BlueBird 最終話 ~あれから~
彼女の膝の上で、青く澄み渡った空を眺める。まだ光の粒子が辺りを飛び交い、何となくまだあの彗星が僕の周りを飛び回っているような気がした。
僕は、最期の未来予知をした。光に呑まれ、フェイと一緒にアラベルを歪みの世界へと送り、自分達も消える夢を見た。僕はあそこで死ぬと分かっていた。
そして、僕は死んだんだ。未来使いとしての僕は、あそこで終止符を打った。けれど、その後はアラベルが言っていた事とは違い、結果として僕はここにいる。
僕は、最期の最後で本心を吐露した。まだ生きたいと、まだ皆と一緒にいたいと、彼女の約束を守りたいと心から願った。あの気持ちは、未来使いの運命から反れるものであり、未来使いになる前の僕自身が叫んだ瞬間でもあった。あの時の僕は、未来使いではなく、ある意味本当の僕だったんだ。
そして、カノンが来た。彼女は、僕が約束を破ると見込んで自ら歪みの中へと飛び込んできたらしい。今思えば、本当に頑固で無鉄砲、僕には到底適わない相手だ。
でも、そんな彼女のおかげで、僕は僕として思いを表せるようになった。あの時も然りで、彼女に手を掴まれた時の僕は、過酷な記憶から救いの手を伸ばしてくれたカノンにひたすら甘えたい、弱くて寂しがりな僕だった。ずっと眠っていた僕の本心を、彼女が引き出し、一方で後ろからは、いばらの僕が背中を押してくれていた。
今ここにいるのは、未来使いとして他人のために自らを犠牲にする僕じゃない。未来使いの力はもう使えないし、自分を犠牲にしてまで不特定多数の人間を救おうだなんて英雄じみた意志も抱けない。
きっと彼らからは弱くて、自分勝手で、ちょっとがっかりしてしまうような僕なんだけど、それでも僕は構わないと思えるくらい気楽になって、こういう思いを気軽に口に出せる程、皆を信じられるようになっていた。
(これが……本当の信頼なんだろうな)
と、ここで僕は、自分の考えと対照的な彼の気配を感じる。あれから僕と一緒に消え、彼は消える事を望んでいた訳だけど、どこか……とても近い場所に、彼の存在があるような気がした。
僕は体を起こすと、手足が軽くきしみながらも、付近をうろうろと彷徨い始めた。シュウヤやセグルが心配した様子で僕の後を追うが、その先にもう一つほのかに光る空間があり、そこに自然と意識が持っていかれた。
(もしかして……)
僕は光る空間の先に指をそっと触れる、するとパンと何かが弾けるようにして、光の中からフェイが突然現れた。どうやら息が出来なかったらしく、フェイは激しく咳き込み、暫く肩で息をする。慌てて彼に手を伸ばすが、その必要は無いとフェイはあっさり僕の手をはたき落した。
「うへえ……ったく、どういうつもりなんだか」
フェイが顔を上げたところは、ちょうど亀裂があったところだ。そこで姿形は見当たらないが、テレパシーのような脳裏に響く声で、誰かがクスクス笑っていた。
――残念。我は未だお前への好奇心を絶っておらぬ。故にお前は未だ死ねん。
だが、我も流石にこの数百年、不老故に成長しないお前を眺めるのは、ちと飽きたよ。そして、当初の目的であった、望まぬ不死への絶望を味い、尚生きねばならない人間の生き様、生きる希望を取り戻すあるいは、死という道を辿るための経緯は、ある程度見届けられた。
我は実に楽しかったぞ。だが、まだちと足りぬな。
「へえ……じゃあ今度は一体何をさせられるんですかね……ルキフェル」
不老不死にした張本人ルキフェルは、決して姿を見せず、しかしどこかへ離れて行っているらしく、声を徐々に小さくさせながら、再び皮肉気な笑い声をあげる。
――生きよ。そして死ね。不老不死を味わった次は、老け死ぬ人生を味わうのだ。その時お前がどう思うか、不老不死とはどういうものか、生きたいと思う事が何なのかを、改めて知る時が来るだろうよ。
「うへえ……それはまた長い道のりだな」
――何を言うか。そんなのたった数十年で叶えられるものだ。不老不死の頃より余程期限は限られておるぞ。それに……いつか言ったが、お前はただ己が生きたいと願ったが故に生きてはおらぬ。我が好奇心故に生きているのだ。どこまでも哀れで、どこまでも愚かなる人間……だが、どこまでも無惨ではなかったな。数百年必死に貫いてきたお前の心を、こんなにも呆気なく触れ合ってしまう者がいるくらいだ。人間は実に面白く、我はやはり楽しいぞ。
「おい、俺の心に触れた人間って誰の事だ。まさか……」
――ではな、人間。面白い生き様を見せておくれよ。我は神に目をつけられてしまったので、暫し身を忍ばせるが、またすぐに戻ってくる。フェイよ、我がおらぬからってあっさり死ぬでないぞ。
「おい待て、てめえ! 何勝手な事ばっかり……」
「フェイ~!」
「んが!?」
見えない誰かとの会話に一区切りついたところで、僕は彼に飛びついた。最初は笑っていたが、以前まで感じられなかった彼の温もりが肌に伝わると、彼が本当に生きていると感じ、僕は次第に号泣する。
「何故泣く……ってか苦しい……」
皆がいる。皆がこうして生きている。
そして僕もいる。僕も皆と一緒に生きている。その喜びだけで、今は胸がいっぱいだ。
本当に長かった旅が終わったんだ。そして、この旅を通して僕は僕自身を取り戻した。シュウヤに会えて、母さんにも会えて、ずっと僕の心を探してくれていたカノンとも漸く巡りあい、繋がる事が出来た。
僕は本当に、幸せだったんだ。
------ A few month later.
闇の脅威から解放され、長年の分離から再会を果たした世界は、互いの力と人々の考え、神の存在意義などの違いで論争する場面もありつつ、緩やかな融和を行っていた。中でもエミレスと付近の国は、リアルとファアルの交流頻度が高く、友好関係も良かった。
あれ以来、セグルは、正式に国を統合する若王となった。始めは氷のように冷徹な者とされていたが、実際はリアルとファアルの交流に力を注ぎ、人々が互いの存在に触れ合うよう尽力する、優しき王と民に認められた。だが、様々な書類に追われ、新たに仕える者の指令、魔法の把握やファアルに関する知識を詰め込むのに必死な日々を送っているようだ。
カイトは苦労して入った難関大を中退し、鍛冶屋に弟子入りした。闇の件があった際、自身の手で作り上げた武器が評価され、その技術と想像力を求める人々の元へ飛び込む。だが、今は武器や工具を作るのではなく、闇の件で両親を亡くした孤児に玩具を作ってあげたり、機械いじりを教える世話役と言った方が正しい。子供達は、毎日彼の名前を呼んでは工房へと駆け込み、昨日の続きをと声をあげる。それにカイトは、心からやり甲斐を感じていた。
ハヤテは一度諦めかけた夢を叶え、三人兄弟でアイスを食べながら話をした後、家へ帰った。母に義兄と会った話もしたが、それについて母親は何も返さなかった。しかし、無事生きている事に陰で安心していたと後に彼が教えてくれた。
シュウヤは相変わらずの剣道馬鹿で、祖父の道場を引き継ぎ、エミレスの剣士として身を投じる決意をした。浜辺にある彼の道場は、いつも気迫のある声が響いている。そして弟子が帰った後には、大地を揺るがす力を高めるべく、浜辺で一人剣術に励む彼の姿があった。
皆がそれぞれの道を歩み、それぞれの時間で汗水垂らしている様子を、カノンはいつも見ていた。かく言う彼女もまた、花屋を営んでいた。彼女の出す花は、幻の力を使って常に最良の環境で育てるので、様々な種類が集まり、どれも艶やかな美しさを放っていた。そんな花を手にするものもいれば、売れ残った花をポプリにして、その香りを楽しむ者もいた。そして、彼女の花屋を支える人に、見覚えのある犬のような生き物の姿もあった。
「カノ~ン、新しい花の種を持ってきたアン! ナルス砂漠のオアシスでしか咲かない珍しいものらしいアンよ!」
「本当!? ありがとう、ユイちゃん!」
すると、ユイと呼ばれた子の姿が変わり、カノンの前には一人の少女が現れる。黄緑色のツインテールに白い大きなリボンが施され、美しいエメラルドの瞳を持つ。ユイは笑みを浮かべると、ポンと自分の胸に手を当てる。
「当然よ、カノンちゃんの笑顔のためだもん! ペロが……ミキさんがしていた事、ずっと後ろで見てきたから。あの人達みたいになりたいの。誰かの希望になりたいの!」
「うふふ、ユイちゃんは立派な私の希望だよ。いつもありがとう」
「えへへ」
ユイの首には、誰かからもらった青い蝶のペンダントがぶらさがっていた。
「……しっかし、本当に忙しくなったな。おかげで昔みたいに会う事も難しくなって……俺っち寂しいぜ」
「今ここで言うか? これから全員が揃うというのに」
「まだ一人来てないけどな」
それぞれの業務を熟し、夕方に少しだけ会う約束をした彼らは、エミレスの噴水前で合流していた。ゴーグルを磨きながら不貞腐れるカイトに、シュウヤとセグルは苦笑いするが、ふと思い返すようにして空を見上げた。
「あれから本当に変わったけど……一番変わったのは、やっぱりツバサだよな」
「同意だ。お前の苦労を改めて実感した……」
「苦労なんてしてないぞ。でもまあ、昔を思い出す感じではあったな……」
ある意味、予想通りだったけど、とシュウヤは過去を顧みながら笑った。
あの後、やはり過去の記憶が鮮明に残る彼は、心を内に籠った様子で部屋に身を潜めてしまった。帰ってきた直後は確かに笑っていたが、あれはカノンがいる時限定で、彼女がいなくなるとたちまち電源が切れたように心を閉ざしてしまう事が何日か続いた。未来使いだった頃の彼が、如何に他人への恐怖を押し殺し、笑顔の仮面被っていたのか実感した日々だった。
だが、今回は違う。あれが本当の彼なら、シュウヤは初めて出会った時のように、再び笑顔を取り戻すべく兄として尽力するだけだ。しかも、それは今までやってきた事と何ら変わらない。変わらない日常を、楽しかったり悔しかったり悩んだりする日々を、本当の彼に戻ったところでもう一度するだけだ。そして、あの時と違って、彼にはシュウヤやカノン以外に多くの仲間がいた。
だから当時と比べ、彼が心を許すまでにかかった時間は短かった。というより、割と早くに心を開いてくれた。未来使いではなくなったが、その頃の思い出が消えた訳ではないので、そこから思いが再起し、いつもの彼に戻ってくれた。
そして、今はというと……
「ごめん、遅れた~!」
声がすると、建物の屋根からピョーンと飛び出してきた彼が、華麗な着地を決め、周囲に風を吹き起こした。突風は噴水の水を吹き飛ばし、まるで狙いを定めたかのように水しぶきがシュウヤ達に降りかかる。
「お前~……!」
「あはは、ごめんよ」
「いつまで待たせる気だ。おまけに何だ、その登場の仕方は!」
「主役程遅れてくるって言うじゃん?」
「誰が主役だ!? 主役は俺だ!」
「えっ、そうなの?」
「「ボケをボケで返すな!」」
主役と名乗ったセグルと、ツッコまずにいられなかったシュウヤから息ぴったりの罵声を受け、ツバサは苦笑いしながら頭をぽりぽりかいた。彼の耳には、今までずっと首にぶらさがっていた母のイヤリングがつけられており、長かった髪も切ってさっぱりしていた。相変わらず外はねが凄いが、最早これが彼のチャームポイントともとれるので、今更口出しする者はいなかった。
夕陽が照らされる中、ツバサの片目が夕陽に合わせて美しいオレンジ色に染まる。シュウヤやセグルの髪も、金色がかった光を放ち、カイトのゴーグルも光が反射して夕陽色の空を映していた。
「さて、ツバサも来た事だし、行くか!」
「おう! 今日は、この日のためにプチ断食してきたからな! 腹減ったわ~」
「僕も~。研究に夢中で、ご飯食べるの忘れてたんだ。お腹ペコペコだよ~!」
「お前らラーメン一つに本気出し過ぎだろ……」
久しぶりに並ぶ四人の陰から、笑い声が絶える事は無かった。
これは、僕が僕を取り戻すきっかけの物語。
Fin.