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Blue Bird ~fly into the future~ 完結版  作者: 心十音(ことね)
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BlueBird 第76話

意識を取り戻す。いや、意識を取り戻したのだろうか。

辺りは真っ暗で、目を開けているのか閉じているのかも分からない。僕が誰なのかも、ここがどこなのかも、僕が生きているのかも、死んでいるのかも分からない。

ただ、恐怖だけが残っている。僕の胸は今にも張り裂けそうだった。


――そうだ。

 

誰かの声がした。女の人の声だ。僕は闇雲に手を伸ばそうとするが、手がどこにあるか分からず、ただ激しい痛みだけがあちこちに伝わってきた。


――動かんでいい。どうせここは闇の中だ。


「やみ……?」


――お前は闇に堕ちた。ここはお前がお前でなくなるまでの途中路だろう。私は、こうして闇に堕ちるのが二度目だから、何となく分かる。


「そうか……僕は堕ちたのか……闇に……」


――おやおや、そんなすぐに諦めてどうする未来使い。そう簡単に死なれては困る。あの憎き兄の野望を止めてもらわねばならないからな。それに私と違い、お前にはまだここから抜け出す方法が残されている。


「ここから抜け出す方法……?」


一度闇に堕ちた事のある彼女は、現状をあまり理解していない僕に、経験から得た知識をあるだけ教えてくれた。それは至って当然の事から、思わぬ視点の切り替えに考えさせられる内容まであった。



――闇とは、光の無い状態。

光が無ければ、自身が見えず、全てが見えず、己の存在も居場所も感じ取る事が出来ない。

存在が無ければ、生きているのか、死んでいるのか分からず、場所が無ければ、時間も無い。

この世にある概念一切を失い、人は孤独と絶望に心を堕とす。

だが、この世にあるものは全て完璧ではない。闇にも必ず欠点、つまりはお前の考える弱点がある。

そしてお前は、その弱点となる力を、強靭な武器としてその身に備え持っている。


「そんな武器……僕には無いよ」


まあ聞け、と声は話を続ける。


――闇とは、光の無い状態。

つまりは、光に関係した概念。それ以外の概念による干渉を食い止める力は一切持っていない。


例えばこの闇の空間に風が吹いてみよう。さすれば、お前はその風に触れる。

風に当たれば、まず自分が存在している事が分かる。

風に当たれば、風の吹く方向が分かり、自分の居場所の向きを認識出来る。


例えばこの闇の空間が揺れてみよう。さすれば、お前は大地の揺れを感じ、あるいは大地の音を聞く。

大地の揺れに体が反応すれば、自分が動くものであると認識し、自分が地上にいる事が分かる。

大地が揺れる音がすれば、ここが地のある場所だと認識出来る。


例えばこの闇の空間で温もりを感じてみよう。温もりを感じれば、まずお前は生きていると分かる。

温もりを感じれば、自分以外の何かがある事に気づく。さらにそこで何かに触れれば、孤独を忘れ、そのものに触れていたいという希望、あるいは安心という名の希望が生まれるかもしれない。


闇も他のものと同じく、決して完璧ではない。風を与えれば、大地を揺らせば、温もりを感じれば……闇による存在の喪失を防ぎ、闇によって生まれる孤独や絶望から守られるのだよ。



「闇も完璧じゃない……闇にも必ず弱点がある、か」


確かにそれは、その通りだった。けれど、僕には彼女が取り上げたいずれの力も持っていないし、最初に言った通り、僕には闇に対抗出来る程の強靭な武器は持ってそうにない。未だにうなだれる僕を見て、あるいはそんな声を聞いて、彼女は再び怒りっぽく、しかし落ち着いた口調で僕に語りかけた。


――安心なさい。お前はその力の使い手であり、お前の心を支える者達もまた、その力を持つ者達だ。


「本当に……?」


――ああ、そうとも。ツバサの風、シュウヤの大地、カノンの温もり……そして、それぞれの形から希望が生まれると教えてくれるペロ、全ては、お前を闇から救い出すための力なのだよ。

だから、恐れなくて良い。お前には仲間がいる。そしてお前自身もまた、お前を救うために十分強くなった。

だから、前を向いて、少し体を動かしてみよ。心という名の何かを、少しだけ広げてみよ。きっとこの闇もまた、お前を救う何かになるのだから。



それを最後に声は消えた。けれど、僕の胸にはもう孤独感は無かった。

手を伸ばす。さっきは手を伸ばしているのか分からなかったけど、今は間違いなく手を伸ばしている。証拠に、僕の腕は悲鳴をあげるような痛みを走らせていた。痛みを感じている今、僕は間違いなく生きていた。

必死にもがいた。だが地に足は付かず、僕はただひたすら重力に圧されて落ちていく。体の自由が利かない今、僕はいつかの深淵に向かってその身を投げ出している。

皆の名前を呼んだ。僕がここにいる事を伝える。こんな闇の中で誰に届くか分からない。皆が近くにいる保証は無い。

だがそんな不安は、思っていたよりも早く振り払われる。


(今、何かが……)


気配を感じてすぐ、僕の伸ばした手の先に一筋の光が現れる。揺らめく光は、だんだん大きくなって、だんだん近づいてきて、不定形かつ不安定からはっきりと形を作り、やがて黄金の羽根を持つ鳥だと分かる。

黄金の光に照らされ、僕は無我夢中でその鳥に向かって傷だらけの腕を伸ばしていた。闇の底に着くのが先か、光を手にするのが先か、僕の鼓動が徐々に激しく打ちだす。

だが、僕に届いたものは、そのどちらでもない。どれよりも速く、どれよりも強かったのは、光る鳥から僕目掛けて飛び込んできた彼女の声だった。


「ツバサ君、迎えに来たよ!」


伸ばした腕に、全身に、彼女の優しい温もりが伝わる。飛び込んできたカノンを抱き留め、宙でクルクルと抱擁した僕らの体が舞う。彼女の甘い髪の匂い、優しくも力強く抱きしめる手の感触、僕の鼓動と一体化するかのように彼女の鼓動も唄っている。

遅れて光る巨大な鳥が、僕とカノンを包むようにして寄り添い、全身にさらなる温もりが伝わってくる。闇の中ですっかり冷え切っていた僕の体は、たちまち表面からも奥からも熱を持ち始め、凍り付いていた涙が零れた。カノンも僕の懐で顔を埋め、服を軽く湿らせる。思わず彼女の頭に手を回し、互いの不安を分け合った。

そうだ。僕達は、約束したんだ。これ以上、大切な人を失って生きる事は出来ないから、僕が死ぬ時は、彼女も一緒に連れていくと。きっとカノンはこの約束を果たされないのでは、と不安になっていたんだろう。

でも……


「もう、大丈夫だ」


まだここで終わらせない。いや、ここから始まるのかもな。

顔をあげたカノンの潤んだ瞳には、黄金色の光を受けてか緑ではなく、琥珀色に輝く目が映っていた。それにカノンは驚きも戸惑いもせず、寧ろ安心しきった笑顔で

「おかえり、ツバサ」と改めて僕を迎えいれてくれた。








暗幕ならぬ明幕。

僕は、再び白い空間に立っていた。そして目の前には、棘で出来た玉座に腰掛けるもう一人の僕がいる。


「お前……」


もう一人の僕からは、禍々しいオーラを放つ棘が伸び広がっている。壁も床も漆黒の棘模様に染まり、僕の足元には、今にも絡みつき傷つけようと棘の刺先が向けられている。

この光景は、少し前にも見たが、怖くないと言えば嘘になる。しかし、あれがもう一人の自分だとはっきり分かると、僅かな羨望と愛おしさが湧いてくる。


「僕は、君も連れて帰るよ。ずっと奥で眠っていたものを、漸く見つけられたんだから」

「それがお前の答えかよ、ふざけんじゃねえ」


最早、何に対して怒っているのか定かではない。僕の存在全てに対して怒っているのなら、今こうして視界に映っている事も、僕の声を聞く事も、目障りで耳障りだろうな。


(けれど、その思いもまた僕のものなんだな……)


まるで実感が湧かないまま僕は、碧腕で緑色に光る剣を呼び出す。こうして剣を振るうのも、指折り出来る回数しか残されていない。嬉しいようで少し心細い。最初からここまで強い武器を我が物としている向こうの僕には、まだ理解されるのに時間が掛かるだろうな。

歯ぎしりを立てながら、いばらの僕は惜しみなくその場にある棘を、僕に襲い掛かるよう操った。僕は、その場で風の刃を放って棘を迎え撃つと、次の攻撃を受ける覚悟で、もう一人の僕に向かって走り出す。


「死にぞこないが!」


僕の周囲を棘が取り囲み、顔や足に生ぬるい感覚が伝う。だが、やはり痛みは無い。いや、痛みはあるのだが、それはまるで自分で自分を引っ掻いたと分かり切っているような感覚――


(そうか……!)


この棘もまた、僕の一部なのだ。それに気づくと僕の中にあった恐怖は、あっという間に消え去った。

僕は、そのまま棘の道を突っ切るように走り続ける。もう一人の僕から幾度となく暴言が吐かれるが、それはまるで自己嫌悪、自虐を弄ぶ言の葉みたいだった。僕が覚悟出来なかった事を、彼が叶えてくれている……そう思うと、自然と顔がほころぶ。


「何で……何で笑うんだよ!? 気持ち悪い。来るな。こっちに来るな!」


棘の中でもひと際大きなものが、僕の体を穿つようにして放たれる。


(あれもまた僕だというなら……)


僕は、迷いなく剣を投げ捨て、躊躇なくその手で棘を受け止めた。そして、手から赤い液が飛び散るかと思いきや、ただ触れただけなのに棘はたちまち光の粒子となって消え去った。


「なっ……!」

「これが答えだよ、いばらの!」


僕の前に立ちはだかる棘は、雪のように簡単に振り払われ、僕の体から飛び散っていた血は眩い光と化す。

白い光の草原を駆け抜け、最後に僕は剣を呼び出し、目の前で呆然とする棘の主にトドメを刺す   と、思わせたところで、僕はそのままもう一人の自分を抱きしめた。


「……」

「…………」

「……………………え?」


彼の周りにあった棘は、全て光の粒となって消え去った。棘と繋がっていた衣も光を帯び、彼の体が、腕が、顔が、徐々に欠け始める。もう一人の僕は、元ある場所——僕の元へと還っていく。僕はそんな彼の頭を撫で、さらに自分の元へと抱き寄せた。


「……あっはっは、なーんだ。あんたも僕にトドメを刺さないんだ。そもそも、そんな必要無かったんだな」

「……」

「そうだよ。不服だけど、僕はあんただ。だからあんたが消したいと思えば、いくらでも消せばいい。それでようやく心の中にあった霧が晴れるんだ」

「君を……消す?」

「ああ、そうだろ? こんな自分勝手で他人に迷惑かける事しか出来ない感情は、あんたの心に必要無い。だからお前は、こうして僕をあんたの存在から消そうとしているんじゃないか。あーあ、折角生まれたのに、儚い人生だったな~」

「君はそれでいいのか?」

「は?」


彼の肉体が徐々に消え、もうすぐ首元にまで光の粒子が到達してしまう。彼がこうして話せるのも時間の問題だ。僕もここに残された時間は少ない。それなのに、意外な一言を聞かされ、もう一人の僕は最後の最後で困惑を見せた。そして、心残りが出ないよう僕は考える間もなく話を続けた。


「君は確かに僕だけど、こうしてもう一つの可能性として僕の前に現れた。なら、君は君でもある。だから僕一人で決める事なんて出来ないよ。君はどうしたいんだ? そのまま消えて、僕の感情として還るか、君という存在としてここに残りたい?」


折角生まれた新しい存在……つまり、彼は僕でありながら、彼は彼として、一人の「他人」として存在を作ったという事だ。僕の心から宿ったもう一人の命と捉えてもいい。そんな大切なものを、僕はそう簡単に壊したくない。

それに、彼は誤解しているが、僕はあくまで彼が抱いているその感情を消すつもりで戦ったのではない。ずっと見つけられなかったもう一つの可能性を、僕にとって抱く事すら忘れていた感情を、彼を通じて取り戻すだけだ。あの闇から、僕はカノンと一緒に元の場所へ戻って良かったのだが、彼を闇に堕ちたまま放っておくなんて出来なかった。彼だって光ある場所へ連れて帰るべきだ。

だって彼は僕であり、僕は暗闇が嫌いなのだから。


「……馬鹿だな」


口元が消えそうになる中、彼は僕に最後の思いを唱える。全部伝えようと少し早口になりながら、涙ぐみながら、イライラしながら、ちょっと皮肉気な笑みを浮かべながら、必死に叫んだ。


「そんなの訊かれたら……生きたいって言っちゃうじゃん! 僕だって生きたいさ! あんたにずっと抑えられて見れなかった世界を、あんたを介してでもいいから見てみたい。僕はあんたなのに、どうしてあんたと同じ世界が見えなかったのか、何であんな暗闇の中にいなきゃいけないのか、ずっとイライラしながら考えていたんだ。そんなのもう……ごめんだ」

「そうだったんだね……分かった」


訴えを最後に、彼の顔は半分程無くなり何も話せなくなったところで、僕は痛みを感じないこの世界で、自身の片目を抉り取った。

きっと彼は驚いたのだろうけど、もうその頃には両眼は無く、口もとうの昔に消えていたので、表情は読み取れなかった。

彼が完全に消える前に、僕はすかさず彼の目があった場所に自身の片目を当てた。すると眩い緑色の光が瞳から放たれ、散っていた光の粒が慌てて彼の元へと還るように集まってくる。一気に光が集まり、思わず目を閉じた。失った方の目は閉じているのか分からないが、きっと閉じていたと思う。





暫くして、あの特徴的な嘲笑が聞こえてくる。


――本当に馬鹿だな。どこまでお人好しなんだか。


「君はある意味、僕なのだから、寧ろ自分思いかもしれないよ」


――けどこれで、僕はあんたの目を通して、あんたがいつも見ている世界が見える。そして、あんたの肉体を再び得た事で、自分の存在を保てるようにもなった。何かいろいろ貰いすぎてて不平等だな。僕は、不平等な生き方が嫌いなんだ。


「そうだっけ? でも、僕だって君がそうしていてくれるだけで、失っていた感情を取り戻せたんだ。平等だと思うけど……」


――馬鹿、それじゃ一つ足りない! そうだ、あんたに僕の棘をあげるよ。僕の怒りから宿した棘を思う存分あんたにぶつけてやる。そしたらあんたはそれを穿つ光を得て……




絶対、闇に呑まれなくなる。



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