BlueBird ~After story~ 第2話
「じゃあまた今度な!」
「おやすみ~」
「おやす~!」
星々が光る夜空の下で、彼らは互いに手を振って噴水広場を後にした。
翔は彼らの顔が見えなくなると、はぁと寂しそうな溜息を零すが、暫くして隣でうつむいたままのフェイに話しかける。
「楽しかったね」
「そうかもな」
「皆でラーメン食べる事ってあんまり無いでしょ? あんな大盛りは食べなくていいけど、友達とああして喋りながらご飯を食べるのって、楽しいよ」
「食費がかさばるから遠慮しとく」
「……まさかフェイ、節約のために度々あそこのラーメン屋行ってるんじゃないだろうな?」
「そうだと言えば?」
「本気で死ぬよ……」
そういえば、修也達のあれからは語ったけど、彼のあれからについては語っていなかっただろうか。性格も性格なので、自分の事をあまり話してくれないが、翔に対しては例外的に洗いざらい伝えた。伝えざるを得なかった。
これはエミレス王から直々に命令されたものであり、彼が罪を償うための必要事項だったからだ。
(回想)
フェイのあれから――まずフェイは、エミレスで長年指名手配されていた人間だ。無事復活し、不老不死という呪縛からも解放されて、やっと心から自由になれたと思ったや否や……彼は真っ先に青群に捕らえられ、裁判で重罪と下された。
人を傷つけ、時には殺し、街の住人の平和を脅かす者として長年身を潜めていたが、これについては既に被害者やその遺族らが他界しているケースが大半で、時効が決定されている。長年と言っても、彼の場合は例外中の例外で、最早数十年または百年近い年月が経ってしまっているのだ。
なので、彼は直接命を懸けて償う事は出来なかった。だが、近年を見ても窃盗常習犯だったり、空き巣を漁ったりと様々な軽罪を幾度と犯してきたので、罰せられる事は必然だ。
そして、最終的に彼に科せられた罰則は、思考の更生だった。
「……は?」
「つまりだ。お前は、現世で生きるには思考が遅れ過ぎているんだよ。狩猟的発想はあまりにも古過ぎる。本来お前には、盗んだものの分働いてもらうんだが……何のつもりかお前の年齢設定が『中学生』ときた」
中学生に、労働による罰則は科せられない――彼は、実年齢で言うと十分科せられるのだが、不老不死にした本人が、彼を「中学生」の時点から人生を再スタートさせたらしいので、ここでもその設定が通ってしまうのだ。彼のために法を変える事も出来ないし、そもそも彼を捕らえた後では遅過ぎる。
「だから、お前には学生として勉学に勤しんでもらい、それと同時に思考を現代の方針へと修正してもらう。あと、その教育係かつアシスタントとして、俺が指名した人物と共に生活する事も決定事項だ。そして、その指名人物が……彼だ」
青群の合図でやってきたのは、王家がいる敷地の雰囲気に似合わないカジュアルな格好で、王に対しても一切敬意を見せる事無くパタパタと靴音を立てる翔の姿があった。
「……は」
一瞬喉を詰まらせて、
「はあああああああっ!?」
フェイの嫌悪感溢れる怒号が部屋中に響き渡った。これに翔もすかさず批判する。
「しょうがないだろ!? 僕だってやだよ、お前のアシスタントなんてさ!」
「許してくれ。お前は特段フェイに何もする必要は無いし、自身の思考を染める側だ。常に監視され、強制的に社会性を求められる上、己の思考の根底を変えられるこいつよりはマシだろう」
「いや、そりゃそうだけど……これってある意味僕に対しても罰ゲーム出してるよね?」
「それについては否めないな……まあ、幼き王かつ友人の頼みって事で、今回限りは堪忍してくれ。俺も、こいつのイレギュラーさに正直ついていけないんだ……」
「あの青群ですらお手上げレベルだもんな……フェイ、相当イカレてるよ」
「お前にだけは言われたくない」
そんな事があってから、フェイは翔が通う大学の付属中学へと入学し、二人して同じ寮の同じ部屋で過ごしているというわけだ。ちなみにこの事は、当事者である彼ら以外誰も知らない。そのため二人がこうして共に行動している所を度々目撃されては噂され、海斗のような人物に関しては、そこから妄想を膨らませたりしている。想像するのは結構だが、なるべくそれは心の内に秘めておいてほしいものだ。
「それより話戻すけど、食生活! きちんとしないと、マジで死ぬよ」
「人間はブドウ糖さえあれば機能するらしい。金も時間も惜しいし、だったら食事回数減らしてかつタダで食べれるあそこのラーメンがコスパ的に最強」
「そんなところにコスパ求めてどうすんのさ……しょうがないな。明日から弁当フェイの分も作ったげるから、それ持っていきな。その代わり、帰りにスーパー寄って食材買ってきて」
「お前は俺のオカンか」
「フェイたんの社会復帰に貢献するアシスタントです!」
「回想時と違い、バリバリやる気あるじゃねーか。あと『フェイたん』って呼ぶな、殺すぞ」
「僕その勢いだと、既に三十回くらい殺されてるよね」
とは言いつつ、彼にお弁当を作ってあげる約束は本当らしく、早速スマホを取り出し明日の献立を考え始めた。その画面を脇目に、フェイはふとラーメン屋で話していた彼の大学風景に話題を変える。
「そういえば、お前亜空間研究してるって言ってたな……やっぱり、例の事か?」
「うん……フェイは最後に歪みの世界で戦った時、アラベルが言ってた言葉覚えてる?」
「あいつ口数多かったからな……」
「あ、そんなややこしいところじゃなくて、もっと単純に。というか、ただの独り言みたいなんだけどさ」
それは彼が最期の光を解き放つ瞬間に零した言葉。アラベルは、あるタイミングから翔に対してだけ敬語ではなく、あなたと呼んでいたのを「君」へと切り替えた。だが、あの時だけ彼は、そのどちらでもない呼び方を翔に向かって唱えていた。
「貴様ってさ、敬意がありながらも皮肉めいた呼び方だと思うんだよね」
「何だよ、そんなところが引っかかってるのか?」
「うん。どうして彼があの時だけ僕をそう呼んだのか……多分アラベルには、僕と別の人物が重なって見えたんだよ。そして、また話が飛ぶようで何だけど……フェイは、アラベルが未来使いについて旧話を唱えているとも言っていたよね」
「あー、そうだな。未来使いが死神っていう説は、間違いなく旧き話だ。それは他ならぬお前が証明したんだからな」
未来使いは他人の未来を奪って、自身の未来を繋ぐ……そうアラベルは唱えていたし、あの城に限らず、他の書類にもそう記されていた。ファアルで出会ったハルマやヒノ、そして後で分かったが、自身の書庫で同じような内容が記された書を見つけた青群も、他の世界で暮らしていた人々も皆、そう信じていた。
だが、翔はそのような実態を持たず、あくまで自身の未来が危うくなる予知——所謂、危険予知をした後で、自らの力を最大限に高め、時には奇跡をも操作する形で、危険から自身の未来を守っていた。他人の未来に干渉する事は無く、ましてや他人から未来を奪った事など一度も無いのだ。
そこで翔は、うーんと項垂れる。どうやら自分の中である程度考えがまとまっているのだが、それを口にしていいのかどうか悩んでいるらしい。だが、数百年生きたフェイの経験から、新たに分かる情報があるかもしれないと見て、ちゃんと話した。
「僕は……自分が未来使いになる前、そして旧式と呼ばれる最後の未来使いが消えた後の間に、もう一人未来使いがいたんじゃないかって思うんだ」
「なるほど、旧式から新式に変えた未来使いか。そしてお前はその未来使いの二代目って訳だな」
「そう。でも、証拠が無い。どこにもそんな記録は無いし、誰の記憶にも無いんだ。今ハルマに協力してもらって、僕の前にあたる未来使いの過去を探ってもらってるんだけど、どれも旧式に沿った内容ばかりみたいで、僕みたいな例外がいないらしいんだよね……」
「だが、お前が自ら未来使いの概念を変えたとも思えないしな……って、ちょっと待て」
フェイは思わず歩みを止め、翔と一緒に体験した数日前の出来事を思い返す。それは、闇の脅威が晴れて以来、旅をしていた当時の記憶を揺さぶるような激しく、想像を絶するような体験だった。
そして、その経験の中にいくつか不可解な点が残っていた事も、フェイは認識している。
「俺達……もうそいつに会ったんじゃないか?」