第十七話:おっさんは第三の道を選ぶ
翌朝、俺たちは出発した。
……予想通り、昨日は盛り上がった。
それでも疲れがまったく残っていないどころか、体調が万全なのはドラゴン肉の力だろう。
片づけをして、ロープを使い崖をよじ登る。
「ルーナ、ティル、眠そうだな」
「……昨日は体が熱くて眠れなかった」
「変な感じだったよね」
ルーナとティルが目をこすっている。
寝付けなくなるなんてデメリットがあるとは……。
これはちょっと意外だった。
「アナグマを見つけたら休憩するか? 仮眠をとるのもありだ」
「そこまで眠くはない」
「なんだかんだ言って、気が付いてたら寝てたしね」
二人の目元を見るが、隈はできてない。
本人たちが大丈夫だと言えば、大丈夫だろう。
「セレネは大丈夫か」
「ええ、私は平気よ。その、発散の仕方を知っているから」
真っ赤になって、顔を反らす。
……その気はないのにセクハラをしてしまった。
「次からドラゴン肉を出すときは量に気を付けないといけませんね。たぶん、昨日の半分ぐらいなら大丈夫だと思います」
「ルーナはお腹いっぱい食べたい!」
「そうだそうだ!」
よくわかっていないお子様二人組が文句を言って、フィルが苦笑する。なんと説明していいか困っているようだ。
「とりあえず、先に進もう」
これ以上は地雷を踏み抜くかもしれない。
俺は強引に話を打ち切った。
◇
魔物を倒しながら渓谷を進んでいく。
雷がいつ落ちてくるかわからないこともあり、ゆっくりと座って昼食が取れない。
だから、フィルが作ってくれたサンドイッチを食べながら歩いていた。
朝食の準備をしながら、こうなることを見越してフィルは余っていたエビ肉を使った海老サンドと、マヨネーズと卵の黄身をあえた卵サンドを作って全員に持たせていたのだ。
海老サンドはぷりっぷりで、卵サンドはふわふわ。どちらもうまい。
うまい飯ほどダンジョンで疲弊する心を癒してくれるものはない。
すると分かれ道が現れた。
そして、分かれ道の中央に石碑が置かれている。
「どっちに進めばいいのかしら?」
「その答えはあの石碑にある。読んでみよう」
全員の視線が石碑に集中する。
石碑にはこう書かれている。
『雷光の導きが正しき道を照らす。だが、忘れるな挑戦者よ。見えているものだけがすべてではない。道を誤れば災厄が降り注ぐであろう』
「うわぁ、またいつもの周りくどい言い方だよ。もっとわかりやすく、どっちが正解か書いてくれればいいのに」
「それだと試練にならないだろ? それに、今回のはわりとわかりやすいな」
「そうね、雷光の導きが正しき道を照らす。すごく単純に考えれば、雷が落ちたほうの道が正解よね」
そう考えるのが自然だ。
だけど、ダンジョンの謎解きは大抵ひねくれている。
そこまでわかりやすい答えなはずがない。
ルーナが俺の顔を見てきたので、首を振る。
答えを言うのは簡単だが、今回はルーナたちに解かせてみよう。
「おかしいわね。これだけ回りに雷が落ちてるのに右の道も左の道もぜんぜん雷が落ちないわ」
「だよね、五分ぐらいずっと見てるのに」
「ん。このままじゃわかんない。一回どっちかの道に行って、間違ってたら戻ってくればいい。それが早い」
「それはやめたほうがいいです。わざわざ災厄が降り注ぐと書いていますから」
四人が再び、謎解きを始める。
実は、ほとんど答えと言えるヒントが石碑には書かれてあった。
『見えているものだけがすべてではない』。
わざわざこう書いている以上、見えてない道こそが正解だと考えるのが自然だ。
逆に言えば見えているものは間違い、右の道も左の道も先に進めば災厄が降り注ぐ。
……その災厄というのが極めて強力な中ボスで、体力とリソースを消耗せずには倒せず、倒してもドロップも経験値もなく、倒し終わると石碑の前まで強制転移されるというとんでもない嫌がらせ仕様。
その昔、謎がとけずに右に進んで、苦労して倒した中ボスがアイテムどころか経験値すら渡さず、とんでもない徒労感をかかえたまま振り出しに戻された。
それでも、左に進めば先へ行けるとわかっただけ収穫だと気を取り直して、同じことを繰り返して石碑へと戻されたときの怒りとやるせなさはトラウマだ。
……ああいう感情をそろそろルーナたちも味わったほうがいいかもしれない。
そういうのも冒険者のだいご味だと言える。
ルーナのキツネ耳がぴくっと動く。
「わかった。さっきから、変だと思ってた。石碑の後ろを見て」
「うん? なんにもないよ。地面すらないじゃん」
「ん。でも、雷が落ちる前の白いぴかぴかが、何もない宙に出てる。それからちゃんと雷が落ちてびりびり」
「あっ、言われてみれば、何もないのに雷が落ちてるよ!」
「そういうことなのね。『見えているものだけがすべてじゃない』。そもそも、右に行くべきか、左に行くべきかを考えている時点でだめだったのね。正解は見えてなかった真ん中、きっと透明な道があるはずよ」
「ルーナちゃん、お手柄ですよ」
微笑する。
俺が何も言わなくてもこうして謎解きができたことが嬉しい。
ルーナがおそるおそる何も見えない真ん中の道を爪先でつつくとカチンと音がした。
何かあったときのためにティルがルーナの腕を掴んだ状態で一歩踏み出す。ちゃんと先へと進めた。
「ん。正解みたい。このまま向こう岸まで渡れる!」
「やった! でも、大丈夫ってわかってても怖いよね」
「保険を作ります」
フィルが五本の矢を放つと、目的地である向こう岸に深々と突きささった。
矢には魔法の紐付きが括り付けられており、その魔法の紐を一人ひとりに巻き付ける。
万が一、足を踏み外しても命綱となってくれる。
谷底までは、四十メートルほどあり、しかも下は岩場。落ちればただでは済まない。
……まあ、すごいぶっちゃけた話をすれば、これを駆使すれば透明な足場を使わずに向こう岸まで渡れないことはないが、それは黙っておこう。
喜びに水を差すこともない。
「ユーヤおじ様、行きましょう。二人に置いていかれるわ」
「そうだな。……今、悩んでいることがあるんだ」
「何かしら?」
「はしゃいでいるあの二人に痛い目を見てもらってダンジョンの怖さを学習してもらうか、きちんと忠告するべきか。フィルが命綱を作ってくれたから死にはしないから、前者でいい気はするが……」
「もしかして、謎は解いたけどまだ罠があるのかしら?」
「まあな」
実のところ、この道に気付くだけではまだ完璧じゃない。
よくよく見ればわかるのだが、向こう岸まで続く一直線の透明な道。
その四分の三ぐらいの位置から数十センチはいっさい雷が落ちてない。
他の区間は全部雷が落ちているというのに。
それに気付けば、最後の罠に気付ける。
「ん。いっきに駆け抜ける!」
「だよね。こんな細い一本道で、ばんばん雷が落ちてきて危ないもん」
もう警戒心なんてどこかに行き軽快に走っている。
向こう岸ぎりぎりに雷が落ちたことでそこまで足場があると油断しているのだ。
「私は忠告をしてあげたほうがいいと思うわ」
「残念ながら手遅れだ」
向こう岸まで数メートルというところで落ちた。
ルーナのキツネ尻尾の毛が逆立ち、ティルのエルフ耳がびくっと震えて、魔法の糸で宙づりになり、矢を起点に振り子のように揺れて、向こう岸の壁に叩きつけられる。
二人とも、持ち前の反射神経を生かして足で衝撃を殺したが、真っ青な顔をしている。
……ダンジョンで油断するとどうなるか、身をもって思い知ったはずだ。
「フィル、おまえが命綱をつけてくれなかったら危なかった。感謝する」
「うすうすこんな気はしていたんですよね。ダンジョンの罠って、だいたい、はしゃいだり、安心したところを狙ってきますから」
つくづく性格が悪い。
この設計者は、右も左も間違いだったと知り、苛立っている冒険者たちが、ようやく真相に気付き、その開放感と達成感でハイになっているところを狙いうちにするつもりで、こんなふうにしたのだろう。
実のところ、この見えない道はあとちょっとのところで、一メートルだけ床がない区間があり、ジャンプしないといけない。
何も知らなければ二人のように真っ逆さま。
道があると気付くだけでなく、その見えない道に雷が落ちてない、つまり雷光の導きがない箇所があると気付いてこそ満点なのだ。
二人が落ちた場所を飛び越えて、向こう岸にわたる。
すでにルーナとティルは魔法の紐を使いよじ登っていた。
「死ぬかと思った」
「めちゃくちゃ心臓に悪いよ! まだばくばくいってるし」
「これに懲りたら、いかなるときも油断しないことだ。いいか、ダンジョンは心の隙を狙ってくる」
「……ん。もうこんなのはこりごり」
「あっ、その言い方。ユーヤ兄さん、はじめっから知ってたでしょ!? う~~~、ばかばかばか」
ルーナが俺の裾をぎゅっと握り、ティルが涙目になり俺の胸をぽかぽかと殴る。
想像以上に薬が効いたらしい。
やりすぎたかもしれない。行き過ぎて、ダンジョン探索自体が怖くなれば元もこもない。
「悪かった。ダンジョンの怖さを知ってもらおうと思ってな」
「怖かった。すっごく怖かった」
「思い知りすぎてトラウマだよ!」
「まあ、その、なんだ。今度、甘いケーキでも奢ろう」
「ん、約束」
「仕方ないから、デートで手を打ってあげるよ」
とりあえず、元気になって良かった。
謎解きは終えた。
この先に進めば、さらに強敵が出現するフロアに変わり、そこを抜ければ雷竜の住処だ。
このまま突き進むとしよう。




