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スタローン転生 ~怒りの異世界生活~  作者: アドキンス2号機
シーズン1:怒りの異世界転生
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第3話【夕陽の商人】

 馬車が大きく揺れ、浅い眠りから目が覚める。視界には荷台に覆われたベージュ色の幌が広がっている。荷台には商品と思われ怪しい物体が山のように詰まれているが、足を伸ばす程度のスペースは確保できている。

 それにしてもいつの間にか寝ていたようだ。我ながら、異世界に来たばかりなのに暢気なものだ。

 とはいえ、この馬車というものはほどよいリズムで揺れており、何とも眠気を誘うものなのだ。

 また瞼が重くなり、大きく欠伸をする。

「やあ、暢気なものだねえ。護衛が居眠りとは」

 すると御者台から声をかけられる。旅商人のニナだ。その声は実にフランクで明るいものだ。

「あとどのくらいで着く?」

「眠そうな声だね。顔でも洗ったらどうだい? あと1日はかかるよ。ああ、安心したまえ。途中で村を通るからさ。そこでお泊まりだ」

 ザンダータウンはどうやら思ったより遠い場所にあるようだ。

 最初こそは初めて見る異世界の自然に心をときめかせたものだが、これが思ったよりもこちらの世界と変わり映えのないものなので1時間もすれば飽きてしまった。

 この世界には魔獣がいるらしいのだが、そういった類はもっと奥地。自然の深いところにいるらしい。無念。いや安全が一番だな。

 さて、かつては前の世界でスマホという便利アイテムを駆使し、退屈をまぎらわしてきた身としてはこの時間はなかなかの苦痛だ。何とかして退屈を紛らわせるものでもないものか。

 再び、馬車ががたりと大きく揺れ、ニナの商品類がぐらぐらと揺れる。すると、積み上げられた商品の中から革に包まれた全長30センチ程度の小包が転げ落ちてきた。

 手持ち無沙汰だった俺はなんとなくその小包を手に取り、開いてみる。

 すると、それは刃渡り18センチのナイフだった。

 幌の隙間から漏れた光を反射して、鈍色に妖しく光っている。

 一目見ただけでなかなかの業物だとわかる。それは、このスタローンの目によるものだろう。

「ニナ、このナイフは幾らだ?」

 ニナは横目でチラリとこちらを見やり、すぐ前方にへと視線を戻した。よそ見運転は、危ないもんな。

「だいたい1万5千アクトだね。欲しいのかい?」

「ああ、なかなか使えそうだ」

 地図を買った時に気がついたのだが、この世界の通貨は大体日本円の価値程度に換算しても構わないようだ。わかりやすい。

 ちなみに女神様に賜った俺の全財産は……恐らくかなりのものだ。まだ怖くて数えてない。

「いいだろう。君には護衛を頼んでいるわけだし、そこのベルトもつけて1万アクトで売ってやろう!」

「感謝する」

「その代わり、君にはきっちり働いてもらうがね」

 そう言ってニナは馬を走らせる。しかし、周囲は平穏そのものだった。


「ところで、ミスター・スタローン」

 日がやや傾きかけた頃、御者台で馬を走らせてるニナが話かけてきた。

「なんだ、山賊か?」

「いやいや、そんな物騒なものじゃないよ。ただちょっとね。こうも何もない景色を延々と走っているとね。まあ流石に退屈というか、いやまあ普段は一人旅が多いわけだから。慣れているっちゃあ慣れているわけなのだが、でも今はせっかく君がいるわけだし、こうして暇を潰すために雑談に興じるのはどうかと思ってね。如何かな?」

 ……なるほど。確かに、いい加減、いやもう本当にいい加減退屈していたところだ。

 その申し出は願ってもないことだった。

「いいだろう。何を話す?」

「そうだな、君について教えてくれ。私は君の名前と年齢と性別と容姿しか知らないのでね」

 なるほど、親睦を深めるには互いを知ることが大事だしな。よし。

 俺は咳払いをした。

「俺の名前はユーキ・スタローン」

「ほうほう!」

「年は18」

「うむ」

「性別は男」

「当然だな」

「出身は……」

「それでそれで」

 出身、は……。

 日本国神奈川県。

 いや、通じないだろこれ。

 異世界出身だなんて、いや隠すことでもないが、わざわざ言って胡散臭がられることでもない。

 できることなら知らぬ存ぜぬで通したいところだ。

「おいおい、ミスター。また眠ってしまったのか? 出身はどこなんだい?」

「ん、いや……出身はだな。……そうだな。……わか、らない」

「んん?」

「出身は……知らない。わからないんだ」

「それはまた一体どういうことで?」

「記憶喪失だ」

 そう、わざわざ異世界出身だなんて言うとややこしくなる。だったら記憶喪失で通していけば問題ない。

 まあ嘘をつくのは心苦しいが、ザンダータウンに着けばおさらばする関係なんだ。仕方あるまい。それに嘘と言えば、この俺のスタローンの容姿だって、嘘のようなものだ。

「ほほー、記憶喪失」

 ニナは興味を持ったようだ。

「記憶喪失ってのは、君。それはどの程度のものなんだい? まさか、トイレの仕方まで忘れたってわけじゃないんだろう?」

「どうかな」

 この世界のトイレにはまだ行ったこと無いからわからん。

「ただ、俺のことに関してわかるのはこの身分証に書かれている情報だけだ。ユーキ・スタローン。男性。7月7日生まれ。18歳」

「そっか……」

 そう呟けニナの声にはいつもの元気はない。

「じゃあ、私は君にとっての初めての友達かな?」

「何故そうなる」

「だって、私は君が君について知っている全部を知っているのだろう? それは最早大親友じゃないか」

 そう振り返って笑ったニナの笑顔は、沈みかけた夕日が照らしているせいか、いつもより輝いて見えた。

「……馬鹿言え。俺は君について知らない。それじゃあ友達とは言えないだろ」

「ありゃ、そっか」

 ニナは残念、と言いたげに肩をすくめる。

「……だから、君についての話を聞かせてくれ。友達になるのはそれからでも遅くない」

「おっと」

 ニナは何故か驚いたような素っ頓狂な声をあげた。

「どうした?」

「いや、今口説かれているのかと思ってね。一瞬ドキッとしてしまった」

 ニナは手を胸にあて、如何にも「ドキドキ」してますといった仕草を見せる。

「そんなんじゃない。……いや本当にそんなんじゃないからな?」

「あはは、わかってるさ。君ってば意外とウブじゃないか」

「おい、からかうなよ」

「そういえば君、最初私に会った時なんて言ってたっけ。確か「大人びてるだろ……?」だなんて言わなかったっけ! あはははは!」

 そう言ってニナは大声で笑う。

 俺といえば、少し恥ずかしいのになんだか可笑しくて。妙な気分だった。

 思えばこの時、俺は異世界に来て初めて安らぎというものを感じていたのかもしれない。

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