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第七話:おっさんは砂漠に挑む

 フレアガルドにたどり着いた俺たちは、昨日のうちに砂漠を超えるための装備を整えた。

 砂漠を突破するには、いろいろと準備が必要だ。


 朝からギルドに顔を出してクエストを受けたあと、【砂の運河】へと向かっている。ちょうどいいクエストがあり助かった。

【砂の運河】に咲いている霊草の収集クエストだ。非常に高価な薬の原料だけあって、報酬が高い。


 本来、砂漠を横断する場合、夜に距離を稼ぐ。そのほうが体力消費が少ないからだ。

 ……だが、ダンジョンになると話は別だ。危険な魔物がうようよいる。砂漠の暑さよりも、視界ゼロで魔物と戦うほうが危険なのだ。


 ◇


【砂の運河】にやってきた。

 視界一面が砂漠で覆われている。

 風が強く砂塵が吹き荒れている。


「ううう、耳に砂が、砂が」


 ルーナが涙目になってキツネ耳をペタンと倒す。

 大きく可愛いキツネ耳は砂塵が吹き荒れる砂漠では辛いだろう。


「フィル、あれをルーナに被せてやれ」

「はい、ユーヤ」


 フィルが魔法袋からフードを取り出す。

 それをルーナの頭に被せてやる。赤いキツネ耳フードで耳をすっぽり覆える。昨日のうちにフィルに頼んで作ってもらっていた。さすがにキツネ耳フードなんてものは市販にはない。


「あっ、ルーナ。それ、可愛いね」

「ん。気に入った。それにちゃんと音も聞こえる。フィル、ありがと」

「気に入ってもらえてなによりです」


 フィルは裁縫も得意だ。料理、洗濯、裁縫、かなり嫁力が高い。


「全員、昨日渡したマントを羽織れ。この直射日光は殺人的だ。浴び続けると、すぐに干からびるぞ」


 暑いからと言って砂漠で薄着になって肌を晒すとひどく後悔することになる。日焼け程度では済まない。そのため、全身を覆うマントが必要になる。


「あっ、このマント涼しいね」

「ん。ひんやり」

「これ、魔法道具だったのね。これなら砂漠でも歩けそう」


 これはドワーフによって作られた【冷却】の魔術刻印付きのマントだ。

 ダンジョン産ではないがドワーフの魔法道具は非常に高価だ。しかし、これをなしに砂漠に挑むのは自殺行為といえる。


「ちゃんと、コンパスも機能しているな」


 魔法袋から魔法のコンパスを取り出す。

 そして、砂漠エリアにおいて難易度を引き上げる要素は暑さの他にもある。

 ……方向感覚の消失だ。

 あたりが一面の砂漠で目印一つない。その上、砂塵が渦巻き視界が悪い。


 闇雲に進めばあっという間に、自分がどこに向かって歩いているかすらわからなくなり、先に行くことも入り口に戻ることもできなくなり遭難する。

 

 ダンジョン内では、通常のコンパスはまったく役に立たない。あたりまえだが、ダンジョン内は異世界なのだ。コンパスの原理からして機能するはずがない。


 だが、魔法のコンパスだけは別だ。

 この【砂の運河】で死亡率一位はぶっちぎりで遭難だ。

 魔法のコンパスなしで突っ込んで遭難する冒険者もいれば、魔物と戦っているときにコンパスを破損してしまう冒険者もいる。


 魔法のコンパス自体が、例によってダンジョン産の高価なものであり、予備を持っているパーティなんてほとんどない。壊れれば遭難し、全滅する。

 俺は予備を持っていないが、フィルも自前のものを持っているので安心できる。


「それから、全員、ちゃんと帰還石は持っているな」


 ルーナたちが頷く。

 こういう、遭難=死のダンジョンでは本当に【帰還石】の存在はありがたい。


 他にも砂漠を超えるため、魔法袋の余剰重量に可能な限りの水を用意してあった。

 砂漠での水分の喪失量はすさまじいのだ。

 通常、人は生きるために一日、二リットルの水分を必要とするが、昼の砂漠を横断するのであれば、その二倍は消費する。


 今回の探索では最奥まで三日かかると踏んでいる。

 一人あたり、三日で12リットル。五人であれば60リットルの水が必要となり、さらにトラブルに備えて二日分のバッファを考えれば、100リットルもの水を運ばないといけない。


 砂漠に挑むには最低限、冷却効果のあるマント、魔法のコンパス、大量の水と、その水を運ぶための魔法袋、万が一のための【帰還石】が必要だ。

 実際、ろくに下調べもしない冒険者は次々と命を落としている。


 ルーナたちに俺と合流するまでに絶対にダンジョンに向かうなと言っていたのは、このあたりのことも関係する。

 事前に準備していないと足を踏み入れるだけで命の危険があるダンジョンが適正レベル30以上のものには多いのだ。


 ……俺も若いころはろくな準備も装備もなしに、こういうダンジョンに挑んで死にかけたことがある。

 ある意味、これは中堅冒険者になったばかりの者たちへの洗礼だ。強い魔物と戦えるようになった自分はなんでもできると勘違いし、強さ以外をおろそかにして死んで行く。


「さて、出発前の準備は調った。パーティを編成しよう。俺たちは五人いる。最悪、分断されることを想定してパーティを組まないといけない」


 一緒に行動するだけなら、パーティ編成を気にしないでいいが、パーティを組むことで得られる恩恵は大きい。

 魔物を倒した場合、ラストアタックを決めた冒険者が経験値総どりだ。だが、パーティを組んでいると経験値が公平分配される。


 さらに、パーティ人数が一人増すごとに経験値に1.1倍の補正がかかる。二人なら1.1倍、三人なら1.21、四人なら1.33倍になる

 他にも、念じれば大まかなパーティメンバーの位置がわかり、効果範囲がパーティ全員の付与魔法や回復魔法もある。

 苦労してでも上限解放のアイテムを手に入れて、五人パーティを組みたいのはこのあたりの事情からだ。


「前衛である俺とセレネ、後衛であるフィルとティルは別れたほうがいいだろう」


 これは大前提だ。


「レベルが低いフィルが現時点では戦闘力が劣る。だから、ルーナにはフィルを守ってもらいたい。一チーム目を俺とティル、二チーム目をセレネ、フィル、ルーナとしよう。これは二チーム目の指揮をフィルに任せたいという考えもある」


 魔法のコンパスを持っており、長年の経験があるフィルがいれば、万が一二つのパーティが分断されても安心できるのだ。

 全員がこくりと頷く。

 反対意見がなく、ちょっと意外だ。


「てっきり、ルーナは俺と一緒がいいと騒ぐと思ったんだがな」

「むう、ルーナはユーヤと一緒がいいけど、みんなの命がかかっていることでわがままは言わない」

「そうか、えらいぞ」


 ルーナの頭を撫でると嬉しそうにルーナが目を細める。

 知らないうちに、成長していたらしい。


「ユーヤ兄さん、いこっか。可愛い妹をちゃんと守ってね」

「……ティルと二人きりのパーティは少し不安だ」

「あっ、ひどい! 拗ねちゃうよ!」


 冗談はここまでにして先に進むとしよう。

 こうして、立っているだけでも暑さと砂に体力を奪われ続けるのだ。


 ◇


 歩き始めてから二時間ほど経った。

 時間の割に、距離が稼げていない。砂に足を取られて足取りが重い。

 加えて、いくら冷却のマントを羽織っているとはいえ、それでも容赦なく降り注ぐ日差しは辛い。


「ユーヤ兄さん、疲れた、おぶって」

「ぶっ倒れたら、考えてやる。その様子ならまだ大丈夫だろう」


 ティルは森で鍛えていただけあってかなり体力があるほうだが、森とは勝手が違いすぎることもあり、辛そうだ。

 ルーナは文句を言わないが眼がうつろ、セレネは一見平然としているが、やせ我慢をしているだけだ。

 フィルはさすがと言ったところか、鍛え方が違う。


「ユーヤ、ぜんぜん他の冒険者がいない」

「まあな、こんな辛いダンジョン。多少実入りが良くても避けるからな」


 俺も、最奥にあるユニークアイテムが目当てで来たが、普段の狩りでこんなところに来たいとは思わない。

 ルーナのキツネ耳フードに包まれた耳がぴくぴくと動いた。

 これは敵を見つけたときの仕草だ。


「敵、近い。前にいる。でも、おかしい。かなり近いのに見えない」


 ルーナが必死に目を凝らす。

 だが、前はずっと砂漠が広がるだけで何も見えない。

 となると、あいつか。


「前に出るわ。見えなくても敵が前にいるなら、前衛は前に出ないといけないわね」


 セレネが駆け足になり、先頭に出ようとする。


「待て、セレネ!」


 俺も暑さにやられていたらしい、セレネに注意するのが遅くなった。


「ユーヤおじさま、どうして?」


 警告は遅かったようだ。

 セレネの足元が一気にくずれる。そして砂と一緒にセレネが深い穴に吸い込まれていく。巨大なアリジゴクの巣を連想させる。


 穴の中心には、セレネを一口で飲み込みそうな巨大な円形の口に牙をびっしりと生やした芋虫型の魔物がいた。

 口を大きく広げて餌を待ち構えている。


 サンド・ワーム。砂の罠をしかけて冒険者を喰らう魔物。

 セレネはなんとか踏みとどまろうとするが、流れる砂に逆らうことができない。

 ルノアの盾のスパイクを起動したが、さすがのスパイクも砂にはささらない。

 砂漠の戦いにくさの一つだ。ふんばりが効かない。


「ティル、フィル、セレネの救出は俺がやる。全力で矢を放て!」

「もうやってるよ!」

「任せてください」


 ティルとフィルの二人が矢を次々に放つ。

 ティルは初級雷撃魔法【雷矢】を併用し、フィルは自分とティルに【魔力付与エンチャント:水】で物理攻撃に氷を纏わせ水(氷)属性に変える。


 俺は穴に落ちるぎりぎりまで近づき、ロープを投げる。

 セレネがロープを掴む。ふんばりが効かない。俺も落ちそうになる。


「ユーヤ、ルーナも手伝う」

「助かる!」


 ルーナが後ろから抱き着いてきてくれて、なんとか踏みとどまれた。ロープがピンと張り、セレネの落下が止まる。

 セレネの足元でカチンっと硬質な音を立ててサンド・ワームが口を閉じる。


 セレネが青い顔をしていた。

 間一髪だった。あと数秒遅ければ、セレネはやつに喰われていただろう。

 そのセレネを追い越すようにティルとフィルの弓の曲射と【雷矢】が降り注ぐ。


「キュオオオオオオオオオオオオオオオオンン」


 サンドワームが悲鳴を上げる。

 弱点の水(氷)属性の矢の連撃を受けたのだ、しかも氷漬けの状態異常になり、雷のダメージが二倍になる。

 すぐに力尽きて青い粒子に変わり、ドロップアイテムが出現する。

 砂蟲の牙、それなりにいい素材だ。

 ……だが、残念なことにとどめはティルがさしてしまった。経験値が俺とティルに分配される。

 低レベルのフィルに優先的に経験値を渡したかったが、こればかりは仕方ない。

 早く、五人でパーティを組みたいものだ。


「危なかったな。セレネ」

「ええ、寿命が縮むと思ったわ」


 砂漠のフィールドは魔物も厄介だ。

 砂というのは冒険者にとってはうっとうしい障害物だが、魔物の中にはこうして狩りに利用するものもいる。


「セレネ、穴の中心にあるドロップアイテムを拾ったらロープにしっかりと捕まれ。なんとか引き上げる」

「お願いするわ。その、迷惑をかけてごめんなさい」

「気にするな」


【砂の運河】の探索は始まったばかり。

 ルーナたちの体力が持つか……、それが少し不安になってきていた。


 ◇


 あれからさらに三時間たった。

 魔物の襲撃が何度かあった。普段なら、魔物の発見を喜ぶのだが、そろいもそろって砂をうまく利用する厄介な魔物で、体力だけでなく、ルーナたちの精神力を削っている。


 フィル以外の消耗は俺の想定以上で、多めに水分を飲ませているが、それでも厳しそうだし、これ以上は今日使っていい量を超える。

 ……そろそろ限界だな。

 今日はここまでだ。とくにティルとセレネがまずい。

 いつ日射病で倒れてもおかしくない。

 ルーナが鼻をひくひくとさせる。そして、尻尾をピンと立てた。


「水の匂い! ずっと向こうから水の匂いと涼し気な音がする」


 水と涼しいという単語に、今にも倒れそうなティルとセレネが顔を上げた。

 水と涼し気な音?

 まさか……。


「オアシスだ。【砂の運河】には再配置の際にランダムにオアシスが出現する。泳げるほど広く、飲み水にもできる綺麗な湖があるし、不思議と適温に保たれている。うまい果物も実っていて、アイテムまであるぞ」


 俺の言葉にみんなが顔を輝かせた。

 オアシスは数少ない【砂の運河】の良心だ。完全に出会えるかは運なので、俺たちはついていると言えるだろう。

 十分ほど歩くと、砂だけの風景に緑と青が混じる。オアシスが目に入った。


「ユーヤ兄さん、見えたよ。オアシスだ。水ー、果物ー、うわぁーい!」


 ティルが飛び出す。

 その襟首をつかむ、いい感じに首がしまった。

 良かった、今回はちゃんと警告が間に合った。


「ぐへっ、ユーヤ兄さん、いきなり何するんだよ!」

「このまま突っ込んだら、オアシスは消えるぞ」


 唯一の良心であるオアシスにもしっかり罠は仕込まれている。


「ユーヤ、あれは変、水の匂いは別の方向。右にずれてる」

「ルーナ、匂いのするほうに案内してくれ」

「ん。わかった」


 俺たちは目の前に見えているオアシスを無視して、ルーナの鼻を信じて移動する。


「実はな、オアシスには罠があってな。最初に見えるほうは蜃気楼、幻だ。しかもその幻に触れたら本物が消えるんだ」


 手元の水が切れて、死の淵をさまよっている冒険者がオアシスを見つけて、最後の力を使い駆け寄ると同時にオアシスが消え、気持ちが折れて倒れるなんて話もある。


「よく見ると、今見えているオアシスは微妙に輪郭が歪んであるだろう? 幻だと見破って、周囲を探せば輪郭がはっきりした本物が見つかる。今回はルーナが鼻で見つけてくれたがな。お手柄だ」

「ん。がんばった」


 ルーナを撫でてやる。


「なにそれ、性格が悪すぎるよ! こんな砂漠であんなの見たら、だれでも飛びついちゃうよ!」

「……性格が悪すぎるっていうのは同意だな」


 こういうことが多々あるのがダンジョンというものだ。きっと、作った奴はかなりお茶目な性格をしているのだろう。

 そして、いよいよ本物のオアシスにたどり着く。


「今日の探索はこれまでだ。今日はここで夜をあかそう」


 俺がそう言うと、お子様二人組が満面の笑顔を浮かべる。

 そして、マントを脱ぎ捨てて湖のほうに走っていく。

 セレネもほっとした顔をしている。せっかくのオアシスに出会えたという幸運。存分に堪能するとしよう。

 

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