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第十七話:おっさんは本気で殴り飛ばす

 目を覚ます。

 夜遅くまで祝勝会をして、その後にフィル宛てに手紙を書いたので寝不足気味だ。

 グリーンウッドとルンブルクの間には飛鳥便があり手紙は調教された魔鳥によって運ばれる。明日には手紙が届くだろう。

 いつもより布団が温かい気がする。


 目を開くと美少女がいた。すうすうと可愛い寝息を立てているルーナだ。

 ……よくこのせまいソファーに潜り込めたな。

 グリーンウッドに来てから、ルーナのベッドにもぐりこむ癖がなくなって安心していたが、今回はどういう風の吹き回しだろう。

 ルーナと俺の間には使い魔の卵があった。

 なんとなく、ルーナの考えたことがわかる。


「まったく、この子は……」


 苦笑して、いたずらした仕返しをする。

 ルーナのキツネ耳を触る。くにゅくにゅして面白い感触だ。耳を覆う毛も髪とは違ってなかなか楽しい。

 ルーナがむずむずとし始め目を開く。


「おはようユーヤ」


 とりあえずデコピンをした。


「いたっ。ユーヤ、ひどい」

「ひどくない。俺のソファにもぐりこむなと言っただろう。こんな狭いところに無理やり割り込んだら寝にくいだろうに」


 一人でもソファーの寝心地はあまりよくない。

 わずかな隙間にもぐりこんだのだ。ルーナには疲れが残っているはずだ。


「ん。でも必要だった。ユーヤと一緒に卵を温めたい」

「理由を聞いてもいいか」

「ルーナとティルで温めたらルーナたちの子。だけどユーヤも一緒に温めたらルーナたちとユーヤの子になる。ユーヤの子がほしい」


 うすうすそんな気はしていた。

 怒るに怒れない。


「これで満足しただろ。もう入ってくるな」

「ん。ルーナは入らない」


 いま、へんなことを言わなかったか。

 背後に気配を感じる。


「ルーナ、うまくやったね。明日は私の番!」


 ティルだ。にひひと変な笑いをしている。

 そして、もう一人も。


「そういうの素敵ね。嫌じゃなければ私もしたいわ」


 こいつらは……。


「おっさんだが、俺も立派な男だ。男と一緒に寝て怖くないのか?」


 警告をしておかないと。

 いくらなんでも無警戒すぎる。


「あははは、ユーヤが私たちに手を出すなんてありえないよ」

「そうね。ルーナもティルも、少し幼いけど美少女よ。これだけ好意を持たれてずっと手を出していないなら安心できるわ。それに、私は別に手を出されても……」


 セレネの最後の一言を聞いたルーナとティルが驚いた顔でセレネの顔をまじまいと見る。


「じょっ、冗談よ。その、言葉の綾ね」


 ルーナとティルは俺たちに背中を向けてこそこそと話し始める。


「ルーナ、どう思う」

「限りなく黒に近いグレー。ユーヤが危ない」

「お姉ちゃんに告げ口しないと」

「ルーナは中立」

「あっ、ひどい。こうなったらユーヤが眠ったら私たちのベッドに連れ込んで守らないとね」

「……そういうことなら協力する」


 本気で隠し事する気があるのか、小声ではあるが普通に聞こえる。

 セレネは顔を真っ赤にしている。

 この子たちはからかって遊んでいるのだ。

 それにしても、完璧に舐められているな。


 信頼されているのはいいが……これが男そのものへの油断に繋がるのは良くない。

 外で怖い目に合うまえに、ほどほどに男の怖さを見せたほうがいいかもしれない。


 ◇


 それから、いろいろと話した。

 なぜか、明日はルーナとティルのベッドにお邪魔して一緒に卵を温めて、明後日はセレネのベッドに入り二人で卵を温めることになった。


 ルーナだけが俺と卵を温めるのはずるいという話をティルが言い出し、いつの間にかこうなっていた。

 断っていたはずなのに、最後には了承していた。不思議だ。

 一応、今回は理由がある。次からはしっかりと断ろう。


「ユーヤ、今日はどのダンジョンに行くの?」

「星食蟲の迷宮に行けばあいつらと出くわす可能性があるし、それに連続で行き過ぎた。そろそろ迷宮内の魔物も少なくなってきたし、別のダンジョンに行く」


 星食蟲の迷宮には大量の魔物がため込まれていたが、俺たちは五回も狩り放題でレベルをあげ続けた。

 まだまだ魔物がいることはいるが、効率は落ちている。


 そのため、今日は別のダンジョンに行く。

 名前を嘆きの森といい適正レベル28だ。グリーンウッドで最難関のダンジョンだ。


「へえ、それは燃えるね。星食蟲の迷宮もいいけどそろそろ飽きてきたもん」

「次のダンジョンも大抵の魔物が狩られているだろうが……普通の方法じゃ狩れない魔物たちと、とてつもなく強い奴が見つかりにくい場所にいてな。そいつらを倒すんだ。一気にレベルがあがるぞ」


 嘆きの森は、この街で最難関とはいえ、使い魔の卵目当てに適正レベルより圧倒的にレベルが上の冒険者たちもやってくる。

 神樹の森以外のダンジョンものき並み魔物は狩りつくされてしまっている。

 だから、狩るべきは並大抵の魔物じゃない連中だ。


「ユーヤおじさま、面白いわね。強敵との戦いは胸が躍るわ」

「同感だな。気を抜くなよ。隠し部屋にいる魔物はな普通の魔物じゃない。いわゆるボスと言われる存在だ。……世界で同時に一体しか存在しない特別な魔物だ。今まで戦ってきた奴と格が違うぞ」


 ボス。それらは三つの意味で特別な魔物だ。

 一つ目は今言ったように世界中で一体しか現れないというユニークさ。再配置で再出現するものの、必ず現れるのは既定の場所に一体だけ。

 二つ目は圧倒的な強さだ。

 今回の敵は、俺たち四人でようやくぎりぎり勝てる。

 三つ目はボスは通常のドロップと低確率のレアドロップに加えてボスのランクに応じたボス専用ドロップテーブルが存在する。

 今回戦うボスのランクには、パーティ枠を五人にするアイテムの素材の一つが存在する。


 出現率は30パーセント。ルーナの【ドロップ率上昇】は二回のレベルアップで得たスキルポイントもつぎ込んでレベル4になり、1.8倍の補正がかかるのでドロップ率は54%に上昇する。

 今日と次の再配置のタイミングで挑めば、どちらかで手に入る可能性が高い。

 これを得ないことには次の街へ行くことはできないだろう。


「みんな、準備はいいな」

「ん。いつでもおっけー」

「今日も絶好調だよ」

「行きましょう」


 そうして俺たちは意気揚々と出発した。

 まずはギルドでついでにこなせるクエストがないかを確認し、それからダンジョンだ。


 ◇


 いつもの受付嬢と向かい合っていた。


「嘆きの森に向かわれるのですね。あそこのレベル適正は28ですよ」

「知っている。だが俺はもうレベル26だ。バランスのいい四人パーティなら無理はない」

「……やっぱりどう考えてもおかしいですよ。なんでこの短期間でそんなにレベルが上がってるんですか!」

「効率的な戦略と努力かな」


 レベル20からレベル30は下手をしなくても早くて一年と言われている。並みの冒険者なら三年かかるし。ずっとここで足踏みしている者も少なくない。

 わずか十日ほどで三レベルもあがるのは異常だ。


「それで、クエストはあるのか」

「ありますよ。えっと嘆きの森の川に生息するモンスターのドロップアイテム、ウナギ肉(並)は狙えたら狙ってください。すっごく美味しくて人気があるんですけど、川の底に張りつくモンスターでごくまれにしか水面に浮いてきません。そのせいで倒せずなかなかウナギ肉は出回らないんです。すごく高値で買い取ってもらえますよ」

「わかった、そのクエストを受けよう」


 いくつかのアイテムとティルの弓をうまく使えばなんとかなるだろう。

 ウナギは俺も好物だ。

 特にウナギのワイン煮込みは絶品だと思っている。全部売らずに一部は酒場に持ち込んで料理してもらおう。


 実のところ、初めからレベル上げのためにウナギの魔物を狙うつもりだった。

 水の中の魔物までは冒険者たちも狩らない……いや、普通の方法では狩れないのだ。手つかずで残っている可能性が高い。

 ウナギ肉収集クエストが余っていることで、それは確信に変わる。


「期待しています。ユーヤさんのパーティは達成率100%で助かってます」

「今回も期待してくれ。まあ、他の冒険者に狩られていれば次の再配置までどうにもならないが」

「安心してください。ウナギ肉は素材販売にも出回ってませんから」


 なら安心だ。

 魔物自体は狩られており、クエストを受けずに素材を売ってしまったという線も消えた。

 ギルドは商品を買い取ったあと、優先的に収集クエストの消化に回す……。クエストを申請せずにクエストを達成するだけの素材を普通に売る冒険者もいるのだ。

 あれだ、ちゃんとクエストを確認しないほうが悪い。

 ギルドだって依頼の達成率を少しでも上げようと必死だ。


「これでクエストの受注は完了だな。……一つ聞きたいことがある。【ウルフガング】って知っているか? 質の悪い絡まれ方をされてな。情報を集めている」

「それは……困ったことになりましたね。札付きの悪です。トラブルを起こした数もすごくて。ギルドとしては冒険者資格をはく奪したいのですが、なぜか上のほうから圧力がかかって」


 ギルド相手に圧力?

 それが事実だとすれば奴らの裏にかなりの権力者がいるはずだ。大商人、あるいは貴族。

 それを笠にやりたい放題か。


「その情報があれば十分だ。ありがとう」

「ごめんなさい。力になれなくて」

「いや、ギルドを頼れないという事実がわかっただけでありがたい。……なんども過ちを繰り返すクズだということもな。判断を迷わずに済む」


 向こうが強引な手で来るならそれに応えるという覚悟ができた。そういう連中なら、平和的な解決はありえない。

 もし、絡んでくれば少々手荒に歓迎しよう。


 ◇


 みんなと合流しダンジョンに行くためにギルドを出た瞬間、四人組の男たちに絡まれてしまった。

 そのうち二人は、ルーナとティルを勧誘した男たちだ。


「おまえらか、俺様たち【ウルフガング】のナワバリに入ってきて使い魔の卵をかすめ取っていった奴は」


 人相が悪いスキンヘッドの男が啖呵を切ってくる。年のころは三十ぐらいだろう。

 こうして絡まれるのは、予想の範囲内だ。

 おそらく、冒険者である以上必ずギルドに来ると張り付いており、ギルドの中では問題を起こしたくないから、こうして外に出るのを待っていた。

 スキンヘッドのレベルが見えない。俺よりもレベルが上である証拠だ。


「ナワバリ? そんなルールは存在しない。俺たちは正当に使い魔の卵を得ただけだ。いいがかりはよしてもらおうか」


 肩をすくめて見せる。

 スキンヘッドの頭に血管が浮かぶ。


「おっさん、よく言った。俺様はいまからおまえをボコる。使い魔の卵は返してもらう。それだけじゃすまさねえ。慰謝料を払え百万ギルだ! 後ろの女どもにも詫びを入れてもらう。たっぷり鳴かしてやるからな。客も取らせるぞ。おっさんにはもったいない上玉ばかりだからな。俺様が有効活用してやる」


 いやらしい目でスキンヘッドはルーナたちを舐めるように見る。

 ルーナとティルが俺の後ろに隠れてセレネがスキンヘッドをにらみつけた。


「よほど腕に自信があるようだ」

「俺様はレベル40だ。おまえら雑魚とは格が違う」


 レベル自慢か、俺はそれがどれだけむなしいか知っている。

 レベルなんて目安だ。重要なのはステータスと技量。そのことは痛いほど思い知らされた。


「なら、決闘と行こうか。俺は使い魔の卵と有り金すべて……お望み通り彼女たちを賭ける。負けたらくれてやる。だが、もしそっちが決闘に負ければグリーンウッドから出ていき、二度と戻って来ないと約束しろ」


 ルーナたちを賞品扱いするのは気が引けるが、ここで痛い目に合わせてもしつこくまとわりつかれる。

 なら、決闘で白黒つけたほうがいい。


「おっさん、女どもにいい格好したくて言ったようだが、そいつは無謀だぜ。レベル30にも届かないくせによう。ひゃははは、俺様は優しいから。そのおっさんの無謀な決闘に同意してやるよ」


 俺の決闘の申し込みに、スキンヘッドが同意する。

 その瞬間、頭の中に甲高い音が響いた。

 この世界では決闘を申し込み、相手が了承すると【決闘】が成立し、約束の履行を強制的にさせられる。


「はじいたコインが地面に落ちれば決闘開始だ」


【決闘】のルールは降参、あるいは死か気絶。

 命を落とすことも少なくない。


「俺様はいいぜ。おっさんをボコって殺すだけだからな」


 コインを弾く。

 くるくるとコインが舞う。 

 その瞬間、スキンヘッドが猛烈な勢いで襲い掛かってきた。剣を引き抜き突きを放っている。

【決闘】は両者の同意の時点で始まっている。


 コインの合図は便宜上のものでしかない。それを知っており宙に舞うコインに俺の意識が集中するのと同時に不意打ちを仕掛けてきた。

 スキンヘッドはかなり【決闘】慣れしているのだろう。

 そして、それは俺も同じだ。


「まったく、どいつもこいつも……性根が曲がっている奴は変わり映えしないな」


 こういう小物が良く使う手ぐらい熟知している。

 コインを見上げるふりをして意識はスキンヘッドの男に残していた。

 体をわずかに沈める。

 不意を突いたと油断したスキンヘッドは大振りで隙だらけ。

 スキンヘッドの突きが空を切るのと同時に拳を放っていた。敵の勢いを利用したクロスカウンター。


「【神剛力】」


 拳のインパクトの瞬間、マジック・カスタムによって効果時間をコンマ数秒まで落とすことにより爆発的な強化を可能とした、攻撃力上昇魔法が成立する。


 相手の動きを見てからなら詠唱は間に合わなかった。

 こう来ると確信して、コインを弾く前から詠唱をしていた。

 十倍の威力に高められた拳がカウンターで突き刺さり、スキンヘッドが吹き飛ぶ、地面に叩きつけられ大きくバウンド、それを三、四回繰り返した。

 全身の骨が砕け、痙攣している。手足があらぬ方向に曲がっていて痛々しい。


 最悪、殺してしまってもいいと拳を振りぬいたが、どうやらレベル40は伊達ではないらしい。

 レベルに見合う防御力があったようだ。


「【決闘】は俺の勝ちだ。おまえたちはその男の仲間だろう? 僧侶のもとへ連れて行ってやれ。それともかたき討ちでもするか?」


 残り三人に顔を向けると、ルーナとティルを勧誘した男二人は逃げていく。


「ひっ、このおっさん、暴れ獣人以上の化け物かよ。おっ、俺たちは【ウルフガング】じゃない。こんな奴知らねえよ。俺らは命令されただけだ!!」

「そうだ、ただの助っ人だ、だから、関係ねえ!!」


 見事なクズっぷりだ。

 こんな奴らが本当の仲間を見つけられることはないだろう。

 もう一人は黙々と失神したスキンヘッドを運んでいき、姿を消した。


「驚いた。ユーヤは優しいから今回も許すと思ってた。似たようなことがあったとき、ユーヤは笑って見過ごした」

「ルーナ、俺は誰にでも優しいわけじゃない。優しくするのは新人相手だけだ。人は誰も間違える。間違ったことから学べる奴はいい冒険者になる。だけどな、間違え続けて歪んで、それが当たり前になった奴は救えない」


 今のスキンヘッドのように。

 こいつを許すのは優しさとは言わない。


「へえ、ユーヤっていろいろ考えてるんだね」

「でも、剣でなく拳を使ったのがユーヤおじさまらしいわね。剣なら確実に殺していたもの」

「……殺したほうが良かったかもな。だけど、そういうの嫌なんだ。これは甘さかもな」


 自嘲する。人間を殺すのには抵抗があった。

 必要ならばそうするが、可能な限り避ける。


「ユーヤはそれでいい。ルーナはそっちのほうが好き」

「うん、私も」


 お子様二人組が抱き着いてくる。

 悪い気はしない。


「ケチが入ったが、そろそろ出発しよう。嘆きの森に」


 みんなが頷く。

 そうして、俺たちは魔法の扉をくぐった。


 次に目を開けば、川底で手つかずに残っているウナギの魔物たちと、隠し部屋の強敵との戦いが待つ嘆きの森だ。


 初めてのボス戦。得られるのは経験値だけじゃない。

 本気で死を覚悟するほどの激闘。

 激闘の中でこの子たちが何を得られるか。それが楽しみだった。

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