第十九話:おっさんは宝探しをする
ルーナが大会に出場することと、俺がお荷物を抱えてキラー・エイプに挑むことに決まった。
それから二日が経っている。
今日はぎりぎりレベル20以下向けの初心者向けダンジョンに来ていた。
すでにレベル20まで上げていて、大会の規定を考えると、これ以上レベルを上げるわけにはいかない。ここには狩りのためではなく体術の訓練のために訪れた。
レベルに見えない強さを軽視してはいけない。ステータスが最底辺だった当時の俺も、剣技のおかげで中の上ぐらいの力が発揮できた。
「ううう、私も出たかったなー。大会」
ティルが恨めしそうな顔をして、文句を言っている。
「そう言うな。ティルはどっちみち遠距離型だろ。二十メートル四方のリングだと強みが生かせない」
「わりとナイフとかうまく使えるようなってきたよ」
そういうと、私物であろうナイフ三本で器用にジャグリングをする。そして刀身を指で受け止めるとナイフ投げ。木に三本とも突き刺さる。
ナイフを使い慣れているという本人の言葉と精霊弓士の適正装備が短剣であることから、ナイフを使った護身術を学ばせていた。
「ティルの筋がいいのは認める。前から不思議だったんだが、素人とは思えないぐらいに体力があるのはなぜだ? 武術の基礎の基礎ぐらいは学んでいたようだが」
フィルは元から弓だけはうまかったが、それ以外は素人同然だった。
山で採取や狩りをしているだけあって、体力は人並み以上だったが、あくまで人よりはというレベルであり最初は足を引っ張った。
ティルの場合はかなり鍛えている形跡がある。
普通の生活をしていればこうはならない。
「エルフにとって弓は淑女のたしなみだから、みんな習ってるんだよ。それだけじゃなくて私は冒険者になるのが夢だったから、エルフ一番の戦士に弟子入りしていたの! すっごい頑固な人で、ひどいんだよ。一日で、山の向こうの花を詰んできたら弟子入りを許すって言って、結局弟子入りできたのはエルフの里を抜け出す一週間前。おかげで、体力はついたけど、基礎の基礎しか教われなかったよ!」
「そういうわけか」
エルフ一番の戦士と言われて心当たりがいた。
かつて、肩を並べて戦ったことがある。あの人に鍛えてもらったなら納得だ。
基礎の基礎があるだけでもだいぶ違う。
「とはいえ、ティルに体力があってナイフの扱いを覚えても本職じゃないことには変わりがない。近接クラスほどの防御力がない。精霊弓士が近接職の一撃を喰らうのは木刀でも危ない。やっぱり許可できない。いつかティルが主役になる日も来るさ」
まだ、ぶすぶす言っているが口の中にパナムの実を入れるともぐもぐと食べ始めて黙った。
それからは俺が言ったとおりに素振りを始めた。
文句は言うがまじめに鍛錬してくれている。
このまま順調に育ってくれれば、敵に近づかれても俺やルーナが助けに入るまでの時間稼ぎぐらいはできるようになるだろう。
さて、もう一人のほうを面倒を見よう。
「ルーナ。横薙ぎもクリティカルが出せるようになってきたな」
「ん、なんとか。これで二つ目!」
ルーナが九種の斬撃のうち、突きの次に選んだのは横薙ぎだった。
ルーナの体格を考えるといいチョイスだ。
背が低く上段からの攻撃は使いどころが少ない。
それに比べて横薙ぎは扱いやすく、突きを躱された際につなげることもできる。
何より、突きは点の攻撃だが、横薙ぎは線の攻撃。格段に当てやすくなる。
「さて、そろそろ組み手をやろうか。俺は木刀を使う。ルーナは短剣を使って攻めてこい。俺は捌くだけで反撃しない。そうだな三十分で一発でも俺に当てられればルーナの勝ちだ」
「それ、ルーナに有利すぎる。せめて反撃して」
「やってみればわかる。もし、ルーナが勝てばなんでもルーナのいうことを聞いてやる」
「なんでも!?」
「なんでもだ」
「頑張る! ユーヤにすごいことお願いする」
ルーナは急にやる気になりだした。もふもふのキツネ尻尾をぶんぶん振っている。
いったい、何を頼むつもりなのか……少し怖くもあり、楽しみだとも思ってしまった。
◇
三十分経った。
ルーナがふらふらになって、短剣を落として崩れ落ちた。
三十分間ずっと攻め続けたのだから、疲れ果てて当然だ。
「有利すぎて楽勝だったか?」
「ぜんぜん、ユーヤすごすぎる。ルーナのほうが速いのに」
ステータス上は若干俺のほうが上だが、クラス補正で俺はマイナス、ルーナは大幅なプラスがあり、最終ステータスはルーナが上回る。
だが、ただ速いだけでは俺は倒せない。
そもそも、俺は何年も自分より圧倒的に力が強く、速い魔物と戦い続けてきた。俺を倒すには速さだけでなく工夫がいる。
「俺を本気で倒そうと思うなら、もっと俺を見ることだ。俺がどう受けて、どう流しているか。足運びはどうなっているか、呼吸と間合い。全部ルーナが持っていない技術だ。見て、体感して、理解し、我が物にすれば、俺を打ち破る足がかりになる。この訓練は宿でもできる。毎晩、三十分やってみよう」
「ユーヤ、今日じゃなくても、勝てばご褒美はもらえる?」
「もちろんだ。ただ、いつでもいいとなると緊張感がなくなるな。期限を設けようか。一か月だ。一か月以内に俺に一発入れられたら、なんでもいうことを聞いてやる」
ルーナが立ち上がる気力もないのに目を輝かせる。
体力ポーションを開封して少しずつ口元に流してやる。
飲み終わると立ち上がり、また素振りを始めた。
やる気に満ち溢れている。
「いったい、俺に何を頼むつもりなんだ」
ルーナが素振りを止めて、ぷいっと顔を逸らす。
ちらりと見える首筋が赤い。
「秘密」
ぼそっと言った。
ルーナのことだから無茶なことは言わないだろう。
ルーナが俺に一撃を当てるほど成長してくれるならどんな願いでも叶えてやりたい。
俺はそう思っていた。
◇
わざわざダンジョンに来たのは、思いっきり暴れられるからだけじゃない。
実はもう一つ目的があった。宝探しだ。
これ以上レベルを上げられないが、宝探しなら問題なくできる。
「ユーヤ、こっちから匂いがする」
ルーナがくんくんと匂いを嗅ぐ仕草をする。
キツネ耳美少女のルーナにはその姿がよく似合う。
実はルーナに新しいスキルを取ってもらった。
その名は【お宝感知】。
名前のとおり、宝箱がどこに隠れているか感知できる。
ダンジョン内の宝箱は目立つところに置いてあるものもあるが、隠されている宝箱も多い。
目立つものはすぐに他の冒険者が見つけてしまい、なかなかゲットできない。
うまく隠されている宝箱を見つける必要があり、広いダンジョン内を片っ端から徹底的に探す根気がいる。
だからこその【お宝感知】だ。
これがあればある程度近づけば宝箱の位置がわかる。
普通の盗賊なら、なかなかここまでポイントを回せない。クリティカルを自在に出せるようになったルーナだから、攻撃スキルはアサシンエッジだけという豪快な運用ができる。
通常の盗賊はかなり戦闘系のスキルにポイントをもっていかれてしまう。
ルーナの足が止まった。
「おかしい、宝箱がすぐ近くにあるのに行き止まり」
ルーナの言う通り目の前には壁しかない。
ここまでのルートを考えると迂回して壁の向こう側に行くこともできない。
「こういう場合は、大抵隠し部屋だな。壁を叩いて見よう」
とんとんっとやけに軽い音がした。
ビンゴだ。分厚さに対してあまりにも軽い音。
これは中が空洞の証。そして、隠し扉の開き方にはいくつかあるが、見る限りこれは【薄い壁】。開ける方法は極めてシンプル。
「ルーナ、ティル、破片が跳ぶかもしれないから下がっておけ」
「ん」
「わかったよ」
二人が下がったのを確認して、剣を振るう。
【バッシュ】という単体攻撃技。
発動が早く、燃費が良く、威力倍率も高い。追加効果が一切ないが使いやすい技だ。
そのバッシュが着弾した瞬間、壁が崩れる。
普通の壁に剣を叩きつけても剣が消耗するだけだが、隠し扉である薄い壁の場合一定値以上のダメージを一度に与えると壊れる。
「うわぁ、壁が壊れた」
「乱暴だね。あっ、壁の奥に宝箱が隠れてた!」
ルーナとティルが壁を壊して露わになった隠し部屋の中に入っていく。
「ルーナ、【解錠】もちゃんと取ったな」
「ユーヤの言う通り、レベル3まで取った」
「今はそれで十分だ」
宝箱を見つけたと言っても安心できない。五割ぐらいの確率でトラップが発動する。
毒煙が噴き出たり、麻痺針が手に突き刺さったりといろいろだ。
【解錠】スキルがあれば、素早さで解錠判定が行われ、罠が解除できる。ルーナのステータスを考えるとレベル3の【解錠】なら、まず大丈夫。
「ユーヤ開いた」
「すごいな。魔法袋だ。容量は10kgの一番小さいものだが、それでも売れば二百万ギルにはなる」
「二百万あったら、三か月ぐらい遊んで暮らせる」
「すごい! 今日はごちそうだね」
ルーナとティルがぱんと手を合わせて喜んでいる。
「だけど、これは売らない。ティルが使うんだ」
「いいの? こんなの独り占めしちゃって」
「もちろんだ。ずっと、手に入れたかった。弓を街で持ち歩くのは大変だろ? それに魔法袋があれば予備の弓や矢をいれておける」
弓は結構邪魔になるし、矢も嵩張る。
精霊弓士に魔法袋は必須だ。
彼女に魔法袋をプレゼントしたかったが、さすがの俺も今使っているものとルーナに渡した予備の魔法袋以外は売ってしまっていた。
ルーナに渡したのをティルに使わせることも考えたが、ルーナは俺が与えたものを取り上げようとすると、恐ろしく悲しそうな顔をする。
お気に入りの物を取られて辛いというよりは、俺がプレゼントしたものということがルーナにとって重要なようだ。
さすがに良心が痛んで、とりあげるなんて真似は出来なかった。
「ありがと! 大事にするね」
「そうしてくれ。きっと、一発で魔法袋なんて大物が見つかったのは女神様の思し召しだ」
ティルがぎゅっと魔法袋を抱きしめる。
ティルなら大事にしてくれるだろう。
「さて、そろそろ戻ろう。お土産もできたしな」
「ん。そうする。帰ってから特訓! 大会の日までにユーヤに一発当てる!」
ルーナが燃えている。
しかし、それは全力で阻止しよう。
たった数日で負けてしまえば師匠として立つ瀬がない。それに全力の俺に当てられなければ意味がない。
「私はお姉ちゃんに自慢してくる! 魔法袋は一流冒険者の証だって聞いたことがあるからね!」
「そうだな」
魔法袋を持っている冒険者は少ない。
滅多に見つからないし、見つかっても大金の誘惑に駆られて売ってしまう。
俺たちはダンジョンを出る。
相変わらず、パーティは順調だ。祭りの日まで二人を全力で鍛えつつ、お宝探しを続けていこう。これも二人にとって、大事な経験になる。