BlueBird ~After story~ 第6話
さて、その後の話だが、ハルマとヒノについては二人の先輩からの指示により先に帰ってもらった。魔法に特化しているヒノが帰還したので、テレポートして物騒な街からひとっとびだ。相変わらずファアルの人達は凄いなと、リアル民である翔と颯は無言で関心の意を示していた。
そして、辺りにさらなる静けさが訪れ、二人は何となくそこから話を持ち出すのに躊躇していたが、痺れを切らした颯が一足早く沈黙を破った。
「それで、最近は何にハマってるっすか?」
「面接か。最近ねー……大学研究の方に没頭気味だったり、こないだ久しぶりに友達とラーメン食べて凄く美味しかったから、僕の中でブーム来そうって感じ」
「ツッコみつつ乗ってくるのかよ、流石兄貴。まあでもラーメン美味いよなー。特にフェイって奴が毎日のように通ってるラーメン屋は、絶品らしいぜ。鬼盛りラーメンがあるらしいんだけど……」
「そうそう! こないだちょうどそこに行ったんだよ。美味しかったなー」
多かったけど。
「マジか! あそこのラーメン屋マジ美味いよな! たまに行くんだけど、あそこに売ってる塩ラーメンがたまらねえんだ」
「へえ、そうなんだ。今度試してみようっと」
久しぶりのありふれた会話が楽しい。相手が颯だからか、肩に力が入らずとても気楽だ。月明かりの射す街のベンチで、ひと暫くこうした会話で盛り上がっていると、颯がふと、ポケットに仕舞っていた黒い手袋を取り出した。
それはかつて――この街が夜とは別の闇に呑まれていた時、影と立ち向かうために魔法で電撃を放っていた颯の体に、その電気が流れぬよう守ってくれるグローブだ。彼がそれを手にはめる時は、大体臨戦態勢に入り、電気を溜め込む構えを示す時である。
「兄貴、久しぶりっていうか初めてかもしれないんだけど……俺と一発戦ってくれねえか?」
颯の脳裏に、かつて二人で戦った頃の記憶が蘇る。闇の中で光る剣を巧みに使い、影を一瞬にして薙ぎ払っていた翔の姿を、颯は陰で見ていたのだ。そして、自身もまた、この街にあった闇の脅威が晴れてからも必死に特訓して、拳を振るう技術を磨いていた。
何のためかは知らない方が良いと思い、翔はその点についてあえて訊かなかった。
「『戦う』つっても、ただの力比べだ。本当はあの時にやりたかったけど、お前ら何かと忙しそうだったし、とにかく会えた事でいっぱいいっぱいだったからさ……てなわけで、勝負だ」
「いいけど、僕はあれから未来使いじゃなくなったから魔法とかあまり使えないし、剣も呼び出せなくなってるよ? それでも良いのかい?」
「いいんだよ! 寧ろその方がフェアだろ?」
「確かにフェアと言われればそうかもしれないけど、今明らか嬉しそうな顔したよな?」
まあいっかと翔は立ち上がり、軽く腕をねじったり、背伸びをしたりと簡単な体操をする。不利とは思ってもノリノリなようだ。
颯は勝負の行方なんて正直どうでもよかった。それよりも翔と――義理の兄と取っ組み合いをする事が楽しみで仕方なかった。
「俺にとって、兄弟ってさ……無駄話したり、時に喧嘩して、でも仲直りして、たまには一緒にアイス食べながら黄昏れるような関係だと思ってんだ。だからやってみたかったんだよ、喧嘩」
「みたいな事ね。いいよ、やろう」
互いに距離を置き、颯は改めてグローブをキュッと引っ張り、手にしっかり馴染んだのを確認する。そして、如何にもと思わせる戦闘態勢になると、手を前に突き出し、指でこちらを誘うように挑発した。
(ベタベタだな)
苦笑いしながらも、翔はそれに応え颯に向かって走り出した。そして、間合いを詰めたと思うとパッと飛び上がり、彼の顔目掛けて勢いよく足を振るった。颯はすかさず両腕を交差させて翔の攻撃を防ぎ、そのまま次の攻撃へと移る。彼が離れると同時に接近し、拳を下からアッパーするように振り上げた。しかし翔は空中で体勢を立て直し、どこにも足が触れていないのにその場で一回転して、颯の攻撃を弾いた。
さらに、未だ地に留まっていないうちに、次なる攻撃を繰り出し、今度は縦に回転して足を上から振り下ろす。
「へっ、やっぱすげえな兄貴。けど、そうはいかねえぜ!」
すると、颯は再び両腕をクロスさせる――と思いきや、タイミングを図って彼の足を掴み、その手から軽く電撃をお見舞いする。
「やばっ」
翔は反射的に、体を捻るように回転させ、素早く彼の手から逃れた。さらに翔の周囲から突風が吹き、颯は思わず距離をとった。ズザーッと後ずさる音が、暗闇の街に響き渡った気がする。
「颯も流石だな」
「へへっ、兄貴が足で攻めてくるのは分かってたからな」
「何で……さてはお前、さっき僕があいつらと戦ってたのこっそり見てたな?」
「げっ、何でバレたし……」
「お前なあ……いい加減ストーカー行為するのやめなよ。何なら今までの被害を、ハルマの過去探しで洗いざらいにする事だって出来るからな?」
「ヒッ、それはマジ勘弁……俺、ブラコンだと思われてお婿に行けなくなっちゃう!」
「あっはっは、馬鹿じゃん」
「うるせえ!」
すると颯は両手に電気を帯び、漸く地面に降り立った翔へと急接近する。翔も、周囲に吹く風を追い風にして、体をしなやかに使った蹴り技を繰り出す。颯の拳を警戒しながら、風を使って宙に浮いたり、彼の動きを阻み、確実に狙えるところをすかさず蹴撃していく。颯は翔からの攻撃を受け流しながら、電撃を食らわせるスキが無いか必死に伺っていた。
その時の二人は、汗を月光で光らせながら、互いに清々しい気分で笑い合っていた。
(楽しければいいと、思ってたけど……)
(ここまで来ると、やっぱ勝ちてえな!)
二人は、気づくと闘志が燃える目をしていた。そして、また一息つくために距離を置くと、次で決着をつける構えを見せた。颯は、電気を放つ拳と拳をぶつけ、激しい稲妻を起こしたと思うと、拳の隙間から雷鳴が轟く紫光の槍を生み出した。そういえば、彼は鉄パイプを使って戦った事もあったっけ。それを魔法で応用するとは、彼もなかなか侮れない魔法スキルを持っている。
「これで決めるぜ……兄貴!」
「さあ来い、颯!」
翔の掛け声に颯は自然と笑みが零れ、徐々に加速しながら彼の元へと走り出す。翔はその場で動かず、ジッと彼の動きを凝視する。正確には、彼の周りを吹く風に目をつけていた。
ザリと、足元にある砂がずれる。自分の足に力がこもっているのが分かる。頬からも雫が滴り落ちて、何となくくすぐったい。
(ああ、これが……)
未来使いの時、気づくと失っていた感情。恐怖に近いが、少し違う。ワクワクしていると言ってもいいが、それもまた少し違う。ドキドキも然り。
この感情は……あまり口に出して良いものじゃない気がする。けれど、翔は気づくと不敵な笑みを浮かべながら、その言葉を口にしていた。
「やばい……ゾクゾクしてきた」
「喰らええええええ!」
颯の手に込められた電気が、一気に槍の方へと集まり、眩い光が放たれたと同時に颯は、それを勢いよく投げつけた。金属音に近い甲高い雷鳴と、光線の如く真っ直ぐ放たれた紫光の槍は、うつむく翔目掛けて飛んでいく。
すると翔が足を振り上げて、自身の前に砂を舞い上げた。槍は、そのまま砂煙の中に消え、遅れてキィンと言う高音と激しく雷撃する音が響き渡る。だが、砂煙越しで放たれる光に翔の人陰が見当たらない。
「何っ!?」
彼が驚いたのも束の間。ちょっと視線を下ろすと、既に翔は颯の傍にいた。そしてキラリと目を光らせたと思うと両手を地に着け、逆立ちになり、例の体勢ーーー先程男達にお見舞いした竜巻を起こす体勢へと切り替える。
(マジかよ!? でも何で、どうやってあそこから……!?)
その時颯は、目の間で起こった砂煙の意味を理解した。彼が放つ雷撃は、空気中が電気を帯びれる状態だからこそ放てる。
だが翔が、砂を舞い上げた事で一瞬だけ電気の流れない環境が生まれたのだ。そのスキに彼はその場を放れ、颯の電撃を受けずに済んだという訳だ。
(こいつは参ったな)
翔が竜巻を起こす前に、颯は両手を挙げて降参した。しかし、翔の動きは止まらず、そのままブレイクダンスの如く回転して、颯の腹部を思い切り蹴り飛ばす。
「ぐえ」という情けない声を出し、そのまま地面に不時着した颯は目を回しながら、改めて
「参った……」
と降参の意を示した。
「はい(ていうか、何で勝った僕がパシられてるんだ……?)」
まあいいや、と翔は買ってきた缶ジュースを颯に手渡す。一撃受けて動けない颯は、「さんくー」と一言添えてジュースを受け取り、あっという間に飲み干した。そして、その場からくずかご目掛けてスローイングするが、見事に外れた。渋々翔が代わりに入れてやる。そして、プシュと自分の缶を開け、喉にしゅわしゅわと弾けるジュースを注いだ。
「はぁ……マジで強いな兄貴。完敗だわ」
「颯だって、あれから一段と強くなってたじゃん」
「ヘヘッ、そうだろ!? やっぱ俺も強いんだぜ!」
「変わり身早いな」
思わず笑う翔を見て、颯は馬鹿にされたと怒りつつもつられて笑っていた。
ありふれた会話、ありふれた喧嘩、憧れていた兄弟の楽しいやり取り。でもその全てにちょっぴり非日常のスパイスが加わっていて、より可笑しく、より面白いものに仕上がっていると二人は実感した。