BlueBird 第8話
至福の一時を終えると、早速リヒトは地下神殿があるとされる場所に向かって歩き始めた。
風によって次々に景色を変えるこの砂漠地帯で、彼は一体何を目印に進んでいるのか分からない。
僕とペロは、ただ彼について行くしかなかった。
「あそこにオアシスがある。あのオアシスに生えている木が視界の真ん中にあって、長さがちょうどこの砂と同じくらいになる所に、地下があるんだ」
「?」
彼が指さす方を僕らは凝視するが、木どころかオアシスの姿すら見当たらない。
ただの砂と空しかない風景が広がる一方だ。
首を傾げている僕らに、リヒトは思わず笑った。
「お前達、この辺の人間じゃないんだな。砂漠に住む民は、あれぐらい見えないと生きていけないぞ」
「えぇ……」
「全然見えないアン。一体どれ程の視力を持ってるんだアン……」
驚異的な視力を持つリヒトに圧倒されながら、暫く風が吹き荒れる砂山を越えていくと、ある地点でいつもと違う風景が目に入ってきた。
「あれは……!?」
砂の山々が連なる中、唯一そこは深い谷になっていて、しかもどんどん周囲の砂を吸い込んでいる。
よく見ると、中心に小さな穴が出来ており、そこに向かって砂が抉れ呑まれていた。
まるで砂漠のブラックホールだ。
「何、あれ……」
「まさか地下神殿に繋がる所がこんな巨大蟻地獄になっていたとはな……」
「えっ、あの下に神殿があるのかアン!?」
どうやらあそこが、リヒトの言う目的地らしい。
思わず足をすくんでしまうが、ここで退く訳にはいかない。
「行くアン!」
「あの穴に飛び込むの!?」
「それ以外に何があるアン? さあ、今こそ根性を見せる時アンよ!」
「そんな事言われても……」
すると、吸い込まれていく砂とは裏腹に、自ら穴から顔を出し、這い上がってくる者の姿があった。
それは、自分達よりも数倍の大きさを持つ巨大な蟻だ。
「なっ……」
「あいつ、俺達を待ち伏せていたのか!?」
蟻地獄に掛かるはずの相手が自ら蟻地獄を作り、砂と一緒に僕らを呑み込もうと襲いかかる。
「くそ、邪魔だ!」
リヒトは短剣を出して、すぐさま巨大蟻に向かって走り出す。
砂漠の民なだけあって、多少足場が悪くても軽い身のこなしで砂の上を駆けまわった。
一方の僕は、体勢を崩さないようにする事で精一杯だ。
僕が立ち往生している間に、リヒトは攻撃にかかる。あの大きさを見ても冷静さを失わない彼を見て、ペロは思わず僕の頭を一発、耳ではたいた。
「全く、情けないアンよ! 早く剣を出して戦うアン」
「そんな事言ったって……」
空中に浮かんでいられる彼女に、僕の苦労が分かるはずない。
僕は吸い寄せられる砂に手を当ててバランスを保ちながら、もう片方の手で剣を呼び出す。
普段は小さ過ぎて分からない微細な部分も、ここまで大きくなると嫌でも見えてしまう。
こんなの到底、敵う相手ではない。
リヒトは、小さな剣で相手の足を仕留めにかかっていくが、攻撃は固い皮膚で呆気なくはじかれてしまう。巨大蟻は、ガチガチと口で音を立てながら、細かいとげがついた足でリヒトを軽々と蹴り飛ばした。
「ぐはっ!」
いくらやわらかい砂の上とはいえ、巨大な足によって吹っ飛ばされた衝撃は、リヒトの体に強く響く。
蟻地獄の外へと追い出され、暫く呼吸を整えるために横になっていると、ペロが怒りのあまり、巨大蟻の近くにまで飛んでいき、得意の光弾を連射した。
だが、それもまた強固な皮膚で完全に封じられる。やはり僕らの力では、全く相手にならない。
(どうすれば……)
僕が考えている間に、さらに巨大蟻は普通じゃあり得ない行動をとった。
口から毒々しい黒に近い紫色のオーラを吐き出すと、次の瞬間、ペロ目がけて光線の如く一直線に闇のエネルギーを放射した。
ペロは辛うじてその攻撃をかわすものの、その後の爆風でバランスを崩し、そのまま地面に激突する。さっきまでやわらかかった砂は、クッションどころか固い鋼鉄へと変わり果てていた。
「キャンッ!」
犬のような甲高い悲鳴が、僕の耳に飛び込んでくる。
リヒトもペロも動けない。僕はここでようやく痺れを切らした。
「お前……!」
恐怖なんて無かった。
これから起こる事は既に決まっていて、それを僕は、はっきりとこの目で認知していたのだから。
この時、僕の目は怒りに燃え、黄緑色に光っていた。
巨大蟻は、まずその大きな足で僕を踏みつけようとしてくる。
動きを完全に読んでいた僕は、上から落下してくる足をよけると同時にその足へと飛び乗り、胴体を剣で薙ぎ払う。
やはり固く、剣から激しい金属音と振動が伝わる。しかし、僕は表情を一切変えない。
そして次に蟻は、僕をのこぎりのような歯で切り刻もうと、顔を近づけてきた。
僕はまず剣で防ぎ、相手が頭を振り上げた力を利用して、重力に逆らうように空中へと高くジャンプする。
すると、まるでそれを見計っていたかのように、蟻はすぐさまペロの時と同じように、口から黒い光線を放つ。
「ツバサ!」
ペロの悲鳴を聞いて、僕は空中で側転をしながら相手の攻撃をかわす。
さらに、そのまま僕は回転を続けて、遠心力で威力が増した剣を蟻に向かって素早く振るう。
勢いがある分、反動で僕は遠くまで弾き飛ばされてしまうが、空中で回転して体勢を立て直すと、そのエネルギーを使って再び蟻に攻撃を仕掛ける。
「凄いアン……」
人間離れした動きで何度も回転攻撃を繰り出す僕に、ペロとリヒトは唖然としていた。
徐々に僕の回転スピードが加速して、剣が美しい緑のリングを描き始める。
蟻の周囲をいくつもの光が取り囲み、まばたきする暇も無い連続攻撃から、蟻も身動きがとれずにいた。
(これで……決める!)
猛スピードで回転する僕は空高くに昇り、ここでようやく動きを止める。
しかし、剣は手の上で激しく回転させ、全身に使っていたエネルギーは行き場を求めるかの如く、剣一点に集中する。
「いっけええええ!」
太陽の下で輝く黄緑色の光が、渦を描きながら蟻の脳天目がけて襲いかかる。
蟻は逃げる間も無く、黄緑色の光によって体を真っ二つに切り裂かれ、光の粒子となって散っていった。
「やったアン!」
巨大蟻が消えると、砂を吸い込んでいた蟻地獄の動きも止まった。
中心の小さな穴は、全てを呑み込むブラックホールから、地下へと続く入り口へと姿を変える。
「……いかにも、俺達を引き込もうとしてる感じだな。どうする?」
暫く休憩した後、僕らは改めて地下への入口に目をやる。
リヒト曰く、場所はここで間違いないそうだ。
突入したい所だが、地下の状況が分からない以上、命の保証が無い。
正直この穴に飛び込むのは勇気が必要だった。
「ああ、もう! ちゃっちゃと飛び込むアン! 根性無いアンね」
空中に留まれる彼女に言われたくない。似たような事をさっきも思った気がする。
僕は出来る限り蟻地獄の麓まで近づいてみる。穴を覗くが暗闇しか見えず、底が見えない。
ただ、神殿があるという事は、恐らくかなりの深さがあるはずだが……
(!)
突然、目が熱くなる。
久しぶりの感覚……たちまち視界が変わり、僕はあの時ぶりに映像を見た。
(これが……未来予知?)
気づくと僕は、自ら穴の中へと飛び込み、暗闇の中へと身を投げていた。
奈落の底かと思う程の闇が視界に広がり、一瞬意識が遠のきそうになったが、その瞬間、サクッというやわらかい音と共に、砂が僕を受け止めてくれた。
先程まで吸い込んでいた砂の山が、この穴の真下にあるようだ。
「おい、ツバサ!」
「!」
リヒトの声で、僕はハッと目を見開く。気づけば、穴に落ちる前の場所へと戻っている。
映像が真っ暗な場所での出来事だったので、突然明るい場所に戻されて、目がチカチカする。
「何、ボーッとしてるんだ」
「ごめん……」
申し訳なさそうに頭を掻いていると、ペロが得意気に
「未来予知、したんだアンね?」
と、僕に問いかけてきた。どうやら僕が映像を見ている間、目がほんのり黄緑色に光っていたらしい。
未来使いについて詳しい彼女は、何でもお見通しだ。
ペロから話を聞いたのか、何となく状況を理解していたリヒトは、率直に僕が見た映像について尋ねてきた。
「この穴に落ちたら、どうなる?」
僕はリヒトに、先程見た映像の事を話す。
「大丈夫。ここに飛び込んでも、砂がクッションになって助かってたよ」
「そうか……信じていいんだな?」
「信じるアン!」
何故かペロが主張してきた。だが、ここで退いても他に問題を解決する手段は無い。
リヒトは僕達を受け入れるように頷き、一緒に穴の中へと飛び込んだ。