それに、したことの後悔より、しなかったことの後悔のほうが自分に対して許せないと思う。

 したことの後悔は経験になるけど、しなかったことの後悔は何も残らないから。

 もし、勇真君が何かしたことで後悔しているのだったら、思いっきり後悔したらいいんじゃないかな。

 そうすれば、そのあとの勇真君はきっと前より最適解に近づけると思う」


――思いっきり後悔したらいい、か……。


 おれは委員長の言葉を噛みしめた。

 今、改めて考え直しても、五分の件と、真央の件それぞれのことで、おれの行動の最適解は出てこない。

 多少「まし」なやり方、言い方が浮かぶ程度だ。

 エクトラントで28年の人生を過ごしてきたはずだが、おれはまったくの未熟者だと思い知る。

 逆に、普段は可愛らしいと思っていた委員長がすごく大人びて見える。

 きっと、彼女はおれ以上に「したことの後悔」を重ねてきたのだろう。


 そういや誰か言ってたっけ。


 「男は30歳過ぎて化けるが、女は10代で化ける」。


 委員長はもう一人前の女性として化けているのかもしれない。


 「委員長。変な質問をして、ごめん。

 そして、ありがとう。おれ、もうちょっと前を向いて考えるよ」


 おれが委員長にそう言うと、委員長は「こちらこそ、お粗末さま」、とおれに向かってにっこり笑いかけた。

 ちょうど雲の切れ目から陽の光が差し込んで、笑顔の委員長を照らす。


 その姿はおれの目にまぶしく映ったが、それは陽の光のせいだけじゃないと、おれは思った。

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