第十一話:おっさんはエルフの姉妹喧嘩に巻き込まれる
ジャングル型のダンジョンにて、ルーナの特訓を兼ねて狩りをしていた。
ルーナのMPが尽きてきて、アサシンエッジを放てなくなったこともあり、俺も魔物を狩り始める。
俺も鍛えないといけない。爆熱神掌の間合いを掴む必要があるのだ。
前世のゲームでは、攻撃を選択するだけで良かったが今はそうはいかない。きっちりと当てないといけないのだ。
剣を失ったときのために格闘も鍛えているが、剣の腕に比べると数段劣ってしまう。
だからこそ、実戦の中で鍛えていく必要がある。いずれ、ぎりぎりの戦いの中で俺よりも速い相手に爆熱神掌を当てないといけない時が来るだろう。
剣であれば、自分よりも圧倒的に速い敵がどれだけ不規則な動きをしようが当てられる自信がある。拳でもその境地に入らなければなれない。
「やっぱり、癖があるな」
爆熱神掌の弱点は詠唱時間が存在することだ。詠唱時間の終了と同時にぶち当てないといけない。
間合いとタイミング、どちらもシビアだ。
レベルが上限に近づけば、呪力が上がり詠唱時間も短くなってほぼ即時発動までいける……というより、そうなる詠唱時間にカスタムした。
カスタムマジックによって魔法をカスタムすると二度と元には戻せないし、再カスタムすることもできない。今ではなく未来を見据えてのカスタムだ。
しばらくはこの時間差と付き合わないといけない。
難しいが、燃えてくる。
こうやって、課題をクリアしていくのは嫌いじゃない。
今日放てる【爆熱神掌】を放ち切りMPが尽きた。
ゴブリンども相手なら、技を使わずとも倒せるので狩りを続けるか悩んだが、宿を出発するのが遅く、もう暗くなってきている。
ジャングルで一晩過ごすのは危険だ。
戻るべきだろう。
「ルーナ、そろそろ帰ろうか」
「ん。疲れた。けど、満足」
「後半は突きが雑になってたぞ。まだまだ精進が足りない」
「うっ!? がんばる」
あれから、ルーナの戦いをずっと見ていたが、後半は疲れが出てきたのか突きの精度が落ちた。トータルでのクリティカル成功率はおおよそ七割。
おそらく、複数の敵に囲まれるなどプレッシャーがかかる状況であればさらに成功率は落ちるだろう。
まだまだ甘い、改善が必要だ。
しかし、ルーナの飲み込みの速さなら、そんなに時間はかからないだろう。
「ルーナの拾ったドロップアイテムを渡してくれ」
「ん。これだけ」
ルーナには、予備の魔法袋を渡してある。10キロ収納で俺のものと比べて20分の一程度だが、あるのとないのでは大違いだ。
これがないと、でかいリュックを抱えてダンジョンに潜る羽目になる。
10キロの魔法袋でも、二百万ギルはする。パンが一つ百ギルと考えれば、どれだけ高価かわかるだろう。
それほどに魔法袋は需要がある。冒険者だけでなく行商人も欲しがる……むしろ金がある商人どもがこぞって欲しがるせいで相場が高くなっており、魔法袋を偶然手に入れてもほとんどの冒険者は売ってしまう。
「よし、クエスト達成だ。このダンジョンを選んだのはゴブリンが練習にちょうど良かったからだけじゃない。ゴブリンがドロップするアイテムの採取クエストが出てたからなんだ」
ゴブリンのドロップアイテムは、セージ。
薬草の一種でポーションに使用される。ポーション不足のときはクエストがよく出される。
出発前にクエストをチェックするのは冒険者の基本だ。
「やった、これでまたギルドポイントがあがる」
「それに、報酬金ももらえるぞ」
ルーナとハイタッチ。
ルーナの必殺技を習得し、パーティとしても成長した。
今日も探索は順調だった。
◇
ギルドに戻る。
換金所に早速向かったのだが、人だかりができていた。
なにが起こったのかと見てみる。
その中心にはエルフの少女が二人いた。エルフは非常に珍しい種族だ。
本来、深い森にある隠里から出てこない。
そんな希少なはずのエルフたちが口喧嘩していた。
「お姉ちゃんのバカ! なんで私が冒険者になったらダメなの!?」
「なっても、すぐに人に騙されるか、命を落とすかどっちかです。世間知らずな田舎者が冒険者になってもろくなことにはなりません。ましてや、あなたは女の子です。……それも可愛い。いいカモです」
一人は見知った顔だ。
かつてのパーティメンバーで、なぜかギルド嬢をやっているフィル。
そして、もう一人は見知らぬ顔だがフィルをお姉ちゃんと呼んだぐらいだから彼女の妹だろう。
二人ともエルフ特有の長い耳、金の髪、翡翠色の眼を持つすさまじい美少女だ。……まあ、フィルのほうは実年齢は二十五だが。
「お姉ちゃんができたんだから、私にもできるもん」
「……私は運が良かっただけです。あの人に拾われなかったら、奴隷商人に売られるか、のたれ死んでいました。お願いだから聞き分けなさい」
俺が拾ったばかりの頃のフィルを思い出す。
エルフの村を救うために、ギルドにクエストの依頼をしに来たのだ。
無事、クエストは達成された。
……それはいいのだが、何をとち狂ったのかフィルは冒険者にあこがれ、自分も冒険者になると言い出した。
世間知らずの美少女エルフはあっという間に悪い冒険者に目をつけられ、人気のないところに連れ込まれていた。
フィルが依頼していたクエストでは共に行動していたこともあり、見かねて助けた。
俺が助けなかったら、乱暴されてそのまま売られていただろう。見た目が美しく、老いにくいエルフは高値が付く。
その後は、いろいろとあってフィルを弟子にすることになり、共に冒険を続けた。 冒険を続けているうちに、才能はあるが若く無鉄砲なレナード、ベテラン盗賊のライルが加わり、さまざまなダンジョンを踏破し、いつしか名の売れたパーティになっていた。
ある意味、俺のもっとも輝いていた時代の象徴だ。
「いい加減に聞き分けなさい。私がギルドのみんなに話して、あなたにはクラスを与えないように言っています。明日はお休みを取りました。一緒に、エルフの里に帰りましょう」
「お姉ちゃんのバカ!」
エルフの少女が泣きながら、こちらに向かってくる。
まずい、少女は前が見えていない。
避けようにも人だかりが邪魔だ回避スペースがない。
受け止めるしかないか。
どすんっ、エルフの少女がぶつかる。俺は柔らかく彼女を受け止めた。
少女を追いかけてフィルがこちらに向かって走ってくる。
「ごめんなさい、妹が迷惑をかけて……あれ、どこかで、見たことがあるような」
さきほどから帽子を深く、かぶっている。
いつもはこれでごまかせていたが、ここまで近づかれるとさすがにまずい。
俺にぶつかったほうの少女が下から顔を見上げてくる。
「あああ、お姉ちゃんの彼氏だ! ずっと前送ってきた手紙に入ってた写真と一緒の顔!」
ぶほっ、思わず吹いてしまった。
俺の顔を写真で知っているのはまだいい。いや、よくないが……フィルはいったい妹に俺をなんと説明しているのだろう。
「えっ、嘘。まさかユーヤですか? でもレベルが低くて」
たぶん、何度かすれ違ったときに似ているとは感じていたはずだ。
だが、自分よりレベルが低い相手のレベルは見える。レベルが低いことから、他人の空似だと思っていたはず。
フィルがさらに近づいてきた。
そして俺の帽子を取り、目を見開いた。
「っ!? どうして、ユーヤがルンブルクにいるんですか!? というか、そのレベルはいったい」
「まあ、そのいろいろあってな」
ついに見つかってしまった。
いずれ、見つかるような気はしていたが、思ったより早い。
ぶつかったほうの少女が笑みを浮かべた。
「ねえ、ユーヤさんってお姉ちゃんが自慢していた彼氏でしょ? この人と一緒ならお姉ちゃんも文句をいわないよね。だって世界で一番頼りになる人って言ってたもん。えっと、ユーヤさん。私のクエストを受けて、エルフの宝物をあげるから一人前になるまでパーティに入れて!」
少女は笑って、とんでもないことを言い出した。
フィルが手を目元に当てて、天を見る。
周りの冒険者たちも騒ぎ出した。
「あのフィルちゃんに彼氏!?」
「嘘だろ。おっさんだぞ」
「俺たちのアイドルに手を出しやがって、殺す」
「……俺はフィルちゃんが幸せならそれでいい」
……すごい人気だ。フィルは受付嬢をうまくこなしているのだろう。
くいくいっと手を引っ張られる。
ルーナだ。
俺の前にでてがばっと抱き着いて、エルフの姉妹のほうを見る。
「ユーヤはルーナの。あげない」
周りの空気が凍り付く。
周りからひそひそ声が聞こえる。
「あんな小さな子を」
「やだ、鬼畜」
「てっきり親子かと」
なにか、変な勘違いをされている。
「ねえ、ユーヤ。まさかこんな小さな子に変なことしてないですよね?」
おい、フィル。お前もか。
「当たり前だろう。俺のお人よしは知ってるはずだ。昔のお前と一緒だ……なりゆきで面倒を見ることになった」
「で、ですよね。私に何年も手を出さなかったユーヤが、そんな子に手を出すわけないですし」
ルーナはなぜか、誇らしげに胸を逸らした。
「ユーヤはルーナの大事なところをぎゅっとした」
フィルが俺の顔をまじまじと見る。
露骨に疑ってますと顔に書いてある。
「……とりあえず、外で話そうか。ここだと目立つ。フィル、受付嬢の仕事はいつ終わる」
「もう終わってます。今はプライベートな時間です」
「なら、場所を変えよう」
「ええ、いろいろと聞きたいことも、話したいこともありますし」
こうして、昔の仲間と酒の席を設けることになった。
……まあ、いろいろとおまけもついているが。
ルーナがフィルの妹をにらんでいる。
とりあえず、あとは成り行きに任せよう。
昔から、俺は押しには弱かった。