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Blue Bird ~fly into the future~ 完結版  作者: 心十音(ことね)
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BlueBird ~After story~ 第4話

(翌日、朝から大学のとある研究室で、前回やり切れなかった課題の続きに取り組む翔。フェイから友人と改めて宣告され、自身の身に危険が生じる事を懸念されていると知った後も尚、こうして研究に手を染め続ける自分に多少戸惑いを感じていたが、それを思うとフェイとは別の人物とかわした約束が、脳裏を再起する。そういえば最近会っていなかったなと思い、午後に作業を切り上げると、翔はそのままとある店へと足を運んだ)


 さて、店は繁盛しているのかなと思いながら角を曲がると、予想通り店前には客だかりが出来ていた。最近入荷した珍種の花に、人々の視線はくぎづけされており、その花の前では店員と思われる少女が、何やら自慢げに説明をしていた。黄緑のツインテールに大きな白リボンは、かつて一緒に旅をしてきた一匹——一人の事を連想させる。

 お客さんの接客を邪魔せぬよう、人だかりから離れた場所で別の花を物色しようとしたが、翔の来店に気づいた彼女は、説明を中断してわざわざ彼の元へと駆け寄ってきた。

「翔! 来るんだったら一言ちょうだいって言ってるじゃないの!」

「ごめんごめん、僕も今日は勢いで来ちゃったからさ。それより仕事放棄して良いのか……?」

「大丈夫よ。もうあそこにいる人達は、私の説明一通り聞いてるから」

 どうやら彼女の説明よりも、例の花を物色するのに夢中なようだ。この店のスタッフであるユイは、「待ってて」と一言残すと、パタパタ店奥へと消えていった。

 


 ユイ=イブニングエメラルド―—彼女に現世で生きる事を許し、彼女にその肉体を一時的に捧げた存在だ。翔の母「翡翠(ヒスイ) 未来(ミキ)は、彼が幼い時にガンで亡くなった。だが、彼女は愛する息子を幼いまま置いていった事を後悔し、例え生死の輪廻を抜け出してでも、彼にもう一度会いたいと死んだ時からずっと思い続けてきた。

 リアルの世界には死後の概念が無く、肉体が機能停止すれば、精神や魂と呼ばれるものも自然消滅すると考えられていた。一方ファアルでは、肉体が滅んでも、魂は成仏されない限り生き続けると考えられ、さらにその魂は、条件が揃い次第目視する事も可能であった。闇の一件で、翔が暮らすリアルの世界に、ファアルの概念が流れ込んだ時、彼女は好機と見てその魂を現世へと移し、彼の元へ向かおうと試みた。

 しかし、彼女もまたリアルの世界で生まれたので、簡単にその身を彼の目に移す事は出来なかった。彼女が彼に会うためには、彼女の魂を移す代わりの肉体が必要だったのだ。そこで出会ったのが、ユイと呼ばれる一匹の精霊だった。彼女はファアルの世界で暮らしていた魔獣の一種で、空中を浮遊する大きな耳と、人間に化ける力を併せ持っていた。彼女はユイに、無茶ぶりながらもその肉体に自身の魂を憑依させてほしいと懇願した。すると、奇跡的にもユイは快くその希望に応えてくれた。


 ユイから肉体を借り、己の意識を一時的に我がものと出来た彼女は、愛する息子の元へ向かおうと、その耳を使って空を翔け抜ける。だが、その途中歪みの出現に気づいたアラベルと、その協力者であったユールに捕らわれ、影によって存在を消されそうになった。だが折角もらった新しい体を、簡単に壊されてはならないと、彼女は自身の魂に秘められる光を解き放ち、ユイ本人には無かった力を発揮する。彼女オリジナルで生み出された光弾は、影をあっという間に蹴散らし、闇を照らす光として彼女の思いを、ユイの肉体を守り抜いた。しかし、これを機にアラベル達が、彼女に繋がる者を消そうと企み、偶然翔が未来使いとして標的にされるきっかけを作ってしまったので、彼女は彼に会うだけでなく、守り抜こうと決意した。そして、自分が母親であると悟られぬよう、名前を作り、犬のように振る舞ったという。



「おまたせ~って、あれ? どうしたの、ボーッとしちゃって」

「ああ、ごめん。何でもないよ」

 彼女がいなければ、彼女の優しさと勇気が無かったら、母さんに会えなかったんだなと、翔は改めて心の中で彼女に何度も感謝を伝えた。翔の前には、感謝の意味を持つダリアの花が並んでいた。


「今、調合室にいるから会いに行っておいでよ。私が店番してるって、彼女には言っておいたから!」

「ごめんな、忙しい時に」

「なんのなんの! ポプリ作りよりも、未来の旦那さんとお話する方が大事だって!」

「大声で言うなし」

「えっへっへ~、いいな~! 私も旦那さん欲しいよ~!」

 これ以上彼女のからかいに付き合っていると、客人の注目の的となってしまうので、僕はそそくさと店の奥へ足早に入っていく。レジの先には沢山の花が生けられており、棚には完成済みと思われるポプリの瓶がきちんと整列されている。瓶はきっちり密閉されているらしくポプリの匂いが喧嘩する事はなかったが、どことなくフローラルな香りが漂い、扉の前に着く頃にはすっかり僕の服から良い匂いがした。

 薄暗い空間にひっそりとたたずむ扉を、僕はゆっくり開けた。この先にあるのはもう一つの部屋……と思いきや、そこは外と繋がっており、しかもこの街とは明らかに違う場所が扉の先には広がっていた。

 眩しい太陽の光を浴び、青々と伸びる広大な草原。翔が足を運ぶと、後ろから爽やかなそよ風が吹き渡る。そして暫くその草原を歩き、丘を登った先に建つレンガ造りの家へと向かう。こんな人っ子一人いなさそうな場所で、ポツンとある一軒家から一人の女性が出てきては丘を駆け下りてきた。

 翔は彼女に気づくと両手を広げ、勢いよく走ってくる彼女を抱きとめた。あまりに衝撃が強かったので、力を逃がすように彼女とその場でくるくる踊り回った。


「ただいま」

「おかえり」


 その一会話で十分だった。翔とかのんの周囲を、鮮やかな色の花が一斉に咲き誇り、翔の起こす風で大空を花びらが一斉に舞う。暫く二人は抱き合ったまま、吹きそよぐ風から香る花の匂いを堪能し、互いに鼓動が速くなるのを感じた。

「大丈夫だった?」

「何が?」

「……心臓」

 かのんは、背中に回していた手を彼の胸元に当て、今度は耳で彼の鼓動を聞き取った。確かに鼓動は速いが、それはまだ正常な範囲で、彼女はホッと安堵したかと思うとそのまま翔にもたれかかった。翔は、彼女の頭を撫で、速まった鼓動を戻すために深呼吸する。





(回想)


ある日の大学帰り、研究仲間やフェイと話に夢中になっていたところで異変は起きた。近い日にどこかで食事しようという提案が上がり、前にいた二人が盛り上がっている時、突如翔がフェイの肩に手を乗せた。

「どうし……」

 た、と訊く前にフェイはすかさず彼の体を支えた。翔は、足でその身を支える力も失い、フェイに抱えられるがまま地面へと崩れていった。動機が激しく、目も虚ろで、唇は血色の無い青紫へと変色していた。突然の事態に、研究仲間は慌てて声をかけるが、翔は喘鳴をあげ、必死に呼吸をしようと肩を上下させるばかりで、応対する余裕なんてなかった。だが、救急車を呼ぼうと一人が携帯を取り出すと、呼吸を荒げながらもそれを止めるよう訴える。

「だいじょ……ぶ、す、ぐ……なお、る……」

 最初は誰も信じられなかったが、彼の言葉通り、数分後にはケロッと回復していた。顔色は良くなり、呼吸も安定し、まるでさっきの出来事が嘘のような回復ぶりだ。

「もう大丈夫か」

「うん。ごめんよ、心配かけて」

 ひとまずベンチに腰掛け、一息ついているところで友人が未だ焦りを隠せない様子で話しかけてきた。

「マジでビビったぞ。何だったんだ? 前にもあったっぽいけど……」

「うん……多分、頻拍」

「頻拍?」

 心臓の鼓動が急に速くなり、激しい動機に襲われ苦しむが、ある程度時間が経つとあっという間に治るものだ。今までにも何度か同じ症状があったが、そのタイミングに規則性は無く、何の前兆も予感も無いまま、ああして突然起こる。だが、これは決して命に別状無いので、救急車を呼ぶ必要もないし、落ち着いていれば問題無いとの事だ。原因は何かと訊かれたが、それについては未だ解明されておらず、分からないものだと匙を投げられたらしい。

 しかし翔は、今回だけは何となく分かるかもと笑った。

「未来使いなのに、生き残ってしまった代償かもね」

 笑っていたがその目には、どこか寂しさが混じっている。どこまでも取り憑く呪いのような運命   そう思うと、フェイは憤りすら感じた。




-----------


 徐々に鼓動が落ち着くのを感じると、かのんは彼から離れ、じっと互いの目を見つめあった。ほんのり桃色がかった彼女の瞳に、緑と琥珀色の瞳が映る。翔の目を見ると、かのんは改めて安堵した。

「本当に大丈夫なんだね。もう、すっごく心配したんだから」

「かのんは、相変わらず心配性だな。大丈夫だよ、別に死ぬ事はないんだから。それよりそっちは、どう? 何だかお店も繁盛してるみたいだけど」

「えへへ、そうなの。ユイちゃんのおかげで、珍しいお花を見つけて……」

 それから二人は、大学の事や店の事を話し、そこから話題が広がってナルス砂漠を始め、旅先で見たものや出会った人の事など、かのんが知らない旅の思い出を翔が語る時間が続いた。


 そして話がひと段落ついたところで、翔は彼女を引き連れて丘を下っていく。

「そろそろ帰らないと。流石に、いつまでもユイに店番頼んじゃ悪いし」

「そうね。翔も明日学校でしょ? 早く帰って、寝ないとね」

「うん……あのさ」

「?」

 本当はこの事について伝えるために来たのだが、翔はいつまでも話せずにいた。もし、彼女が少しでも不快と感じたら、折角の楽しい思い出に泥を塗ってしまう。それが怖かった。けれど、いつまでも黙っていたらその思い出は実現されない。翔はここで腹をくくり、閉じていた口を開けた。

「前言ってた場所の件……ファアルの人達が盛大にもてなしてくれるそうなんだ。君が想像してるものとは、少し違った形になるかもしれないんだけど……」

「へえ、そうなの!? とっても素敵じゃない!」

 かのんは、本人の予想をはるかに上回る喜びっぷりを見せてくれた。ここで翔の胸につっかえていたものは、一瞬にして取り外される。心から安心した様子で、少しこわばっていた表情も一気にほぐれた。彼女は、フフフと歓喜に満ちた表情で、両手を頬に当てる。

「きっと初めてだよね……リアルの人が、ファアルの世界で式典を挙げるの」

「そうだな。実は青群からも、この件について是非協力させてほしいって言われてるんだ」

「友達としてっていうのもあるだろうけど、多分リアルとファアルの友好関係を示す絶好の機会だと思ったんだろうね」

「事後報告になって、本当にごめんな。ちゃんと君からも聞いて決めたかったんだけど……」

「ううん、いいよ。だって早くしようって言ったのは、私だもん」


 彼女の花嫁姿を見るのも、光に満ち溢れた式場を歩くのも、これからの未来を共に過ごすと誓うのも、全て時間の問題だった。僕らはこの場所で、心から互いを想い、永久の幸せを掴むんだと既に決めていたのだ。


 少し早いけど、翔は彼女に誓いのキスをした。かのんも彼に感謝の抱擁をした。周囲を舞い散る白い花は、二人の世界を純白色に染めていた。


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