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「あ、お姉さん目が覚めたんだね。」
目が覚めたら赤い宝石を額に付けた黒猫が話しかけて来た。あぁ、私本当に転生しちゃったんだな...
「カーバンクルのユウリだよ。よろしくね。」
尻尾を左右に揺らし、前足でクシャクシャになった手紙を地面に抑えていた猫に似た生物もといユウリはカーバンクルを自称している。嘘をついているようには見えないが、本当だとすると随分とファンタジーな世界に転生したものである。混乱を悟らせないように笑顔で返事をする。
「よろしくね、ユウリ。話せる猫なんて初めてだよ。」
「猫じゃなくてカーバンクルだから。君は生まれたばかりみたいだから鑑定の使い方を教えてあげる。ほら、こうやって念じて…あ、僕に試しても効かないよ。自分に試してみて。」
自分に対して何かを念じる……?何かの自己暗示だろうか。とりあえず試してみる。
名称:なし
種族:吸血鬼
職業:なし
年齢:0歳
状態異常:なし
HP:300/300
MP:500/500
攻撃力:100
魔力:230
防御力:150
素早さ:400
魔法:全属性
スキル:カリスマ、支配、魔法強化、欺瞞、鑑定、思考加速、万能言語、日差し耐性
眷属:なし
称号:なし
脳内に情報が入って来る……名称なしといい、年齢といい、これは私の状態を指しているのかもしれない。そしてこれはスキルについている鑑定の起こした現象だとユウリが言っていた。信憑性はそれなりに高い、が、赤ん坊のような年齢の割に自分の身体は十代中旬に見える……というかそもそも服を着ていない。周りに人もいないので今すぐ何とかするべき問題ではないんだが落ち着かない……こんなんじゃ駄目だ。落ち着いて状況を整理しよう。
この世界の年齢は0から計算されるらしい。私の種族は吸血鬼か……人間じゃないなら外見の違和感も少しは納得できる。
ここまで来てようやく別の違和感に気が付いた。ユウリはなんで私に鑑定がある事を知っているのか、それはユウリにも鑑定ができるからじゃないだろうか。
「ユウリは私を鑑定できるの?」
「勿論だよ。それとこれ……君の隣に落ちてた手紙。」
「ん」
ユウリはそう言いながら私に前足で踏みつけていた手紙を差しだし、私はそれを受け取り、付着している土を払い落とし、中身を取り出した。
転生したばかりの自分に手紙を出す人物なんているとは思えない。宛先は自分ではないだろうと思いつつも好奇心が勝ったので気にせず内容を見たら、宛先に転生前の自分の名前が書かれていたのに少し驚いた。ココナからか……転生前のプライバシーくらい大事にして欲しいものだ。
“普通転生ボーナスなんて存在しないけどこっそり日差し耐性、万能言語を付けておいたから。だからちゃんと元気に幸せに生きて、もっと素直になってくるんだよ。”
そんな事より転生せずにそのまま地獄に落ちたかったんだけど、転生した今こんな事を言っても手遅れだろう。空を見上げたら雲間から少しだけ日の光が漏れている。日差し耐性が無かったら今頃大変だったんだろう。それに万能言語が無かったらユウリとも話せなかったかもしれない。状況は今以上に混乱していただろう。向こうなりの配慮もあるし、文句ばかり言っても仕方ない……もう少しだけ生きてみるか。
「転生者は珍しいけど、女神様に特別扱いされる転生者はもっと珍しいね。そうだ!僕が最初の眷属になってあげるよ。こう見えてもレジェンドランクのモンスターだからね、絶対役に立つよ。」
ローテンションの私の気も知れずにユウリはさっきよりも楽しそうに話しかけて来た。適当に話を合わせる事にする。
「じゃあどうやって眷属にするの?」
「僕が同意して君も同意したらその時点でもう契約は成立するよ。ほら、もう一回鑑定してみて。」
名称:なし
種族:吸血鬼
職業:テイマー
年齢:0歳
状態異常:なし
HP:7300/7300
MP:7500/7500
攻撃力:7100
魔力:7230
防御力:7150
素早さ:7400
魔法:全属性
スキル:日差し耐性、カリスマ、支配、魔法強化、欺瞞、鑑定、思考加速、万能言語、幻術、覇気、気配遮断、気配察知、超幸運、魔眼
眷属:カーバンクル
称号:不老不死、初めての眷属
成り行きでユウリを眷属にしたら本当にカーバンクルだったらしくスキルもステータスも……何よりも称号が笑えない話になってしまった。前世でもやけになって行動したら取り返しがつかない事になった事は何度もあった。今回もそうだ。反省しても反省しても懲りない自分にうんざりする。もう生きたくないと言ってる人に不老不死を与えてなんになるっていうんだ……
とはいえこれ以上やけになっても状況は好転しない。取り返しが付かなくなる前にできる事をしっかりしよう。スキルの性質は鑑定できなくても自分が持つスキルは自分が一番よくわかる。今から一つ一つできる事を確認しよう。
「うわ…途端に僕より強くなっちゃったね…」
「スキルの支配が眷属のステータスとスキルを私に上乗せするみたいだね。つまり眷属を増やせば増やす程私は強くなるのか。」
眷属を操る事もできるみたい…こっちは言わない方がいいな。
「君の名前はどうするの?」
「うーん……ユキでいこう。」
流石に前世と同じ名前は気が引ける。前世の自分を知っている人がいれば命を賭して復讐しに来る奴も少なくないだろう。
「で、早速なんだけど。」
「何?」
「服ある?裸のままとか滅茶苦茶恥ずかしい。」
「なら早速魔法で作ってみたら?ユキは属性は全部使えるみたいだし、イメージするだけで作れる筈だよ。」
早速試そうとしたら乱流が身体の中を渦巻いている感覚がして、体の関節が痛くなって、指先から徐々に血が流れ、掌の数センチ先が爆発し、森の中心に巨大なクレーターが出来た。吸血鬼の身体が丈夫だからか、痛みはすぐに消え、指先の血も止まった。目の前には煙を吹いてる黒い塊が地面に転がり落ちた。木の枝でつつくとじゅっという音と共にパラパラと崩れ落ちた。これを着るのは無理そうだ。
「魔力込め過ぎだよ。初めてなんだからもっと慎重にやってみて…ほら、こんな感じに。」
ユウリの目の前に黒いゴジックドレスが出来た。
「あ、ユウリはそういう趣味なんだ。」
「違う違う!僕の魔法が闇属性だから黒いだけ!」
「このデザインは?」
「う…」
「ユウリの趣味は尊重するけどさ、いくら私でもあまりレベルが高いのはついて行けないよ?」
「そこまで酷くはないだろ!それよりもほら、鏡も出すから自分の姿も確認してみて。」
冗談を言える程には気分が回復ができたのを自覚し、少しほっとしたユキの目の前にユウリは鏡を置いた。鏡の中には16歳程の紫色の目をしている黒髪の美少女が映っている。このドレスは確かにユキの見た目に合っているかもしれないが、趣味ではない。
ユキは鏡の自分に向けて笑いかけてみた。鏡に映った女の子も同時に嬉しそうに笑い返した。このドレスは趣味に合わないが、他人の警戒心を削ぐのには使えるだろう。
「これが私?まぁいいや。もっと魔法について教えてくれない?」
「いいよ。人の姿になって解説するね。」
そしてユウリは赤目黒髪の男性になった。イケメンだな…そういう趣味か。
「まず、この世界には火、水、風、土、闇、光、無の七つの属性があるよ。魔法を使えない人種や全属性使える人種はいるけど、数は多くないね。」
「具体的な割合は?」
「魔法を使えない人種は人口の一割。全属性使える人種は数十年に一人だね。」
「ふーん。全属性使えていい事って何?」
「魔力と想像力と技術が足りていれば何でも一人で作れるよ。それと、いい事かどうかはわからないけど、名乗り出れば王宮魔法使いになれると思うよ。」
「それってバレても強制的に王宮魔法使いになっちゃう訳?」
「そうなるだろうね。」
「じゃあスキルで隠そう。そういえば人間のステータスはどれくらい?」
「うーん…僕を討伐しに来たパーティーは2000程度で、海難に遭って流れ着いた海賊は70から150程度だね。」
「ありがと。これでどうかな?」
名称:ユキ
種族:人間
職業:テイマー
年齢:16歳
状態異常:なし
HP:100/100
MP:60/60
攻撃力:50
魔力:70
防御力:90
素早さ:80
魔法:闇属性、無属性
スキル:テイム、鑑定
称号:初めてのテイム、嘘つき
テイムした魔物:黒猫。
欺瞞というスキルは本当に便利だ。ステータスを誤魔化すだけじゃなく、自己暗示などにも応用が効く。鍛えれば他人の精神、性格、記憶まで操れるかもしれない。前世の自分には才能も力もあまりなかった。それでも周りを騙し、隠蔽し、唆し、どうにか16歳までは生きて来れた。ひょっとしたら前世の自分の行いがスキルに反映されたのかもしれない。果報……とは間違っても言えないが、前世の努力が実を結んだといっていいだろう。
早速スキルの欺瞞を自分に使ってみる。私はこの状況を楽しんでいるように振舞えている……私はこの状況に混乱していないのかもしれない……私ならすぐにこの世界のシステムに慣れるだろう…………よし、これでいい。
「あれ?…凄いね…これが欺瞞の効果?」
「あったりー!よくわかったねユウリ!」
「それ以外に思い当たらないからね。」
「じゃあ早速魔法について続きを教えてよ。」
「うん。まず、魔力の流れを感じてみよう。手を貸してみて。」
ユウリはユキの両手を握ってお互いの体内にある魔力を繋げた。
「どう?魔力の流れを感じる?」
「……よし!大体わかったよ!」
「じゃあ折角だから試してみて。」
「こうかな?」
靴を作った。服も大事だけど靴だって絶対にいる。
「あ、忘れてた。」
「ユウリは素直だね。じゃあ今度はこの世界について教えてくれない?」
ユキ
平気で嘘をつく女の子。嘘がバレても悪びれない。一人称私。
ユウリ
レジェンドランクの魔物。七体の神獣の内の一体。一人称僕。