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OLD DEUS.  作者: 望月 チナ
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プロローグ ──始まりと邂逅──

一つ、二つと雫が森閑(しんかん)とした夜にポツリポツリと音を奏でる。地面にはビラが乱雑に()かれその上を多くの人が行き交う。

殆ど(ともり)は無く薄暗く小気味悪い場所に多くの人が行き交う道を挟む様に柄の悪い商屋、庄屋が羅列されている。

市場である。

事実、殺伐とし陰気な雰囲気が流れている。

治安の悪さに耐性が付いてるのか人々は人身売買、密売にすら目を向けない。

そんな中黒に身を包んだ軽装な青年が一人商人の元に


「100万。」


と言い黒みを帯びた鮮やかな紅色の石を商人と青年とを挟む台に一つ置く。

躊躇いか僅かの間が空く。


猩紅石(しょうこうせき)...魔法道具の一種。

猩紅石はアルネスの洞窟という町外れにある極めて危険且つ通常ならば誰も近づかないであろう場所の最奥地にしか無く希少価値の高い代物。

市場は勿論アイテム専門店に売られていることは数少ない。というか無いに等しい。

商人が背後に吊るしてある時計の様な物の前に猩紅石を合わせる。

途端に商人が頷く。


「持っていけ。」


おそらく鑑定にかけたのだろう。

が、その時計がどんな意味を成したのかは判らず鑑定が終わりを告げる。

少女が雑に前へ引っ張り出される。

茶色の布を頭からぶかっと被っていたがありとあらゆる箇所に傷、青あざがあり痩躯(そうく)であることは一目瞭然。


アルス・ルベル


「取引完了だ。」


エアーエアリス──…


突如として市場にいる者達の視界が奪われる。

数瞬にして瞬く間に赤色の閃光が市場全体を覆う。

光を放ったのは猩紅石だ。特定の魔法を唱えると光を放出するようになっている。本来ならば有り得ないことだ。ただ、"特定の範囲"から"特定の魔法"を唱えると何らかのアクシデントを起こすことは可能である。

その中を一つの影が残像を残しながら一瞬にして少女を掻き攫う。

(やが)て光は消え視界が開ける。

そこにいた者達が混乱に陥っていた。

そこにいた者達からすれば一瞬の出来事であった為何が起こったのかを把握できてないでいる。

先程いた少女、青年は居らず商人だけが置いてきぼりを食う。

そんな中少女を掻っ攫った影とは別の影が先の影を追うようにして突如現れた。

一つの影を瞬時に捉えたのち逃さぬと言わんばかりに少女を担いだ男の横に並ぶ。

後を追う者は口を開こうとしたが一つの猛打が繰り出され鈍い音を立て地面にゴトンッ!と蹴落とされた。

辺りは騒然とする。

その衝撃波は強く地面には亀裂が入り砂塵が舞い上がる。

打撃を負った身体は(いさご)と共に霧散(むさん)する。

後を追う者はダミー。因みに先の青年もダミーである。

ここで彼は一つ疑心に見舞われる。これがダミーならば自分と同じ魔法を使える者がもう一人近くに存在した。

少女を担いだ彼は地面を破砕させてしまったすまなさにペコリと頭を下げその場を後にした。



彼は少女を担いだまま|ひたはし(直走)る。行き着いた先には横穴の様な洞門が見える。

岩窟は広く掘られ壁にはランプがいくつかありチカチカと明滅している。どこか懐かしく落ち着きのある憩いの場の様。

その奥から「おかえり!」とイキの良い声が洞窟内に響き渡る。

装飾を排した姿に黒色の髪は綺麗に施され透き通る様な紺碧の眼を見開かせた彼女が出迎えてくれた。

現時点でここに住むのは彼と彼女2人しかいない。

「あぁ、ただいま。」

円形の机を前に腰を下ろす。彼は疲労からか素っ気なく返事をした。

彼女はそんな彼の素っ気なさなど関係無しに会話を続けた。


「その子は?」

座る彼を前に前屈みになり聞く。


「可哀想だったから拾ってきた。」

実際拾ったのではなく奪った。の方が正しいことは重々承知している。

そんな少女は"身じろぎ一つせず寝息も無く泥のように"眠っている。腰を丸め寝顔はまるで赤子の様だ。


「拾ってきたってっ...その子大丈夫なの?」

心配そうに顔をしかめ少女の元に駆け寄る。

またして彼は素っ気なく返す。


「安心しろ、眠ってるだけだ。ほっときゃその内目覚める」

とはいえ、この少女に何らかの魔法がかけられていることをルグは既に知っていたのだ。

彼女はムスゥ!とし彼の方を見て言い張る。


「ルグが心配じゃなくても私は心配なのぉ~、何が安心しろ。よ!」

洞窟内に響き渡り軈て静まり返る。

少女を掻っ攫った張本人。彼の名はルグ。


カツンッ!ー…


洞窟内に響く。入り口からコツコツと音を立てこちらに近づいてくる。

ルグ達を前に小刻みに震え何か言いたげな表情をしている姿が確認できる。

眼鏡をかけおんぼろ雑巾の様な服を着、杖をついている。白髪な老爺は一発蹴りをいれたら直ぐに折れそうなぐらいひょろひょろなのが分かる。


「こんな所に何用ですか?」

ルグが真剣な眼差しで言う


「"それ"をどうする?」

老爺はルグの問いかけに聞く耳も立てず話し出す。

老爺の眼光は鋭く全てを見透かしたかの様な眼でルグ達の方を見て言う


「其奴の正体に物ともせず(ねぐら)に漕ぎ着けた訳じゃあるまいて」


老爺はガラガラの声を絞り出す様にしてルグ達に言い張る。

ルグは意味が分からず人心を惑乱させる。


「少女が何か問題ですか?」

老爺は一つため息をつき話出した


「其奴は兵器じゃぞ?...かつてこの地を治め幾十(いくそ)の災難、災厄、災害、困難、危機からも逃れる事も(きゅう)することも無く人々を固守し恩恵を(もたら)し英雄とし君臨していた。」


何の前触れもなく突如として開かれたその口からはある意味不意打ちで唐突でどこかショッキングで理解が追いつかないでいた。

それに接する事なく老爺は続ける


「じゃが其奴の地位を剥奪しようと妬む者や僻む者は有り無しや、逐鹿(ちくろく)の様相を呈する。軈て其奴を(たぶら)かす者は雨後の竹の子の様にうやうやと出てきおった。」

老爺の言動は難く内容の整理は追い付かずルグ、彼女に理解は及ばないでいた。

そんな中突如とし老爺の言葉を一蹴(いっしゅう)するかの様に彼女が言う


「ちょっと待って!この子がこの地を治めていた(?)っていう確証はどこにあるの?先ず貴方は誰なの?」

彼女が疑問に抱いたのは政権を担うには相応の権力、地位のある存在もっと言えば少女だ。年齢的に不可能。年恰好は9、10というところだ。不合理過ぎる。

彼女は老爺の会話に胡乱げな感情を抱いていた。


「儂は其奴の古き同胞じゃ。」

老爺の話の内容はぶっ飛び過ぎている。

老爺の話は進む。


「其奴は次の世代へとその身を委ねることを決意しその場を降りた。して、それは戦争をも意味する。内乱は起こり戦乱、混乱は奮発。其奴は失墜し悲しみから絶望へ、絶望は怒りへと変わり怒りは其奴の心を蝕む。」

彼女の問いかけに応えることはなかった。

老爺の言う事が事実であれば現状あまりいいものとは言えない。奴隷商人から騙くらかし少女を掻っ攫ってきた挙句その少女がかつてはこの地を治めていたここのドンであるなら尚更のこと。

老爺は続ける。


「其奴は“12神”から恩恵を授かりし者。言うなれば“12神”そのもの。その力は膨大で街一つ消すことなど容易い。其奴は狡猾だった。内乱を起こす者は混沌へと引き摺り落とし剰え1匹残らずと鏖殺(おうさつ)した。」

ルグは黙々と老爺の話を聞き漸く事を理解し始め平静さを取り戻す。

少女は未だ起きる事は無く、寝返り一つせず先と同様に"泥のよう"に眠っている。

ルグが先ず考えたのがこの老爺とこの少女には接点があり、切っても切れない存在にある。或いは、剥奪と何か関係がありそこを紐解いていくと対立していた。が、現段階では有り得ないことだ。

顔をしかめ俯くルグは決定的な事を逃してることを有耶無耶ではあるが気づく。

ルグからしかめっ面は消え(まなこ)を老爺の方に向ける。


「一ついいですか、爺さんは皇族だった。或いはそれと何か関係を持つ者。ってことでいいですか。」


古い古い、とても古い。そんな過去の事を知っているのであればかなりの古参だろう。と考える。

同時に相当の権力者であることも伺える。

老爺の形相は変わらず表情は引き締まっている。

老爺の態度は小刻みに震えるばかりで理解に苦しむ。

それに老爺が口に出した“12神”も少女がかつてこの地を治めていたことなど今の時代知る者は指で数える程度。

現にルグ達もその事は初めて知る。

”12神”なんてものは叢書で瞥見した程度だ。


「それに市場にいた商人も爺さん、あんただ...違いますか?」

この老爺もかつては相応の権力者であるなら尚更。魔法の使用は安易。

彼女にはGPS発信のある素粒子が組み込まれている。黒魔術の一種。

だが問題はそこではない。

この少女と老爺の間にいる以上かなりアウェイでもある。


「そんな重鎮さんがいつまでもこの英雄を大事に慕ってるってんだから何かそれ程の親密な関係にあるんじゃないですかねぇ」

大事でもない。

違う。この少女を人心密売にかける理由がどこにある。

(まさかなぁ…)そのまさかである。

老爺は市場での一件が起こる以前から既に把握済みだったのだ。

敢えて少女を解放しルグを誘き出す。少女には黒魔術をかけてありルグの足取りを掴める。

対してルグ自信はというと少女が英雄であった事など知る由もなく判別も不可能。

先ずそこに至ろうともしないだろう。

仮にこの少女がかつての英雄と知っていたところで今の状況は変わらないでいたと思う。

もっと言えば可哀想。という軽い気持ちだけだった。

でも何故ルグ達を誘き出す必要があったのか。

困惑に陥るルグ達を前に一つ老爺は問う。


「一杯食わされた。てか?」

沈黙が走る。


「…纏めるとこの少女はその“12神”の残滓で爺さんはそんな少女の従僕だった。」

ルグの横で彼女は眉をひそめ黙々と聞く事しかできなかった。


「であれば爺さんは少女の後継者であり内乱を起こす者とは無縁の立場に置かれる。」

そう、過去に殲滅したのであればこの老爺が今ここにいることもいなくていいことになる。

老爺はルグの明察に目を瞑る。

そこに彼女もルグの言葉に続ける。


「てことは、このお爺さんとこの子は手を組んでたーってこと?」

彼女は首を傾げた。

目を瞑っていた老爺はゆっくりと目を見開く。

老爺はごもっとも、と言わんばかりに頬を緩める。

今迄じっと握っていた杖を動かし凸凹とした地面に何かを描くようにしながら言う。


「其奴に魔法がかけてあることは既に知っておるな」


「えぇ。白魔術でしか解けない魔法ですね」

現時点で白魔術を扱う者はルグだけだった。

老爺は黒魔術をメインとしている。

少女には二つの魔法がかけられているのだ。


「儂はトチ狂った其奴に畏怖すらも覚え弱りきったところを檻へと追いやった」

かつて人々を鏖殺へと追いやった少女は魔力の使い過ぎというのもありなすところを失う。よって少女を封印することなど安易。


「余談が過ぎたの…旅人よ儂がここにきた理由はただ一つ、其奴を」

区切りを入れる様に数秒の沈黙が走る。


「殺してはくれんか」


老爺の無勝手な言い分、想像を覆す唐突な言葉に躊躇いと驚きとでルグ、彼女は呆然とし突発的に発した。


「「はっ?」」



刻々と時が過ぎる中未知の領域への錠前は外されかけていた。

一つの小さな勇姿は転機を(きざ)

英雄という名を授かりし者《神》

の再臨を復する。

起点にして原点、超越的存在へと紡がれる。

頽廃を迎えたこの地に絶対なる可能性を。

新たなる希望、無数の思いを背に新境地への(きざはし)が舞い降りる。

そして新たなる物語の序幕は開かれようとしている。かもしれない…


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