BlueBird 第77話 ~光~
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「おい、起きろ!」
誰かに体を蹴られ、気づくとシュウヤはグリフォンの元から離れた場所で倒れていた。顔を上げるとセグルがサーベルを地面に突き刺したまま仁王立ちしている。どけろと再び蹴られ、シュウヤは体を起こすと、足元には巨大な白銀の魔方陣が描かれていた。
「お前があいつの中にいる間、力を溜めさせてもらった。カノンと鳥獣も時間稼ぎのためにそっちへ行ったが、会わなかったか?」
「何?」
思わず彼女達の元へ引き返そうと身構えたその時、上空で羽ばたいていたグリフォンが突如高度を下げ、漆黒の体から一筋の光が飛び出してきた。グリフォンはバランスを崩し、そのまま地面へと急降下する。
「今です、セグル先輩!」
光を全身に纏いながらカノンは弓を構え、落下してくるグリフォンに無数の光る桜をお見舞いする。そして、弓を扇に変えると相手目掛けて蝶を飛ばし、動きを捕らえたところで、そのままセグルが待ち構える地上へと運んだ。それと同時に、セグルの青い光も今まで以上に輝きを増し、サーベルが浮かび上がった。
「凍てつけ!」
セグルはオーラに包まれたサーベルを手に取ると、落ちてきたグリフォン目がけて一突きする。サーベルの先が相手に当たった瞬間、全身が凍りつき、さらには青い光で覆われた。グリフォンの雄叫びと光の轟音が部屋中に鳴り響くと、空を覆っていた黒い霧を一瞬で払った。久しく見る青空の下で、再び凍結したグりフォンは先程と違い身動き一つ取れなくなっていた。
「これでトドメを……」
「おい待て! あそこにはまだツバサがいるんだ!」
「だが、これを逃せばいつ好機が来るか……それに、あいつはもう……」
「大丈夫だよ。もうこれ以上何もしなくて良いみたい」
「「え……?」」
彼女が指さす方を見ると、凍りついたグリフォンの内側を裂くようにして光が溢れた。そして、光はたちまち相手の闇を覆いつくし、氷に反射してさらに眩い光を解き放つ。グリフォンは残された闇で、必死に影の肉体を取り戻そうと足掻くが、それよりも体から溢れる光によって分裂する方が早かった。
相手の体が氷諸共完全に分裂した時、内側から彼とは思えない悠々とした叫び声が聞こえてきた。
そこには、光が満ち溢れ、力がどこまでもみなぎってきそうな勇ましい彼の姿があった。
体の奥に熱が籠り、外は冷気が漂っていたので、僕は内側にあるものを全て吐き出すような咆哮を唱えた。
目を開けると感極まった様子で飛び跳ねるカノンと、口をポカーンと開け、現状を呑み込めないセグル、そしてどこか信頼しきった安堵を零しながら笑みを見せるシュウヤの姿があった。
よく見ると僕は、白銀に光るローブを羽織り、周囲を光る球体が飛び交っている。これには彼らも驚いていたし、僕も戸惑いを隠せない。ただローブの裏には、宇宙を拾ってきたような夜空が映し出され、そこから周囲を漂う光は彗星を連想すると、好きなものに囲まれているようで気分が良かった。
すっかり伸びていた前髪は、とうとう片目を覆い隠し、まるで碧眼を補うかのように、もう片方の目はいつにもまして眩い眼光を放っているのが分かる。
僕が打ち破った影の残骸は、宙で舞いながら他の影と再び融合しようともがく。僕はその影に向かって手を伸ばし、漂う彗星を影目掛けて走らせた。彗星は影の元を通り過ぎると、あっという間に光の粒子へと変え、自身の光の一部に取り込んでいく。さらに僕は、両手を伸ばした状態で一回転すると、衣から放たれるいくつもの彗星を残りの影に向かって進むよう操る。
影を一掃する僕をぼんやり眺め、シュウヤは感嘆の溜息を零した。
「闇を一切引き付けない感じだな。一体どこでそんな力を得たんだか……」
「あいつの事だ。どうせ『皆のおかげだ』とかって言うんだろう。よくまあ、あんな綺麗過ぎる台詞が咄嗟に出てくるもんだ。涙が出る」
「え、あのセグルが泣くの? うっそ……流石にそれは僕のせいじゃないからね。セグルさんの勝手な妄想が原因だからね?」
「おい、そこは全力で他人思い発揮してフォローしろよ。まあ事実だが」
「何だそりゃ」
すると、会話を割るようにしてカノンが僕に飛びついてきた。光を引き出してくれたのは彼女のおかげだ。僕は感謝の意を込めて、しっかり彼女を抱きしめ返した。その光景を一望していたが、ふとセグルが取り込み中なのを断りつつカノンに尋ねる。
「そういや、お前を連れてた鳥獣はどうした?」
カノンは彼の質問に答えず、そのままの体制で僕の耳元に囁いた。
「ツバサ君、あなたの光は一人のものじゃないんだよ。私は――」
そこで、僕を始めこの場にいた人達全員が異変を感じ取った。異変の源が空にあると感じ見上げると、先程現れた美しい青空の中に、まるで空間を裂いたような穴が切り開かれた。それに反応しているのか、僕の目がバチンと稲妻のような光を放つ。
「あれは……闇なのか?」
「いや、違う」
僕は無意識にそう答えていた。闇よりもずっと強力で、別の危機感を宿らせるそれは、辺りの空を一瞬にして緋色へと染めあげ、僕らが立つ地上を大きく揺るがす。そこへ、先程一時撤退していたヘリが飛んできて、中からカイトが焦りを隠せない様子で僕らに訴えてきた。
「セグルまずいぞ! 何かこの辺すっげえ陽炎みたいなのが出てて、ここ以外の場所にも被害が!」
「何だと……!?」
「歪みだ」
その言葉に、カノンが首を傾げながら復唱する。シュウヤ達も慌てて僕が零した言葉を聞き返す。
そうだ。僕はまだ、自分が見た未来を実現していない。そして、書斎でカノンやペロが他の本を見ている間に、僕はもう一つの重要事項に目を通していた。
もし幾度の連鎖で世界の理を乱す事が起これば、両者の世界問わず、たちまち此処に歪みが生まれる。
(後述は、破れていて読み取れず)
「多分、影になったはずの僕がこうして立っていて、影を倒したから、条理が崩れたんだよ。それで、世界の理を乱した結果、歪みが出来ちゃったんだ……!」
「何だよそれ!? お前が影から戻ってきたのが、間違ってたって言うのか!?」
「ああ、その通りだ」
聞き覚えのある声。もう金輪際耳にしたくないと思う声の主は、グリフォンが立っていた塔の上に現れ、空に出来た大きな切れ目を愛おしそうな目で眺めながら、言葉を続けた。
「ツバサ、お前は良く言えば奇跡を、悪く言えば怪異を起こし過ぎた。その結果、この世界にあるはずの無いものが存在し、結局は人々を恐怖へと陥れる妖魔と化したのだよ。本来現れるはずのなかった二人目の未来使い、影に呑まれ一度闇に染まったにも関わらず、君の兄や君自身を光へと還す力、いばらのツバサと呼ばれる感情の具現化……お前の全てが、この世界にとって決して許されるはずのないものなのだよ」
「戯言をほざくな」
すると、塔の上でもう一つの人陰が揺らぐ。
気づくとそこにはフェイがいて、声の主アラベルに向かって奇襲を図っていた。が、アラベルは目を青白く光らせたかと思うと、狭い足場で宙返りをするという超人じみた動きで、彼の攻撃を難無くかわした。アラベルはそのまま宙に身を投じたかと思うと、何もない所でふわりと浮かび、そのまま空間の切れ目へと吸い込まれるようにして入っていった。
空間の切れ目から彼の不適な笑い声が聞こえたかと思うと、フェイは屋根からとてつもない跳躍で、彼の後を追った。
「フェイ……」
あれは僕を擁護する言葉だったのだろうか。いや、他人への信頼を否定するような彼に限って、そんなはずはない。きっと彼もまた、何かしらの真相を探り見つけていたのだろう。
なら、僕も答えを見つけないといけない。自分が見た「最期の瞬間」を、歪みが生まれたこの世界の未来を……。
「ツバサ君」
カノンが不安そうに僕を見つめる。きっと「行くの?」とでも訊きたいんだろう。けど、そこからまたこうして隣にいてくれるか心配な様子だ。
僕は約束した。彼女も一緒に連れて行くと。でもそれは今じゃない。まだ僕は、彼女を連れて行くような事をしたくない。
これは、僕の「我儘」なんだけど。
「大丈夫。アラベルと決着つけて、歪みを直したら、ちゃんと帰ってくるよ」
それを聞いて、再びカノンはひしと僕の身を抱きしめた。きっとペロは、怒っているだろう。もしかしたら妬いているかもしれない。そう思うと、これから修羅場に突っ込むのに、空気を読まず笑ってしまう。カノンは一瞬不思議そうな顔をしたが、僕につられて安心したように優しく微笑んだ。
「約束、だからね?」
「うん」
「じゃあ俺達は、その歪みとやらで出てきた怪物退治に向かうか。カイトの話だと、異変は未だ周辺の街で留まっているらしい。これ以上広がる前に、あの亀裂を何とかしてくれ」
「任せといてよ」
「健闘を祈るぞ。そして……絶対無事に帰ってこい。これは次なる王からの勅令であり、ダチとしての頼みだ。いいな?」
「承知しました、セグル皇子!」
ちょっぴり皮肉を交えて答えると、僕は彗星を引き連れるような形で、歪みの中へと飛び込んでいく。