第七話:おっさんは呪縛から解放される
封印された扉が開いた。
封印の解除条件はレベルリセットをしていること。
この隠し部屋は、死ぬほど意地が悪いと思う。
ここは、ギルドに管理された低レベル冒険者しか入れないダンジョンであり、隠し扉を開くにはレベルリセットをしている必要がある。
低レベル冒険者が見つけても、隠し部屋の中に入れない。
高レベルの冒険者はそもそもダンジョンに入れすらしない。
レベルリセットした冒険者なら、再び来ることもあるだろうが実は罠が存在する。
クラスを与えてくれる始まりの街というのは複数あり、レベル上げだけを考えるなら、もっと効率のいい街が存在し、ゲームをやり込んでいる人間ほど、レベルリセット時にルンブルクは選ばない。
はっきり言って、始めにこの隠し部屋を見つけた奴は頭がおかしい。どれだけやりこんでいたのだろう。
扉の先に進み、隠し部屋にたどり着いた。
部屋の中の構造は、レベルリセットをした隠し部屋と一緒だ。
光水晶に照らされた石造りの部屋。
中央に噴水が設置され、奥には女神像。
……まさか、またあれはないだろうな?
「ユーヤ、きょろきょろとしてどうしたの?」
「なんでもない。敵がいないか一応探していたんだ」
「だいじょーぶ、ルーナの【気配感知】には何も引っ掛かってない」
ルーナがどや顔で胸をぽんっと叩く。
それを見て苦笑する。
実のところ、俺が警戒していたのは、またルーナのように水晶に閉じ込められた少女がいないかだ。
ルーナは素直でいい子なので役に立ってくれているが、さすがにもう一人面倒を見るのはごめんこうむりたい。
さて、儀式をしよう。
レベルリセットの女神像も、ステータス上昇の女神像も同じ存在によって生み出されたものという設定がある。
使い方は一緒だ。
壁にかけられている光水晶を一ついただく。
そして、女神像の首飾りにはめ込んだ。
女神像に光が満ち、脳裏に声が聞こえた。
……来たな。
『数多の冒険を潜り抜けた者よ。よくぞ、私を見つけてくださいました。汝の努力と探求心を称え、力を与えましょう……どうか、この力で闇を振り払ってください』
女神像の光が俺に向かって放たれる。
ぽかぽかとする。
内側に力が満ちていく。
ああ、わかる。たしかに俺は女神の祝福を得た。
光が止む。
自然と顔がにやける。
ついに、ついにやったのだ。
これで、レベル上昇時には必ず最大値を引ける。
俺は運が悪かった。それだけで努力していない連中に追い抜かれていった。
どうしようもない壁にぶつかった。
壁を越えよう、越えようともがき続け、努力し続け、強くなった。低いステータスを補っていった。
だけど、壁を乗り越えるたびに、新たな壁が現れ、苦しみ続けた。
だけど、これからは違う。
努力すれば、するだけ報われる。
「ユーヤ、泣いてる?」
「ははは、情けないところを見せてしまったな。ずっとずっと、俺を苦しめていた呪いから、やっと解放されたと思うと、自然に流れてきたんだ」
ステータスが低い。それだけで舐めた辛酸は数えきれない。
ルーナが近づいてくる。
「ユーヤ、しゃがんで」
よくわからないが、しゃがむ。
するとルーナが抱きしめてくれる。
彼女の胸に顔が押し当てられる。
……意外に大きい。
「いい子、いい子」
「ルーナ、どういうつもりだ?」
「なんか、こうすると悲しくなくなるって、そんな気がした」
「……記憶がないのに変なことを知っているんだな」
「ユーヤ、どう、悲しくなくなった?」
「そうだな。ありがとう。もう、悲しくなんかないよ」
「よかった。また悲しくなったら、ルーナがいい子、いい子してあげる」
まったく、この子は。
……この子をパーティにいれて、一緒にいて良かった。
ルーナから解放される。
「ルーナ、おまえも俺と同じようにやってみろ」
おそらく、レベルリセットをしていないと無駄だろうが、念のためやらせてみよう。
万が一、成功すればルーナの戦闘力が大幅にアップする。
「ん。やってみる。えっと、壁の石を女神の首飾りにはめればいい?」
「そうだ」
ルーナは駆け足で壁の光水晶を取ってきて、女神像に嵌める。
しかし、何も起こらなかった。
「ユーヤのときみたいに光らない」
「やっぱりダメか、まあ、いいか。今後の楽しみにとっておこう。さあ、部屋を出て崖を上るぞ。きついけどがんばってくれよ。崖を上り切ったら、いよいよ念願のレベル上げだ」
「がんばる! たくさん倒して強くなる!」
もう、レベルを上げることに対する躊躇いはない。
がっつりと敵を倒していこう。
◇
崖を上りきった。
縄一本で、この断崖絶壁を往復するのは辛い。
だが、その苦労に見合うものは得られた。
……そうだ、言い忘れていた。
「いずれルーナはここに来ることになる。そのとき、俺はついてきてやれない。しっかりと、この崖の場所を覚えておくんだ」
「わかった。記憶喪失だけど、記憶力には自信がある」
また、微妙な返事を。
ルーナがレベル上限まで達すればレベルリセットをしてここに来させる。そうしたほうが強くなる。
このダンジョンはレベル10以下でないと入れない。彼女に合わせて俺もレベルリセットをするのはきつい。
だから、ちゃんとここの場所を覚えてもらわないといけない。
俺が、杭を引き抜き、縄を片付けている間、ルーナはしっかりとこの風景を脳裏に刻み付けていた。
◇
この岩山のダンジョンは登れば登るほど、強い魔物がでる仕組みだ。
そして、強い魔物ほど経験値が多い。
なので、登り続ける。
「ユーヤ、この先は危険。講習のときも最上部は入っちゃだめって言ってた」
「だろうな。低レベルの冒険者じゃ歯がたたないロックゴーレムがでる。ほら、見てみろ。ご丁寧に入るなって看板まで用意してある」
防御力が高すぎて、物理攻撃はほぼ通じない。
その上、魔法防御力も物理防御力ほどではないが高い。
初心者が挑んで勝てる魔物じゃない。
あれに挑むのは自殺行為だ。
幸い、最上部にしか出ないおかげで簡単に避けられる。だからこそ、ロックゴーレムが出るのに初心者ダンジョンとしてここは使われてる。
「なら、引き返そう」
「……いや、俺なら勝てる。魔法戦士の可能性を見せるにはうってつけだ。防御力が高いが遅い魔物は特にカモなんだ」
強い分、経験値が多くドロップアイテムもいいものがある。
ロックゴーレムは固有アイテム持ちで、しかもこのダンジョンにしか出現しない。
初心者しか入れないダンジョンにいる初心者には倒せない魔物のドロップ品というだけあって非常に希少だ。
「わかった。ユーヤがだいじょーぶって言ったら、きっとだいじょーぶ」
「ただ、一対一なら勝てるが、敵が複数いれば死ぬ。ルーナの【気配感知】を頼りにしてるぞ。戦っている最中でも二匹目が近づいたら全力で逃げるからな」
「ばっちこーい」
頼りになる子だ。
俺たちは、運がいいのか悪いのか、一体の魔物とも合わずに最上部に来てしまった。
そこで、俺は言葉を失う。
「あの、バカども」
そこでは、俺に絡んできた三人の若い冒険者たちがいた。
ロックゴーレムと戦っているのだ。
……おそらく、ここまで魔物と出会わなかったのはあいつらと同じルートを通ってきたからだ。
あいつらは根こそぎ、進路に居た魔物を倒した。
そして、調子にのって最上部に来てしまった。実力を過信して、実力不相応のエリアに踏み入れる。
それもまた、冒険者にはありがちなこと。
その失敗を次に活かせる者は運がいい。
……ほとんどの冒険者は死んでしまい、反省する機会すら与えられないのだから。
「ひっ、ひっ、助けて、助けてえええええええ」
あの三人はバランスのいいパーティだ。
戦士、魔法使い、狩人。
戦士が壁になり、魔法使いと狩人が後方から魔法と弓で援護する。
だというのに、戦士がそうそう吹き飛ばされて、戦意喪失して腰を抜かしている。
ロックゴーレムは、後衛を狙う。
魔法使いと狩人は必死に攻撃するが、ゴーレムは自慢の防御力任せに突進し、魔法と弾幕を突き抜ける。
魔法使いと狩人がまとめて、吹き飛ばされて岩壁に叩きつけられた。
かろうじて息はしているようだが骨がやられて動けそうにない。
このままだと全滅だ。
「助けにいく。ルーナはここで待機。あそこにお荷物が三人いる。ルーナにまで気を回せない」
「なんで? あんな嫌な奴ら放っておけばいいのに。あいつらはユーヤを馬鹿にしてた」
「理由は二つだな。一つは俺には助ける力がある。もう一つ、……バカなガキを導いてやるのは、大人の仕事だ」
俺からみると、あいつらは子犬だ。
必死にきゃんきゃん吠えて、威勢を張って、可愛らしいと思っていた。
冒険者の多くはたった一度の過ちで命を落とし、反省する機会すら与えられない。
過ちを経験して、自らの行いを正して、まっとうな冒険者になれる奴らもだ。
……それはあまりにも、もったいない。
俺の力で助けられるのなら助け、反省してやり直すチャンスぐらい与えてやりたい。少なくても俺はそう思う。
俺はロックゴーレムのもとへ走り出した。
さて、行こうか。
未来ある後輩たちを助けるために。