第十三話:おっさんは精霊弓士を思い描く
ルーナにティルを宿まで送ってもらうことにし、俺はフィルを背負って、夜の街を歩いていた。
「飲みすぎだ。ペース配分を考えろ」
フィルは完全に酔いつぶれていた。
子供じゃあるまいし、自分の飲める限界なんてわかっているだろうに。
いや、俺のせいか。久しぶりの再会で羽目を外した。
なんとか起きてもらい、大量の水を飲んだことでさきほどよりはかなりましな状態になっている。
「ごめんなさい」
「部屋はこっちで合ってるのか」
「はい、こっちでいいです」
フィルの体温を背中に感じる。
昔はよくこうしていた。
今でこそ、フィルはしっかりしているが、一緒に冒険を始めたころはひどかった。
腰を抜かしたり、疲れてるくせにそれをやせ我慢して結局倒れたり、不注意で怪我をしたり。
「昔はこうしてよくフィルを背負って歩かされたな。大変だったんだぞ」
「うん、すごく懐かしいです。ユーヤの背中、大きくて安心します」
フィルが背中に体重を預けてくる。
フィルの体温と柔らかさ、それに匂いが伝わってくる。
なんとなくわかった。
フィルはエルフの特性で別れたときから見た目は変わっていない、だけどフィルは俺の知る少女ではなく、一人の女性なのだと。
◇
フィルの部屋につく。
綺麗に整頓されていた。俺と一緒に暮らしているころの家事はフィルがやってくれていた。
料理もうまく、いい嫁になると時折言うのだが、そのたびに微妙そうな顔をしていた。
彼女をベッドに下ろす。
苦しいだろうから、上着のボタンをはずして胸元を緩める。
さて、用事は済んだ。宿に戻ろう。
講習をすっ飛ばす以上、ティルにいろいろと教えないといけない。クラスを得てすぐにダンジョンに潜るかもしれない、今日の夜と明日の朝しか教える時間はないのだ。
「フィル、離してくれないか」
だと言うのに、フィルが俺の頭の後ろに手を回し、じっと俺の顔を見つめてくる。
レベルをリセットしていることもあり筋力差は圧倒的だ。逃げられない。
「なんで、なんで、私を置いていったんですか? 手紙だけ残して、どれだけ寂しくて悲しかったかわかりますか?」
「俺がいたら、【試練の塔】への挑戦は必ず失敗しただろう。レナードも、ライルも乗り気だった。第一、俺のせいで上を目指せるおまえたちが止まるのが耐えられなかった。俺が抜けて変わりにもっと強いやつを入れたほうがいいと思った。おまえたちのパーティなら入りたいやつなんて掃いて捨てるほどいたからな」
【試練の塔】は生還率2%。
俺のようなお荷物を連れて成功するはずがない。
それもそのはずだ。
あれの難易度調整は、レベルリセットをして特典ボーナスを得た四人パーティを前提に設計されている。
クリアすればレベル上限が七十になり、多数の希少なアイテムを持ち帰れるのだから、それぐらいの難易度は当然だ。
特典ボーナスなしでクリアしたレナードたちのほうがおかしい。
「聞きたいのはそんなことじゃないです。どうして、連れて行ってくれなかったんですか? 私はユーヤと一緒が良かった。ユーヤが【試練の塔】に行かないなら、私も一緒に別の場所に行きたかったです。上を目指すなんてどうでもよかったのに」
フィルの眼が潤んでいる。
そんな眼は、かつて共にすごしたときには見せなかった。
フィルは成長している、心も体も。
「エルフの里を救ってくれたユーヤたちに憧れて、里を飛び出して冒険者になって、悪い人に騙されたところをユーヤに助けられて、一緒にすごすようになって、冒険者のことがもっと好きになって、ユーヤと一緒がすごく楽しくて、そんな日々がずっと続くって思っていました。なのに、なのに、どうして置いていったんですか。私はユーヤにとって、どうでも良かったんですか?」
フィルの言葉が胸に突き刺さる。
あのとき、フィルにはすべてを話したかった。
「どうでもよかったわけじゃない。レナードと一緒にいるほうがフィルのためだと考えた。俺がパーティを抜けると言えば、きっとフィルは俺に同情してついてきた。そしたら、フィルは不幸になる」
あのパーティには、俺より若く才能がありフィルに恋をしていたレナードがいた。
レナードと一緒ならフィルはどこまでも上を目指せる。
フィルにとっての幸せはレナードと一緒になることだと思い、手紙だけ残して一人で姿を消した。
「勝手に決めつけないでください。ずっと、ずっと一緒にいたのに、なんでわかってくれないんですか。私はレナードじゃなくて、ずっとずっと」
フィルの声に熱が帯びる、彼女の翡翠色の眼が俺を捉えて放さない。
不思議な色香が漂ってくる。
生唾を飲む。
「悪かった」
「今度もまた、見ないふりするんですか? 私はもう子供じゃないです」
離れたからこそ気付くこともある。
フィルが子供のころからずっと過ごしてきて娘のように思っていたからこそ、見えないこともある。
「フィル、自分が何を言っているかわかっているのか?」
「わかってます。だから……」
ここまで言われればフィルが求めていることはわかる。
だけど……。
「いたっ」
俺はフィルの額にデコピンをした。
「俺は酔いつぶれた女に手を出すほど卑劣でもないし、女に飢えてもない」
「いじわる」
「悪い」
「でも、いいです。私のことを思って何も言わずに去っていったって知って安心しました。嫌われたんじゃないかってずっと不安だったんです……久しぶりに一緒に寝てください。普通にでいいです。一人はやっぱり寂しいです」
「わかった」
フィルの布団に入る。フィルの甘い匂いが染みついていて、どきりとする。
フィルがぎゅっと抱き着いてくる。
「ユーヤが、その気になれば、私はいつでもいいですから。ユーヤは私のことを娘だって言ってくれましたけど。私にとってはずっと初恋の人なんです」
男と一緒だというのにフィルは安らかな顔で目を閉じる。
俺は苦笑する。
……俺はこんなにも緊張しているのに。
寝入るまで苦労しそうだ。彼女はもう俺が知っている小さなフィルじゃない。いつのまにか魅力的な女性に成長していた。
脳裏に一つの選択肢が生まれる。
フィルにならすべてを話していいんじゃないか? レベルリセットをしてもらい、ステータス上昇幅を最大値固定して、また一緒に旅をする。それはとても素敵なことのように思える。
フィルの寝顔を見みながら、俺は眠れない時間を過ごしていた。
◇
ほとんど朝になってから宿に戻った。
ルーナに遅いと怒られてしまい、ティルにはからかわれた。しかし、やましいことはないのでフィルを介抱していたと伝える。
その後は、宿のおかみさんに頼んで朝食を兼ねた昼食を部屋まで運んできてもらい、食事をしながらティルに冒険者の基礎を叩き込んでいく。
フィルの話では手続きに午前中いっぱいかかりクラス付与は午後からだ。なので朝の時間を使う。
日が高く昇ってきた。
「そろそろギルドに行こうか、ティルがクラスを取らないとダンジョンに潜れないしな」
「念願のクラス! これでやっと冒険者になれるよ」
ティルがうれしそうにしている。
さて、フィルはちゃんと手続きをしているか。
そんなことを考えながら、三人で出発の準備を始めた。
◇
ギルドにつく。
フィルのいる受付を目指す。
週に一度の講習会以外でのクラス付与は特例だ。
正規の受付ではないので、フィルを訪ねる必要がある。
おかしい、いつもの場所にフィルがいない。
「もう、どこを探しているんですか?」
フィルの声がして振り向くと私服のフィルがいた。
大人びた服を着ており、よく似合っている。
「そういえば、今日は休みを取っているんだったな」
「もともとは、ティルを里まで送り届けるつもりでしたから。事情を話して特別にティルにクラスを与えてもらえる手続きは終わっていますよ」
しっかりとやるべきことをやってくれたようだ。
昨日よりも化粧が濃い。
「お姉ちゃん、ありがとう! 立派な冒険者になるね」
「私も応援してます。姉としても、受付嬢としても。ユーヤがいるから安心はしていますけど」
「任せてくれ。フィルの妹はちゃんと守る」
しっかりと、報酬ももらっているしな。
世界樹の雫。毎日ひとなめするだけで老化がとまる霊薬。
さっそく朝に試したが、すこぶる調子がいい。体のキレが違う。エルフの乙女にしか作れない秘薬らしいが、原料はなんだろう?
「こっちです。私について来てください」
フィルについて、ギルドの奥に入っていく。
きっと、あの石像のある場へと案内してくれるのだろう。
◇
予想通り、俺とルーナがクラスを授かった場所に案内された。
ティルが石像の前に立つ。
ティルの動きが固い。緊張ではなく、期待。ティルのわくわくが俺にまで伝わってくる。
「ティル、脳裏に浮かんだクラスを言ってくれ」
「うん、わかってるよ」
クラス付与は午後からなので、それまでの間にみっちりと各クラスの特徴を叩き込んだ。
ティルはとくに希望するクラスがないので、もしフィルに発現したエクストラクラスがあれば取得し、ない場合は魔法使いになるようにお願いしている。
俺たちのパーティには広範囲攻撃をこなせるものがいない。
広範囲攻撃の重要度は高い。
今の俺とルーナにもっとも欠けているものだ。大量の魔物が現れた場合、範囲攻撃がないと詰みかねない。
物理がほぼ無効の敵もいるため魔法使いはパーティでの重要度が高い。俺のMP総量は高くないので魔法使いはぜひとも欲しい。
魔法使いは優秀だ。だが、エルフに発現するエクストラクラスであれば、魔法使いよりも優先して取得してもらう。
それほどまでに強力なクラスなのだ。もともとがNPC専用であり、バランスなんて考えられていないのもあるだろう。
ティルが石像の前で祈りを捧げる。
「頭に浮かんだクラスを言っていくね。戦士、武闘家、魔法戦士、盗賊、魔法使い、僧侶、狩人」
ここまでは誰もが選択できる基本クラス。
「それから、精霊弓士」
来た。
エルフだけに許されたエクストラクラス。
「よし、それでいこう。喜べ。普通の冒険者ではなりたくてもなれない特別なクラスだ」
「やったね! これがあれば大活躍できるかな?」
「力を使いこなせればそうなる。俺が保証しよう」
「じゃあ、いくよ!」
ティルの体が光に包まれる。
彼女の器が無形から、望む形へと変化していく。
ティルは精霊弓士のクラスを得た。
「ユーヤ、これから私は精霊弓士だよ。よろしく!」
「期待している」
精霊弓士は強力だ。
その特徴は、狩人と魔法使いのいいとこどり。
狩人の特徴は弓を使った遠距離物理攻撃と探索スキル
魔法使いの特徴は、炎、水(氷)、風(雷)の三属性の魔法。
精霊弓士は、弓を使った遠距離攻撃と風(雷)の属性魔法を使え、弓と風(雷)という物理と魔法の二種類の遠距離攻撃手段を持つ。
後衛型魔法戦士のようにも見えるが、ステータスもMP、攻撃力、素早さ、呪力に上昇補正。体力、守備力に魔法使い以上のマイナス補正という無駄のない配分。
……そして最大の強みは、物理と魔法の二種類の攻撃を使えることではない。”二種類を使える”のではなく、同時に使える。
それが反則的ともいえる力を発揮する。
その強さは実際に戦って見るとよくわかる。
精霊弓士だったフィルの戦う姿を見て、なんども嫉妬しそうになったことがある。
その強さを言葉でルーナとティルに説明するのは簡単だが、実際に戦わせてみるのが一番だろう。
きっと二人とも驚く。
今から、その瞬間が楽しみだ。