第九話:おっさんは剣を教える
産廃と言われた魔法戦士は、レベルリセット及び、ステータス上昇幅固定の二つの隠し要素を行うことによって可能になるマジック・カスタムでその価値を見直された。
魔法戦士は攻撃魔法を中級魔法しか取得できない。そのことも魔法戦士の評価を下げる一因だった。
初級魔法は単体向けで、詠唱が早く、威力が高いという使いやすさがある。
上級魔法は広範囲向けで、詠唱が遅く、威力は高いとこれもまた使いやすい。
しかし、中級魔法の攻撃範囲はそれなりで、詠唱は普通、威力は並みしかなく使いにくい。
魔法使いは、敵が少なければ初級魔法、群れで多ければ上級魔法という使い分けがベストとされ中級魔法をスキルポイントの無駄遣いだと言うのが定説だ。
……だが、カスタムするにはちょうどいい。すべての要素の合計値は初級や上級を上回る。
マジックカスタムが現れて魔法使いにはない魔法戦士の大きな魅力が現れた。
前衛で攻撃魔法と補助魔法を使えること。
魔法使いは魔法戦士のように威力と範囲を犠牲にしたところで前に出られない。
加えて、マジック・カスタムが本当に輝くのは補助魔法だ。
もともと、魔法戦士は産廃だが補助魔法だけは見所があると言われていた。その特性がより輝く。
「これで三体目!」
少年たちが去って行ってから、ロック・ゴーレムを倒してレベル上げをしていた。
一体目よりもかなり楽だ。
やっぱりお荷物がいないと戦いやすい。
レベルは6にまで上昇している。
とんでもないペースだ。レベル差がある魔物は経験値にボーナスがつく。
パーティを組んでいるルーナも、経験値が分配されてレベルが上がっている。しかし、不満そうな顔だ。
「魔力が尽きたし、帰ろうか」
「ユーヤ、ルーナも戦いたい。これじゃ、ルーナがいる意味ない」
「ルーナがいるから安心して戦いに集中できるんだ。ロックゴーレムが複数同時に現れたら終わりだからな」
「……それはわかってる。でも」
ロックゴーレム相手だとルーナの攻撃力ではまったく歯がたたない。
彼女には【気配感知】で敵を見つけてもらい、戦闘中に乱入してくる魔物がないかを警戒してもらっていた。
凄まじく助かっているのだが、ルーナにはそれが不満らしい。
「明日はルーナにしっかりと戦わせてやる。レベル6になったってことは、スキルポイントが5ポイント入ってるはずだ。念願の攻撃スキルをとろう。おすすめのを教えてやる」
ルーナが嬉しそうに微笑んで、キツネ尻尾をぶんぶんと振る。
よっぽど、新しいスキルが嬉しいらしい。
盗賊の場合、純粋に攻撃力が高いスキルはない。
主に、二パターンの戦い方がある。
クリティカル特化と状態異常特化。
前者には特別な才能が必要だが、すさまじい爆発力がある。
後者は知識あり、その特徴を理解していればそれなりに強い。
クリティカル特化であれば、使い手しだいでは、盗賊の攻撃スキルはそれだけでいいというほどの壊れスキルがあるのだ……使いこなせなければゴミスキルとなってしまうが。
スキルを取得するまえに、適性があるかを確認しよう。
◇
【気配感知】で魔物を回避して、岩山のてっぺんの魔法の扉から戻ってきた。
初の探索で、レベルを一気に五つもあげてレアドロップのからくりの心臓を手に入れたられたのは大きい。
さっそく、ギルドのホールに向かう。
ギルドには大きな役割が三つある。
一つ目は、冒険者たちの相談役。聞けばレベルに見合ったダンジョンの情報や出現する魔物についてなど、様々なアドバイスをもらえる。
二つ目は、宝やドロップアイテムの換金。ダンジョン内で手に入れたありとあらゆるものを買い取り、その巨大なネットワークを使い全国に売りさばいてくれる。
三つめは、クエストの配布。国や街、個人から幅広く冒険者を当てにしたクエストの募集を行い、冒険者たちに紹介している。
ギルドの存在にはかなり助けられている。
彼らがいないと、ドロップアイテムを売りさばくだけで一苦労だ。もちろん、手数料はとられてしまう。だが、納めた金額に応じて、ギルドポイントが与えられ、一定ポイントごとに昇格する。
ギルドから与えられる階級ごとに、いろいろな国や街で特権を与えられるので、よほどのことがない限り冒険者たちは換金をギルドに依頼する。
……ただ、不思議なことがある。
「あの女神像、ステータスはともかく、どうやってギルドポイントまでリセットしてるんだか」
ステータスカードを見ると、俺は上位の白銀冒険者だったはずなのに、最下位の青銅冒険者になっていた。
また、一からギルドのランクを上げていく必要がありそうだ。
◇
換金所に行く前に、クエストを覗いた。ロックゴーレムのドロップアイテムであるからくりの心臓を希望するクエストがあったので持っていく。
あれからもう一つからくりの心臓を手に入れた。とある貴重な魔法アイテムを作るために一つはストックしておくが、もう一つは売ってしまう。
クエストがあると、同じアイテムでも売値に色がつくし、ギルドポイントの加算も大きい。
初心者用のダンジョンにしてはかなりの報酬だ。
ルーナと出会ってからというもの、かなり運が向いてきた。
「ルーナ、今日も酒場に行くか? 思わぬ収入があったし、うまいものを食えるぞ」
ルーナは目を輝かしたが。しばらくするとぶんぶんと首を振った。
「新しいスキルが先、ルーナも強くなりたい」
まっすぐに俺の目を見てくる。
ただ、その顔にはごちそうに未練が残っていて苦笑してしまう。
「わかった。なら、美味しいサンドイッチを買って帰ろう。それなら、美味しいものを食べながら練習できる」
「ユーヤは頭がいい。大好き」
現金な子だ。
俺は、たっぷり肉が挟まっているものと、卵が挟まっているもの、エビを挟んでいるものを購入して宿に戻った。
◇
宿の中庭でルーナと向かい合う。
ルーナの手には木で出来た短剣。
「さて、ルーナにとってほしいスキルは、ルーナがかっこいい名前だといったアサシンエッジというスキルだ」
「うれしい。名前からしてかっこいい。ルーナはかっこよく、ばんばんアサシンしたい!」
おかしな文面になっているが、言いたいことはわかる。
ばんばんアサシン。
……それができるかはルーナ次第だ。
「アサシンエッジは、強いけど難しいスキルなんだ」
「知りたい、教えて」
ルーナがキツネ耳をぴくぴくさせて聞く準備は万端だ。
スキル一覧は脳裏に浮かぶが、説明までは書いていない。スキルごとの効果を把握しているのは俺の強みでもある。
初心者冒険者は名前の響きでスキルを取得して後になってから後悔する。
基本的に取得するスキルを絞って、限界までスキルレベルを上げたほうがいいのだ。一ポイントも無駄にできない。
「アサシンエッジは、クリティカル時に攻撃力補正が極大。その倍率は全スキルの中でも最強だ。……その代わり、クリティカルじゃないと通常攻撃と一緒だ」
これがこのスキルの難しさだ。
クリティカルを出せる冒険者はいい。出せない冒険者にとって死にスキルと言える。魔力を消費して、通常攻撃をするのと一緒なのだから。
「じゃあ、クリティカルをたくさん出す……ん? でもどうやって出すの?」
至極まっとうな質問だ。
ゲームのときは、素早さが高いとわずかばかり確率があがるが運だった。攻撃したときに一定確率で発生する。
しかし、今の世界ではクリティカルは狙って出せるし……狙わないとまず出ないものだ。
「クリティカルっていうのは、何ヶ所かある相手の急所……魔物によって違うけど、大抵は柔らかいところだ。そこに渾身の一撃、うまく全身の力を集約した一撃を叩き込むこと。口で言うのは簡単だが、修練とセンスがいる。できない奴は、一生できない」
急所を狙うというのは、魔物ごとの急所を知らないといけないし、狙うだけの技術も必要だ。
そして全身の力を集約するというのは武の基本であり、奥義。
非常にセンスがいる。
「難しそう。ユーヤはできる?」
「ああ、俺はほとんどすべての魔物に対して、常にクリティカルが出せる」
俺にはセンスがなかった。
だが、数十年かけて鍛錬し続けた剣技、積み重ねた実戦経験、研ぎ澄まされた集中力。
それらにより、どんな体勢からでも渾身の一撃を狙い通りの場所に叩き込めるようになった。
「ユーヤ、口だとわかんない。実際に見せて」
「そういうと思った」
魔法袋から、木の人形を取り出す。無敵カカシくんというマジックアイテム。
凄まじい耐久力と、自動修復力がある。
試し切りにはもってこいだ。
それを大地に突き刺す。
「まずは手打ちだ。力任せに腕の力だけで剣を振る。まあ、悪い例だな」
ガンッと鈍い音がして木刀がカカシくんに叩きつけられる。
「次が見本だ。全身の力を集約して放つ」
俺は強く踏み込む、腰のひねり、腕のしなり、すべての筋力を連動させ、らせんの動きで増幅した一撃を放つ。
さきほどよりも数段上の衝撃。爆発音がなる。
「すごい、ぜんぜん違う」
「当たり前だ。はじめの一撃は腕だけの筋力。だけど、二発目は全身の筋力を使った。どっちが強いかなんて明白だろう? クリティカルを出すには、これをあたりまえにしないといけない」
実際、冒険者でそれができているものは百人に一人もいない。
技量を磨く前に、ステータスをあげることを重視する。
「ルーナ、あらかじめ言っておく。今日中に、一番得意な構えから、まっすぐ立っているだけのカカシくんに渾身の一撃を出せないようなら、アサシンエッジの習得を諦めさせる。才能がない。もっと、安定性があるスキルを取れ」
「……厳しい、こんなの一晩でなんて」
ほう、今のを見せただけで全身の力を集約させることが難しいということはわかったのか。
凡人なら、簡単だと思い込む。
俺は渾身の一撃を放てるようになるまで何年もかかった。ルーナに一晩での完成を求めるのは酷だとわかっている。
だが、ルーナの成長を待っている時間はない。
「それぐらいの才能がないと難しいということだ。大丈夫、クリティカルが出せなくても戦うすべはある。属性異常に特化するならクリティカルは必要ない。さて、もう一つの見本だ」
俺は再びカカシくんと向き合う。
そして、九連撃を放つ。
斬撃とは結局のところ、九種類に集約されてしまう。上下左右斜め。その九種類の斬撃の連続攻撃。
唐竹、袈裟斬、右薙、右斬上、逆風、左斬上、左薙、逆袈裟、刺突。
九連撃すべてにクリティカル足りえる、力の集約が行われている。
「ルーナ、最終的には上下左右、斜め、突きの九種類すべてで渾身の一撃を放つ必要がある。でないと、常にクリティカルなんて夢のまた夢。九種類の斬撃をマスターするだけじゃだめだぞ? 当然、相手も動くし、攻撃してくる。そんなかで動きながら最適な一撃を選び、放つ判断力がいる。それがアサシンエッジを使いこなす覚悟だ。一番得意な一撃を、止まった的に叩き込むぐらい一晩で出来なければあきらめたほうがいい」
厳しいことを言っているのはわかっている。
だが、実際にできないとどうしようもないのだ。
「わかった、やる!」
ルーナがキツネ尻尾をピンと伸ばした。
いい覚悟だ。
「なら、その短剣で俺がやったように九種類の斬撃をやってみてくれ。その中で一番、ルーナに合っているものを選ぶ……全力でやれよ」
「ん。見てて」
ルーナがカカシに短剣を叩き込む。
筋がいい。
見よう見まねで放った九つの斬撃で一番筋がいいのは……。
「突きだな。突きを極める。その短剣を貸してくれ」
ルーナから短剣を受け取る。
そして、その短剣でルーナのお手本となる一撃を放つ。
「かっこいい……ユーヤすごい。ルーナも、それ、やりたい。ユーヤみたいにかっこいい突きをしたい!」
ルーナは目を輝かせて、憧れの視線を向けてくる。
「これを真似てみろ。明日の朝までにできれば、合格だ」
ルーナがさっそく、俺の動きを意識して短剣で突きを放つ。
その一撃には俺の面影があった。本当にちゃんと見ている。
「ルーナ、腰はもう少し落とせ。腕は伸ばしすぎない」
彼女の後ろから抱き着くようにして、姿勢を正させる。
「何度か俺のアシストを受けながらゆっくりやろう。間違っているところを修正する」
「んっ!? その、ユーヤ……なんでもない」
なぜかうなじが赤くなっている。
剣を振るうことで興奮しているのだろう。
姿勢を修正しながらゆっくり突きを行う。それを何度も繰り返す。
目に見えて良くなっていく。
ある程度良くなったところで、ルーナから離れる。
ルーナは一心不乱に突きを繰り返す。一突き、一突き、ちゃんと自分で改善点を探しながらやっている。ルーナは頭のいい子だ。一つとして無駄な一突きがない。
これなら、明日の朝までに突きだけは完璧になるかもしれない。
がんばれ、ルーナ。
俺は心の中で応援しながら、アドバイスをし続けた。
ルーナが直感で気に入ったスキル。できれば使わせてやりたい。応援とアドバイスしかできないが、俺にできる全力で朝までサポートをし続けよう。