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第八話:おっさんはレイド戦に挑む

 レイド戦が始まる。

 レイド戦、それは複数のパーティが協力しての戦い。

 特定のボスは単独パーティではけっして勝てないように設定されている。膨大すぎるHP。異常な自動回復率で単体パーティの火力ではどうあがいても追いつかないのだ。

 そういう場合には、複数のパーティによる協力を行う。

 火力を上げるのにもっとも効率的なのは数を増やすことだ。


 パーティを組むときのような、システム的なものはない。

 ただ、レイドボスの場合パーティごとに貢献度というものが計算される。

 複雑な計算式だが、とくに大きい要素としてはパーティで与えた総ダメージ量と、ボスの攻撃を引きつけて壁になっていた時間の二つ。

 ようするに、どのパーティよりも長時間壁を引き受け、ダメージを与えればMVPはとれる。

 MVPを取れれば、ジェネラル種は特別なアイテムをそのパーティに献上する。

 なんとしても手に入れる。


「遅れるなよ。セレネ」

「ええ、昨日の汚名を返上するわ」


 セレネは壁だけあって、防具が重く雪上では動きにくい。

 それ故に、昨日は慣れるだけで精一杯だった。

 だが、狩りの後半にはきちんと雪上での戦いを身に着けていた。


 真っ先に襲われた【ワイルドタイガー】の連中がかなりやばい。

 壁である戦士が一発で吹き飛ばされたせいで中衛後衛が襲われており、慌てふためいている。


 アイスグランド・ジェネラルは五メートルを超える巨体を持つ氷の巨人、意匠が細かく、氷の鎧を着こんだ武人という造形だ。

 そして今も【ワイルドタイガー】の狩人が、【地響き】で転倒させられ、単体攻撃スキル【アームハンマー】で狙われている。

 回避は不可能な状況、後衛があれを喰らえば一撃で死ぬ可能性すらある。


 だが、それはさせない。

 走り始めると共に詠唱は始めていた。


 中級雷撃魔術【雷嵐】カスタム。

 詠唱時間を極限まで延ばし、敵数体を焼き払う嵐を弾丸サイズにまで圧縮して、超威力と長射程を手に入れたカスタムマジック。

 その名は……。


「【超電導弾】」


 雷の弾丸が飛来し、アイスグランド・ジェネラルを貫く。

 超威力の【超電導弾】ですら、単発じゃ自動回復をぎりぎり上回る程度。

 だが、俺の目的は追加効果による数秒間の硬直のほうだ。

 その数秒が欲しかった。


【ワイルドタイガー】の狩人が転倒状態から立ち上がって逃げ、次の瞬間【アームハンマー】が振り降ろされた。

 ここまで揺れが伝わり、雪飛沫が四方に広がる。


「わりい、助かったぜおっさん!」


 狩人が距離を取り、弓を放ち始めた。

 俺たちもこの数秒でだいぶ距離を詰めた。

 俺とセレネが壁になる。


 アイスグランド・ジェネラルの一撃が振り下ろされる。さきほどの一撃でヘイトを稼いだこともあり狙いは俺だ。

 見えているし、俺なら流せる。……足場が普通であれば。

 剣で奴の拳を流すが、衝撃で足が雪に埋まり、踏ん張りがきかないせいで流しが乱れ、強い衝撃を受けた。

 即座に微修正を加えたものの、肩と手首に鈍い痛みが走る。


「セレネ、攻撃を受ければ雪に埋まる。注意しろ。それから、足場が雪だから、防御にスパイクは使えない。状況が改善するまで俺が壁を引き受ける。それまで【ウォークライ】は使うな。今だけは、【シールドバッシュ】を主体にしたアタッカーになれ」

「わかったわ!」


 この足場で重量級の攻撃を受けるのは辛い。

 環境というのは極めて重要な要素だ。……雪の上では動きが大きく制限される。


 フィルとティルが配置に付き、弓による攻撃を始める。

 前衛組に当らないように、上半身を狙う。五メートルを超える巨体のおかげで上のほうを狙えば誤射はなくなる。

 巨大な敵と戦うセオリーだ。


 いつもの二人なら、そんなセオリーに頼らずとも俺たちを避けて当てるぐらい造作もないが、この寒さで手の感覚が鈍っている。いつもの精度は期待できないので安全策が必要となる。


 ルーナは中距離で、【アサシンエッジ】を叩き込むタイミングを狙っている。

 アイスグランドジェネラルの弱点は鎧の関節部と顔。普通には狙えないのだ。


「【ウォークライ】!」


 ヘイトがフィルやティルに向かないよう引き寄せスキルを使う。

 今はまだ、セレネではなく俺が壁になったほうがいい。

 不安定な足場で、技術だけじゃなくステータス任せの強引な流しをする。

 不完全な流しでダメージを負うが、今の防御力なら数発は耐えられるし、このダメージならセレネの【回復ヒール】が追いつく。

 ……ステータス任せの力技は趣味じゃないが、今はありがたい。昔じゃ許されない贅沢だ。


【ワイルドタイガー】の面々は、アッパーカットで吹き飛ばされた戦士を起こし、治療薬を飲ませてから配置に付き攻撃を始めた。

【ワイルドタイガー】の攻撃、フィルとティルの弓、セレネの【シールドバッシュ】でわずかながら体力が減少に転じた。


 それからしばらくして【ドラゴンナイト】のメンツも集まる。

 ようやく状況を変えられる。


「ライル、クルシャッタ、作戦通りいくぞ!」


 それぞれのパーティのリーダーに、雪の上で戦うために決めていた作戦を行うことを提案する。


「おうよ!」

「任せてください」


 クルシャッタの僧侶が、防御力上昇魔法を前衛組にかけた。

 俺がアイスグランド・ジェネラルの横薙ぎを流したタイミングでライルは一気に距離を詰めて、二刀を振るう。


 ライルは、大柄だが異様なまでに俊敏だ。

 短刀の二刀流で雪の上を滑るようにして駆ける。この距離だと【ウォークライ】でヘイトを俺に集めても、何発かはライルのほうに向かうがライルはすべてを躱す。


「すごい、速くてうまい」


 ルーナが目を丸くして、ライルの動きに見入る。

 速さを活かした回避術、俺にはない技だ。

 良いことだ。ライルの動きをルーナに見せたいと思っていたんだ。彼から学ぶことは多い。


 ライルの二刀が何度もきらめく。

 二刀持ちというのは実のところデメリットが多い。両手が塞がるため、アイテムが使いにくいし、手数は上がるが威力は下がってさほど攻撃力は上がらない。

 だが、ライルの場合攻撃力が上がらなくても、手数が上がることに大きな意味がある。


「【パラライズ・ライズ】」


 ライルの短刀二本が濃い黄色のオーラを纏う。

 盗賊のスキル。攻撃に麻痺属性を追加する効果。

 ライルのビルドは属性異常特化であり、毒と麻痺を使いこなす。

 麻痺の蓄積は一撃の威力とは関係ない。故に二刀流がもっとも効率がいいのだ。

 ライルはアイスグランドジェネラルの足元を駆けながら、その二刀で、圧倒的な速度で攻撃回数を稼ぎ、麻痺値を蓄積させていく。


 それも、後方部隊や前衛の邪魔にならない位置取りをしながら、一発も被弾せずに。

 己の役割がサポーターだということを熟知しているからこその理想的な動き。

 そして、数分後。それは来た。

 アイスグランド・ジェネラルが膝をつく。蓄積値が一定ラインを超えて麻痺状態になったのだ。

 次の瞬間、ルーナがアイスグランド・ジェネラルの顔をめがけて、突きを放つ。


「【アサシンエッジ】!」


 クリティカル音が鳴り響いた。

 今のルーナに、動き回る獲物の鎧の関節を狙うだけの技量はない。

 だが、こうして麻痺で硬直し、膝をついて頭の位置がさがれば狙える。

 壁役をやっていた者たちも、防御を捨てて総攻撃。


 この麻痺の狙いはそれだけじゃない。

 麻痺があと数秒で終わるというタイミングで前衛組が全員、一歩下がる。

 下がり終わったタイミングで【ワイルドタイガー】の魔法使いにしてリーダーのクルシャッタが詠唱を完成させた。


「【神炎】」


 それは上級火炎魔術。

 特徴は極めて広い範囲に大火力の炎を放つこと。

 アイスグランド・ジェネラルはその見た目の通り炎が弱点だ。

 上級火炎魔術であればダメージを稼げる。

 だが、この【神炎】はダメージを与えることだけが目的じゃない。


「ユーヤおじ様、雪が溶けたわ」

「これで、踏ん張れる。壁役、任せるぞ」

「ええ、本職に戻るわ」


 本命はこっちだ。戦いにくい環境を戦いやすいように作り替える。

 これからは大地を踏みしめ、踏ん張れる。

 大地を踏みしめることで強力な一撃が放てるし、スパイクだって、受け流しだって十全に機能するようになるのだ。


 アイスグランド・ジェネラルの麻痺が解ける前に、前衛組が奴の前に張りつく。

 それぞれのパーティの壁が【ウォークライ】。

 アタッカーは隙を見て、積極的に攻撃を繰り返し、後衛も忙しく動き回る。

 いい感じだ。

 一流のパーティ三組による攻撃は完全に奴の自動回復を上回った。

 そして、一流のパーティだからこそそれぞれのメンバーが弁えているから、自然と連携になる。

 パターンに入ったように見える。

 ……それでも楽には勝たせてはくれないようだ。


「こおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 アイスグランド・ジェネラルが叫ぶと奴を中心に、冷気が吹き荒れる。

 奴のスキル、【ブリザード・ストーム】。

 前衛が凍り付いていき、動きが止まる。

 さらに追撃が来た。しゃがみ両手を広げて回転する【スピン・ラッシュ】。

 凍り付いて動けない前衛たちは全員吹き飛ばされる。


「かはっ」


 今のは効いた。

 フィルの【回復ヒール】がとんできて、セレネは自ら【回復ヒール】を行う。


【ブリザード・ストーム】の怖さは、氷結という凶悪な効果以上に詠唱時間、予備動作がないこと。

 タイミングがわかっていればフィルの【フレアベール】で炎を纏う、あるいはセレネの【城壁】でバリアを作って防げた。

 この理不尽さもレイドボスの特徴だ。

 倒れた俺たちに向かって、アイスグランド・ジェネラルが指を向ける。

 その指が氷の弾丸になって雨あられのように飛んでくる。

 俺は剣で切り払い、セレネは盾で流す。

 しかし、【ドラゴンナイト】と【ワイルドタイガー】の前衛のうちライル以外は対応しきれずに重傷を負った。


 あそこまで深い傷だと回復に時間がかかる。

 セレネが状況のまずさを感じ取り、急いで距離を詰め【ウォークライ】を使った。

 いい判断だ。さらなる追撃を受ければ他の連中がやばい。

 さあ、俺も前にでよう。


 ◇


 戦いは一時間近く続いていた。


「【バッシュ】!」


 剣を振り下ろすと、アイスグランド・ジェネラルが忌々し気ににらみ蹴りを放ってくる。

 それを、しっかりと大地を踏みしめ流しつつ、さらに踏み込み関節部にさらなる【バッシュ】を放った。


「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!」


 アイスグランド・ジェネラルが怒声を上げる。

 着実にダメージを重ねているが、状況は悪い。

【ドラゴンナイト】と【ワイルドタイガー】の戦士がすでにリタイヤしている。

 死んではいないが、ひどい重症、いわゆる瀕死状態になると【回復ヒール】やポーションでは即座には回復しない。時間がいる。その状態になれば足手まといにしかならず、【帰還石】で戻るしかない。


 奴の攻撃は多彩で、一流の冒険者ではあっても、超一流とは言えないメンバーは対応しきれなかった。

 人数が減った分、かなりの無茶をしないと自動回復に追いつかないし、ほとんどの攻撃を受けているセレネも疲労の色が濃い。


 ライルの二刀は今度は紫のオーラを纏っていた。

 ボスの場合、状態異常にするたび、その耐性がどんどん上がる。すでに三回麻痺にしており、これ以上は麻痺状態にさせるのに必要な蓄積値が多すぎるし、たとえ麻痺になっても数秒で解除され旨味がない。


 ライルは二刀に付与するスキルだけじゃなく、短刀を持ち替えていた。ライルの場合、スキルだけではなく武器自体に属性異常を蓄積させる能力を持ったものを使う。

 麻痺にするときは麻痺の短刀、毒にするときは毒の短刀というように。それが彼の力を支える。


「ユーヤ、ちょいまじいな。想像以上につえええ」

「追い詰めてはいるがな。確実に削っている。奴の攻撃パターンの変化を考えると、あと数分で発狂しそうだ」


 一部のボスが持つ能力。

 体力が10%を切ると攻撃力が跳ね上がり、攻撃パターンも攻撃的なものになり、自動回復率まで上昇する。

 最後のがとくにやばい。

 人数が減って与えられるダメージが減った分を、俺がかなり無茶をしてカバーしているおかげで奴の体力は減少傾向だが、発狂状態の回復率には追いつけない。


「おうよ。だから、こうして毒にしようとしてるじゃねえか。ダメージを稼げる毒を今の今までとってたのはこのためよ」


 毒状態中は継続ダメージを与えるとともに、自動回復を無効にする。

 発狂中は自動回復率もあがる。だからこそ、発狂中に少しでも長く毒状態を継続させるのがセオリー。

 話ながらも俺とライルは、それぞれの仕事を遂行していく。


 こいつとは息があう。

 居てほしい位置に必ずいる。やってほしいことを必ずやってくれる。

 そういう心地良さをライルも感じているようで、目があうたびに窮地なのに笑いあってしまう。


「ユーヤ、予想以上に状況はまずいぜ。発狂前にここまで数が減った……リスク覚悟で、発狂と同時に決めにいかねえと詰むぞ」

「同じことを考えていた。そこで決めなきゃ負けだ。後のことは考えない。全リソースを使いきる」


 今の損耗状況では持久戦は不可能。

 だから、敵が発狂になると同時に全火力をもって終わらせる。

 自動回復率は上がるが防御は激減する。そこを狙う。


「やっぱ、俺らは気が合うな」

「だな」


 失敗すれば、リソースを失った状態での持久戦という悪夢が待っている。いや、そうなれば勝ち目がない。

 その時点で全員、即座に【帰還石】を使って逃げるべきだろう。

 この賭けに勝つしかない。

 ……いや、賭けじゃないな。

 ライルと一緒にいて、負ける気はまったくしなかった。

 


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