第10話:幸せな一時
俺は走った。
自転車やタクシーで行けば走るより速いのに、そんなことがわからないほど必死に走った。
「はっはっはっっ……………か、加奈…。」
加奈の名前を呼ぶと、今までの加奈との思い出がたくさん蘇ってきた。
告白されてから、一緒に友達記念日をやったり、
俺が嫌がらせをうけていた時は、俺のために悲しんでくれた。
夏祭りの時だって、一緒にお化け屋敷入ったり、食べ歩きしたり………。
それに、………まだちゃんと告白の返事してない。
いつからだろう、俺は加奈が好きになっていた。
最初は仲の良い友達としか思えなかった。
しかし、一緒に過ごしていて加奈のいろんな一面を知り、そのうえもっといろいろ知りたくなった。
病気になってからだって、ずっと側にいたいと思った。
けど、加奈の病気が悪化していくのを見て怖くなったのだ。
加奈が死んでしまったら、加奈が自分の手の届かない所にいってしまったら……。
それで一度、全てから逃げ出した。
でも、間違っていたんだ。
美樹の言葉を聞いて、そう気づかされた。
大切なものを持っているにもかかわらず、それを自ら手放そうとしていた愚かな自分に。
…………加奈を忘れることが出来るか?…………
そんなこと出来ない。
加奈を忘れるくらいなら、死んだほうがマシだ。
どんなに二人の道が険しく、短くても逃げずに歩む。
俺は、心にそう決めた。
……………走って20分
加奈の病院についた。
「はっはっはっ〜っ!か、加奈……。」
「蓮………くん。」
病院に入ってすぐ、車椅子に乗った加奈がいた。
「蓮くん!!」
加奈が、勢いよく立ち上がる。
「加奈!!」
俺は、加奈のふらつく体を支えるようにして抱きしめた。
「ごめん、加奈。俺、逃げてばっかで全然……。」
「ううん。私の方こそ、たまに記憶戻ってたのに内緒にしてて…。
私怖かったの蓮くんと離れるのが。でも、委員長に言われちゃった、後悔しない?って。
だから私どんなに怖くても、後悔しない今を生きたいって思った。
蓮くんには苦しい思いさせるかもしれないけど、私の最後のわがままきいて。」
「そんなの……いくらでも聞くよ!
だって俺は、加奈が好きなんだから!」
「………えっ?」
「ごめん、返事遅れて。俺、加奈が好きだ
いつのまにか好きになってた。
だから、その付き合って下さい!」
「〜っ!!は、はいっ!」
その返事を聞いたとき、俺の胸元はほんのり濡れていた。
……加奈のお願いで海辺で花火をすることになった。
加奈に最後のわがままじゃなかったのかと聞くと、ちょっと拗ねながらわがままとお願いは違うもーん。
とか言いながら花火を買いに行く後ろ姿は、すごく愛しかった。
それから数十分花火で遊び、とうとうせんこう花火に取り掛かった。
花火に火を付けると、パチパチと線香を弾かせながら美しく燃えた。
「私のこと、忘れてね。」
「えっ?」
「私のこと、忘れてしあわせに生きて。」
「〜っ!加奈のこと忘れてしあわせになれるはずないだろ!!」
「あっごめん。そういう意味じゃなくて、私への恋の気持ちを忘れて、新しく蓮くんを想ってくれる人としあわせになってって意味。」
「な、なんでそんなっ!」
「私のことを想ってくれるのは、うれしいけど……そのせいで恋することをわすれないでほしいの……。
蓮くんには、まだ長く険しい人生がある。
恋を忘れたら生きることが辛くなっちゃう。
そんなのダメ。
これから先、沢山恋をしてしあわせに生きていってほしいの。
これが私の最後のお願い。」
加奈は、何かを決意したように強い目で見つめてきた。
「………ごめん、それ叶えられそうにない。」
「……えっ?」
「俺は、加奈を忘れず恋も忘れない。」
「そんな器用なこと……蓮くんに………。」
「出来ないって?
加奈は恋人も信じることが出来ないのぉ?」
「っ!こ、恋人?」
「ああ、両想いなんだから当然だろ。」
「信じるっ!信じるよ、蓮くんのこと。」
「あっこれで最後のせんこう花火だな。
最後にどっちが長く炎を保てるか勝負しよう。」
「うん。じゃあ蓮くんが負けたら、帰り病院までお姫様抱っこしてね。」
加奈はちょっと悪戯っぽく笑っていた。
「えっ……」
「じゃあ火、付けるよ〜。」
「あっ、ちょっと待って………。」
そして、二人は最後の花火に火を燈した。