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プロローグ:おっさんは燻っている

 冒険者という職業がある。

 世界に数多存在するダンジョンに潜り、宝を得る。

 あるいは、魔物を倒してドロップアイテムを持ち帰り換金する。

 それなりに実入りがいいが、同時に危険が付きまとう仕事だ。


 そして、俺もその冒険者の一人。二十年を超えるベテランだ。

 今日もダンジョンに潜り、狩りに精を出していた。


「ラスト、一頭!」


 草原の中、獲物と向かい合っている。

 ワイルド・ボア。

 茶色の毛皮を持つ大猪の魔物だ。

 突進の速度は凄まじく、するどい牙を持つことから、それなりに危険視されている。

 中級冒険者ですら、一歩間違えれば命を落とす。

 だが、俺にとってはただの肉にしか見えない。

 今回受けているクエストは肉集め。もっともギルドに持ち込まれる依頼の一つだ。


「グモオオオオオオオオオオ!」


 ワイルド・ボアが突進してくる。

 避ける必要すら感じない。

 突進に合わせて、両手剣を振り下ろした。

 ワイルド・ボアの突進と俺の剣が衝突。

 鈍い音が響き渡る。


 立っているのは俺だけだ。ワイルドボアは頭を割られて絶命する。

 しばらくすると、死体が青い粒子になって消えて、店頭に並んでいるような木の皮に包まれた肉の塊が残されていた。


 どういう仕組みかはわからないが、魔物というやつは死ねば青い粒子になって消える。

 そして、運が良ければ、こうしてドロップアイテムが手に入るのだ。


「猪だろうが、豚だろうが、オークだろうが、まとめて豚肉だからな」


 ドロップアイテムを拾う。

 豚肉(並)。

 おそろしくわかりやすい名前のアイテム名だ。

 ちなみに、魔物のレベルが上がるごとに品質があがっていく。豚肉(並)だと、普通の家畜と大差ないが、豚肉(上)や豚肉(特上)にもなると、この世のものとも思えないほど美味になりとんでもない高値で売れる。

 もっとも、豚肉(特上)は、超高難易度ダンジョンの魔物しかドロップせず、超一流の冒険者でも命がけになってしまうが。


「依頼の品は、豚肉(並)を十個。これで終わりか」


 拾ったアイテムは、大容量の魔法袋にいれてしまう

 かつて冒険で手に入れた大容量の魔法袋だ。これ一つで家が買えるだけの価値がある。売ることも考えたが、便利なので愛用している。


 この魔法袋のような二〇〇キロも収納できる魔法袋は、市場に出回ることが少ない。一度手放せば二度と手に入らないかもしれない。

 俺は念のため、依頼書を読み直し、収納した豚肉(並)の数を数えてからダンジョンを後にする。

 割のいい仕事を終えた。

 今日は、うまい酒が飲めそうだ。


 ◇


 魔法の扉を抜けて、ダンジョンから村に戻る。

 のどかで平和な村だ。

 村で唯一の精肉店に立ち寄り、豚肉(並)を納品してからギルドに向かった。


「おかえり、ユーヤさん」


 なじみの、受付のおばちゃんが笑いかけて手を振ってきた。

 大きな街のギルドだと受付嬢に綺麗どころを揃えるが、この小さな村ではそんな贅沢は言えない。


 若い奴らは酒場で文句を言っているが、俺は仕事をしっかりしてくれるなら、男だろうが、おばちゃんだろうが構わない。


「ただいま、おばちゃん。肉の採取クエスト、終わったよ。これが肉の受け取り証明書」


 おばちゃんに、書類とステータスカードを渡す。

 おばちゃんはすばやく目を通して、印鑑を押して書類を片付ける。

 そして、ステータスカードにクエスト報酬を振り込んでくれた。

 ステータスカードを渡してもらい、振り込み額を確認。規定通りだ。


「ユーヤさんは仕事が早くて助かるよ。どんな仕事も嫌な顔一つしないしさ」

「それが、仕事だからな。……それより、期限がやばい依頼はもうないのか?」

「これで最後さ。あっ、そうだ。ユーヤさんにって、アップルパイを預かっているんだ。ほら、どうぞ。ニキータからだよ」


 ニキータは、酒場の看板娘だ。

 村の男たちの中には彼女を狙っている者も多い。


 彼女がいる酒場は、俺もよく利用している。だが、アップルパイなんて頼んだ覚えはないのだが?

 怪訝そうな顔をしていると、おばちゃんはにやにやと笑いかけてくる。


「ほら、あんたがこの前、マルータ病を直すポーションの材料、クルナッタ石の採取クエストをこなしたじゃないか。おかげで母親が助かったんでそのお礼ってさ。あんた、その年齢で独り身だろ。いっそ、ニキータをものにしてしまいなよ。あの子は器量がいいよ」

「……遠慮しておくよ。ニキータなら、俺の様なおっさんじゃなくて若くていい男をいくらでも捕まえられるさ。アップルパイは受け取っておく。また、明日もくる。やばそうな依頼は残しておいてくれ。最後だしな」


 クエスト報酬はしっかりいただいているので、アップルパイまでもらうのも悪い気はするが、断れば彼女をがっかりさせてしまう。

 ありがたく、ちょうだいさせてもらおう。

 ずっしりと重いバスケットを受け取る。


「あのさ、ユーヤさん。……本当に契約更新はしないのかい? 私も他のギルド職員も、あんたに来年以降も、この村の専属冒険者でいて欲しいと思っているんだ」


 そのことか。

 正直、俺も悩んでいた。

 だけど……。


「すまないな。俺も三十六だ。冒険者を続けていくのが辛い。貯金も十分あるし、田舎に戻って、ゆっくり畑でも耕そうと思う。安心してくれ、後任のベックは信用できる奴だよ。なにせ、俺が育てたんだからな」


 断ることにした。

 専属冒険者というのは、ギルドと契約をして期限が迫っているのに誰も受けたがらない旨味の少ないクエストをこなす義務を負う。その代わり、毎月給料が支払われる。


 ありとあらゆるジャンルのクエストをこなさないといけない都合上、俺のようなベテランが選ばれるのだ。

 いろいろと面倒ではあるが嫌いではない。


 極端に高難度のものには拒否権があるし、冒険者生活から一番程遠いはずの安定した生活が手に入る。なにより、村のみんなから感謝される。


 そんな専属冒険者の仕事を断るのは、今言ったような年齢による体の衰えもあるが……何よりも燃えなくなった。

 俺は一流の冒険者ではあるが、超一流にはなれなかった。

 野心に燃える冒険者たちのように、超高難易度ダンジョンを目指さず、それなりの仕事をこなしながら、後輩たちを育てる日々を送っている。


 無理をせずに堅実に仕事をこなして、貯金は十分溜まった。

 余生を静かに暮らせるだけの金を手に入れ、冒険者という仕事に魅力を感じなくなってしまっていたのだ。


 ◇


 剣と皮鎧の手入れをし終わると酒場に向かう。

 自分ひとりのために料理をするのもバカらしいし、何より一人で食事をしていると気が滅入る。


 酒場に行くと、隅にある二人席に座る。

 いつのまにか、そこが俺の指定席になっていた。何も言わなくてもエールが運ばれてくる。


「ニキータ。アップルパイ、美味しかったよ」


 エールを運んできたのは看板娘のニキータだ。

 彼女は、たしか今年で十六になるはずだ。気立てのいい娘で、今も男たちの視線が彼女に集まっている。


「いえ、ありがとうございます! ユーヤさんに食べてもらえてうれしいです。あのアップルパイ、お父さんに教わって、がんばって作ったんです」


 俺は苦笑する。

 ……この子は俺にあこがれのようなものを持っている。

 この年代にありがちな、年上に対する無条件の尊敬のようなものだ。


「はじめてであの味か。すごいな、料理の才能があるんじゃないか?」

「そっ、そんな、ほめ過ぎです」

「ニキータの夫になる人が羨ましいよ」


 そう言うと、ニキータの表情が曇る。

 ……遠回しに、自分はそうではないと言っているようなものだからな。

 俺に対するあこがれなど、早めに捨てたがほうがいい。


「ニキータ、今日のおすすめは」

「えっ、あの、おいしい豚肉が安く仕入れられたので、豚肉料理がおすすめです」


 俺が昼間、納品したやつか。さっそく肉屋の親父が売り出したらしい。


「なら、煮込みと串焼きをもらおう。それとエールをもう一杯」

「はい、ただいま!」


 厨房のほうに走っていく。

 一人になると酒場に意識を向ける。

 ここには冒険者たちが多くいた。ダンジョンを所有する村ではよく目にする光景。

 若い者が多い。冒険者なんて仕事、そう長くは続けられない。三十半ばで引退するのが普通だし……歳をとる前に死んでしまうものも多い。


 若者たちは熱く夢を語る。

 今も、若者たちが気勢をあげていた。


「俺たちは、いつか必ず試練の塔を踏破する! そして英雄レナードのようになるんだ!」

「今はまだ、ジャイアント・トードにも苦戦しているけどな」

「おいおい、それを言うなよ」


 そして、彼らは笑い合う。

 彼らの情熱に当てられて、少しだけ冷めてしまった心の奥が暖まった気がした。


 料理が運ばれてくる。

 うまい。ここの親父はいい腕をしている。

 この村に来る前は、大きな街にいたが、ここほどの料理を出す店はなかなかなかった。


 エールをもういっぱい頼もうか?

 そんなことを考えていると、目の前に男が座った。

 洒落た魔法金属の鎧を着込んで、これ見よがしに首から、銀級冒険者の身分証をぶら下げている。

 高価な魔法金属の鎧も、銀級冒険者の身分証も、この村には似つかわしくないものだ。

 見知った顔だ。若さゆえの根拠のない自信に満ち溢れている。


「探したぜ、ユーヤさん」

「……ブロウトに行ったと聞いていたが、アイン」


 彼は、この村出身の冒険者。

 七年ほど前、彼の両親に泣きつかれて三年間ほど冒険者のイロハを教えてやった。


 三年でそれなりの冒険者になり、もっと高難易度のダンジョンに挑むと言って村を出た。


「ああ、ブロウトで四年間鍛えてきた。それで俺も一人前になった。だからな、試練の塔に挑もうと思う」


 カチリッ、思わずフォークを落としてしまう。


「なあ、ユーヤさん。俺と一緒に来てくれないか? 今なら、あんたのすごさがわかる。あんたとなら、試練の塔だってクリアできる気がするんだ! なあ、いいだろう、師匠」


 俺は深呼吸する。

 ……昔のことを思い出す。あいつも俺にそう言ったな。

 その答えはとっくに決めてある。そう、十年以上も前に。


「アイン、おまえが俺を頼ってくれたのは嬉しい。……だが、断る。俺は選ばれなかった」


 試練の塔。

 それは、冒険者なら誰もが憧れる場所だ。

 誰よりも強くなる。その願いを叶えるためにはけっして避けてはいけない場所。

 そして、十年以上前、俺が挑まずに逃げてしまった場所だ。


「そんなことを言わずに! 俺以外にも頼れる仲間が二人いる。そこに師匠の経験と技術、強さがあれば」

「……言っただろう。俺は選ばれなかったと。俺のステータスを見せたことがなかったな」


 ステータスカードを操作する。

 ステータスカードは金を持ち運びしたり、身分証明書として機能するほか、その名の通り、ステータスとレベルを表示できる。

 そこに記された数字を見て、アインは絶句する。


「師匠、嘘だろ」

「言っただろう。俺は運が悪かったと。仲間と共に最強を目指した時期もあった。だがな、レベルが上がれば上がるほど、俺は絶望をした。俺には無理なんだよ。当時の仲間が試練の塔に挑むと言ったとき、俺はパーティを抜けて……強くなることを諦めたんだ。それからは、こうして無理のない仕事をこなしている」


 俺のレベルは五〇。それは上限であり、それ以上レベルは上がらず強くなれない。俺は俺に許された限界まで強くなってしまっている。

 ステータスというものがこの世界には存在する。

 レベルが一上がるたびに、各パラメーターが1~3上昇する。期待値は2だが、当然、人によってばらつきがある。

 やり直しは利かない。


 ……そして俺は絶望的に運が悪かった。上昇値で1を引き続けた。いつかは爆発的に上昇すると信じ、結局上限まで悪い数字を引き続けた。

 低いステータスを補うために、何十年もかけて剣技を徹底的に磨いた。ステータスに頼らない力の引き出し方を見つけた。

 血のにじむような努力を重ね、ステータス以上の強さを身に付けた。


 それでも、限界がきた。

 レベルがあがるほど、ステータスの差は枷となり、共に最強を目指した仲間たちに追いつけなくなった。


 俺は一流の冒険者だと言えるだろう……だが、絶対に超一流には届かない。

 そして、最強になることを諦め……こうして、そこそこの難易度の仕事を確実にこなして収入を得る安定を選んだのだ。


「アイン、試練の塔をがんばれよ。おまえなら、あるいはクリアできるかもな。おまえは俺と違って運がある」


 アインは、戦士というクラスに見合うように前衛に必要なステータスが順調に上がっていた。俺の届かなかった先へと行けるだろう。


「すまない、ユーヤさん、俺、知らなくて」

「師匠と慕ってくれたアインに、情けない話をして悪かった。俺はそろそろ出よう」


 酒を飲める雰囲気じゃなくなった。

 少し多めの金額を机に置き、ニキータに声をかけて俺は酒場を後にした。


 ……まったく、嫌なことを思い出させる。

 口では諦めたとはいいつつも、この胸のうちで消しきれなかった炎が、また燻り始めてしまったじゃないか。

 なんでだろうな。頭では諦めようとしているのに、心がその先へと進むのを諦めてくれない。

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