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第十一話:おっさんはウエディングドレスを買う

 フィルとティル、二人を失わずに済むようにする策には成功した。

 フィルはともかく、ティルに関する話には不安があったがうまくいった。

 向こうは無茶ぶりをしたつもりだろうが、何の問題もない。

 なにせ、雷竜のいるダンジョンである【雷竜の聖域】に足を踏み入れて、【雷の輝石】を手に入れ雷竜を倒すだけでいいのだから。

 もともと、それが目的でエルフの里に来たのだから何もすることは変わらない。

 ただ、問題がないわけではない。

 ティルとフィルを守るという意味では成功したが、それ以外のところで地雷を踏んでしまったようだ。

 朝食を食べているのだが、ルーナとティルがとびっきりの上機嫌でにやにやしていた。


「ティル、ルーナ、さっきも説明したが、十六歳未満に手を出さない宗教はあるが俺は入信していない。十四歳だから好きなのに手を出さないっていうのはあくまで方便だからな」

「うんうん、わかってる。わかってるよ。ユーヤ兄さんの気持ちはね」

「ん。ルーナもわかってる……ユーヤは恥ずかしがりや。あと二年の辛抱。今のうちにルーナは、たまにユーヤがフィルと二人でやっていること覗いて勉強しておく」

「いや、明らかにわかっていないだろう。それから、ルーナ。絶対に覗くな。覗いたらお仕置きだ」


 昨日からずっとこの調子だ。

 説得を繰り返すがなかなか理解してもらえない。

 ……フィルとセレネにも応援を頼もう。

 そう思い、フィルの顔を見る。


「ユーヤとの結婚、式はどうしましょう。ドレスを用意しないと、やっぱりドレスはエルフ伝統の【精霊の羽衣】がいいですね。伝統ですし、あれを着るのが夢ですし。会場はユーヤが派手なのはあまり好きじゃないので小さくて、でも品がいい感じにして、料理はとびっきり美味しいのがいいですね。そう言えば、人間の場合はとっても大きなケーキを作るという文化がありました、エルフの里で注文は難しいから自作するしか。そうなると今から材料を取り寄せて、専用の窯も造らないと大きなケーキなんて、そもそも分量はただ増やせばいいのでしょうか? いえ空気量や形を保持することを考えると専用レシピが、そのためにレシピの試行錯誤を……」


 フィルがぼそぼそと独り言を呟きながら、自分の世界に入り切っていた。

 外の世界が見えていない。

 今まで気付かなかったが、フィルは結婚願望が強かったらしい。

 真剣な顔だが口元が緩んでおり、それはそれは幸せそうだ。

 ダメだ、今のフィルには頼れない。

 最後の砦であるセレネを見る。


「あの、ユーヤおじ様。もしかしたら、ユーヤおじ様は私の年齢を忘れているかもしれないわね。私はもう十六歳よ」

「それは知っている」

「……そう、知っていてくれたのね」


 セレネが目に見えて落ちこむ。

 そうして落とした肩を両側からお子様二人組が叩き、エルリクがきゅいっと鳴く。


 誰にも頼れないことがよく分かった。とりあえず、自分でなんとかしないと。

 このままだと、お子様二人組が何をしでかすかわからない。

 昨日の夜も早速、布団に潜り込んできて、叩き出すことになった。

 このままではいつか取り返しのつかないことになってしまいそうだ。


 ◇


 エルフの里を見回る。

 目当てはエルフが作る工芸品の数々だ。

【雷竜の聖域】に入れるタイミングは長老たちが指示する。

 それまでの時間を無駄にするわけにはいかない。


「ユーヤ、きらきらして綺麗な服!」


 普段はあまりお洒落に興味を示さないルーナが目を輝かせて、ガラス越しに飾られているドレスに釘付けになった。

 それは、青白い生地で織られており滑らかな光沢がある。

 エルフ独特のセンスが光る民族衣装で、ルーナが気に入るのもよくわかる。


「お目が高いね。あれはエルフにしか作れない、【精霊の羽衣】だよ。あれ、作るのすっごく大変なんだからね」


 ティルがどや顔をしている。

 彼女の言う通り【精霊の羽衣】はエルフにしか作れない。


 原料は、蚕の魔物であるシルクワームの糸。

 それもエルフたちが守っている世界樹の葉っぱだけを食べさせたシルクワームの糸を使う。

 その糸そのものに世界樹の祝福と神聖な気が宿っている。

 そんな糸を一本一本エルフの乙女が魔力を込めながら織り上げていく。


 そうしてできる【精霊の羽衣】は素晴らしい肌触りでありながら、非常に防御力が高く、一切の不浄を払う力を持つ。物理的な汚れだろうと、呪いだろうと、病魔だろうが弾き、持ち主に健康と幸せをもたらす。


「あれ、お金で買えるようになったんですね。昔は、お金じゃなくて物々交換で大変でした。一冬超えられるだけの干し肉とか、羊三頭とか用意しないといけないんです。……まあ、あれの手間を考えるとそれぐらいもらわないと割に合わないですけど。とても自分じゃ作る気になりません」


 シルクワームを世界樹の葉だけを食べさせて育てるのも、繭を糸に加工するのも、糸の一本一本に魔力を込めながら織るのにもとんでもない労力がかかるのだ。


「よし、【精霊の羽衣】を買おう」


 羊三頭と交換とフィルは言ったが、値段を見る限り羊を五頭ぐらいは買えそうな値段だ。

 しかし、それでも安いと俺は思う。

 防御力があるし、呪いに耐性がある防具はなかなか手に入らない。


「嬉しいです。ユーヤも結婚式のこと、考えていてくれたんですね」


 フィルが俺の腕に抱き着いてきて、目を潤ませる。

 ……そう言えば、さっきの独り言で【精霊の羽衣】が結婚式に必要だとフィルが言っていたな。

 なるほど、エルフの里ではただの防具じゃなく、そういう用途でも使うのか。


「もちろんだ。フィルの晴れ姿が見たいしな。さっそくフィルにぴったりになるように仕立て直してもらおう」

「はいっ!」


 ただ、こっちの勘違いは訂正しないでおこう。

 そのままでも困らないタイプのものだし、こんなにもフィルが喜んでくれたのだから。


「ユーヤ、お願いがある」

「あっ、私も私も!」


 ルーナとティルが近寄ってくて、上目遣いに見てくる。

 完全におねだりモードだ。


「だいたい予想できるが、言って見ろ」

「ルーナにも買って!」

「私も欲しい!」


 ……そう来ると思った。

 防具としては優秀で、数少ない呪いに対抗できる防具。

 加えて、ここでしか買えない。

 羊五頭分は、今の俺ならなんの問題もなく出せる値段。


「フィルは結婚式用だが、おまえたちには対呪い用の専用装備として買う。それから買うにしてもできるだけ装飾が少ない地味なものだ。戦闘用に飾りは必要ない」


 フィルに聞こえるように言う。

 こういうことに疎い俺でも、結婚式のドレスと同じものを他の女性に送ることのまずさはわかる。


 ただ、それでも今後、強力な呪いを使う魔物がいるダンジョンに入らないとも限らない。それまでに呪い対策装備を買える保証もない。

 ここで買わないというのは、冒険者としてはありえない。

 命に係わることだ。

 だから、こういう言い訳をしたうえで買い与えることにする。

 フィルも、俺の考えは伝わったようで、微笑を浮かべている。


「ん。ルーナにはぜんぶわかってる」

「うんうん、ユーヤ兄さんのそういうところ嫌いじゃないよ」

「……あの、私も買ってもらっていいかしら」


 ドツボに嵌っているのは気のせいだろうか?

 気のせいだと思いたい。


「私がみんなに似合うのを選びますね。私のはユーヤが選んでください」

「ああ、みんなで選ぼう」


 そうして、全員分の【精霊の羽衣】を購入した。

 フィルのはれっきとしたドレスだが、残り三人のはキャミソールのようなインナーを買っている。

 そちらのほうが装備としては使いやすい。

 四着ともなると相当な出費だが、いい買い物を出来たと思う。

 ◇


【精霊の羽衣】を買ったあとは、昼食代わりにエルフの里で育てられたフルーツを楽しむ。


「このメロン、蜜のように甘いな。他の街でも食べたことがあるが、まったくの別ものだ」


 この世界にはメロンがある。

 だけど、品種改良もくそもないので、固く少し甘みが強いキュウリというべき代物だ。

 しかし、このメロンは違う。柔らかく甘く、前世で食べた夕張メロンを思い起こさせる。


「美味しい! ルーナ、これ気に入った」


 ルーナも気に入ったようで、半分に割ったメロンを一心不乱にスプーンですくって口をべたべたにしながら食べている。


「フルーツもいいですが、このトマトをお勧めします」


 フィルが一口かじったトマトを口元に持ってくる。

 かぶりつくとしゃくっと小気味よい音が鳴り、瑞々しい果汁が口の中に広がる。

 これはいい、酸味と甘みが絶妙だ。


「うまいな。これでパスタソースを作ったらたまらないだろうな」

「ええ、とっても美味しいんです。エルフの里で愛されている家庭料理ですよ。エルフの小麦で作ったパスタに、エルフの里のトマトと豊かな山で育った丸まると太った野ブタの肉を使ったソースをかけるとそれだけで絶品なんです」

「聞いただけで絶品だとわかる。作ってもらえるか?」

「もちろんです。ちゃんとトマトも豚肉もばっちり買いました」

 さすがフィル、抜け目がない。

 ご馳走が食べられると、ルーナのキツネ尻尾がぶるんぶるんと揺れている。


「さて、そろそろ行くか」

「はい、もうすぐ約束の時間ですしね」


 今から、俺はフィルとティルの両親に挨拶しに行く。

 ホランドの話では消極的な賛成とのことだから、邪険には扱われないだろう。

 少し緊張してきた。

 娘さんを俺にください。

 まさか、そんなセリフを言う日が来るとは。

 だが、しっかりとやるべきことはしなければ。

 やっぱり、フィルの両親には祝ってほしい。フィルだって、そう思っているだろう。

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