第十三話:おっさんは雪山を登る
ダンジョンにやってきた俺たちは、アイスグランド・ジェネラルがいなくなり戻ってきた冒険者たちに負けないように先へ先へと進んでいく。
また、雪が降り始めた。
魔物の皮で作られた外套でなんとか寒さを凌ぐ。
アイスグランド・ジェネラルがドロップした【将軍の雪羽織】のおかげで快適そうなフィルや、キツネの性質をもっているせいか寒さをまったく苦にしないルーナが羨ましくなる。
……雪が止まなければ、早めに野営を設置しよう。
このダンジョンでは、雪が降っている間は無理をせず、晴れている間に距離を稼ぐのが一番いい。
野営をすれば、寒さを忘れられる。
魔法のテントはいい。あれは暑さも寒さも完全にシャットアウトしてくれて、テントの中はいつも快適だ。
それも、あのテントが高値で取引される理由だ。宝箱から入手出来て良かった。
「ユーヤ、方角はこっちであってる?」
「ああ、間違いない。ひと際でかい山、この雪の中でも見えているあれを目指すんだ」
雪は寒さのほかにも、視界を狭めてしまい、遭難の原因になる。
この雪山では、魔物以上に遭難して命を落とす冒険者が多い。
【帰還石】は絶対に手放せない。
次の目標は巨大な雪山を越えた先にあり、迷いにくいのは救いだ。
「ううう、ユーヤ兄さん、ものすごく遠いよう。帰りたくなってきた。雪の山とか悪夢だよぅ」
「我慢しろ。あの雪山の中腹にはとてもいいものがある」
「ほんとだね! なかったら、怒るからね!」
ティルががたがた震えている。
まだ寒さになれないらしい。
フィルが見かねて、【将軍の雪羽織】を妹に羽織らせた。
「次に戦闘が始まるまで、ティルが着てなさい」
「うわぁ、あったかい。お姉ちゃん、大好き!」
現金なものだ。
ただ、交代で【将軍の雪羽織】を使うのはいい考えかもしれない。寒さに耐えられないメンバーが現れたら、都度使っていこう。
「ユーヤおじ様、雪山を登るのってかなり大変よね」
「ああ、雪山を登るのは、専門技術と知識と数々の道具が必要だ……だが、今回のは普通の雪山じゃない。ちゃんと整備された道が用意されているんだ。そのあたりはダンジョンだからだろう」
本当の雪山登山と違い、ゲームのフィールドなので冒険者がクリアできるようにちゃんと道が用意されている。
崖をよじ登ったりする必要はなく、用意された道を進んでいくだけなのは救いだし、戦闘を考慮して道幅も広い。
「良かったわ。登山道具を買いに戻らないといけないって思ったの」
「その心配はない。一応、魔法袋の中にはあるがな」
必要ないとはいえ、あればいろいろと無茶ができる。
……それに、道から外れたところに隠し要素があることが多いのだ。
◇
二時間ほどあるき、雪山の入り口についた。
これ見よがしに進みやすい道が用意されているので、素直にその道を進んでいく。
「うわぁ、これからどんどん登っていくんだね。終わりが見えないよ」
「ちょっとしんどい。でも、いっぱい運動すればご飯が美味しい」
「そうね。暖かい夕食を心の支えにしましょう」
全員で山を登りだす。
そんなとき、ルーナがキツネ耳をぴくぴくと動かした。
「ユーヤ、またうさぎさん見つけた! 周りに冒険者はいない。今度こそ絶対に狩る!」
【白銀兎】をルーナが見つけたみたいだ。
【気配感知】を持ち、二百メートル以内に近づけば、即座に冒険者を圧倒する速度で逃げていく魔物。
限界まで【気配感知】にレベルを割り振っているルーナだからこそ、逃げられる前に見つけられたが、通常の冒険者であれば気付く前に逃げられて存在にすら気付かない。
「ううう、雪が降ってなかったら、狙撃がでるのに」
ティルが悔しがっている。
【フレアベール】と【魔力付与:炎】があれば、いつも通りの射撃ができる。そして、二百メートルはティルなら当てられる距離。
だが、雪での軌道の変化までは読むことができず、今回その手は使えない。
「いい位置に現れてくれた。この道は一本道だ。素早い獲物を捕らえるのは挟み撃ちするのが一番いい。奴に気付かれないように、裏に回って追い立てれば仕留められる」
そう、どれだけ速く動けても、逃げる道を制限すればいい。
「フィル、ルーナから座標を聞いて、壁を伝って白銀兎の背後に回れ。できるな」
「任せてください。三十メートル以上の高さを保って迂回ですね」
「ん。道案内はルーナがする」
ルーナがフィルに、白銀兎がいる位置を伝え、フィルは翡翠色の目で、雪と一体化して隠れている白銀兎を見つけだす。
「なるほど、あの位置ですね。この地形なら気付かれずに背後に回れます……いえ、もっと手っ取り早い方法がありますね。ユーヤ、別に追い込まずに倒してしまってもいいですか?」
「できるなら、やってくれ」
三十メートル以上の高さ、それが今回の鍵だ。
【気配感知】には大きな弱点がある。
気配感知は術者を中心に、スキルレベルに応じて探査範囲が広がるが、実は上と下の索敵範囲は最大でも三十メートルどまり。
探査範囲内でも上からの接近なら、三十メートル以内に近づかれなければ気が付くことができない。
つまるところ、奴の索敵範囲は半径二百メールの半円球ではなく、半径二百メートル、高さ三十メートルの円柱にすぎない。
フィルが魔法のロープを括り付けた矢を雪山の壁に向かって放ち、そのロープを掴み、壁を一気に駆け上がると矢を起点にして、半円を描くように壁を走り加速し、さらにジャンプをして宙を舞う。空中で次の矢を放ち、新たな命綱を用意する。
そんな荒業を二回使い、上空三十メートル以上の高さで白銀兎との距離を一気に縮めていく。
「お姉ちゃんって、見た目はおっとりしているのに、すっごいことできるよね。かっこいい」
「……とても真似できないわ」
「とくにティルはよく見ておけ。フィルがすごいのは弓だけじゃない。普段は披露する機会はないが、フィルにはレナードと一緒に体術を始めとしたいろんな技術を叩き込んだ。あれぐらいはできる。弓だけしかできないティルとの一番の違いだ」
フィルとティルの差で一番大きいのは、弓以外の要素だ。
フィルは弓以外でも超一流の冒険者であるが、ティルの場合、弓の技術が超人的な冒険者でしかない。
いよいよ、フィルが仕掛ける。
背後に回るのではなく、倒そうとしている。
ロープを使った壁走りで限界まで加速し、思いっきり壁を蹴るとロープを離して宙に躍り出た。
宙に舞ったフィルは白銀兎の真上、上空四十メートルの位置で失速し、落ち始める。
落ちながら、フィルは弓を構えた。矢に炎が宿る。
そして、速射。
地面に落ちながら、弓を連射する。
高度が落ちて、【気配感知】の射程に入り、【白銀兎】がフィルを見上げたのと同時に、炎矢の雨が降り注ぎ、次々に白銀兎を捉える。
真上からの射撃なら雪の影響なんて存在しない。
「キイイイイイイイイイイイイイイイ」
矢で貫かれながら、白銀兎が悲鳴を上げて逃げようとする。
白銀兎は固さと体力も優れており、なかなか死なないが矢の雨で身動きが取れず、矢の雨は絶え間なく降り注いでいる。
地面に激突寸前だというのに、フィルは手を緩めない。
ついに白銀兎の限界がきた。青い粒子に変わっていき、次の瞬間、フィルが地面に叩きつけられ、姿が見えないほど深く深く雪に埋まった。
上空四十メートルと言えば、高層ビルに匹敵する。
さすがのフィルも雪のクッションなしには、こんな無茶はしなかっただろう。
「ユーヤ兄さんの言う通り、お姉ちゃんとの違いは弓以外のことができるかどうかだけど。やっぱ、まだ弓でも差があるね。……あんな怖くて不安定な状況で、当てる自信なんてないもん」
「追い付けないか?」
「誰もそんなこと言ってないよ! 私だって練習したらできるようになるから!」
こういうふうに意地を張るところは、ティルの強みでもある。
追いつこうと努力をし続ければ、フィルのようになれるだろう。
そう言えば、ルーナはどこにいったのだろう?
……いた。
フィルが雪山に残したロープを使い、フィルと同じように雪壁を走り、ジャンプを繰り返し前に進み、ジャンプ、落ちながら【アサシンエッジ】を放ち、雪に埋まった。
「何をしていたのかしら?」
「たぶん、かっこよかったから真似したくなったんだろう」
「ああ。ルーナ、ずるい。私もやる!」
とは言ったものの、ティルはルーナやフィルのように身軽には動けずに失敗して、すぐに落ちてきたので抱きとめる。
「ううう、悔しいよう」
「きゅいっ」
まあ、まだまだこれからだろう。
雪の中から、フィルとルーナが顔を出す。
その手には、もふもふの白く輝く毛皮があった。
彼女たちが矢と魔法のロープを回収しながら戻ってくる。
「残念ながら、固有肉はドロップしませんでしたね。……でも、倒せることはわかりました。ルーナちゃん、どんどん見つけてください」
「ん。どんどん見つける! あと、高いところから落ちるの楽しい!」
「楽しいのはいいが、必要ないときは無茶をするな。セレネ、二人に【回復】を」
「ええ、任せて」
あの高さから落ちれば、二人のステータスで、雪がクッションになろうがそれなりにダメージを負う。
「とりあえず、お疲れさま。肉は残念だが、すごい経験値が流れてきたのを感じただろう? それに、この【白銀兎の毛皮】はすごい素材だ。鍛冶スキルを得たら、手袋にしてみよう。三竜と戦うときに役に立つ。がっかりすることはない」
規格外の経験値というのは噂だけじゃなかった。
普通の魔物、二十体分ぐらいの経験値を手に入れた。それに、【白銀兎の毛皮】はけっして外れアイテムなんかじゃない。
むしろ上位防具素材に使えるレアドロップだ。
「ん。手が冷たくならないのは嬉しい」
「お姉ちゃんの【将軍の雪羽織】みたいに、普通に弓が撃てるようになるかな」
「籠手はランクが低いものを使っているわ。強い防具が手に入るのは大歓迎よ」
「全員分作るためにも、夕食を豪華にするためにもまだまだ狩るぞ」
「ん。がんばる!」
「任せてください」
フィルとルーナが盛り上がっているが、逆にセレネとティルは複雑そうだ。
こと、白銀兎を相手にする場合、二人にできることはない。
ただ、今回のように高さを出せなければ、分かれ道から迂回して挟み撃ちにすることになるから、その場合は彼女たちの力が輝くだろう。
幸先がいいスタートだ。
この調子でどんどん山を登って行こう。




