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第十四話:おっさんは武器を買いに行く

 三人目のパーティメンバーが加入した。

 エルフのみに許されたエクストラクラスの精霊弓士だ。

 その強さは、フィルと一緒に旅をしていたこともあり、よく知っている。


「そういえば、ティルは弓を使えるのか」


 新メンバーの加入ということに浮かれて一番大事なことを忘れていた。

 実は弓というのは非常に習得が困難であり、狙ったところに飛ばせるレベルになるまで数年の訓練が必要だ。


 ……最悪はクロスボウを持たせる。

 クロスボウは長弓と比べると威力も射程も連射力も劣るが、素人でも一日で狙ったところに飛ばせるようになる利便性があり、弓使いの多くはこっちを使う。


「ふふふ、エルフの私には愚問だね。三歳のときから弓をおもちゃにしてたよ。二百メートル内なら必中。エルフの里の大会でも優勝したんだ」

「それはすごいな」


 俺の【炎嵐】の本来の射程は20メートル。その十倍だ。どんな魔法でもマジックカスタムでもしない限り50メートル以上は狙えない。

 射程はそのまま強さに直結する。遠くから一方的に攻撃できることは大きなアドバンテージになる。

 そういえば、エルフには風の流れが見えるとフィルに聞いたことがある。

 放った矢がどう変化するかが感覚でわかり人間にはなしえない長距離精密射撃が可能になるそうだ。

 かつての冒険でもフィルの長距離精密射撃に何度も助けられた。


「その自慢の弓はどこにある?」

「家だね。あれっ?」


 ティルの顔が青ざめる。

 そうだと思った。昨日の酒場でティルは故郷に顔を出したフィルの馬車に忍び込んでこの街に来たと聞いていた。

 弓なんて持って隠れるスペースはなかっただろう。


「……まずは装備を整えないとな。弓をもたない弓士なんてかざりにもならない。今から買い物に行こう。ルーナにも予備の短剣がいると思っていたところだ」

「ルーナには必要ない。この子がいる」


 ルーナがバゼラートを構える。

 この子は俺が贈ったバゼラートを宝物のように扱っており、手入れを欠かしていない。


「予備は必要だ。武器はいつか壊れる。それが戦闘中であることも多い。戦闘中に武器を失うことは命とりになる。大事に使うことと、もしものときに備えることは別の話だ」


 ルーナはバゼラートをぎゅっと抱きしめつつ、こくりと頷いた。


「わかった。予備の短剣も持っておく」


 バゼラートは丈夫だが、万が一のことは常に起こりうる。

 冒険者にとって、もっとも大事なことはありとあらゆることに備えること。

 それを怠ったものから死んでいく。


「ユーヤ、妹の分は私がお金を出します。さすがに装備まで買ってもらうのは悪いです」

「それはダメだ。もう俺のパーティになったからな。それに買い与えると言っても、きっちり働きで返してもらう。報酬の分配から少しずつ差し引く。いつまでも姉に頼っていたら立派な冒険者になれないさ」


 フィルの申し出を断った。

 これは俺たちのパーティの問題だ。


「わかりました。ユーヤは昔からそういうところがありましたね」


 どこか懐かしそうにフィルは笑う。冒険者時代を思い出しているのかもしれない。

 そんなフィルを見て、昨日の夜に考えていたことを問おうと決める。


「なあ、フィル。受付嬢は楽しいか」


 この質問には隠れた意図があった。

 もし、質問を否定するなら、あるいは楽しいと口で言いつつも言葉に陰りを感じれば、俺はフィルもパーティに誘おうと思う。

 フィルはすさまじい戦力になる。それに、俺自身がフィルとまた旅をしたいと思った。


「楽しいです。それもすごく」


 フィルは笑う。

 心の底から。

 ……そうか。ちゃんとフィルは居場所を見つけたのか。

 無理に連れ出すのは、彼女のためにならない。

 少なくとも今は誘わない。いつかフィルが受付嬢以外の道を選びたくなったときにはまた同じことを聞くとしよう。


「どうして急にそんなことを聞いたんですか?」

「なんでもない。ただ、聞いてみたくなっただけだ」


 話はそれで終わりだ。

 もろもろの登録を済ませて三人で繁華街のほうに向かう。

 ここは冒険者の街だ。冒険者向けの装備を売る店も充実している。


 ◇


 三人で繁華街に向かった。

 美少女が二人いて、しかも珍しいキツネ獣人とエルフということもあり俺たちは注目を集めている。


 武器を選ぶ際に片っ端から店に入って品物を見て回るなんて無駄なことをしない。

 店を選ぶところから始める。

 だいたい、店構えを見ると誠実な店かどうかはわかる。


 ルンブルクには、初心者や観光気分で来た客から搾り取る店も少なくない。

 実際、レベルを上げて強くなれば身の安全も確保できるうえ、ありとあらゆるところで有利だ。

 金持ちや貴族が子供を連れてやってきて、クラスを与えて、しばらくレベル上げしてから帰っていく。


 その際、少しでも子供の身を守るために高額な装備を整えようとする。

 そんなカモを騙して搾り取ろうとする店が多く、そういう店で買うのは金をドブに捨てるようなもの。

 長年の経験のおかげでいい店と悪い店の見分けがつくようになっていた。


「あそこがいいな」


 玄関がよく掃除されているし、空気からして違う。

 何より匂いがいい。さび止め脂と湿気除け。

 この匂いがしない店はだめだ。商品の手入れができていない。


「行こうか。俺も目利きはするが自分にあったものを選ぶことが大事だぞ」

「ん。一番いいのを選ぶ」

「ふふーん。私は弓にはうるさいからね」


 二人ともやる気があっていい。

 俺は苦笑しながら店に入った。


 ◇


 店に入った。店主は老人でカウンターに座りながら剣の手入れをしていた。俺たちが入るなり、じろりとこちらを見る。


「うちは観光客向けの店じゃない。冷やかしなら帰ってくれ」


 静かな声だが、重みのある声だ。


「冷やかしのつもりはない。俺たちは命を預ける武器を買いに来た」


 老人と目が合う。

 しばらくそうしていると表情が柔らかくなった。


「ふむ、子供二人を連れて来たから遊びだと思ったが、面白い客が来たようだ。お主なら武器を粗末には扱わせんだろう」

「保証する。この子たちを信じてほしい」


 わかってくれてよかった。

 老人は剣の手入れにもどった。


「ルーナ、ティル、一番しっくりとくる武器を選んでみろ」

「わかった」

「じゃあ、さっそく選んじゃうね」


 二人がそれぞれの獲物めがけて歩いていく。

 ルーナのほうを見ると気に入った短剣があったらしく、鞘から抜いて軽く振っていた。

 重さと重心を確認しているようだ。


 よくわかっている。予備の武器に求めるのは性能よりも、今の武器と同じ感覚で振れること。

 武器を持ち替えた瞬間に違和感があれば、まともに戦えない。

 常にクリティカルを出し続けることを強いられているルーナならなおのことだ。


「ユーヤ、ルーナの短剣はこれがいい」

「いいチョイスだ。材質はミスリルと水銀の合金か。軽く、頑丈、造りもいい。掘り出し物だな」


 使いやすい武器を選んだだけのようだが、最高の逸品を選んでいる。

 俺でも同じ短剣を選んだだろう。


 ティルのほうを見ると、弓を手に取り撫で上げつつ。怖いぐらい真剣な翡翠の眼で品定めをしていた。


 そこだけが風景から切り取られたと錯覚するほど張り詰めており、近寄りにくさがある。

 弓に長けたエルフの一族、そんなエルフの里の大会で優勝するほどの腕前というのは伊達ではないらしい。


 ティルは最終的に一つの弓を取る。

 木製の弓だがわずかに魔力を感じる。

 おそらくはただの木ではなく、マナを取り込んだ魔法の木。

 そういう木で作られた装備は持ち主の魔力を増幅させる効果があり、弓でありながら杖としての機能を果たす。

 弓と魔法の両方で戦う精霊弓士にとっては最高の装備となりえる。


「私はこれがいいね。気がよくなじむ。張りも反りも一級品。これなら存分に弓の腕前を見せられるよ」

「弓の見立てはできないが、良さそうだとは思うな」


 さすがの俺も弓は完全に専門外だ。

 材質がいいことはわかっても、弓としてすぐれているかは判断できない。

 ティルは弓の名手だ。見誤りはしないだろう。


 ルーナとティルが選んだ短剣と弓をカウンターにもっていく。

 かなり値は張るが、長く使えそうだ。

 元はとれる。

 それを見ていた老人が笑った。


「ははは、おぬしが粗末にせんと言ったものの。子供に見る目がある、ましてや大事に使うなど半信半疑だったが、その娘どもは本物のようだ。わしの店で一番いいものを選びおった」


 老人は受け取った短剣と弓を手に取ると熟練の技で、完璧に手入れをしてくれた。代金を払い、短剣と弓を受け取り、二人に渡す。ルーナはキツネ尻尾をぶんぶんと振り、ティルは弓に頬ずりした。


「武器に違和感があったら、もってこい。大抵のものは直せるし、わしでもどうしようもないぐらいに壊れたなら、いい鍛冶屋を紹介してやれる」

「そのときは頼む」


 信用できる店というのは貴重だ。自らのコンディションもそうだが、武器のコンディションの維持も軽視できない。

 この店とこの人に出会えたのは幸運だろう。


 帰ろうと踵を返したとき、なにかに呼ばれた気がした。

 そちらを見ると籠の中に無数の剣が乱雑に置かれていた。二級品や中古品はこういう扱いを受ける。


 金のない冒険者でない限り、命を預ける武器に低質なものは選ばない。いつもなら、俺は気にも留めない。


 だけど……、自然と手が伸びる。ごくりと生唾を飲んだ。

 籠の一番奥から一本の剣を取り出す。黒い鞘に収まった剣だ。反りが大きい珍しい形状。鞘から引き抜いた。

 刀身が黒い。魔力ではない不思議な力を感じる。片刃の重さで叩き斬る剣ではなく、斬ることに特化した剣。

 一目ぼれした。この剣がほしくてたまらない。


「店主、これはいくらだ」

「ふはははははは、まさか、それを見つけてしまうとはな。子供たちにも驚いたが、お主にはもっと驚かされた。……代金はいらん、もっていけ」

「いいのか?」

「もちろんだ。とある、名工に親父が託されたものでな。……いわく、剣が持ち主を選ぶ、正しい担い手が現れたときは必ず惹かれ合う。そのときは持って行かせろとな。事実、その剣を手に取ったものは五十年でお主が初めてだ。わしが生きてるうちに担い手が現れるとはのう」


 心底面白そうに店主は笑う。

 俺は感謝の言葉を放ち、剣を受け取った。

 ルーナやティルの短剣や弓と違い、店主は手入れをしなかった。無料だから手を抜いたわけじゃない。その必要がないからだ。


 これはおそらく魔剣だ。

 ルーナやティルの装備を買いにきて、こんなものを得られると思わなかった。

 元々装備していた愛剣と一緒に腰につるす。多少重くなるが剣がそうして欲しいと言った気がしたのだ。


「ありがとう。必ずまた来る」

「楽しみにしとるよ」


 店主に感謝の言葉を伝えて店の外に出た。いい買い物ができた。この街にいる間は贔屓にしよう。


 ◇


「ルーナ、ティル。買い物に来たせいで冒険にいくには微妙な時間だ。行けなくもないがすぐに帰ってくることになる。出発を明日にしてもいいが……どうする?」


 答えがわかりきっている質問をした。


「もちろん、行く!」

「私の美技を見せつけるよ!」

「わかった、急ごう」


 新しい武器を手に入れて、試したくない冒険者などいない。

 やる気に満ち溢れた二人を連れて、駆け足で再びギルドに戻った。

 これから三人での初めてのダンジョンの狩りだ。

 ティルの弓の腕前、そしてエクストラクラスの力を見せつけてもらおうじゃないか。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 正直に言って作中に武器屋でとんでもない魔剣、聖剣、神剣を見つけて表示がバグったり伏字になってたりするところが1番ワクワクする。こういうのはいいですよ!
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