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第七話:おっさんは聖騎士《クルセイダー》と出会う

 ギルドでの用事と買い物を済ませて宿屋に戻ってきた。


「ユーヤ、おかえり!」

「言われたとおり、お姫様を着替えさせて体拭いといたよ。感謝してよね。すっごくがんばったんだから!」

「二人ともありがとう。ご褒美だ」


 リンゴに似た果実を買って来ていた。二人に投げるとキャッチして嬉しそうにかじりつき始めた。

 大変だっただろうな。お姫様はハンティング・スパイダーに囚われている間、身なりを整えるなんてことはできなかったし、いろいろと垂れ流しだ。

 衛生面に問題があるし、起きたときにそんな状態だと本人も辛いだろうから、ティルに頑張ってもらった。

 男の俺が肌を見るわけにいかないというのもある。


 銀色の髪の少女は生きてはいるもののかなり衰弱している。

 星食蟲せいしょくちゅうの迷宮から出られたことで呪いは徐々に抜けている。

 肌の黒化が解けて、どんどん白くなっていく。

 あと二時間ほどで呪いは完全に抜けるだろう。


 彼女のポーチには水筒と保存食が入っていたが、ハンティング・スパイダーに簀巻きにされてからは、それすら口にできていない。それも衰弱の原因となっている。

 少しずつ、口の中に体力回復ポーションを流し込んでいく。

 心配そうにルーナとティルが少女を見ている。


「綺麗な人」

「だねー、私たちはどっちかっていうと可愛いって感じだけど、この人は美人だね。お姉ちゃんといい勝負かも」

「ティル、自分で可愛いとか言うな」

「でも、事実じゃん。ルーナや私みたいな美少女そうはいないよ」


 否定はしない。

 ルーナとティルはすさまじい美少女だ。

 だが、美しいというより可愛いといったほうが適切だ。


 しかし、この銀色のお姫様は美しいという言葉がよく似合う。

 年齢は十六~十八というところだろう。

 十年前に会ったときも可愛らしい子だと思っていたが、ここまでの美人に育つとは思っていなかった。


「ルーナ、ティル。この子はかなり危ない状況だ。誰かがついていないとまずい。目を覚ますまで傍にいる。そろそろ夕食時だ。金はたっぷり渡しておくから二人で酒場……いや、二人きりで酒場は怖いな。宿の食堂で好きなものをなんでも頼め。二人とも今日はたくさん頑張ってくれたからな」


 一緒にごちそうを楽しみたい気持ちはあるが、お姫様を優先する。

 ……病院にお姫様を連れていくことも考えた。

 だが、ラルズールの姫が星食蟲に食われる異常事態。何か裏で陰謀が動いている。敵の正体もわからないまま馬鹿正直に病院に連れていくのはまずい。

 だから、ダンジョンから出てから帽子を深く被せ、布で体を包んでいた。


「だめ、ユーヤと一緒じゃないとごちそう美味しくない」

「うんうん、酒屋は夜遅くまでやってるしね。おやつを食べながら待ってるよ。じゃじゃーん、神樹の森で拾ったナッツ。これ、エルフの里にもあった甘くておいしい奴なんだ」

「ティル、ちょーだい」

「はい、どうぞ!」

「美味しい。ティルはできる子」


 ルーナとティルが怪しげなナッツを頬張っている。

 ……俺と一緒じゃないと美味しくないか。この子たちはいい子だ。

 俺にはもったいないぐらいに。


「わかった。この子が起きるまで待っていてくれ。二人とも疲れているだろ? 少し横になっておいたほうがいい」

「ん。そうする。ナッツ食べたら眠くなった」

「これで夜更かしの準備は万端だね!」


 二人が一緒のベッドで眠る。仲が良くていいことだ。


 ◇


 ルーナとティルの寝息に耳を傾けながら、お姫様の隣で本を読む。

 少しずつ体力回復ポーションを彼女の口に含ませていた。

 一度にたくさん与えても弱った体には毒だ。少しずつ与えることで元気を取り戻させる。

 そうして、二時間ほど経ったころだろう。

 お姫様の瞼が動いた。


「いやああああああああ、蜘蛛、蜘蛛があああああああああ」


 お姫様が叫ぶ。

 その叫びを聞いて、ルーナとティルが目を覚ます。

 俺は彼女の肩をしっかり持って。顔をまっすぐに見つめる。


「落ち着け、ハンティング・スパイダーは俺が倒した。ここはダンジョンの外だ。おまえは助かった」

「外、私、助かったの?」


 半信半疑と言った様子で、きょろきょろとお姫様は周りを見る。

 建物の中と気付き、安心した様子だ。


「ああ、星食蟲のダンジョンでハンティング・スパイダーを倒して繭の中身を取り出したら君がいた。だから担いで外に出た。ここはグリーンウッドの宿だ」


 そこまで言うと、お姫様の力が抜ける。

 そして崩れ落ちるので慌てて支えた。


「良かった。助かったのね。良かった」


 よほど追い詰められていたのか泣き始める。

 俺は無言で彼女を抱きしめる。

 少女を抱きしめるのはマナー違反だが、こういうときに一番安心感を与えられるのは人の体温だ。

 少しでも嫌がれば放すつもりだが、彼女は安堵してくれているので、優しく背中を叩く。

 落ち着いたので放す。

 そして、改めて正面から向き合う。すると、お姫様が目を見開いた。


「……ユーヤおじさま」

「覚えているとは思わなかった。久しぶりだな。ルトラ姫」


 クエストで彼女と会ったのは十年前、おそらく彼女が六歳のときのことだ。

 なのに、俺の顔をしっかりと覚えていたらしい。


「やっぱり、ユーヤおじさまはルトラの騎士だったのね」


 再び抱き着いてくる。

 そして俺の胸に顔を埋める。

 そういうことをすると、一人反応してくる奴がいる。

 ルーナのキツネ耳がぴくぴくと動き、こちらにくると俺とルトラを引き離し、コアラのようにしがみついてくる。

 そして、ルトラのほうを振り向いた。


「ユーヤはルーナの」


 いつもの子供っぽい独占欲だ。

 威嚇のつもりか、もふもふのキツネ尻尾でベッドをぽんぽんと叩く。


「相変わらず、面倒見がいいのね。ラルズールに来たときはフィルっていう子が私に嫉妬していたわ」

「……まあ、そういう星に生まれたようだ」


 俺はよく子供に懐かれる。

 そういえば、あの当時のフィルは今のルーナみたいに子供っぽい仕草を時折見せた。

 微妙にルトラ姫に嫉妬していた。


「ルトラ姫。どうして、あんなところに居たのかを教えてくれないか。ルトラ姫をどう扱うかを測りかねている」


 ルトラ姫は顎に手を当てて考え始める。

 その仕草が妙に様になる。知性の匂いが彼女から感じられた。


「ユーヤおじさまが相手なら話せるわ。……簡単にいうと私は兄に嵌められたの。ラルズールは王位継承候補が複数いるときは決闘で決着をつけるの。騎士の国だから王には強さが求められる。そこに男も女も関係ないわ。私は今のところ優勝候補ね。だから邪魔になったのでしょう」


 その話は聞いたことがある。

 騎士の国ラルズール。一都市に過ぎないグリーンウッドはそういう感じがしないが、王都まで行くと、それに相応しい装いを見せてもらえる。


「公務でルンブルクに行く必要があって、王都への帰り道にグリーンウッドに立ち寄ったの。使い魔の卵が現れる時期だし、せっかくだからレベル上げと、あわよくば使い魔の卵を得られるって近衛騎士に勧められて神樹の森に来たわ。星食蟲が走ってきて、神樹に隠れてやり過ごそうとしていたら突き飛ばされたわ。近衛騎士はエミールというのだけど、彼は泣いていたの。姫様、ごめんなさいって……そして星食蟲に食べられたわ」


 やるせなさそうにルトラ姫は呟く。ルトラ姫の近衛騎士エミールに対しての感情は恨みや怒りではなく同情すら感じる。


「その反応、おそらく近衛騎士は脅されているな。おそらくはルトラ姫の兄妹に」

「でしょうね。私の母は平民出身で王宮の中では一番権力が低いの。他の兄妹たちが本気になれば近衛騎士の一人や二人どうにでもできるわ……星食蟲のお腹の中に入った後は驚いたわね。真っ暗で何も見えなかったけど、出口を探して動き回ったわ。一日ぐらいしたら一歩も動けなくなって、蜘蛛の化け物に捕まって必死に暴れまわったけどそのうち麻痺毒が回って意識を失ったわ。目を覚ましたらここにいたの」


 その説明を聞いて驚いていた。

 ルーナとティルもだ。

 予備知識なしでいきなり星食蟲の迷宮に飛ばされてパニックにならずに冷静に出口を探る。

 光源なし、視界ゼロで魔物と罠を潜り抜け一日動き回る。

 鋼の精神力と体力がないと不可能だ。


「問題はこれからだな」

「そうね、近衛騎士すら弱みを握られて利用されているのだもの。城に戻っても今回と同じように私の命は狙われ続けるわね。はっきりいって打つ手がないわ。城の中にいるもの全員が敵ね」


 ルトラ姫を助けてやりたいと思う。だが、俺の手には余る。

 どうしようもない。


「このまま私が王都に戻ったとしても殺されるのは確実ね。でも今の状況はチャンスだとも言えるわ。なにせ、私の兄妹たちはうまく始末出来たと思っているもの。それを利用するの」

「この状況がチャンスか。凄まじい肝の据わり方だな」


 ルトラ姫の護衛騎士は今頃、黒幕に星食蟲に喰われたと報告しているだろう。

 そう、死んだことになっているのだ。死人をわざわざ捜索などしない。


「そうじゃなければ生き残れなかったの。……城に戻ると殺されるなら必要な時まで戻らない。幸い王子と姫が決闘をする日は決まっているわ。水の月の第三週の休息日。そのぎりぎりまで死んだことにして決闘の日に王都に戻るわ」

「いい案だな。死んだことになっている間が一番安全、王位継承を決める戦いが始まればもう手出しはできないというわけか」


 頭の回転が非常に速い、なにより肝が据わっている。

 温室育ちのお姫様ならこうはいかない。それなりの修羅場をくぐっているようだ。


「……ユーヤおじさまにお願いがあるの。王位継承をめぐる決闘のその日までパーティに入れてほしいの。王位継承の決闘の日まで強くならないといけない。一人では無理。頼れるのはユーヤおじさまだけなの」


 その言葉は嘘じゃないだろう。

 ルトラ姫は星食蟲の迷宮で一日一人で出口を目指し動き続けた。

 並の冒険者では不可能だ。


「ルトラ姫。心情的には協力してやりたい。だが、それで俺たちがリスクを負うことも理解しているな?……ルトラ姫に問おう。見返りに何を差し出せる」


 ひどいことを言っているようだが、これは当然の判断だ。

 俺一人なら感情だけで決めてもいい。

 だが、ルーナとティルがいる。彼女たちを俺のわがままに巻き込めない。

 それにこれはルトラ姫を試しているのだ。ただ、かつて救われた男に縋っているだけなのか。ともに戦おうとしているのかを。


「戦力としての私を捧げる。私は役に立つわ。王族のみに許されたエクストラクラスのクルセイダー。城でお抱えの剣術指南役に鍛えられて技量もある。レベル上げのために近衛騎士と共に数々のダンジョンに潜ってきた。度胸も頭の回転にも自信があるわ。盾と回復を両方をこなせるクルセイダーはあなたのパーティに最も必要なクラスではなくて?」


 聖騎士クルセイダー。それはゲーム時代にはイベントに登場するNPCだけに許された職業。……そして、ラルズール王国の王族。つまりはルトラ姫のご先祖様の職業だ。


 攻撃力が劣る代わりに鉄壁の前衛職であり、回復魔術の使い手だ。

 今のところ、俺は壁とダメージディーラーを兼任している。

 他にもう一人壁役がいれば、もっと攻撃に意識を割り振れ、狩りの効率が上がる。

 俺の致命的な欠点である範囲魔法や必中魔法は防げないという弱点も解消される。

 なによりクルセイダーは【回復ヒール】を使える。

 喉から手が出るほど必要な人材だ。


「まあな、だがクルセイダーじゃなくても僧侶でも機能する。ラルズールの王家を敵に回すリスクを抱えるほどとは思えないな」

「私が王位継承権を得れば必ず褒美を用意するわ。それだけじゃない。あなたを比翼の騎士に任命し、その証を与えましょう」


 比翼の騎士の証。

 その意味を知らないものは冒険者ではいない。

 世界に五本しかないと言われる神剣の一本。


「……いいのか? 俺は比翼の騎士に選ばれたところで城にとどまるつもりはないぞ」

「いいに決まってるわ。だいたい、あなたは十年前に自分で言ったでしょう? 私の騎士になってくれるって。たとえ離れていても、きっと私を助けてくれるわ。今日みたいにね。じゃないと、今日みたいな奇跡は起きないわ。お願い……あなただけは私の騎士のままでいて」


 まっすぐに俺の目を見つめてくる。

 俺の顔だけじゃなくて騎士の約束を覚えていたのか。

 俺はそういうのに弱い。約束は守らないとな。


「騎士の約束を持ち出されれば断れない。いいだろう俺のパーティになるといい。だがな、俺は新人冒険者ルトラとして扱う。姫扱いはしない。俺は厳しいぞ」

「望むところよ。……かの【最弱最強の騎士】。低いステータスなのに技量だけで並みいる騎士たちを倒して、大会で優勝して最強剣士の称号を得たあなたに、厳しく教えてもらえるなんて世界一の幸せ者ね。これ以上の強くなるための環境はないわ」


 その二つ名はトラウマだ。俺は顔を逸らしてしまう。

 勘弁してほしい。

 冒険者歴が長く、十年前は最強クラスのパーティで次々に高難易度クエストを突破したせいで、いろいろと二つ名をつけられたがそう言う名前はたいてい黒歴史じみたネーミングセンスだ。

 後ろでルーナが目を輝かして「最弱最強の騎士」と言っている。

 痛い、痛すぎる。古傷がえぐられる。


「何はともあれ、これからよろしく。俺たちはルトラ姫……いやルトラを歓迎する」

「ええ、ただのルトラとしてお世話になるわ」


 ぎゅっと握手をする。

 グリーンウッドでパーティメンバーを見つけるのは諦めかけていたが、こんな形で新たな仲間が得られるとは。

 それも、エクストラクラスのクルセイダー。

 ルーナと会ってからというもの、信じられないほどの幸運が続いてる。フィルとの再会、ティルの加入、そしてクルセイダーのルトラ姫の加入だ。

 これは本当に偶然なのか? 

 何か不思議な力が働いているかもしれない。

 なぜかそんなことが脳裏に浮かんだ。


「でっ、話は終わったかな。お姫様が起きたみたいだしごちそう食べにいこっ! お姫様も一緒にね!」

「ん。賛成。ルーナはお腹空いた」


 そんな悩みを吹き飛ばすようにティルとルーナが元気で可愛らしい声をあげる。

 そうだな、悩んでいても仕方ない。

 今は、新しい仲間を歓迎するとしよう。

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