第10話 ありがとうだって?
「アンドリュー? お前、アンドリュー・ケイナンなのか!」
おれは驚いて大声をあげた。
アンドリュー、いや、安藤は小っちゃな目を丸くした。
「ぼ、僕を知っているんですか?
ええっと、あなたは……?」
安藤の反応を見て、おれは気がついた。
アンドリューもおれもエクトラントでの姿とは似ても似つかないのだ。
おれが誰なのかわかるはずがない。
エクトラントのアンドリューは、おれと近いくらいに背が高く、ほっそりとした体格だった。
対して、安藤はそれほど背が高いわけでなく、ぽっちゃりとした体型だ。
アンドリューと安藤に共通していたのは、細い銀縁のメガネをかけているところぐらいだ。
これだけギャップが大きいのだ。
おれが名乗れば、安藤は驚くことだろう。
「あ、あなたは、勇者? まさか、こんなところで……」
おれの正体を知ると、安藤は思った通りの反応を示した。
そして、おれの両腕に手をかけると、両目からボロボロと涙を流し始める。
「良かった……。良かった……。ここで出会えて……」
「ああ。おれも生きてるお前に会えて嬉しいぜ、アンドリュー!」
おれたちはがっしと抱き合った。
安藤はおれに泣きながらすがりついていたが、「でも、僕、あっちじゃ死んじゃっているんですけどね……」とつぶやいた。
細かいところでおれにツッコむところも、あのアンドリューと同じだ。
「相変わらずだなぁ、お前」
おれは身体を離すと、万感の思いでつぶやいた。
おれたちの中では、あの決戦から一週間ほどの別離でしかなかったが、それでも、これ以上に胸からこみ上げるほどの再会はなかった。
「あなたにここで出会えて、本当に良かった。僕、本当に心細かったんです……」
それはおれも同じだと言いかけて、おれは周囲の視線に気がついた。
朝っぱらから男同士が涙を流して抱き合っている光景を、周囲の生徒たちが奇異の目で見ている。
何に感激しているか事情を知らないものからすれば、この光景は非常に大げさなものと映るだろう。
「……もう少し、離れたところで話さないか?」
安藤も周りの光景に気づいて顔を赤らめた。「そ、そうですね……」
おれたちはプールの脇に生えている、あすなろの木の陰まで移動した。
このあたりであすなろの木が自然に生えることはないから、どこかから植樹されたものだろう。
うちの学校には井上靖のファンでもいるらしい。
「しかし、お前までこの世界に来ているなんてな。
おれたちのほかに誰か転生しているかもと思ってはいたが、正直、まだ信じられねぇぜ。
しかし、おれのことをどうして気づいたんだ?」
改めて向かい合うと、おれは奇妙な感慨を噛みしめながら安藤に尋ねた。
「昨日の下校時、あなたはいきなり昇降口へ駆け込んで、僕と肩がぶつかったんです。
あなたはとっさに“Done naught”と言いました。
驚きましたよ。エクトラントの言葉で謝られたのですから」
思い出した。
麻条先生と対決するために校舎へ駆け戻ったおれは、昇降口で男子とぶつかってしまった。あれが安藤だったのだ。
「思わず、あっちの言葉が出ちまった。
そうか……、それでわかったか。
でも、そんな偶然ってあるんだな。
不思議な気持ちだよ」
「それは僕だって同じ気持ちです。
ところで、勇者はどのようにこの世界で転生したのです?」
おれは魔王の魔法を直撃で喰らって死んだこと、勇真比呂の部屋で目覚めてからのことをかいつまんで説明した。この時点では麻条先生のことは触れなかった。
「……そうですか……。
では、勇者はこれまで魔王軍を倒してきた剣技の数々を失ってしまっているのですね?」
「まぁ、そうなるな」
「僕はまだマシですかね……。
力はかなり劣っていますが、多少は魔法が使えます。
ヒーリングと耐久強化の魔法など、かつて得意だったものです。
でも、効果のほどは知れているんですが」
「でも、それってすごいじゃないか」おれは素直に驚いた。安藤は恥ずかしそうにはにかんだ。
「ヒーリングの魔法は、すり傷程度ならすぐ直してみせます。
耐久強化は……、そうですねぇ……、気休め程度かもしれませんねぇ。
試してはいませんが、魔法の重ねがけができれば、強化のレベルを高められるかもしれません」
「この世界は、魔法であればエクトラントの能力が使えそうなんだな。
ちぇっ、おれも魔法を覚えときゃ良かった」
安藤は笑った。「勇者は本を読んだり、勉強したりするのが嫌いでしたからねぇ」
そのとき、校内に予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「いけね。もうすぐホームルームだ」
おれは背後を振り返った。
振り返った先には、校舎の壁面に備え付けられた時計が見える。
「悪い。おれ、行くわ。話の続きは昼休みにでもしないか?」
安藤はうなずいた。
「そうですね。では、昼もここでどうでしょう?」
おれはうなずいた。「了解だ。じゃ、昼にここで」
おれは昇降口に向かって駆け出した。
担任は遅刻にけっこううるさいからである。
このままのペースであれば、ホームルームには間に合うだろう。
余裕が生まれて、おれは走りながらあることに考えを巡らせた。
アンドリューと再会できたことは嬉しい。
だが、慎重に扱わないと、この再会はトラブルを招くかもしれない。
おれが転生してからの話題に、麻条先生のことは結局話さなかった。
この話題に、おれはある種の危険を感じていたからだ。
それに、麻条先生に断りもなく、安藤に話すことがはばかられたこともある。
まずは麻条先生に事情を話し、了解を得ることが先決だろう。
「2年7組に、あなたの仲間が?」
授業の合間をつかまえて、おれは麻条先生に朝の出来事を手短に伝えた。
麻条先生は驚きの声をあげたが、すぐに平静な様子に戻ると、「それで、私のことはどう話したの?」と小声で尋ねた。
おれは首を横に振った。「まだ、あいつには伝えていない。何も」
麻条先生はおれの答えに再び驚いた様子だったが、驚きの声はあげなかった。
ただ、おれをまっすぐに見つめ、改めておれに尋ねた。
「……どうして?」
麻条先生の問いに、おれは肩をすくめた。「余計な騒ぎは起こしたくない。それに、まず、先生から断りを入れるのが先だと考えたんだ」
「あなた、変に義理堅いのね」
『変に義理堅い』って、褒めているのか、けなしているのか。
「あの終戦協定は、おれが勝手に決めた話だからな。
麻条先生の正体を下手に教えると、騒ぎになるかもしれない。
せっかく終わらせたのに、また殺し合う事態なんかにはしたくない。
まぁ、あいつは好戦的ではないから、話せばわかると思っているんだがな、正直なところ」
「あなたは仲間のことを信じているのね?」
「今回見つかった仲間はインテリでね。
おれよりよっぽど理知的だ。
だから、この世界でおれたちが争うことの不毛さは、すぐ理解できると思うんだ。
あいつのことを盲目的に信じているわけじゃない。
おれなりに根拠はあるのさ」
それを聞いて、麻条先生はうなずいた。
「だったら、私からは何も言わないわ。あなたの判断に任せる」
「そうか。じゃあ、タイミングを見計らって説明するよ。
あいつを刺激せずに伝えようと思う」
「ありがとう」
思わぬ言葉をかけられ、今度はおれが驚いた。「ありがとうだって?」
麻条先生は口の端に笑みを浮かべた。
「あなたが敵だった私を気遣ってくれたからよ。
昨日決めたことを疑っていたわけではないけど、こうして、あなたからの気遣いを知ると、昨日の判断は間違っていなかったと確信が持てるわ。
それで、何となく感謝したくなったの」
おれは照れて顔をそむけた。「よしてくれ。全身がむずがゆくなる」
おれは麻条先生にうなずいてみせると、おれが問題ないと判断できたら仲間と引き合わせると約束して麻条先生と別れた。昼休み前に筋は通せたわけだ。
昼休みになると、おれはいそいそと教室を出ようとした。
「あれ、どこ行くの? 勇真君」
おれの様子に不審なものでも感じたのか、委員長が話しかけてきた。
女の子に会う訳ではないから委員長には安心してほしい。
いや、無用の気遣いだってわかっているよ。
「あぁ、いや、ちょっとひとに会おうと思って……」
我ながら弁解っぽいなと思うが、そういう言いかたしかできなかった。
「朝のひと?」今朝の光景を目撃しているから、すぐにピンときたようだ。
でも、まさにその通り。
「そうなんだ。実は、小学校のころの友だちだったんだけど、中学から別々になって疎遠だったんだ。
それが、偶然に同じ高校だってわかって、今朝のようなことになったんだ」
あのとき、男同士で涙を流さんばかりに抱擁している光景を見られている。
あれが説明できるリアルな作り話を、おれはあらかじめ考えていた。
適当に考えた話だが、正直な話、信じてもらえるか自信はない。
「そうなの。すごい偶然……なのかな?
小学校が一緒だったら、高校が同じになる可能性ってけっこうありそうだよね?」
あっさり信じてもらえた。
「そういうわけだから、じゃあね、委員長」
本当は委員長とお話しするほうがいいのだが、今回はさすがに安藤との話のほうが大事だった。
後ろ髪ひかれる思いで、おれは教室を出た。
委員長は笑顔で「行ってらっしゃい!」と見送ってくれた。
引き留めてくれないね、やっぱり。
おれがあすなろの木に到着すると、安藤はすでにおれを待っていた。
昼休みに入って、すぐに向かったつもりだが、安藤はおれを待ちわびていた様子だった。
「待ってましたよ、勇者」
おれは慌てて手を上げた。
「ここで『勇者』はよせって。誰かに聞かれたら、まじで変だと思われる」
安藤はしまったという表情になった。「そうでした。すみません、つい……」
「おれのことは『勇真』と呼んでくれ。『比呂』でもかまわない。そっちは『安藤』でいいよな?」
「僕も『安藤』でも『龍』でもかまいません」
安藤はうなずいて答えた。
これからどう呼び合うか決まると、おれはさっそく、安藤が……いや、アンドリューがこの世界に飛ばされた経緯を確認しようと思った。
「ところで、お前はどういうことでこの世界に来たんだ?
お前もまさか魔王の魔法を喰らったのか?」
安藤は首を横に振った。
「わかりません。
僕はあのとき、ルナを探しに玉座の間の奥へ向かっていたんです。
ちょうど彼女が飛ばされた方角です。
僕はルナと合流し、あなたの元へ戻るつもりだったんです」
「戻るつもりだった?
おれを助けるつもりだったのなら、それはしなくて良かったことなんだ。
まさか、そのせいでお前は……」
「いいえ。さっきも言いましたが、わからないんです。
僕は結局ルナのもとへはたどり着けませんでした。
背後から轟音とともにまぶしい光に包まれて……。
気がつけば、僕はこの世界の安藤龍として、勉強机の前に座っていたんです」
あの黒い球体が爆発したのは、アンドリューが立ち去って間もなくだった。
おそらく、アンドリューもあの爆発に巻き込まれたのだろう。
「きっと、そうですね。すごい光の洪水でした」
おれの考えを聞くと、安藤は素直にうなずいた。
ある程度は想像していたらしい。
「そうなると、ほかの3人も心配だな。あいつらは助かればいいのだが……」
おれは腕を組んでつぶやいたが、余計なひとりごとだった。
「ほかの3人ですって?」
安藤が顔をしかめた。
「どうした? おれ、何か変なことを言ったか?」
安藤は顔をしかめたまま口を開いた。
「朝、あなたと話したとき、あなたは確かに『おれたちのほかに誰か転生しているかもと思ってはいたが』と言いました。おれたちの『たち』とは、いったい誰を指しての話ですか?」




