第九話:おっさんは追い詰められる
荒々しく、アイスグランド・ジェネラルは暴れまわっている。
発狂モードに入る前は攻撃的になる。
「ちっ、また後衛がやられたか」
【ワイルドタイガー】の魔法使いが氷の弾丸に貫かれて、倒れる。炎属性を使いこなす魔法使いで、貴重なダメージリソースだっただけにひどい痛手だ。
あれだけ深い傷だと、【回復】では回復できない。魔法使いもそれを把握しており、【帰還石】を使って戦線を離脱した。
ボスモンスターはヘイト管理をしていても、後衛を狙うことがある。
アイスグランド・ジェネラルの場合は中級氷結魔術と指先を氷の弾丸にして飛ばす技で後衛を狙う、とくに後者が厄介だ。
超人的な反射神経と一定のアジリティがないと音速の弾丸は躱せはしない。
あれによって【ドラゴンナイト】の僧侶、【ワイルドタイガー】の狩人がやられていたので、これで三人が倒されたことになる。
幸いなことにフィルとティルは躱す、あるいは撃ち落とすなんて離れ業で無事だ。
彼女たちが対応できるのは、技量もあるが、何よりもあの瞳だろう。
前衛組も二人が倒れたので八人しか残っていない。……これ以上、数を減らすと詰む。
アイスグランド・ジェネラルの着込んだ鎧に罅が入ってきた。
発狂モードに入る合図だ。
盗賊ライルが、毒を纏った二刀を振るいながら叫ぶ。
「おめえら、攻撃を控えろ! 毒になるまで待て!」
発狂モードに入られれば、安定して攻撃を当てることが難しく、毒の蓄積がうまくいかない。
そのため、毒状態にしてから発狂させるのがセオリー。
アタッカーも後衛も全員が守り重視になり、回復や補助魔法のかけなおしで体勢を整える。
そんななか、ライルの両刀が幾度も走り、そしてアイスグランド・ジェネラルの顔が紫に変色する。
「今だ!」
「おうっ!」
「ん」
「一気に行くよ!」
集中砲火が始まる。
次々に攻撃が着弾し、完全に奴の鎧が砕け、完璧に肉体の異相を表現した彫刻の肌が露わになる。
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
アイスグランド・ジェネラルが怒号を上げる。
ただの音じゃない。強烈なノックバック効果がある衝撃波、さらに精神ダメージが大きい。
ルーナを始めとした何人かが尻餅をつき、さらに茫然自失している。
俺はなんとか耐えられているが、これはまずい。
「があああああああああああああああああああああああああああ!!」
アイスグランド・ジェネラルの砕けた鎧の欠けらが集まり形を変えて氷の大剣となる。
奴の身長を超える五メートル超の大剣。それを思いっきり振りかぶって横薙ぎ。しかも、しゃがみながらの一撃で前衛にいる全員が巻き込まれる一撃だ。
「動ける奴は全力でとべええええええええええええ!」
叫ぶ。
あの大剣のリーチ、速度、重さ、しかも横からの攻撃。さすがに俺でも流せないし、セレネでも受けれるか怪しい。
【ワイルドタイガー】の武道家がさっきの怒号で身動きが取れないうえに、一番奴に近い位置にいたため、氷の大剣をもろに喰らいピンポン玉のように遥か彼方に跳んでいく。
あの大剣は切味がろくにないようで、巨大なバットみたいなものらしい。
……死んではいないようだが失神していた。あの武道家はもう戦線に復帰できないだろう。
これで後七人。
人を一人吹き飛ばしたのに大剣の速度はまったく落ちない。
ライルは華麗に跳び、セレネもなんとか対応した。
腰を抜かして座り込んでいるルーナを肩に担いで、跳んで回避。
猛スピードで足元を通っていく大剣の圧を感じて、背筋が震える。
今の一撃を防いだからと言って安心はできない。
発狂後のラッシュはこんなものじゃ終わらない。
奴は横薙ぎをした氷の剣を今度は大地に突き刺す。
すると、その氷の剣が砕けて、無数の散弾となり四方に跳ぶ。
今まで、指から放つ氷の弾丸とは比較にならない速度と数。
音速を超える氷の塊が無数に飛んでくるのは悪夢以外の何物でもない。
「ルーナ後ろに」
「ん。わかった」
それでも俺ならば見切れる。
極限の集中で時間を引き延ばし、直撃コースのものだけを斬り払う。
すさまじい衝撃で手首がいかれそうになるが、なんとか耐える。
横目でセレネを見るとスパイクで地面に固定し、盾を展開しており、ライルがその後ろに隠れていた。
氷の雨が止むと、前衛組にリタイヤはいないが後衛にいた【ドラゴンナイト】の魔法使いが倒れた。
十三人いたレイドも、もはや六人になった。俺のパーティとライルしか残っていない。
まずいなんてものじゃない。
火力が絶対的に足りない。
普通なら諦めて撤退を決めるような状況だ。
「こおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
落ち込む暇すら、アイスグランド・ジェネラルは与えてくれないらしい。
柄だけになった剣を思い切り振りかぶり、青い光の刀身が現れる。先ほどの氷の剣よりもさらに長い。あれなら、前衛・後衛関係なくまとめて斬ることができるだろう。
アイス・グランドジェネラルのスキルの中でもっとも警戒していた一撃がくる。
「全員、セレネの後ろに!」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
剣が振り下ろされる。
奴の最大威力の技。
絶対零度の超巨大斬撃による振り下ろし。
青い光、氷結の概念そのものをぶつける斬撃と水(氷属性)の二つの性質を持つ一撃のため、受け流しはできない。
その威力は壁役の兵士すら一撃で瀕死に追い込み、その射程は後衛を容易に捉えその剣速は達人のそれを凌駕するため回避はまず不可能。
生き残りの六人がセレネの後ろに隠れる。
「セレネちゃん、お願いします。【フレアベール】」
「きゅいっ!」
セレネがスパイクでがっちりと大地に盾を固定し、フィルが【フレアベール】をかける。エルリクが本来は戦闘開始時に稀にしか発生しないはずの【竜の加護】を発動する。
【フレアベール】はパーティ、全員に効果を及ぼし、生き残りの六人のうちライル以外を暖かな赤いオーラが包み、さらにエルリクの【竜の加護】で炎・氷耐性が与えられる。
セレネが呼吸を整え、【プロテクト】で防御力を上昇させ、叫ぶ。
「【城壁】!」
青い透明な壁が盾を中心に展開される。
そして、それは来た。
青い光の斬撃。
余りの圧力にセレネの表情が歪む。
その背中を全力で支える。
これを防げなければ全滅だ。
【城壁】で出来た壁が軋み、ひびが入っていく。
青い刀身と青い壁がせめぎ合う。
「負けない、これが私の役割だから!」
セレネが叫び、さらに力を込める。
そして、いよいよ嵐が過ぎ去った。
光の剣が消えたのだ。
同時に、ライルと俺、ルーナが飛び出す。
事前に打ち合わせをしていた通りだ。
この超火力の一撃を放ったあとは、しばらくの硬直がある。
アイスグランド・ジェネラルは脱力していた。奴の柄だけになった剣に雪と氷が集まり、徐々に剣を形作っている。
剣が復活すれば、今と同じパターンか、乱舞系のスキルを起点とした連撃のどちらかが始まる。
どちらも、今の俺たちが耐えられるか怪しい。
何より、六人まで戦力が減ってしまったのだ。
毒が解除されて自動回復が始まれば、奴の回復スピードを超えるダメージが与えられずに詰む。
ここで決めきるしかない!
「ライル、わかってるな」
「おうよ。奴の毒は三十秒後に消える。それと同時に二度目の毒にする。三回目はねえぞ。この人数だ。二度目の毒がもっているうちに潰さねえと終わりだ」
「上等!」
さあ、ここからが賭けだ。
すでに倒れたものたちは役に立たなかったわけじゃない。
レイドだからこそ、ここまでリソースを温存出来た。
温存した力をここで爆発させる。
「ルーナ!」
「ん。わかった」
足を止めて振り向く。
そして、バレーのレシーブのように構え、その手にルーナが足を乗せた瞬間、跳ね上げるとルーナの軽い体が宙に舞う。
ルーナの剣が炎を纏う。
それは、フィルの【魔力付与:炎】によるものだ。
火力を1.2倍にすると同時に炎属性を付与された。
「お姉ちゃん、やっと本領発揮できるね」
「無駄口はやめて集中しなさい!」
そのルーナを追い越すように、無数の炎を纏った矢が飛来しアイスグランド・ジェネラルの胸の一点を貫く。
アイスグランド・ジェネラルには真の弱点が存在する。それは胸にあるコア。
通常状態では氷の鎧に纏われて狙えないが、発狂モードになり、鎧を剣に持ち替えた後なら、胸を砕けばコアが狙える。
高い位置にある上に、分厚い氷を貫けないと狙えないため、普通はまず狙わない。
その不可能をフィルとティルの超精密射撃の連射が可能にし、コアが露わになった。
二人は手袋を外している。
昨日のうちから実験でわかっていたのだ。全身を炎のオーラで纏う【フレア・ベール】と武器に炎属性を付与する【魔力付与:炎】。この二つを併用すれば周囲が温まり、いつも通りの精度で弓を放てることを。
ただ、長丁場のレイド戦では最初からそれに頼るとMPが足りない、だからこそここまで温存していた。
「これで届く! 【アサシンエッジ】」
フィルとティルの矢で露出した真の弱点に、ルーナが渾身の力を込められた短刀での突きを放つ。
インパクトの瞬間に合わせ、俺も魔法を使う。
攻撃力倍化魔法【パワーゲイン】カスタム。
数十秒の効果時間を攻撃が当たる瞬間にまで絞ることで極限まで上昇倍率を高めたカスタムマジック。
その名は……。
「【神剛力】!」
クリティカル音が鳴り響く。
クリティカル時のみ、全スキルの中でも最高倍率の威力を誇る【アサシンエッジ】に弱点特攻を乗せる【魔力付与:炎】、さらには極限の攻撃力上昇魔法【神剛力】まで重ねた理論上、最強火力の一撃。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお」
アイスグランド・ジェネラルが仰向けに倒れる。
ジェネラル種のノックバック耐性は異常なまでに高い。
だが、常識を超える超火力の一撃により、起こらないはずのノックバックが起こった。
ノックバックしたことで、氷の大剣の再生が止まる。
「セレネ!」
「ええ!」
俺とセレネは、倒れたアイスグランド・ジェネラルの上を走る。
目指すは露出した胸にある奴のコア。
こうして倒れてくれれば、地を這う俺たちでも狙える。
一瞬でたどり着き、同時に攻撃を繰り出す。
「【シールドバッシュ】!」
「【爆熱神掌】!」
防御力を攻撃力に変換する【シールドバッシュ】で攻撃力を手に入れたセレネが盾を突き出す。液状魔法金属が音速で射出される必殺の一撃。
俺が放つは威力以外のすべてを犠牲にして威力だけを追い求めた炎の一撃。セレネの一撃に【神剛力】を重ねたほうがダメージが多いのだが、いかんせん【神剛力】は一度発動するとリキャストが発生し、数十秒再使用ができない。
同時に二人の必殺技を急所に受けたアイスグランド・ジェネラルが苦悶の声を上げ、闇雲に暴れまわる。
俺たちは振り落とされ、奴をにらみつけた。
「……レイドボスはやっぱり固いな」
「そうね、これで決められないのだもの」
弱点にこれだけの火力を集中しても奴は倒れない。
さらに、うっとうしいことに紫色に変色した奴の顔がもとに戻っていく。
毒状態が終われば強化された自動回復が始まり詰んでしまう。
しかし、そうはならないと知っている。
「ライル!」
「おうよ!」
さきほどからライルは攻撃を加える俺たちの邪魔にならないようにしながら、ひたすらちくちくと両刀を振り続けた。
毒状態でも蓄積値は溜まる。
そして、ライルはきっかり毒状態が解除されるタイミングで再び毒になるように調整していた。
アイスグランド・ジェネラルの顔が元の氷の青になった次の瞬間、また紫に染まる。
「次はねえぞ! 毒耐性の上がり幅が異常だ。次からは蓄積値が減少値に追いつかねえ」
「わかっている。決めるさ!」
さきほどから、フィルとティルの攻撃は続き、徐々に削っている。
彼女たちにはすべてのリソースを使い果たすまで全力攻撃を命じていた。超精密射撃は、奴が立ち上がったことで剣士では届かない位置になった奴のコアを的確に貫いている。
アイスグランド・ジェネラルが拳を振るってきた。
もはや、大剣の再生は諦めたようだ。
本来起こりえないノックバックが発生したことで、学んだのだろう。
拳での攻撃のみならセレネ一人で引き受けられる。
全滅の危険は大きく減ったが、歯がゆい。
もし、大剣の再生モーションにもう一度入ってくれれば、先ほどの攻撃パターンをもう一度できるのに……。
前衛三人で足元を斬るが、あまりダメージは稼げない。
最大火力の【アサシンエッジ】もこうも動き回られたら急所が狙えない。
ざっと計算したが、毒状態の終了までに倒しきれない。
あと二人分火力が足りないのだ。
ここまで追い込むまでにレイドのメンバーを失いすぎた。
この場に後二人がいれば削り切れたのに口惜しい。
いや、諦めるには早いな。……足りない二人分は俺が捻りだせる。
「ライル、ルーナ、セレネ、切り札を使う。巻き込むかもしれないから離れてくれ。前衛は俺一人で引き受ける」
二人分足りない火力を補うための手が一つ。
この強敵にアレを試したい。
「ん。ユーヤを信じる」
「まあ、毒も麻痺も効かなくなった奴相手にできることは知れてるしな」
「ユーヤおじ様、無茶はしないで」
三人が視界から消え、俺にアイスグランド・ジェネラルの攻撃が集中する。
ぎりぎり捌ける。
だが、今のままじゃ防戦一方。
時間の無駄遣い。
魔法袋から三本目の剣を取り出す。
神剣ダーインスレイヴ。
奥歯に仕込んだ、【エリクシル】もちゃんと使える状態であることを確認。
よし、行こう。
この強敵にどこまで一人でやれるか。
……血が滾る。




