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エピローグ:おっさんはケリをつける

 ようやく、戦いが終わった。

 炎無効装備なしに炎帝竜コロナドラゴンと戦うのはかなり厳しく、危ない場面もあったが倒せて良かった。


 今回のような強敵との戦いは、レベルに見えない強さに繋がる。命をかけた戦いでないと得られないものがあるのだ。

 楽に勝てる相手だけと戦っていると、冒険者はどんどん鋭さを失っていく。


 どんな状況でも冷静に最善を尽くすというのは、言葉にするのは簡単だが、実行するのは難しい。

 それを可能にするには場数を踏むしかない。


「【解錠】。宝箱の中身、なにかな、なにかな♪」

「なにかな、なにかな♪」


 ルーナが、ボス撃破のおまけである高レアリティが出やすい宝箱を【解錠】し、ティルがそれを覗き込んでいる。

 それを俺たちは微笑ましく眺めていた。


「開いた! これ、何?」

「なんか、すっごい普通だね」


 出てきた道具を見て、二人が首を傾げる。

 それらは一見普通の道具屋……それも、冒険者向けではなく家庭向けにありそうなものだ。

 もちろん、マジックアイテム。ボス撃破ご褒美の高レアリティ宝箱からつまらないものはでるわけがない。

 一番、それを欲しがっていたであろうフィルが目を輝かせる。


「あっ、ユーヤ。あれが出ましたね」

「そうだな。これがあると旅が楽になるな」

「昔、路銀に困って売っちゃいましたからね」


 フィルが懐かしそうな顔をしている。

 あれは、非常に便利だが戦闘に役立つものではない。長旅を手伝ってくれるものなので、優先順位は落ちる。

 だから、金に困ったときに泣く泣く手放した。


「ユーヤ、これっていいものなの?」

「ああ、すごくいいものだ……。さて、もう二分も経った。あと一分で、ボス部屋の扉が開く。早く出よう」

「ん。すたこらさっさ!」

「因縁付けられる前に逃げなきゃね!」

「きゅいっ!」


 ルーナとティルが青い渦に走っていき、エルリクがついていった。


「ユーヤおじさま。【紅蓮の猟犬】をどうするつもりなの?」

「あんな連中、まともに相手するのはバカらしいだろ? 今日は、身を隠して、明日キャラバンで街を出てラルズール王国の手前の街グランネルに向かう。身を隠すための個室レストランも宿も手配済だ。キャラバンへの予約も済ませてる。……とは言っても、あいつらは今後もボスを独占するため、必死に俺たちを探すだろう。だから、その秘密はくれてやる。もっとも、すべての冒険者にだがな」


 時期的にもちょうどいい。そろそろ継承の儀が始まる。

 フレアガルドのダンジョンは再配置が終わったばかりで、もう少し稼いでいたい気はするが、安全第一だ。


 それに、ラルズール王国に向かうキャラバンの数はそう多くない。

 この次のキャラバンでも継承の儀に間に合うことは間に合うが、トラブルが起これば怪しくなるような日取りだ。

 なら、明日のキャラバンで向かったほうがいい。


「ありがとう。ユーヤおじさま」

「可愛い弟子の為だ。さあ、行くぞ」

「ええ、行きましょう」


 セレネと二人で先に走っていったルーナたちを追いかける。

 このまま、すべてがうまくいけばいいんだが。


 ◇


 青い渦で転移し、ダンジョンの外へと戻る。

 すると、予想外の光景があった。

【紅蓮の猟犬】、そのボスを含むパーティが待ち構えていた。

 装備からして、戦士、武道家、僧侶、狩人のパーティ。


「やっと帰ってきやがったな。待ちわびたぜ」


 それは異常なことだ。

【紅蓮の火山】にある青い渦は、裏口の付近に一つ、ボス部屋の奥に一つだけしかない。


 そして、表口から入り口に戻るにはどうあがいても二時間はかかる。コロナドラゴンを倒すまでにかかった時間は一時間にも満たず普通なら間に合わない。


「【帰還石】でも使ったのか? 無駄遣いもいいところだ」


【帰還石】を使えばダンジョンの外に一瞬で出られる。

 だが、あれはかなり高価なものだ。


 かつてのパーティでも使用には躊躇した。パーティ全員分を使えば二か月分の稼ぎがぶっとぶ。

 それをこんなところで使うとは。


「痛てええ出費だがな。この【紅蓮の猟犬】を舐めくさった落とし前はつけねえといけねえ」


 まったく、うっとうしい。

 あと二分もすれば、露払いの二組も追いついてくるだろう。

【紅蓮の猟犬】は剣を抜いている。説得は不可能。


 実力行使しかない。

 今までは、粘着されると面倒だと受け流してきた。

 だが、もうこの街を出るのだ。そろそろ我慢しなくてもいいだろう。


 こいつらは勘違いしている。

 ……怒っているのは俺も同じだ。


 娘のように思っているルーナ、妹のように思っているティル、大事な弟子のセレネ、恋人のフィルに暴言を吐かれて怒らないはずがない。


 それでも、ルーナたちの安全のために我慢し続けた。

 だが、もうその必要はない。 

 黒の魔剣を引き抜き、口を開く。


「いちいちキャンキャン吠えるなうっとうしい。来い、野良犬。そのつもりだろ?」

「ボスを倒したからって調子に乗りやがって、ぶっ殺してやる! てめえを半殺しにして、女どもを目の前で犯しながら、どんなズルをして、俺たちからボスをかすめ取ったか聞き出してやるからな」


 ひげ面を怒りで染め上げて、剣を振り上げて遅いかかってくる。


「みんなは、手を出すな。ここは俺に任せてくれ」

「ユーヤ、でも」

「俺があんな奴らに負けると思うか? すぐに終わらせる」


 奴らの動きを見れば、ルーナたちなら倒せることはわかる。

 だが、うまく手加減して倒せるほどの実力差はない。

 殺さずに無力化するには、最低でも相手より二回りは上の技量が必要だ。

 人を殺す十字架を彼女たちに背負わせたくない。


「まずは一人」


 敵の僧侶が詠唱を始めていた。おそらく、補助呪文。

 鋭く鞘を投擲する。詠唱に夢中な僧侶の顎に直撃し、脳を揺らし昏倒させる。

 前衛がいるからと油断しすぎだ。厄介な回復役を最初に潰そうとするのは定石だと言うのに。


「てめええ!」

「ぶっ殺す!」


【紅蓮の猟犬】の面々が一人倒されて、より熱くなる。

 狩人が真っ赤な顔で次々に矢を放つ。

 命中する矢だけを切り払う。

 三発に一発は外れる。狙いが甘い、引きも弱い、フィルの矢に比べれば児戯だ。フィルなら三本の矢を同時に急所めがけて放つぐらいの芸当はする。


 矢を切り払っていると、前衛の二人がやってきた。

 素早さの関係から、先にやってきたのは武道家。

 剣士と武道家の戦いの場合、間合いが重要だ。剣の間合いからさらに内側へと入れば、武道家が圧倒的に有利となる。

 武道家が足を止め、独特の構えを取り、高速移動系のスキル【神速】で一気に距離を詰める。


 瞬間移動にも等しい速度、武道家はこれを使うことで一気に己の間合いへと入り込む。

 拳の間合いに入って、武道家は笑う。その距離は自分の距離だと思っているのだろう。

 だが、甘い。


【神速】は便利だが、移動距離が決まっている上に、発動時の予備動作で使用がばれる。


「それを、魔物相手ならともかく、冒険者に使うのは自殺行為だ。消えて見えるほど早かろうが、どこに現れるかわかっていれば簡単に潰せる」

「ぐはっ……、あぐ、ふひ……」


 俺は突進の到達地点に剣の柄を置いていた。

 それだけなのに、勝手に突っ込んで鳩尾に剣の柄がめり込んで悶絶し膝をつく。

 こんな技を無警戒に使うなんて、よほど温い戦いをしてきたのだろう。


 武道家の後ろにいたボスがぎょっとする。

 薄く笑ってやると、顔が怒りに歪んで雄たけびを上げながら、足を速める。

 その動きは速い。だが、技は未熟。ただのステータス任せの醜い動き。

 下手な構えと大きな初動は自らの動きを制限し、二、三手先まで見せてしまう。スキル発動の気配を感じた。


「【ダブルスラッシュ】!!」


 奴の剣が光ったと同時に、俺は後ろに跳んでいた。

 剣が二つに分身し、右薙ぎ、左薙ぎが同時に放たれた。その剣は俺の残像を切り裂く。


 魔法戦士では習得できない戦士の上位スキル【ダブルスラッシュ】。ダメージ効率はいいが好きじゃないスキルだ。


 純粋なダメージ効率は俺の愛用する【バッシュ】に勝るし、二連撃ではなく左右から同時に攻撃するという特性は受けを難しくする。

 回避するには、今俺がしたように後ろに跳ぶしかない。


 だが、発動前、発動後に数瞬の硬直を晒す。コンマ一秒でせめぎ合う近接戦闘であまりにも致命的だ。

 ましてや、連撃の中で使うのではなく、初手でこんなものを使って来られても喰らってやるほうが難しい。


 さきほどの武道家といい、圧倒的に対人経験が足りていない。

 だからこんな技を選ぶ。

 後ろに跳んだ俺は、着地した足でそのまま大地を蹴り奴の真横に着地。

 黒の魔剣は片刃の切味重視の剣。手首を返し、刃のないほうを首の後ろに叩きつける。


「あっ、ぎゃ」


 前向けに、ボスが崩れ落ちた。

 最後に残った狩人をにらみつける。


「ひっ、ひいいいいいいいいいいいい、許してえええええええええええええええ」


 狩人が逃げていった。

 仲間、三人を見捨てるとは薄情な奴だ。

 ……まあ、こんなものか。

 高ステータスと、高価な装備で有利な戦いをし続けていた連中だ。技量は、一流に届かない。


「ユーヤ、すごい!」

「うん、かっこ良かったよ!」

「おじさまの技と見切りはいつ見てもほれぼれするわ」

「サポートの必要もありませんでしたね」


 ルーナたちが歓声を上げる。

 少し照れくさい。

 ボスが顔をあげる。高ステータスのおかげか意識を刈り取れなかったようだ。

 だが、まともに立つこともできないようで震えている。


「許さねえ、また、俺をコケにして、殺してやるううううううううううううう、ぜってええええ殺してやるうううううううううう。今もずるしやがったんだな。ずるしてなきゃ、俺たちがおまえみたいな、低レベルのおっさんに負けるわけがねえええええええ」


 その質問は的外れだ。

 確かに、俺は特典とレベル上昇幅固定で、このレベルでもこいつよりステータスは上だろうが、以前のままのステータスでも楽に倒せた。

 こいつらが負けたのはステータス以前の問題。スキルの特性を理解せずに適当に使い、技も磨いていない。

 ちょうどいい、意識を失っていないようなので警告をしておこう。

 ボスの髪を鷲掴みにして顔を持ち上げる。


「ステータスと装備だけが強さじゃない。それがわからないから、おまえたちは弱い。……それからな、そうやってすごむのはいいが、いい加減、俺も我慢の限界なんだ。俺はな大事な女にちょっかい出されて、おまえらを殺したいと思っていた。次に手を出したときは殺す」


 ボスの目が泳ぎ、どこか潤んでいる。

 手を放すと、俺から目を逸らして震えていた。


 タイミングが悪く、俺が警告をする直前、露払いの連中が戻ってきた。

 彼らは、脅されて震えるボスと気を失っている残りのメンバーを見てすべてを悟ったようだ。

 俺が立ち上がり、ルーナたちと立ち去っても。誰も追ってこない。

 そして、ボスが追いかけるよう命令することもなかった。


「ユーヤ、ルーナはユーヤの大事な女!」

「そんなに求められてるなんて知らなかったよ。ユーヤ兄さんの浮気者! でも、ちょっと嬉しいかも」


 左手にルーナが、右手にティルが抱き着いてくる。


「大事と言っても娘と妹だ。歩きにくい。離してくれないか」

「ん。やだ」

「ルーナが嫌っていうなら、私も嫌だよ」


 まったく、この子たちは。


「ルーナが娘で、ティルが妹だとすれば私は何かしら?」

「セレネは大事な弟子だ」

「では、私はなんでしょうか?」

「もちろん、大事な恋人だな」


 セレネとフィルも悪乗りして、にこにこと笑っている。

 照れくさいが、不思議と俺まで楽しくなる。


「この話は終わりだ。盛大に打ち上げにしよう。フレアガルドで最後の夕食だ。悔いは残すなよ!」

「ん。美味しいもの食べつくす」

「私はデザート全種制覇!」


 いろいろあったが、フレアガルドの旅ではたくさんのものを得られた。

 金、装備、素材、使い魔、レベル、なによりたくさんの経験。

 いよいよ、これらを土産にセレネの国、ラルズール王国に向かう。


 そこでは、様々な陰謀に巻き込まれるだろう。

 だが、俺たちなら乗り越えられる。

 それに、俺にとってもラルズール王国は思い出の国。

 会いたい人もいる、やり残したこともある。


 そして、継承の儀の後に最強の騎士を決める戦いがある。

 ルトラ姫の騎士として再び舞台にあがるだろう。


 ……かつて、弱いまま得てしまった最強の騎士の称号を再び手にし、今度こそ最強の騎士だと胸を張って言える。そんな戦いをする。ひそかに俺はそう誓っていた。

 その誓いを果すためにも、今日は精一杯英気を養うのだ。 

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