第二話:おっさんはレベルリセットをする
二足歩行の爬虫類、ラプトルを走らせる。
馬よりもずっと早く、体力もあって重宝されている魔物だ。
己の脳裏に浮かんだ。白昼夢のようなひらめきを信じて。レベルリセットをするため、隠し部屋のあるダンジョンを目指す。
馬鹿らしい。
そんなことはわかっている。それでも俺は行く。
俺は諦めが悪い。たぶん、世界一。
じゃないと、ステータスに絶望して心が折れていた。低いステータスを補うためにあがきはしなかった。今までステータス以外で強さを補って、継ぎ足して、試練の塔に挑まず逃げたあとも鍛錬は欠かさなかった。
何かを待っていたのだ。
その何かがやっと目の前に現れた。
……何より、この胸の熱さが俺を突き動かしていた。
◇
たどり着いたダンジョンはいわゆる野良ダンジョンだ。
ダンジョンは資源だ。
倒せばドロップアイテムを落とし、調教すればラプトルのように役立つ魔物がいる。
宝箱も存在する。
さらに、週に一回再配置で魔物と宝箱が復活する。
この世界の街や村は、ダンジョンの恵みを当てにして、その近くに作られることが多い。
……たまに、ダンジョンの外へと魔物が出てきて被害を出すこともあるが、おおむねダンジョンは利益があるものとして受け入れられている。
今回向かっているダンジョンは、人の手によって管理されていない野良ダンジョンだ。
こういうダンジョンは危険だ。
街の近くにあるダンジョンであれば、冒険者たちが己の欲のために探索し、再配置直後でもない限り魔物の数は減っているが、野良ダンジョンの場合、それは期待できない。
ダンジョン内に魔物の数が多く、なおかつ何かあったときに助けを求めることもできない。
しかし、そんな野良ダンジョンだからこそ、だれも隠し部屋に気付かなかったという期待もあった。
◇
探索を開始した。
洞窟型のダンジョンだ。舌打ちをしてしまう。
洞窟型のダンジョンは特に難易度が高い。暗く視界が制限される。魔法の松明を持ってあたりを照らすが、松明で照らせるのはせいぜい、四、五メートルまで。
しかも片手が塞がる。
いつもは両手剣を装備するが、左手に松明をもっているせいで軽くて取り回しのいい片手剣に持ち替える必要があった。
攻撃力が落ちるし、敵の攻撃が受けにくくなる。
……さらにやっかいなことに、松明の光は魔物にかなりこちらの位置を知らせてしまい、彼らを呼び寄せてしまう。
「魔灯があればな」
思わず、愚痴を言ってしまう。魔法の松明よりも広い範囲を照らせ、なおかつ魔物が嫌う光を出せる希少なマジックアイテム。
残念ながら俺は持っていない。
背筋に悪寒が走った。
即座に横へと跳ぶ。
背後から、巨大な蛇の魔物が襲い掛かってきていたのだ。
タイラント・スネイク。俺の首ほどの太さを持つ大蛇。麻痺毒があり、噛まれると同時に身動きがとれなくなってしまう。極めて凶悪な魔物。
死角からの攻撃で見えていなかったし、蛇は音も立てていなかった。
それでも、剣の間合いに入ればわかる。……磨き上げた剣士のみが持つ感覚だ。
松明から手を離し、攻撃が空ぶって通り過ぎようとする蛇の胴を鷲づかみにして引き寄せる。
蛇の頭を鉄のブーツで踏みつけて逃げれなくし、そのまま首に向かって剣を落とした。
地面に叩きつけられた松明の光が消える。
「さて、速めに目的地に着かないとまずそうだ」
手の中の蛇が消えた。
死んだことで青い粒子に変わったのだろう。今の手ごたえからして、おそらくこのダンジョンの適性レベルは二〇から三〇と言ったところ。
強い魔物ほど、実入りがいい。本来、俺のような上級冒険者はすぐに引き返すダンジョンだ。
松明の火をつける。
先を急ごう。
◇
探索を始めて、四時間が経った。
肉体の疲れと精神の疲れが体に押し寄せる。
視界が限定されているなか、狡猾な魔物との戦いは容赦なく体力を削る。
そもそも、地下型のダンジョンで一人で潜ること自体が自殺行為ともいえる。
魔物が隠れる場所が多く、麻痺毒を持つ魔物などに死角から噛まれたら、それだけで終わりだ。
あのタイラント・スネイクに噛まれていれば死に直結していただろう。ここには麻痺を癒してくれる仲間がいない。麻痺すれば食われるしかない。
行動不能=死。
そのプレッシャーのせいで、いつも以上に消耗が早い。
だが、ようやく地下三階。
脳裏に浮かんだイメージが正しければ、アレがあるはずだ。
レベルリセットができる隠し部屋の入り口を探す。
薄暗い迷宮には似つかわしくない純白の石碑。
「……ここまではイメージ通りだ。こんなものがあるなんて俺は知らないはずだ」
その純白の石碑を横から思い切り押す。
いつもの俺であれば絶対にやらない行為。すると、石碑がずれた。
石碑によって隠されていた扉が見つかる。魔法により封印されていた。
特定の条件を満たさないと開かない扉だ。
そこに手をかざす。
すると、扉がひとりでに開いた。
なぜか俺には、封印解除の条件が上限であるレベル50に到達していることだとわかった。
この隠し扉を開けた者は俺以外いないだろう。
たまたま、野良ダンジョンにやってきた冒険者が、危険で儲けが少ない洞窟型のダンジョンの奥にまで来る変わり者で、石碑をずらすなんてことを思いつき、しかも上限までレベルを上げた冒険者だったケースでしかこの扉は開かない。
……こんな偶然ありえない。
すべてのからくりを知っている者のみが扉の先へと行ける。
冷静に考えればわかる。
レベルリセットは冒険者たちの憧れだ。
自分のステータスに満足のいかない冒険者なんてはいて捨てるほどいる。
もし、スキルリセットができるダンジョンなんて発見されていたら、あっという間に有名になっていただろう。
そうなっていないのなら、これぐらい見つかりにくい条件が重なっていて当然なのだ。
◇
隠し扉の先にいく。
どんどん鼓動が大きくなる。
期待が膨らんでいるのだ。
そして、俺が目にしたものは……。
「なんだ、この部屋は」
松明の光を消す。必要ないからだ。
光水晶と呼ばれる魔石によって部屋の中は照らされている。
部屋の奥には白亜の女神像が配置されている。
この女神像は脳裏に浮かんだ記憶にあったものだ。
だけど……。
「ここからどうすればいい?」
それがわからない。
この部屋の存在と、レベルリセットができるということはなぜか知っていた。
だが、どうすればレベルリセットができるかわからないのだ。
……いや、待てよ。
女神の像に気を取られて、見落としていたが、その反対側にとんでもないものがあった。
「女の子? それに獣の耳と尻尾?」
透明な水晶の中に、女の子が埋まっていた。
十三か十四ぐらいの幻想的なまでに美しい少女。
少女は目を閉じている。その子は赤みのある金色の髪を持ち、同色の獣耳と獣尻尾があった。
犬耳ならば、コボルト族という種族がいるが、それに比べて耳も尻尾も一回り大きい。
吸い寄せられるように、その水晶に触れる。
すると、水晶が砕けて、少女が投げ出される。
慌てて、女の子を抱き寄せる。
「君、大丈夫か?」
本来、こんなうかつなことをしない。
魔物である可能性がある。……なのに、そうしないといけない気がした。
女の子が目を覚ます。
「……待ってた。ずっと、ずっと」
「君はいったい何を」
「思い出して、遠い日の記憶を」
そう言うと、手を伸ばして俺の顔を引き寄せる。
そして、キスをした。
情報が洪水のように流れてくる。
記憶の渦、なんだ。これは。
俺じゃない、俺の記憶。
これは、まさか。
「俺の……前世、だとでも言うのか?」
日本と言う世界に生まれ、サラリーマンという職に就き、出世はできないものの、こつこつと働き続けた一人の男の人生。
どんなに頑張っても、その成果を他人に利用されるだけで日の目をみない。それでも頑張り続ける……妙に親近感がわく。
……なにより、その男がやっていたゲームと言う遊び、余暇のほとんどをつぎ込んだものと、この世界はそっくりだ。
少女が安らかな寝息を立て始めた。
俺は、彼女を地面に寝かせる。
「この記憶が本当なら」
もう、レベルリセットはわかる。
レベルリセットの条件。
それは、壁にはめ込まれている光水晶のうち一つを女神の胸元の首飾りにはめ込むこと。
脳裏にある記憶を信じて実行する。
光水晶はぴったりと女神の首飾りにはまり込んだ。
女神から柔らかな光が漏れ始める。
『強さを極めた冒険者よ。よくぞここまで来ました。私は、あなたたちが積み上げた経験を糧にして、より強い器を作るための古代宝具。さあ、冒険者よ。あなたは経験を捧げ、強い器を求めますか?』
記憶にある通りのセリフ。
この女神像は、この体に限界まで溜まったレベルの力を使い、生まれ変わらせてくれる。
「俺は望む。生まれ変わることを。今度こそ、報われる人生を」
ずっと、ステータスが低いというハンデを背負って戦い続けてきた。
そんなのはもうたくさんだ。
レベル1からやり直し、今度こそまっとうな冒険者になる。
『承認しました。冒険者ユーヤよ。あなたの新たな人生に祝福があらんことを』
女神像の首飾りから光が溢れ、俺のほうに向かってくる。
その瞬間全身が熱くなる。
すべてが、作り変えられていく。
どうしようもない快感。俺が新たな俺になる。
どくんどくんどくん、うるさいぐらいに鼓動が高鳴る。
そして、それは終わった。
『これで、あなたは強い器になり、代償にレベル1となってすべてのスキルを失いました』
女神像はそれっきり押し黙る。
俺はステータスカードを見る。
そこには……。
「記憶通りだ」
上限レベルでしかできないレベルリセット。
運悪く、最悪の数字を引き続けた悲惨なステータスからやっと解放された。
レベルのリセットに伴い、クラスも失い戦士ではなくなっていた。
きっちりと特典もある。全ステータスに対する10ptのステータスボーナス。
1~3のランダムでステータスが上がり、期待値が2であることを考えれば、5レベル分のボーナスをもらったことになる。
それだけじゃない。1レベル上げるごとにもらえるスキルポイント。これが20ptもあった。
強力なスキルも取り放題だ。
……これで俺はまた、最強を目指せる。
ふと、部屋の中心にある噴水を見る。
俺の顔は三十六になった見慣れた中年の顔。
だが、活力に満ちていた。言うならば、見た目がそのままで若返った気がする。
この年で、レベル1からやり直す。
本来なら、絶望的だろう。レベルを上限にあげるまでに迎えがくる。
なにもできやしない。
……だが、それは普通の冒険者の話だ。
俺の積み上げた経験があれば、最強に届くことができる。
伊達に何十年も冒険者をしていない。
それに……。
「認めよう。俺は、二周目の人生を送っていた」
女神の件で確信した。
どうやら、俺はゲームに似た世界に転生し、それを忘れたまま冒険者として暮らしていたらしい。
だが、それが幸運だと思える。
なにせ、前世の記憶なんてものが初めからあったら、過酷なこの世界に適応できなかった。魔物を切り殺すことも、まずい飯に耐えることもできず、この世界の文化に拒絶を起こしていたかもしれない。
笑ってしまうことに前世の俺も誰よりも頑張って報われなかったようだ。
だけど、これからは違う。
前世の頑張って報われなかった俺の知識、そしてこの世界で頑張り続けた俺の経験。
その二つが合わされば、ここからでも取り戻せる。
さあ、第三の人生を始めるとしよう。
そろそろ俺は報われてもいいころだ。
「そのまえに、この子をなんとかしないとな」
気絶してしまった獣耳の女の子にマントをかぶせる。
これから最強になるために、やらないといけないことは山ほどあるが、この子を見捨てるわけにはいかないだろう。