BlueBird ~After story~ 第1話
(闇の脅威が消えてからそれぞれの道へ進み、すっかり忙しくなった翔・修也・青群・海斗。この日は珍しく全員が予定を空け、久しく集まる)
「しっかしよー、何かすっげー珍しくなっちゃったな。俺達がこうして四人で行動するなんてさ」
「そりゃそうだろ。色々あったんだから」
「考えてみれば、色々あったねー」
青群は王の座を引き継ぎ、修也は剣士として戦ったり、自身の道場で剣術を教え、海斗は鍛冶屋へ弟子入りして、翔は未来使いという偉業から、漸く元の学生生活に戻った。
高校で何気ない日常を過ごしていた頃、全く想像していなかった光景。それは時には過酷で苦しかったが、最終的には丸く収まり、これで良かったのだと心から思っている。寧ろ、誰も経験する事の無い大冒険が出来て、満足しているくらいだ。
「——って、それは主に翔の事だろうが!」
「痛っ! 何で叩く!?」
海斗にツッコまれる翔に、青群と修也はフッと鼻で笑った。続けて修也は、彼の頭にポンと手を乗せる。
「本当、翔に関してはお疲れとしか言いようがない」
「全くだ」
「何だよさっきから……?」
とりあえず撫でられておくように、彼の方へ頭を傾ける翔。それを見て、修也はさらにフハッと笑った。今まで見せなかった彼の一面……いや、今まで見せられなかったのかもしれない。そんな一面をこうして目の当たり出来る事に、彼らは心底嬉しく思っていた。本人は全く自覚していないようだが。
さて、本題に戻ろう。どうして彼らがこうして合流しているのかというと
「ラーメン大食い選手権?」
「そそ! 皆で昔話するついでにラーメン食わねえか? ってさ!」
「ラーメン食うついでに昔話するものじゃ……」
「いや、そもそも昔話なんて出来るかよ。ラーメン十人分なんて、見た事も聞いた事も無いぞ?」
とあるラーメン店で始めたらしいその大会は、制限時間以内に十人前のラーメンを平らげるもので、成功すればそのラーメンのお代はチャラ、さらにどんな種類のラーメンでも使用可能な一ヶ月無料券がもらえる。
しかし、失敗すれば、十人分のラーメンを自腹する羽目にあうという、テレビで見た事のあるような無いような代物だ。それに海斗は数日置きに挑戦しているようで、今回は翔達も巻き込んでの参加を狙ってきたのだ。勿論、それぞれが十人前のラーメンを注文し、平らげなければ賞品は貰えない訳だが、海斗は一人で孤独に挑戦するよりも、友達から励みを受ければ勝算があると見込んでいるようだ。
「今まで俺達、バラバラで未知のものに立ち向かってきたじゃん? だから今度は、皆で一つの未知に突撃してやろーと思って!」
「何だそれ」
「平和的なのが不幸中の幸いか……」
海斗の押しに負けた三人は、日程を合わせ久しぶりに会う事となった。
そして今に至る。店が近いのか、だんだん豚骨を焚いている独特の匂いが漂ってきた。海斗はこの日に備えて、今日一日何も食していないらしく、匂いを嗅ぐとたちまち空腹の音が鳴り響いた。
「楽しみだなぁー」
「それはお前だけだ」
「ごめんな。お前はナポリタン大食い選手権の方が良かったよな?」
「何でだよ」「そうじゃないだろ」
五十嵐兄弟がツッコむ中、青群は少し考えて
「いや、それよりはオムライス大食い選手権の方が良い」
「何で大食い選手権行く前提なんだよ!?」
「ケチャップだったらいいの!?」
「あ、着いたぞー」
このケチャラーが、と珍しく青群がツッコまれたのを最後に、翔達は例の大食い選手権会場へと足を踏み入れる。
カラカラと昔ながらの引き戸を開けると、威勢のいい声が店内に響き渡った。
「へいらっしゃー……おっ、兄ちゃんじゃねーか!お仲間連れて再チャレンジと来たか」
「そんな感じだ! 今度こそ完封してやる……こいつらも参加で」
「……そこの姉ちゃんは大丈夫なんか?」
「姉ちゃん?」
その一言で集まる視線の先は、言うまでもないだろう。翔は、はあと溜息を吐き「男です」と断言する。このやり取りは、高校時代から何度か経験済みだが、闇の脅威以来の不意打ちで、翔は一気に項垂れた。
「そんなんじゃ勝負にいけないぞ、翔」
「何で青群は間違えられないのに、僕は間違えられるのかね?」
「ていうか大将知らねーの? 翔、この世界を救ってくれた英雄だぜ!」
「え!? あの未来使いとかっつー……そりゃ失礼な事を……まさかおんn」
「大将さん」
振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべながら、おぞましいオーラを放つ翔がいた。それ以上彼は何も言わなかったし、それ以上目を合わせる事もなかった。
予約様と書かれたカウンター席に腰掛け、周囲を見渡してみる。年季はあるらしいがラーメン屋にしてはとても綺麗で、少し広々とした印象がある。薄暗くて、狭くて、油が染み込んだ空間というイメージがあったが、この店はそれとは対照的だった。海斗曰く、ここの大将は口こそ悪いがとても几帳面で綺麗好きな性格だそうだ。
「ここのラーメンは、一度食うとハマって何度も来たくなっちゃうんだよ。だから、どうしてもその無料券が欲しくてしょーがないんだよ!」
「そう言っても、あの鬼盛りラーメンをちゃんと完食しなかったら駄目だからな。これで失敗したら、またこっちの懐が潤うわけだ! 毎度!」
「くっそ~! 今度こそ完食してやる!」
「ちなみに大将、この挑戦に成功した奴はいるのか?」
「ああ、今のところ一人な。俺はそいつを帝王つってる」
「帝王?」
「そうなんだよ! しかもその帝王、成功してからもこの挑戦続けてて、どんどんタイム縮めていってるし、その上連続クリアで一年分の無料券ゲットするつもりらしいぜ!」
「へえー、店の商品を暫く支配するから帝王なのか」
「そーいうこった……」
なるほど、と頷き、その帝王とやらに会ってみたいなーと思っていところで、例の大盛りラーメンが目の前に並べられた。
……予想以上に大きく、明らか一度で食べられる量ではない。
「よし、制限時間は二時間! 頑張れよー」
「うっし! いただきまーす!」
「いただきまーす……」
まさかここまでの量とは思わず、海斗以外のメンバーは勢いよく食べれる気がしなかった。海斗は、「スタートダッシュが肝心なんだ!」と言って、麺を箸に多く絡めるとズゾーッと一気に啜っていく。程良く濃厚なスープは、麺にしっかりと絡まるがクドくない。喉や口に後味を残さないので、すぐさま次の麺を啜る事が出来る。
歯止めを忘れたかのように麺を食べていく海斗に、他のメンバーも続いた。修也もこの味が気に入ったらしく、二番目に箸が進んでいる。青群はやはり紳士らしく、レンゲに麺を取っていただいている。しかし、そのスピードでは時間内に完食出来る気配がしない。
「翔もしっかり食ってけよ! じゃねーと八千円ぼったくられるぜ!」
「はいはい」
大学生にとって五千円以上の出費は、かなり痛い。しかもそれが一食分となると、あまり手を抜いていられなかった。覚悟を決めた以上、腹を括って食べるしかない。
最初は遠慮がちだった翔だが、だんだん拍車をかけたように勢いよく麺を口へ運んでいく。それを見て、海斗は笑みを浮かべるとまた一段とスピードを上げて大盛りラーメンに向き合い始める。
最初は好調な走り出し、なかなかの食いっぷりだった。
しかし、制限時間が残り半分となったところで
「無理……」
「俺も……流石に十人前はキツイ……」
「五十嵐兄弟、撃沈を確認」
冷静な実況を行う青群も、既に箸とレンゲを手から離し、傍観体制に入っていた。真っ先に撃沈していたのは、他ならぬ青群だった。
「何の…まだいけるって!」
「よしよしその意気だー、もっと食ってけコノヤロー!」
「うっしゃー!」
海斗のラーメンは、大体残り三分の一といったところだ。ラストスパートに向けて、再び箸を握った次の瞬間——
カラカラと新たな客人が入って来た。
「おっさん、またいつもの頼む」
「おおーっ! これはこれは帝王殿じゃねーか! ちょうど挑戦者が先客でいるぜ。三人は諦めてる感じだが、残りの一人はもしかしたらあんたの後を継ぐかもしれねえ」
「帝王!?」
うつむいていた顔を上げ、帝王の方を振り向くと
「「「「えっ……!?」」」」
「は……?」
一時静寂。一同がその場で硬直したため、大将はとっさにタイマーを止めた。
そんな事にお構いなく、幸い彼ら以外に客人がいなかったので、静寂を突き破るような大声で一同は叫んだ。そして彼らが思っている事を真っ先に翔が代弁し、同じ事をフェイも唱えた。
「何でフェイがいる!?」
「何でお前らがいる!?」
「ちょっと待て、まさか帝王って……」
「そうだ。そのフェイっていう坊主が、この店の主人、帝王殿だぜ」
「はあ!?」
一番驚いているのは翔だった。あり得ないとばかりの表情で、隣の空いてるカウンター席に座るフェイをギロリと睨む。フェイも翔を細目で睨み返した。
そういえば、この二人は犬猿の仲だったろうか。出会った当時から敵対心むき出しで、酷い時には武器と武器を交えて喧嘩したんだとか……しかし、今の様子とは裏腹に、街では二人一緒に行動しているところを多く目撃されている。聞いた話では、今こうして冷徹な視線を送る翔が、彼のために色々買ってあげたり、如何にも嫌そうな態度を示すフェイも、街では翔に甘える様子が見られるらしい。いまいちこの二人の関係性が読み取れない。
注文した物が届くまでの間、翔とフェイはお互いの腹の中を探るかの如く、無愛想でよそよそしいやり取りをしていた。
「ここにはよく来るの?」
「まあな。飯は大体ここで食ってる」
「大体って……炭水化物と塩分の摂り過ぎで死ぬよ。御愁傷様」
「忠告どうも。お前も胃小さい癖に、見栄張ってたら腹潰すぞ。御愁傷様」
「なあ……お前ら何でそんな不機嫌なんだよ。普段は、朝から晩までずっと一緒になんだろ? 俺はてっきり付き合ってるとばっかり――」
「無いわ」「無いね」
「あ、そう……」
とりあえず彼のBL脳はさておこう。二人に圧された海斗は、何なんだ……と思うものの、口にした麺を飲み込む。隣で青群もはぁ、とため息を零す。海斗に対してなのか、二人のやり取りに対してなのかは分からないが。
フェイが「いつもの」と言って注文したのは、彼ら(うち一人)が挑戦中のラーメン十人分だった。翔達はまずその量の多さに圧倒されたが、フェイはまるで動じず黙々とすすり始めた。一同は彼の食べっぷりを暫し傍観していたが、麺が伸びるぞと大将に告げられたので、慌てて挑戦再開した。といっても、再開したのは海斗だけで、残りの三人はそのままフェイの方に視線を向けたままだった。うち一人からは、酷く冷たい視線が飛ばされていた。
「チッ……」
「落ち着けよ、翔……とりあえず帝王はフェイだったんだ。この店は、こいつのテリトリーみたいなもんだろう? あまり店の主怒らせるんじゃないって……」
「んん……」
「それよりお前の事、聞かせろよ。大学はどうなんだ? さっき研究がどうとかって言ってたけど」
隣で食べ居る相手が気になるが、修也の言葉で翔は視線を外し、楽しい話題に頭を切り替える。
闇の脅威が訪れる直前、翔は高校二年になるところだった。それから旅をして闇を払い、混乱した街が復旧する頃には、彼は高校三年を迎える……はずだった。
「何だっけ……確か、名誉何とか賞もらって、例の大学入試やったら主席で合格したんだろ? そっから飛び級みたいな感じで、皆より一足早く大学入れたんだっけ……考えてみると、本当にすげえよな」
「リアルとファアルの位置関係とか、魔法に関する問題が多かったからね。勉強した覚えは無いんだけど、もしかしたら未来使いだった時のご加護かなって思ってるよ」
「まさに、習うより慣れろって感じだな」
「それで大学入ってからはどうなんだ? 俺、実質高卒で就職してるから、大学の感じとか全く分からないんだけど……」
「楽しいよ!」
「うん、顔見りゃ分かるわ」
キラキラと効果音がしそうな笑みを浮かべる翔に、修也と青群は思わず顔をほころばせる。相当なんだろうな……と海斗も端で思いながら、麺をすすり続けた。
「じゃなくって、具体的にはどうなんだ? 大学で何を勉強しているんだよ? 入試でファアルについて訊かれてるって事は、やっぱり魔法とかその辺か?」
「うーん、魔法と言われたら確かにそうなんだけど……正確には『空間論』について研究しているよ」
「へえ、面白そうだな。俺も業務の合間に調べているが、なかなか興味深い。因みに空間のどの分野だ?」
「亜空間」
ズゾーッと隣で物凄い音が聞こえてきた。どうやらフェイが、麺をすする音でリアクションを取ったようだ。口がお取込み中なのは分かるが、行儀悪いのでやめていただきたい。
空間について勉強している青群はまだしも、空間というワードが出てきた時点で、頭が混乱し始めていた修也は、既にパンク寸前だった。
「亜空間って……ワームホールとか何とかって奴?」
「それSFの見過ぎ。まあでも間違ってはないかな。僕が調べているのは、誰かが作ったこことは別の空間に入る方法なんだ」
「何故にまたそんな事……リアルとファアルが繋がったし、目新しい場所はここでも沢山あるだろう」
「探している人が、いるんだよ」
「……?」
人とも言えるし、物とも言えるんだけどね。と翔は笑いかける。そんな彼の顔を見て、奥でフェイが怪訝そうな表情を浮かべていた。
あれから、海斗は最後の一人前に至るところでギブアップを告げた。残り十分で完食出来るか怪しかったし、これ以上口にすると、それこそフェイが翔に告げていた余命宣告を代わりに受けてしまうと見たからだ。今度は二日程断食して再挑戦するらしい。懲りないタフ精神だけは、一同が認め、大いに称賛した。
一方フェイは、なんと海斗がギブアップする前に完食していた。タイムで言うと恐らく一時間経ったか否かといったところだ。これには大将も涙目だった。フェイはこれで十ヵ月分の無料券を手に入れる。
「すげえな、帝王。大食いで有名な俺でも、流石に真似出来ないぞ。一体どんな胃袋してるんすか……?」
「それこそ、サムライさんが言ってた『ワームホール』とか仕込まれてるんじゃないですかね」
「もうやめてくれ……」
フェイのボケに、修也はツッコむ気すら持てない。どうやらあの発言で、自身のおつむの弱さがバレたと恥じているらしい。それを見て、翔がいたずらっぽい笑みを浮かべながら彼の背中をポンポン叩いた。
「あっはっは、修也が弄られてんの~」
「翔が、亜空間研究してるとか言うからじゃねえか!」
「え~? 僕は、修也が大学で具体的に何しているか訊いてきたから、答えただけだよ~?」
「そのくらいにしとけ。修也もわざわざ古傷を抉る必要は無い」
「くっそ~……」
「トドメ刺してたの、青群だけどね」
最後の台詞は、誰にも聞こえないくらい小声で呟いた。
と、こうして五人で話をしていると、ちょうど彼らが集合した噴水広場まで辿り着いた。ここから彼らは、それぞれの道へと分かれ、元居た場所へ、元の日常へと戻る。
「あ~あ、また元の生活に戻っちまうのか。寂しいな~」
「またこうして時間ある時に会おうよ。全員揃うのは難しいかもしれないけど、二人とかなら意外と会えるんじゃないか?」
「そうだな。また仕事帰りにでも誘ってくれ。あそこのラーメン旨かったしさ」
「へへっ、分かったぜ!」
そして青群と海斗は城へと繋がる大通りへ、修也は自身の家がある浜辺に向かって、翔とフェイは大学寮へと続く道に足を運んだ。