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第一話:おっさんは飲み明かす

 誰かが部屋を覗いていた。

 この気配、どこか覚えがある。

 一瞬、レナードかと思ったが気配の質が違うし、そもそもあいつなら気配を消すぐらいは容易く、逆にこちらに気付かせようとするのなら、もっとわかりやすい気配を残す。

 思い出せ、あの気配を。

 思い出した。

 ……まさか、いや、ありえない。彼であるはずがない。

 だが、俺の感覚はそう言っている。

 あとで確かめよう。


 ◇


 フィルの作ったご馳走とやらが完成したようで、食卓に集まる。

 エルリク専用の食器が、大きなどんぶりのようなものになっていた。そこに薄味で煮込まれた肉が山盛りにされている。


「今のエルリクならこれぐらい食べそう」

「さすがに、今までのだと全然足りないもんね」

「きゅいっ!」


 大きくなって、ルーナたちを乗せられるようになったのは素晴らしいことだが、いろいろなデメリットがある。

 街によっては警戒されるだろうし、この部屋に入るのも一苦労したし、餌も今までよりずっとたくさん必要になりそうだ。


「大きくなってもエルリク、ふわふわ」

「抱き着くと、暖かくて、お布団みたいで気持ちいいよぅ」

「きゅいっ」


 フェアリードラゴンはドラゴンとしては珍しく、羽毛を持っている。それは進化しても変わらず、ルーナやティルが抱き着くと、埋まって見えなくなるほどだ。

 つぶらな瞳と相まって、この巨体でも愛くるしい。


「ルーナちゃんも、ティルも遊んでないで食卓に着きなさい。ごはんですよ」


 フィルがそう言うと、二人が離れていき、エルリクが悲しそうにしていた。

 だが、餌に飛びついて上機嫌になるあたり食い意地が張っている。


「ごちそう!」

「フィロートだね!」


 そのフィロートというのは、俺も知らない。

 まず、大皿がいくつか並べられる。

 その大皿には、ローストビーフ、甘辛く煮た豚肉そぼろ、照り焼きチキン、エビのドレッシング和え、新鮮な川魚の刺身、アボカドのように見えるエルフの土地野菜を使ったペースト、角切りトマトの和え物、山盛りの葉野菜が並んでいる。


 スープはエルフ野菜と鶏肉で出汁をとったもの。

 さらに、全員に薄くて丸い白生地が入った陶器と水が入った小さなボウル、平皿が配られていた。

 何に使うのか、タレが入った器が三種類並んでいた。


「これで、どうやって食べるのかわからない」


 ルーナが首を傾げている。


「ふふふ、見ててね。この白くてうっすくて丸いのがフィロートだよ。これにボウルから水をすくって、かけて、広げると」

「うわぁ、透き通ってぷにぷにしてる」

「これにね、好きな具をのせるんだ! まずは葉野菜を乗せて、そこにアボルと、たっぷりの海老! で、好きなタレ。エビにはこの赤いの。で、くるくるってして出来上がり」


 半透明の皮に包まれているので、中の具が透けて見える。


 アボルとティルが言ったものを少し食べると、アボカドの味がした。

 エビとアボカド、それにチリソース。

 これはうまそうだ。


「で、かぶりつくんだ! うーん、美味しいよ」

「ルーナもやる!」

「面白そうね。具材もタレも種類が多くて、悩んでしまうわ」

「その悩むのが楽しいんです。好きな味を作ってください」


 なるほど、だからこその手巻きフィロートか。

 フィルやティルを見ていると、葉野菜+肉か魚を一、二種類、それにアボカドペーストに似たものかトマトの和え物を加えて、好きなタレというのが王道らしい。


「俺も作ってみるか」


 皮を濡らして透明にすると、手に吸い付いてきた。

 そこに葉野菜、ローストビーフ、それに角切りトマトの和え物をたっぷり乗せて、タレはポン酢のようなものを使ってみる。

 それをくるくると巻いて完成。

 皮はむっちりとした歯ごたえがいいし、口の中に吸い付いていくのがたまらない。

 牛肉とトマト、それにポン酢風タレの組み合わせは抜群相性。

 このフィロートというのは、どうやら生春巻きに似ている。

 ただ、生春巻きと比べると、より皮がもっちりして破れ難く甘みが強い。


「このフィロートってどうやって作ってるんだ?」

「エルフ芋の粉末を水で溶いて、広げてから干すとできるんですよ。すごく長持ちするし、ちょっと水をかけるだけで食べられるので、エルフはよく食べます」


 原料は芋だったのか。 

 たしかにこれはいいな。


「ルーナ、それはよくばりすぎるだろ」

「ん、でも美味しい」


 あまりにも具が多すぎて、くるくると巻くことはできず、ただの二つ折りだ。

 そして、具もすごい。まさかの肉三種山盛り。野菜は一切使わない徹底っぷり。

 頬をリスのように膨らませながら、ご機嫌そうにキツネ尻尾を振る。


「ちなみに、私のお気に入りは野菜とチキンとトマト、それにチリソースです」

「ユーヤ兄さん、私のおすすめのエビとアボルも食べてよ」

「私は、このお刺身とチーズソースの組み合わせがいいわね」

「ルーナはお肉山盛り」


 それぞれのお気に入りフィロートを作って、こちらに差し出してくる。


「ありがとう。一つずつもらおう」


 全部喰ったら相当なボリュームだ。

 だが、断りはしない。

 せっかく俺のために作ってくれたのだから。


 ◇


 食べすぎた。

 あれから、みんなのおすすめを全部食べた。

 どれもうまいのだが量が多すぎる。


 そして、驚いたことにデザート用のフィロートまであった。

 色とりどりのフルーツと、生クリームやジャムをたっぷりと巻いてしまう。

 上質なフルーツ大福のようで、腹いっぱいだと思ったのに入ってしまった。


 なんでも、フィルの話ではほかにも、フィロート巻きを油で揚げた揚げフィロートというものがあり、そっちは皮がぱりぱりして美味しいそうだ。

 少し、食べすぎたので軽い運動をすると出てきた。

 ……もっともそれは口実に過ぎないが。

 昼間のこともあり、どうしても会わないといけない奴がいたのだ。


 ◇


 そいつの家に向かっている最中、声をかけられた。


「俺が来るとわかっていたのか、ホランド」


 ホランド、かつてのパーティの仲間。

 フィルやレナードが加わる前にパーティを組んでおり、エルフの里を救うため、共に戦った魔法使い。

 良く知った気配だからこそ、彼だと気付いた。


「ユーヤの勘の鋭さは知っていたつもりだけど、まさかのぞき見に気付かれるなんてね。引退してなまったと言っても、気づかれたことに気付かないほどは衰えちゃいない」

「友人だと思っていたんだがな」

「僕も、友達だと思っていたよ……だからこそかな。場所を変えないか? 素面では話せそうにない」


 頷いた。

 一瞬、罠に嵌めようとしている可能性も考えた。

 連れて行かれた先に待ち構えている者たちがいるかもしれないと。

 だが、すぐにその考えを打ち消す。

 俺はホランドを信じたい。


 ◇


 案内された先は人気がない湖だ。

 月が水面に映り、美しい。

 ホランドは、鞄の中から酒を取り出し、ビンごと渡してきて、自分の分に口をつける。


 俺もそれにならった。

 豪快だ。


「ここは、結婚前に妻がとっておきだと僕に教えてくれた場所なんだ」

「たしかに絶景だ。それに風が心地いい」

「僕も気に入っているよ。もう、全部ぶちまけるけど、エルフたちが結婚するために出してる条件、あれ僕の差し金」

「それはおかしくないか? あの堅物どもが人間の言うことなんて聞くわけないだろう」

「はは、そうだね。でもやりようしだいだ。僕は誘導しただけ。彼らは自分の意思でそうしたって思いこんでるよ。これ以上、人間とエルフがくっつかないように、僕がそうさせた」


 悲し気に、ホランドは笑う。


「……それこそなぜだ。うまくいっているんだろう。こうして、人間に搾取されそうになったエルフたちを守っているぐらいなんだから」

「そうだね。表向きにはうまくやってる。でも、気付かないかい? 君よりずっと前にエルフと結ばれた僕が、老けてしまっていることに」


 初めてあったときから、そのことには気づいていた。

 エルフの乙女、処女、あるいは一人の男性だけにしか体を許していないエルフは【世界樹の雫】という秘薬を作り出せる。

 それを一日一舐めすれば、徐々に若返っていく。

 そのおかげで、俺は少しずつ全盛期に戻りつつある。


「浮気をされたのか」

「まあね、たった一夜の過ちだ。そのことを許せるだけの器があると思っていたんだけどね。ダメだった。毎日毎日、少しずつ老けていく自分を見ると、その度に彼女の裏切りを思い出す。それがきっかけになって、些細な人間とエルフの習慣や生活の違いが気になって、いらついて、しょうがなくなる。……だけど、それでも愛していてるからね。苦しいんだ、どうしようもなく」


 ホランドは酒を思いっきり煽った。


「だから、人間とエルフが結ばれないようにしたっていうのか」

「そうだ。人間とエルフが結ばれても、いずれ僕らみたいになる。一度でも、エルフが裏切れば、人間だけが老いて醜くなっていく、僕は怖いんだ。僕だけが老いていき、彼女の愛が冷めてまた裏切られるんじゃないかって、彼女が裏切ったせいで僕は若さを失っているのに、なのに、彼女だけが綺麗で、僕は」


 その声には深い葛藤と苦しみがあった。

 いつもひょうひょうとして、どんなピンチでも笑って最善手を打ち続けた大魔法使いがこうなっていることが信じられない。


「エルフと結ばれるっていうのはそういうことなんだ。それでも、あの子と結ばれるのか?」

「そのつもりだ、フィルを信じているからな」

「僕もそうだった。だけど、時間が経てばどうなるか。たとえ愛が変わらなくても、人は間違える。一度でも間違えれば、それで終わりなんだ」


 何年も先へ行っているだけあって、その言葉は重い。

 それでも。


「俺の気持ちは変わらないさ。……さっきも言っただろ。フィルを信じてる。それに、俺はフィルに裏切られても後悔しない」

「眩しいな、まったく。僕はそんなふうになれなかったけど、ユーヤなら、そうなれるかもな。今日は呑もう。付き合ってくれるよね」

「むしろそれはこっちのセリフだ。迷惑をかけた分、付き合ってもらうぞ」


 そうして、俺はかつての友人と飲み明かし、朝帰りになった。

 エルフと人間が結ばれることについて、深く考えたことはなかった。

 彼の話を聞けて良かったと思う。

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