4 こんなはずじゃなかったのに
「わかった、わかったからとりあえず泣くなよ。泣くようなことしてないだろ?」
いわゆる巷の女の子じゃない(らしい)とは言え、やっぱり女の子を泣かせるのには罪悪感を感じる。女子に縁遠い俺だってそのくらいの感情を持っているのだ。
「ひっく……圭太さん……ひっく……わかってくれたんですか?」
「何がわかったのかわからんけど、とりあえずわかったから泣くな」
「じゃあ、改めて3つのお願いをしてください!」
さっきまで泣いていたはずなのに、途端にニパーっと笑顔になって迫ってきた。マジか。嘘泣きだったのか? 俺、騙された?
「でも、今ここで3つの願いをすることはできない」
「なんでですかーっ! たった3つお願いしてれればいいんですよ?」
「お前が困らないような願いなんてすぐに思いつかないんだよ。ちょっと待て」
「ちょっとってどのくらいですか?」
「えーっと、ちょっとはちょっとだ」
「そうやって、私を騙すつもりですねっ?」
「そうじゃねぇよ。神様って存在がなんで俺を選んだのか知らんが、そんなもん急に言われたって思いつくはずねぇだろ。商店街の懸賞で特賞当てたのとワケが違うんだぞ?」
「その商店街が何とかっていうのは私にはわかりませんけど、要は考える時間が欲しいってことですか?」
「だからさっきからそう言ってるだろ」
「わかりました。とりあえず圭太さん、願い事3つはちゃんとお願いしてくれるんですね?」
「そうしないとお前が困るんだろ?」
「そうです。とってもとっても困るんです」
「女の子を困らせる趣味はない。とりあえずお前が困らないような願い事はしてやるよ」
「ありがとうございますっ!」
「でも、すぐにはできないぞ?」
「大丈夫です。でも、私がこの世界にいられるのは、今この瞬間から168時間だけです。その間に願い事を考えて私にお願いしてください」
「168時間ってえーっと……7日間か。ちなみに聞くけど、仮に7日間に願い事が思いつかなくてお前に願い事しなかったらどうなるんだ?」
「私、消えちゃいます」
「は?」
「消えちゃいます。この世界から元の世界に戻るんじゃなくて、存在自体がなかったことになるんです。天使様になる昇級試験だって言いましたよね? 昇級できないといらない存在として見なされて、存在がなかったことにされるんです」
「ちょ、ちょっと待て。俺、そんなに重大な責任負わないといけないの?」
「責任っていうか、そういう仕組みになってるんで、別に圭太さんのせいじゃないですよ?」
「それにしたって、今こうやって話をしている女の子が存在しなくなるって、すげぇ責任じゃんかよ。俺、そんなのに責任持たないといけないのかよー」
「うーん、圭太さんがどう思うかはわかりません。ただ、168時間経って何もなければ私が消えちゃうってだけのことです。圭太さんの気が済まないとしたら168時間以内に私に願い事を3つしてください。そうすれば私は天使様に昇格できるし、圭太さんは願い事が叶ってばんざーいって感じになりますから」
……なんでこんな厄介なことに巻き込まれたんだ、俺。女の子の存在をかけて1週間で願い事しなきゃいけないのかよ。一体どんな罰ゲームだ、コレ。
「……わかったよ。俺のせいで女の子がいなくなったら寝覚めが悪いからな。7日間で何とかしてやる」
「期待してます、圭太さんっ!」
ああ、言っちゃった。責任負っちゃったよ俺。しょうがない1週間我慢してつきあってやるか。
と腹をくくったらいろいろ疑問を聞きたくなった。
「ところでお前、俺以外のこの世界の人には見えないの?」
「はい、見えません。普通なら圭太さんにも本来見えない存在です」
「で、その格好が天使見習いの制服みたいなもんか?」
世の中にいろいろ出回っている天使さんの肖像画みたいなもんがあると思うんだが、まさにああおいう格好をしている。
「制服っていうのが何なのかわからないですけど、これが普通の格好です」
「ちなみにお前、名前ってあるの?」
「名前って、ガブリエル様とかミカエル様とかそういうやつですか?」
「例えが極端だけど、まぁそういうやつ」
「ないです。私のいる世界は言葉を使う会話っていうものがなくって、頭の中に直接メッセージが入ってくる感じなので、個人を特定する何かが必要ないんです。天使様の名前っていわれるのは、この世界で言うと尊称というか肩書きみたいなもんなんです」
「その感覚がよくわからんが、そういうもんなんだな」
「はい、理解してもらえたようですね」
「で、いつまでも俺はお前のことを『お前』って呼ぶしかないのか」
「そうですねー。この世界で言うところの名前がないのでしょうがないですね」
「じゃ、お前のことを7日間の間『メイ』と呼ぶことにする」
「メイ、ですか。なんか意味あるんですか?」
「いや、今5月だから英語でMay。そんだけだ」
「? よく分からないですけど、とりあえず私はメイってことですね」
本当だったら何事もない5月の土曜日だったのに、なんでこうなった俺。