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第十一話:おっさんはおねだりされる

 本来は雨を使ったギミックを使うことで到達できる絶壁の向こうのジャングルで設営していた。

 もう、暗くなっていたし、この先の狩場はうまい。引き返すのは馬鹿らしい。


 このエリアには極楽鳥が大量に生息している。

 極楽鳥は肉のうまさにばかり気が向いてしまうが、実は経験値が同レベル帯では飛びぬけている。

 まさにボーナスステージと言える。

 おそらく、今日と明日でレベルを上げられる。


 野営をする上でもここは最高だ。極楽鳥を初めとして、自分から手を出してくる魔物がいないので安全に夜が過ごせる。

 さらに運がいいことに、絶壁を超えたのは俺たちだけらしい。


 前が見えないほどの激しいスコールの中で、絶壁に刻まれた謎を解くというのは、前情報がなければなかなか気づけない。誰もいなくても不思議ではない。

 ……もっとも今回はフィルの力技で超えてしまったが。そちらもほかのパーティは真似できないだろう。


「お肉! お肉!」

「お姉ちゃん、はやくはやく!」


 ルーナとティルが騒いでいる。

 その視線の先ではフィルがいて料理を始めていた。

 フィルは極楽鳥の包装を解く。ドロップアイテムは竹の皮に包まれていることが多く、今回もそのようだった。


 包装を解くといい匂いが漂い始めた。

 不思議で魅力的な匂い。

 甘い血の匂い。なのに生臭くない。


「きれいなお肉! ルーナ、はやく食べたい」


 その肉の色はルビーのような美しい赤、皮も艶やかで、白い脂肪の層は厚く食欲をそそる。


「待っていてくださいね。すぐに作ってしまいますから。ユーヤから聞いた通りに調理します。……出汁のない鍋って勇気がいりますね。本当に美味しくできるか不安です」


 極楽鳥は鍋にする。

 鍋にお湯を張り、山菜をたっぷりと茹で、一口大に切った肉を投入する。

 いつもなら、フィルは干したキノコなどを使って出汁を取るが、今回は極楽鳥の良さを活かすためにあえて出汁は使わない。

 極楽鳥から濃厚で美味しい出汁がでるため、他の出汁を入れると味が濁ると言われているからだ。

 フィルは丁寧に灰汁を取りながら火を通していく。


「ユーヤ、ユーヤ、美味しい匂いが強くなってきた!」

「だね。食べるのが楽しみ」


 匂いにつられるようにルーナとティルが鍋を覗き込む。

 ルーナは尻尾をぶんぶんと振り、ティルがエルフ耳を赤く染める。

 香りだけで二人を夢中にさせるのは驚きだ。

 肉に火が通ったところで、フィルが味見をした。

 フィルが硬直して、呆けた顔をして指で唇に触れる。

 その姿が妙に色っぽく感じる。


 しばらくして正気に戻ったフィルは味を調え始めた。

 ルーナとティルが興味津々に味はと聞いているがフィルは食べてからのお楽しみと微笑む。

 だが、俺にはそれがとてつもなくうまいものだとわかった。なにせ、料理好きのフィルが塩しか加えなかったのは、それ以上に手を加える必要がないと判断した証拠だ。

 食べる前に期待は最高潮になっていた。


「出来上がりです。お皿を出してください」


 いよいよ夕食だ。

 やっと極楽鳥を食べられる。


 ◇


 夕食が始まる。

 大きめのお椀に、山菜と極楽鳥の肉、それにたっぷりのスープが注がれてみんなに配られる。


「さっきから、お腹なりっぱなし!」

「うんうん、お腹空いたよね。本当に極楽行けるかな?」

「早く食べましょう」

「はい、熱いうちにどうぞ。食べたら驚きますよ」


 ルーナたちが口を付け始める。

 俺も頂こう。

 まずはスープを飲む。

 水で極楽鳥と山菜を煮込んだだけなのに、とてつもなく豊かな味だ。

 スープに溶けた肉と脂の旨味が口の中で広がっていく。

 美味しいだけでなく元気になっていく。滋養強壮にいいのだろう。


 このスープをいっきに飲み干したい誘惑に耐えながら、肉を口に含む。

 しっかりとした歯ごたえがあり、噛めば噛むほど肉汁が溢れてくる。

 ピンと張った皮と皮下脂肪の甘みも混ざりあってたまらない。


 なるほど、とんでもない高値で取引される理由がわかる。

 これなら金持ちたちがこぞってグランネルに来るはずだ。

 それだけの価値がある。


「美味しい! ルーナは鶏肉より、牛とか豚のほうが美味しいと思ってたけど、この鶏肉は特別!」

「だね。お肉も美味しいけど、こんな美味しいスープ初めてだよ! もっと飲みたいね」


 ルーナとティルが頷き合い、お椀を空にしてフィルに向かって差し出した。


「「お代わり! スープ多めで」」


 二人が息ぴったりにお代わりを告げる。

 さすがは食欲旺盛な成長期だ。


「お代わりするのはいいですが、スープをあんまり使いすぎると雑炊が作れなくなりますよ? ユーヤの話だと雑炊は絶品らしいです」

「ううう、じゃあ、スープ少な目で」

「たくさん飲みたいけど我慢するね。もっと美味しいものを食べるために!」


 フィルが苦笑をして、肉と山菜を大盛にする。

 そして、再びルーナとティルはがっつき始める。

 この後、雑炊を作るのに大丈夫だろうか?

 セレネのほうを見ると、ちょうど食べ終わるころだ。

 彼女は雑炊が控えていることもあり、お代わりはしないようだ。


「このお鍋は絶品ね。極楽鳥は王家にも献上されていて何度か食べたけど。……王家で食べるよりずっと美味しいわね」

「かしこまった王宮より、気の合う仲間と一緒のほうが飯はうまい。それに、コックたちも王族相手に出すのだから、手抜きに見える料理は出せないだろうな。これほどの肉だと変に手を加えないほうがうまい」

「ユーヤの言う通りですが、料理する側としては、なかなか悩ましい食材ですね。どうしても手を加えたくなります」


 なにせ、普通の鍋に必須の出汁すら余計なものにしてしまう。


 お子様二人組のおかげで、鍋の具が空っぽになった。

 いよいよ今日のメインディッシュだ。


 具のなくなった鍋にフィルが米をいれる。

 ぐつぐつと鍋が煮えて米が膨らむ。

 そして、煮詰まることでスープが濃厚になり、ただでさえいい香りがより強くなった。


 ごくりと誰かが生唾を飲む音が聞こえた。

 しばらくして、極楽鳥の雑炊ができた。

 何も言わずにフィルは大盛にしてみんなに雑炊を手渡す。

 そして、全員が一気にかき込んだ。

 言葉もなく、一心不乱に。

 一口食べたら止まらなくなった。

 あっという間に、お椀が空になってしまう。


「ふう、これが極楽鳥の雑炊か。想像以上だった」


 この一杯にすべての旨味が詰まっている。

 ただでさえうまいスープに、グランネルの新米が合わさって、その相性が最高で、かきこまずにはいられなかった。

 食べ終わってから、もっと味わえば良かったと後悔する。


「美味しかった! ルーナ、極楽行けた!」

「私もだよ! 極楽って嘘じゃなかったんだね。美味しいって行くところまで行くと気持ちいいってなるんだ」

「今まで食べてた極楽鳥の料理がなんだったんだって思っちゃうわ」

「残念ながらお代わりはないですが、お肉はまだあるので明日も楽しめますよ」


 明日もか。それは楽しみだ。

 だけど、明日はまた別の料理を食べてみたいと思う。

 この鍋はもっとも素直に極楽鳥の良さを引き出す料理だが、もっといろんな魅力が隠されていると思うのだ。


 美味しいご飯を食べて、場は盛り上がっていく。

 そして、フィルがとっておきと言いながら、こっそり作っていた脂身が少ない部分で作っていた極楽鳥のタタキを取り出した。

 レアに焼いて、特製のたれに付け込んでいたものだ。

 これは酒が欲しくなる。

 晩酌を楽しもう。

 野営中は晩酌を控えるのが普通だ。これは安全地帯だからこそできる贅沢だ。


 ◇


 スコールの気配がしたので晩酌はテントの中で楽しむ。

 極楽鳥は生でも食べれる肉だ。レアに仕上げてむっちりとした歯ごたえと、生でしか味わえない肉の旨味でタタキも絶品だった。


 酒が進み、酒に弱いルーナとティルはすでに眠ってしまっている。

 幸せそうで可愛い寝顔だ。

 フィルはもう一つのテントに向かい、ルーナたちの寝床を整えていた。

 今はセレネと二人きりだ。


「セレネ、一つ聞いておきたい。おまえの兄は強いのか?」


 戦いが始まるまえに、敵のことを知っておきたい。

 できることは何でもしておきたいのだ。


「とても強いわよ。幼い頃から剣技の英才教育も受けているし、今の私よりレベルも高いと思う。それにセンスもある。頭もいい。昔はあの人に憧れていたの」


 兄に憧れていると聞いて驚いた。

 セレネは、兄が国を支配すればラルズール王国は衰退し、民が苦しむからこそ、自分が王位継承権を得て姉にその権利を譲ると言っていたはずだ。


「セレネが憧れる人なら、別に王にしてもいいんじゃないか? それこそ、その兄に全部任せてこのまま俺たちと冒険して……一生、ただのセレネとして生きていくのもいい。今のセレネは昔よりいい顔をしている」

「ふふっ、そうね。そうできたら幸せだと思うわ。でも、私を含めて、誰にでも優しくて理想に燃えていた兄は変わってしまったわ。数年前から横暴で私欲に走り、悪いうわさが絶えなくなった。そして、私を疎むようになった。権力と欲に夢中になった兄は、銀髪に生まれてルノア様の生まれ変わりと騒がれる私が気にくわないのでしょうね」


 その目は悲し気で、遠くを見ていた。

 兄のことを想い浮かべていたのだろう。


「よくも悪くも人は変わる。昔はセレネが懐くほどだったのだろう? もしかしたら、いつか自分を取り戻すかもな。だが、不思議だな。本当に今のセレネよりもレベルが上なのか? それに、剣の薫陶を受けているのはセレネも同じだろう」


 セレネは、俺たちと一緒に冒険するようになってから、普通の冒険者の数倍の速度でレベルが上がっている。

 なのに、まだレベルが劣るのは驚きだ。


「私と兄は同じようで同じではないの。私の母は側室なの。兄が私を疎むようになってから、王宮から支援が受けられなくなった。私と違って兄は王家が独占しているダンジョンを好きに使えるし、王家付きの剣の指南役に剣を教われる。私は母側の実家の伝手を利用するのが精いっぱい、ダンジョンだって外のを使っていたわ」


 そういう事情があったのか。だからセレネはグリーン・ウッドで狩りをしていた。

 セレネの言う通り、王家には独占ダンジョンがある。それを使えばほかの冒険者と取り合いにならずに好きなだけ魔物を狩ることができて、レベル上げの効率がいい。


 そして、王家付きの剣の指南役。代々剣の腕を磨き続けた一族であり、教えることに関してもプロだ。


「確かに強敵だ。向こうに有利な条件が多い。だがな、一つセレネに問いたい。その王家指南役というのは俺よりもいい師匠なのか?」

「ふふっ、それはないわね。ユーヤおじ様は世界で一番の師匠よ。だから、勝つわ」


 セレネが微笑む。

 彼女はきれいだ。女性としての魅力にあふれている。ルーナたちは可愛いと思うが、彼女の場合は綺麗に分類される。


「セレネの勝利を祈っている。継承の儀でセレネが勝って、その後にある大会で俺は優勝し、最高の騎士になる。そのためにラルズール王国に行くんだからな」


 そう決めている。

 だから、それを実行するためにできることをすべて実行する。


「……私ね、兄と戦うと決めてから、ずっとずっと眠れなかったの。どれだけ疲れていても、未来のことを考えると不安で不安で眼が冴えてね。だけど、ユーヤおじ様と再会してから眠れるようになった。不安が消えたの」

「それは師匠として鼻が高いな」

「師匠としてだけじゃないわ。それだけじゃない。ユーヤおじ様といると安心できる。ねえ、ユーヤおじ様。もし、最後に思い出が欲しいと言ったら応えてくれるかしら?」


 セレネが距離を詰めてくる。

 いい匂いがする。

 それも理性を溶かす匂いだ。


「俺は……」


 そのとき、足音が聞こえた。

 フィルが戻ってきたのだろう。もう一つのテントの準備ができて、ルーナとティルを運ぶためだ。


「冗談半分よ。半分は本気で、もう半分は……やっぱり本気。でも、ユーヤおじ様を困らせるつもりはないの。そろそろ向こうのテントに戻るわ」


 セレネとフィルがそれぞれルーナとティルを抱いて向こうのテントに運んでいき、エルリクがキュイッと鳴いてついていく。


 ……まったく心臓に悪い。

 あの小さなルトラ姫がいつの間にか女になっていた。

 俺も老けるはずだ。

 酒を飲み干す。

 そろそろ寝よう。今はただできることを全部する。

 今できることは、明日も狩りに精を出してレベルをあげること。

 それだけだ。


 


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