第16話 お願いできないかしら?
五分が逮捕されたことで、おれがつけ狙われるかもしれない危険はしばらく先送りにされた。
翌朝、おれがそのことを安藤に伝えると、安藤もニュースのことは知っていたようだった。
「とりあえず、危険が先延ばしになった、というだけです。
解決、ではないのですからね」
安藤は改めておれに釘を刺した。
「今後の行動には気をつけるよ。ところで、何か話があるって言っていたが」
安藤からは昨夜メールで、今調べていることで明日話したいと連絡があった。
「今じゃだめなのか」と返信したら、「今は話せる段階ではないので」と返って来た。
「これは僕がまとめた転生者ファイルです」
安藤は自宅から持ってきたらしいタブレット端末を見せた。
そこには、このあたりの地図が表示され、ところどころに印が打ってある。
「現在、この世界に転生していると判明しているのは、勇者、僕、魔女ミリヤ、そして昨日のゴブリンです。
僕たちがどのあたりに散らばって転生したのかなど、詳細を明らかにすれば、ほかの転生者を探す手掛かりになるかもと考えたのです。
これにより、何らかの法則性が見つかれば、という話ですが」
「すごいな、お前。これを昨日のうちにまとめたのか?」
「これは安藤龍の技能が高いおかげです。
彼のPC関連の扱いは魔法使い並みですよ」
自分を褒めているのか他人を褒めているのかわからない口ぶりだな。
「アンドリューには、こんなスキルはありませんからね。
エクトラントにPCなるものが存在しなかったというのもありますが」
安藤は肩をすくめて答える。
「それで、おれにこれを見て法則性を探せと言うのか?」
「一緒に考えましょうということです。
そして、そのプロジェクトに、麻条先生の参加もお願いしたいと考えているのです」
なるほど、そういうことか。
安藤は授業の担当が違うこともあり、麻条先生とは接点がない。
おれもバタバタして、麻条先生に安藤を引き合わせていなかった。
安藤は検証材料を提供し、おれや麻条先生と知恵を合わせて転生者捜索を進めていこうというのだ。
「たしかに、情報の整理は必要だよな。
おれ、本当にお前がいて良かったよ。
おれじゃ、こんなことまったくできないからさ」
「エクトラントでも、僕が情報収集、それを分析して判断するのはあなたでしたからね。住む世界が変わっても、僕たちのすることに変わりはありません」
何か嬉しいこと言ってくれるじゃないか。
「そういうわけですから、麻条先生へのお声かけをお願いします。
麻条先生は僕が転生者だということを、まだご存知ないのでしょ?」
おれはうなずいた。「了解した。先生にはきちんと話しておくよ」
その日の放課後、おれたちは生徒指導室に集まっていた。
おれは気乗りのしない場所だったが、麻条先生からの指定だった。
安藤は生徒指導室のパイプ椅子の上で、物珍しそうにあたりを見渡している。
「何だよ、そんなに生徒指導室が珍しいか?」
おれは、子供のように目を輝かせている安藤に、半ば呆れた気持ちで話しかけた。
「ええ。僕、こんなところに入るの初めてなんですよ。すごく興味深いです」
当の安藤はこっちの気持ちにも気づかないように、はしゃいだ声で答える。
「知らないかもしれないが、この部屋は叱られる生徒が入ったりする部屋なんだぞ」
「別にその用途に特化したものではないでしょ?」
安藤は正論で返してきた。おれは黙るしかなかった。
待つことおよそ10分。麻条先生がやって来た。
「待たせて悪かったわね。
……それで、そこに座っているのが……」
麻条先生は安藤を見つめた。
安藤はさっと立ち上がると、頭を下げた。
「7組の安藤龍です。エクトラントでは神官を務めておりました」
安藤は簡潔に自己紹介をした。
大まかな紹介は、おれがすませているのを知っているからだ。
麻条先生はゆっくりとうなずいた。
「魔王軍、元魔導部隊司令のミリヤよ。
ここでは勇真君と同じように麻条と呼んでもらえたらいいわ」
「こちらこそ、安藤でよろしくお願いします」
安藤は再び頭を下げた。こういう如才のないところはいつも感心する。
あいさつを終えると、おれたちはさっそく本題に入った。
エクトラントからの転生者はまだまだ存在する。
彼らがおれたちと同じような苦しみを味わっているのなら、何らかの手助けをしたい。
そのことで協力し合えないかという趣旨だ。
その説明の中で、おれは昨日出会ったゴブリンのタローのことにも触れた。
結局、タローが警察に捕まってしまったことも隠さず教えた。
「……そうなの、あいつも転生していたの。
どうも、思っていた以上に転生者がいるようね」
かつての仲間の逮捕に麻条先生は浮かない表情だが、それでも口調は冷静だった。
「それで、以上の情報をまとめましたが、僕たちエクトラントからの転生者は、現時点では大まかに半径5キロ圏内に散らばっているように思います。
ちなみに、中心点はここ西華高校です」
安藤はタブレット端末を机の上に置いて見せた。
麻条先生がタブレットにのぞきこむ。
麻条先生が前かがみになると、大きな胸が服からこぼれそうだ。って言うか、谷間がすげぇ。
「私の住所も把握しているのね。すごいわね、たしかに高校を中心に転生者が散らばっているように見えるわ」
「実のところ、五分倫太郎の住所は把握していません。
ですが、鎌中商店街で騒いでいたところを見ると、その近所に五分の住居はあるのだろうと思われます。
それを踏まえても西華高校から5キロ圏内という見方は変わらないんです」
「この学校に何かあるのか?」
おれは生徒指導室を見渡した。
おれには何の変哲もない高校に思える。
「この学校そのものに特別な力は無いと思います。ただ、判明している転生者のうち、3名はこの学校の人間であることを考えて、校内にまだ転生者がいる可能性はあると見ています」
「ここは公立だからね。学区で考えれば、通学している生徒たちのほとんどが半径5キロ圏内に住んでいるわ。西華高校が基準点であるのなら、その考えはありよね」
麻条先生は腕を組みながらつぶやいた。
「そうだとすれば、それをどうやって確かめる?
麻条先生が転生者だとおれが気づいたのは事故のせいだからな」
おれは麻条先生から視線をそらしながら言った。
麻条先生が腕を組むと、胸がはみ出しそうになるのだ。
「今のところ、うまくまとまらないのですが、エクトラントの言葉で話しかけるのが一番ですよね。
この言葉は当事者でなければ伝わらない暗号のようなものです。
この暗号を解する者が転生者で間違いありませんから」
おれが転生者だと安藤が気づいたのは、おれがうっかりエクトラントの言葉でしゃべったからだ。
安藤の考えは、同じような方法で校内の転生者を割り出せないかということだ。
一番簡潔にして確実なのは、校内放送で「エクトラントの転生者いませんかぁ?」とエクトラント語でぶちまけることだ。
だが、通常ではデタラメな英語を公共の放送を使ってぶちまけるのは、どうもまずい気がする。
放送部にこんな放送を流したいと言って原稿を見せたら、それこそ変人扱いされた上に却下だろう。
「おれたちが変人扱いされずに、かつ平穏に転生者探しができなきゃいけないよな」
おれはあまり目立ちたくないという勇真比呂の性格が顔を見せていた。
「それは僕も同感です」
安藤がうなずくと、麻条先生もうなずいた。
「こちらから発信は難しいですが、受信はどうでしょう?」
安藤が別案を持ちだした。
「昨日、たまたまゴブリンを見つけましたが、『意味不明の英語』で検索するのは効果があります。
昨日は動画だけでしたが、今後はツイッターや、フェイスブックなど、いわゆるSNS関係を洗い出して、誰かがエクトラントの言葉でメッセージを発信していないか探るのです。
こちらの場合、膨大な情報の中から探し出すという困難さはありますが、こちらが何かをさらす危険はずっと減ります」
「たしかに、それは有効だと思うけど。
でも、私はあまりSNS関連に強くないの。個人的にはLINEを使うけど、情報収集となると……」
麻条先生が苦しそうな声を出すと、安藤は自分の胸に手を当てた。
「その役目は僕が担当しましょう。
提案者ってこともありますが、おそらく、こういうことに一番強いのは僕でしょうから」
「異議無し」おれは手を上げて賛意を示した。
「ただ、この方法は校内の転生者捜索に向いていません。
校内に関しては、どうしてもこちらから何らかのアクションを起こす必要があります」
「アクションってどんな?」
おれの中では、校内放送の策がダメな時点で、何も思い浮かばなくなっていた。
メガホン片手に、大声でエクトラント語を怒鳴るなんて話だったら、絶対に反対しよう。
そんな策が採用されたら、そんな役割が回ってくるのは十中八九おれじゃないか。
「校内のひとに片っ端からエクトラント語で話しかけるしかないのでは?
勇真君が私にしたみたいに」
麻条先生はおれを見つめて言った。
いや、ダメ。それ、ダメ。おれ、絶対イヤ。
「いや、その方法には大きな問題がある。
おれはあの方法で、すっかりクラスの笑いものになってしまった。
あれは大きなリスクを伴うんだ。それも精神的にこたえるほどの」
つまり、クラスの笑いものから校内の笑いものへのヴァージョンアップは願い下げだと言っているのだ。
しかし、麻条先生は残酷なことを言い出した。
「勇真君は最近、中二病をこじらせているって噂が広まっているわよ。訳のわからない言語で書かれた答案を提出したって話に始まり……」
それを暴露したのはあなたでしょうが!
「何か戦いに向かうような表情で階段を駆け上っているところを目撃されたり……」
ニュースソースは朝霧だな。
「どこかへ冒険に向かう勇者のように、水拭き用モップで剣術の稽古をしたりってね」
……それは魚住だな。って、何でみんな麻条先生に報告してるんだ!
「じゃあ、勇者が今さら、校内で出会うひとにエクトラント語で話しかけても、多くはそれほど奇異な目で見ないってことですね」
安藤よ、お前もか。
「勇真君、『おれは中二病をこじらせているんだ』スタイルで、ほかの転生者探索をお願いできないかしら?」
麻条先生はとどめのように言った。
おれの答えは明快だった。
「絶対、イヤだ!」




