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Blue Bird ~fly into the future~ 完結版  作者: 心十音(ことね)
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BlueBird ~After story~ 第3話


(先日、大学横にある雑木林で翔とフェイがアラベルについて話していると、見知らぬ人物と遭遇した。最初は気配しか感じなかったが、それは徐々に濃くなり、森林奥へと進んだところで二人は迫りくる気配の正体を目の当たりにする。そして何の因果か、二人はその人物と超人じみた戦いを交えたのであった)


ジャキッと銃に弾丸を詰め直すフェイは、森奥の一点を見つめたまま動かない。翔もその方角に顔をあげ、凝視しようと目を細めていた。生い茂る木々の一本に一人、遠すぎて顔の輪郭までは見えないものの、確かに一人の少年が大きな枝の上に立っている。どうやら向こうもこちらを見ているらしい。

(誰だ……)

暫く静寂が続くかと思ったその時、翔の勘が反射的にフェイを突き飛ばした。

「避けろフェイ!」

「!」

 翔の掛け声が聞こえるより先に、フェイは彼に襟を掴まれ、勢いよくその場で飛び上がる。その場から離れた次の瞬間、視界が歪んだのか、彼らがいた周辺の空間がグニャリと潰れ、元に戻ったと思うと反動で強い衝撃波がこちらに襲いかかってきた。

「うわっ!」

「……!?」

 風を使って避けようとしたが、空間の変動に風の力は通用せず、二人はそのまま遥か遠方へと飛ばされた。

 

何だ? 何が起こった?


今の一瞬で、彼らは想像出来ない現象を全身で感じ取った。混乱する翔は、何とかフェイに少しでも情報を得ようと試みたが、あの数百年生きた彼ですら、今まで経験した事の無い現象だったらしい。珍しく冷静さを失い、必死に思考を巡らせている。

「今の……空間操作?」

「それしか思いつかない。けど、何故だ……?」

 すると、先程の吹っ飛びでさらに離れたはずが、人陰はあっという間にこちらが輪郭を把握するところまで接近してきた。

 考えるよりも先に体が動いた。このまま居てはまずいと。思わず双方に分かれて逃げるが、翔もフェイも行く手を阻むかのように己が進む場所の一部が歪み、何度もあの衝撃波を体に受けた。

 空間を破壊する力。空間を自在に操る力。

(そんなの……)

(ありかよ……!)

このまま逃げていても仕方ない。そう思い先に動いたのは翔だった。未来使いの力は失ったが、残されていた自身の能力である風を使い、変動する道から一旦離れると、目を凝らして眩い緑光を放ち、そのまま閃光の如く人陰へと急接近する。その時、人陰の口元が一瞬綻ぶのが見えた。

「なっ……!?」

 何と相手も同じように、黄緑色の閃光を放ちながら翔の後方へと回っていた。翔が相手の後方に回ると、相手もまたさらに後方へと回り込み、周囲を二つの閃光が飛び交う。

 ラチがあかないと悟った翔は、風を全身に纏ったかと思うと、今までで最も高速——まるで瞬間移動したかのようなスピードで相手の背後へと回り込んだ……はずだった。

 だが相手は、自分よりもさらに速く、それこそ本当の瞬間移動かのように、いつの間にか翔の背後に居ては、衝撃波を放つ。体勢を崩し地面へと勢いよく突き落とされるが、激突だけは何とか免れる。これにフェイは「うへえ、まじかよ」と苦笑しながら、彼の元へと歩み寄った。

「おいおい、噂の風使いさんよりも速いのかよ」

「いや……あれは速いとかそういう問題じゃない」

「何だよ。そんなにあいつの動きが見えなかったのか?」

「違う。そもそも動いてない」

「は?」

 彼は動いてなんていなかった。気づけばそこにいて、体を動かした様子は一切無い。それに加え、あの空間操作を見せられたのなら、彼は自身の空間を瞬時に移動させたと言っても納得してしまう。納得出来てしまう。それこそ本当に瞬間移動だ。動いたのではなく、空間を瞬間的に移動させただけだったのだ。

「うへえ、何なんだあいつ……マジの超人かよ」

「人間を超える何か……そんなの人間である僕らの頭じゃ何も計り知れないさ……どうする?」

「どうするもこうするも無いだろ。逃げられないんだから」

 幸いなのは、こうして自分達がいる空間ごと全て封印されているので、相手の異様な技がこの空間内でしか影響されない事だろう。


 これがもし、無制限にどこまでも広がるようなものであったら―― 

  

「それもまた……」

「出来てしまう……のか?」

 漸く姿を現した少年は、何も言わないまま不適な笑みを浮かべる。耳元の異様に長い髪が、不自然に外に跳ねながら浮かび、毛先がほんのり薄緑に染まっている――あるいは発光しているのかもしれない。目は黄緑の閃光を放っており、翔の未来予知時の目よりもさらに眩かった。

「あの人……まさか未来使いって事は無いよな……?」

「お前の先代にあたる未来使いなら、一体現世に何の御用だ?って訊きたくなるね」

 未来使いという言葉を聞いて、何やら興味を示したように見えたが、少年はやはり何も言わないままその不思議な手をこちらに伸ばしてきた。彼の手の先で空間が歪み、翔とフェイの間を見事に裂いては、激しい爆風を起こす。空間変動が起こるのは、相手の手が向けられた場所のみだ。それに気づいた二人は、各々木を伝ってその攻撃をかわしつつ、相手の視界から外れる場所へと飛び移っていく。この異様すぎる光景を前に、翔とフェイもまた、経験に長けた判断力と俊敏な動きで避けるという、超人じみた光景を見せていた。

 動きが読めてきたところで、二人の会話も木々を挟みながら続けて行われるようになる。

「大体お前、同じ空間にあんな高格魔力連発されたら、今頃目潰し食らってだろ」

「そうだけど……あんな掟全破りみたいな人に、魔法格付けなんて関係無いと思う」

「どこまで何でもありなんだよ。誇張し過ぎじゃねーか? 神じゃあるまいし」

「神殺しの(ルキフェル)連れてたなら、それぐらい判別しろよ! こちとら普通の人間なんだってば」

「お前みたいな奴を、普通の人間とは言わねえわ!」

 ツッコんでいると、いつの間にか二人は木々の陰からご対面していた。移動しているうちに交流する道を渡っていたらしい。

((変なところで気が合う奴……))

 お互い溜息を零していると、そのスキを逃さんとばかりに、少年は指で縦に波打つようなジェスチャーして見せた。すると、二人の間だけ妙な陽炎が起こり、次の瞬間巨大な穴のような何かが衝撃波を放ちながら現れる。

「全く……そろそろ――」

「うざいんだよ!」

 双方で距離をとり、翔は風でカマイタチを、フェイは光弾を穴めがけて射ち出す。歪んだ空間に入った双方の攻撃は、軌道を変えてグニャリと曲がるが、穴を抜けたかと思うとそのまま空間変動を起こした彼の方へと向かっていく。思いもよらない事だったが、ここで初めて二人の攻撃が彼の前にまで行き届いた。

 だが、彼は笑みを崩す事無く、パッと自分の前に手をさしのばす。そして再び拳を作ると、二人の攻撃が当たるスレスレのところで空間操作が行われ、グニャリと強い重力で押し潰されるようにして消え去った。

「うわ」「まじか」

 素直に感嘆をあげた。

 その後もまた、彼は黙ったまま、不適な笑みをこちらに見せつつ破壊の手を伸ばしてくる。





 一方森への入り口近くでは、たまたまハルマとヒノがアイスを片手に駄弁っていた。大学に潜入して、リアルにまつわる授業を盗聴しようという計画だ。ひそひそ話で盛り上がっているところで、突如二人の前に巨大な穴が生まれる。

「なっ何!?」

「ワープホールか!?」

 思わず戦闘態勢になるが、穴から二つの人陰が現れると慌てて救助体勢に切り替えた。

「翔兄ちゃん! フェイさん!」

「どうしたんや、そんなボロボロで!?」

 穴から投げ出された二人は、そのまま地面に転がされる。ヒノが二人の脈を確認しようと手を伸ばすが、それよりも早く、放り投げられた翔本人の手が上がり、うつ伏せたまま呟く。

「フェイー……生きてるー?」

「生きてるに決まってんだろ……なめんな」

「おお! あんたら無事やったか!」

「「まあね……」」

 これを無事というなら……と続ける前に、二人の意識は一時的にパッタリ途絶えた。





---------


 その後、あそこで出会った少年を再び目にする事は無く、街の人達に聞き込みしても目撃の声は一切無かった。結局謎は深まるばかりで、翔はしばらく彼の事に思考を巡らせていたが、戦っていた当時の記憶を辿ると心当たりある点がいくつか思い浮かぶ。

「やっぱりあの人……未来使いだったのかな」

「俺は、そう思うね。あの眼光の感じとか、俺達の攻撃を阻止する動きが、お前と酷似していたからな。特に眼光については、散々睨まれてるから確信ある」

「あっそう……けど、だとしたらどうして僕らの前に現れたんだろう? それもこのタイミングで」

 闇の脅威は一掃されたが、世界の歪みは半ば永久的に失う事の無い。未だ残された歪みが彼らの前に現れたのか、あるいは新たに生まれた歪みだったのか、それらを懸念して彼らに報せてきた幻影だったのか……頭を抱えながら考え込む翔を隣に、フェイが突如彼の腹部を拳で殴った。

「デュクシ」

「痛い! 何でいきなり懐かしワード出しながら殴る!?」

「いや何か……やっぱ思わぬ目に遭ったら、声が高くなるんだなーって」

「へ?」

 的外れな返答を受け、翔はキョトンとするが、それにフェイは何となく嫌気がさして、再度彼の腹をパンチした。翔は思わずその場にうずくまり、潤んだ瞳でフェイを見上げる。何故か彼は、皮肉気ながらも嬉しそうな笑みを浮かべて、こちらを見下ろしていた。

「うん、それでいい。お前は、ここ数カ月で十センチ近くも身長伸ばしたり、声変わりして落ち着いた声色で話しているより、女っぽく縮こまって泣き面見せてる方が性に合う」

「え、何……フェイヤキモチ妬いて――」

 言い切る前にまたぶたれた。暫くこの体制でいないと、フェイは不機嫌なままらしい。翔は彼の要望に直に応じる事にした。


 街灯の数が減り、先程回想していた森が見えてくると、寮までそこまで遠くない。体を低くして、また暫く考えていると、フェイがぼんやり空を見ながらつぶやき始めた。

「俺の経験上、ああいう時って大概、何かを試してから救済を求めたりするんだよな……」

「へ?」

「だからさ、あの時出てきた奴が、もし前代の未来使いなのだとしたら、何かが原因でこの世界の記録や記憶から消されてるって事だろ? それであいつは助けを求めた。でも、ただのド素人じゃ足手まといになる。空間操作に対応出来るくらいの玄人を求めて、あいつは俺達を試したのかもしれない」

「歪みの世界を内側から消して、なお生き残ったから?」

「かもな。とは言っても、これは完全に俺の推論だけど」

 それに……と、何かを言いかけた途端、さっきまで見下ろされているのが嫌だったくせに、突如翔の襟ぐりを掴み上げ、無理矢理起立させる。そして、視線を反らしつつ、至近距離でしか聞き取れないくらい小声で続きを言い始めた。

「お前には、これ以上ややこしい事に首を突っ込まないで欲しいと思ってる」

「ん? 何だよ急に……」

「……」

するとフェイは、翔の胸を殴り――と見せかけて、トンと軽く拳を当てた。彼の鼓動がトクトクと自身の拳を伝って全身に響き渡る。彼がこうして生きていると分かり、フェイは大きく息を吐いた。

「だってお前は……俺にとって初めての友人なんだ。生涯に渡り絆を紡げる、たった一人の……友達。俺はもう、自分が大切と思った人間を看取らなくていい。逆に看取られる立場の人間を初めて見つけたんだ。だから……だからさ」

「僕が下手な事して、死なれたら困るって? 何だよ。さっきまで殺すとか言ってた癖に」

「俺に殺されるのはいいんだ。でも、他の理由で殺されたら……困る」

「ああ、そういう事ね」

 全く、と翔は呆れた様子で肩をすくめる。自分勝手で何を考えているのか分からない。さっきまで散々嫌悪感むき出しだったのに、突然こんな事言い出す。本当に扱いに困る相手だと思った。けど、それがフェイらしさなのかなと、翔は一人納得し苦笑いした。

「大丈夫だって。このまま研究進めて、亜空間の入り方分かるようになったら、フェイも強制的に連れて行くから」

「俺を実験体にするのか。お前にしては、扱いが雑だな」

「何言ってんの、僕も一緒に行くって。もしあの人がそこにいたなら、だけどね。彼は僕とフェイを試した。僕だけが行っても意味が無い。僕には君が必要なんだよ」

「……」

 散々剣を振り回してきた癖に、と思ったが、それは自分も同じなので言い返さなかった。それに、ここまで心から必要と言ってくれる人は、きっと彼ぐらいしかいないだろうとも思えた。フェイが拳を引っ込めると、翔は腕を上げ、今度は拳と拳をコツンと当てた。



 己を守り抜く者、他人に尽くす者。極端に違った二人は、衝突から始まり、拒絶を繰り返して、自身と相手を壊れた者だとずっと見てきた。

だが、ある時から自分と相手は、鏡のような関係である事に気づく。対照しながらも対称していて、相反しているが故に釣り合う関係。どちらも決して欠けてはならない。どちらかだけが生き残ってはいけない。


鏡の向こうに人が映らなければ、そこに人がいないのと同じ。


翔はフェイがいなければ、他人に妄信し溺れる。フェイも翔がいなければ、孤独で世界に押し潰される。だから互いを必要とし、互いが自分とは真逆の存在である事をより意識するようになった。欠けた者であるなら、欠けたもの同時で補えばいい。そこで初めて二人は化け物や人間失格から、完全な人間に戻れると考えたのだ。


(……とは言っても)

(嫌いなものは、嫌いなんだけどな)

 二人の皮肉めいた笑みが、星空の光で照らされた。

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