BlueBird 第71話 ~兄弟~
陰は、僕に近づいてきたかと思うと突然飛び上がり、剣を大きく振り下ろしてきた。僕は咄嗟に剣を呼び出し、陰の攻撃を防ぐ。
「どうして!?」
「カノン、ペロ、危ないから離れて!」
僕が陰の攻撃に集中しているスキに、アラベルは闇のオーラでカノンとペロを僕から突き放した。さらに、見えない壁を作りだし、彼女達は再び僕と分裂した空間に閉じ込められる。
「何故だ!? ユールを消したり、僕の陰を操ってまでして、お前は何がしたいんだよ!?」
「彼女から聞いたんじゃないですか? 私は闇という絶大な力を使って、世界を再統合すると」
「それは、わざわざ君がやらなくても成される運命なんだろう!? そこから何がしたい!? 本当に世界征服でも企んでいるのか!?」
「ありていに言えば、そうかもしれませんね。ですが、私はそんな目的で、影生成の研究をしたりしません」
「だったら……」
「ほら、そんな事を考えていたら、あなたの陰に負けてしまいますよ」
アラベルに視線を向けていると、陰が剣を地面に突き立てて、そのままスライディングする形で接近してきた。見覚えのある技だ。何を隠そう、僕が今まで使ってきた技を模して仕掛けてきたのだ。
陰の攻撃を回避すると、今度は高くジャンプして僕めがけて回転斬りを繰り出してくる。これも僕がよくする攻撃だ。しかもこの攻撃は、連続でする程威力が増して厄介になる。
僕は接近してくる陰に対し、バック転で後方へと移動してかわす。その間集めたエネルギーで、剣に電気をまとわせ、陰がトドメの一手を仕掛けてきたところで電撃を放った。だが陰の前に稲妻が走ると、陰は剣でそれを防ぎ、そのままこちらへと返してきた。
完全に僕の攻撃を図り、それの対策も万全といったところだ。
だが、次にとった陰の行動は、僕の動きには見られないものだった。
陰は両手でしっかりと剣を握ると、姿勢を整えて、ゆっくりと剣先を僕の首元辺りに向ける。
その凛とした体勢は、僕の脳裏である光景を過らせた。
その姿勢を、その動きを、その目線を、僕は隣で見てきたのだ。
「まさか……シュウヤ!?」
すると、陰は真っ直ぐ僕の元へと摺り足で近づいていき、無言でその剣を大きく振り下ろした。
その動きで疑惑は確信へと切り替わる。その無駄の無い洗練された動きは、僕の兄が長年やってきた剣道での動きそのものだったのだ。
僕は陰の攻撃をかわすものの、思わぬ事態にその場で立ちつくす。
「やっと、お気づきになりましたか?」
僕はずっと疑問に感じていた。
彼らが言っていた「大切なもの」……それは、僕がずっと探し求めていたもので、それは、ずっと僕がこの身に宿していたものだった。
それをアラベルは返した――つまり、影という形でこちらに呼び戻したのだ。
僕の前にいる陰は、僕の陰であり、僕の大切な存在「シュウヤ」の影であったのだ。
「まさか……そんな……」
「そう、一番近い所にあなたのお兄さんはいたのです。それなのに、あなたはいつまで経っても気づかず、無駄な旅を延々と続けていた。呆れちゃいますね。呆れちゃいますよ!」
「そんな……シュウヤ……!」
しかし、影との攻防は止まらない。剣道という形での激しい戦闘に、こちらも剣を振るわずにはいられない。
まるで自身の愚かさに、影が怒り狂っているようだ。
「ごめん……シュウヤ……」
「さらに陰りが、見えましたね」
すると影は一回りも二回りも大きくなり、剣をぶつける毎に、僕の視界を覆う暗闇の規模が広がった。
終いに僕は影との距離を縮めるだけで、自ら暗闇に突っ込んでいるような錯覚に襲われる。
(!)
その暗闇の中に、人陰が現れた。気づけばシュウヤである僕の影は、一つの闇の空間となっていて、その中に何人か大人の姿があった。
髪の長い女性と、細身で長身な男性が二人組になって立っている。
誰だろう、知らない。しかし、何故か僕の体は反応してしまった。
「あ……」
――あなたに子供が居るなんて聞いてないわ!
聞いた事のない怒りの声。しかし、僕はその声を聞いて胸がキュッと締め付けられるのが分かった。
そして、次に聞こえた言葉で、僕の思考は霧がかかったように曇りだす。
――いきなさい。
「ツバサ、ダメだアン! 闇に惑わされないで!」
「あなたは何も知らないから、そんな事を言えるのでしょうね。でもこれは紛れもない事実であり、彼が今まで逃げてきた現実なのです。この旅を通して、彼は自身の心にある陰りに気づいていた。それなのに、希望だと傲っていたあなたは、そんな彼の希望となる発言を一切してこなかったのです。これがその結果だ!」
「そんな……!」
ペロの言葉が詰まる。初めて誰かの言葉に圧されている彼女を見た。
隣にいたカノンも、自身ではどうする事も出来ない現状に表情が歪んでいる。
僕は、再び影の中にいる誰かに目を凝らしていた。
今度は、エミレスで再会した友達のセグルやカイト、さらに高校時代の同級生も姿を現す。
「みんな……?」
――お前はいつまでも変わらないままだ。
――このままだと、あいつが世界を闇に染めちまうのか……?
――未来使いの運命は変えられない。なら、俺達が変えるしかないんだ。あいつを倒すしか……!
どういう事だろう。未来使いの運命? 闇に染めるとは一体……?
すると、別の所から二人の人陰——正確には一人と一匹の陰が現れる。
以前出会ったハルマとヒノだ。
――未来使いは死神……他人の未来を奪って己を生かす。
――人の未来を使う化け物め……そんな奴に、ワイらの世界を乗っ取られてたまるか!
「待ってよ! 僕はそんな事……」
「ツバサ君危ない!」
カノンの掛け声で、僕は漸く我に返る。
目の前に振りかかる刃を当たる寸前でかわすと、高く飛び上がって相手に回転斬りを仕掛ける。
だが、影は頭上で剣を構えて攻撃を弾き、落下する僕の腹部辺りに剣を振り下ろした。
「かはっ!」
そのまま地面に不時着し、肺から一気に予想以上の空気が吐き出される。
そのまま倒れて休む間も無く、影は次なる一手を僕にかませようと剣を振るってきた。
自然と目が光り、僕は仰向けの体制から風を放って逆立ちになり、地面に触れる部位を減らしたところで相手を蹴り飛ばす。影は壁際まで吹っ飛ばされ、僕はまた地面に全身をぶつけた。
頭がくらくらする。呼吸も何だか苦しかった。
(あんまり無茶すると、体が持たないな……早く決着をつけないと……)
しかし、自分の陰に、ましてやシュウヤ相手に、一体どうやって決着をつければ良いのだろう。
全ては、僕のせいなのに。
「シュウヤ……」
「己の愚かさに絶望するのです、未来使い! あなたは誰にも望まれていない。この世に存在する事を拒まれているのです!」
「!」
先程かわしていた彼らの会話。未来使いが世界を壊しているという事実。
もしこれが本当なら、僕はどうしてここにいるのだろう。
すると、巨大化したペロが壁に向かって突進し、痛みを堪えながら必死に叫んだ。
「そんな事無い! ツバサはずっと影を倒して、闇に呑まれた街を救ってきた! いっぱい戦って強くなって、たくさんの人の笑顔を取り戻そうと頑張ってきたんだ! だから、ツバサがいなくなって欲しいなんて思ってる人はいない。ペロはそんな事、絶対望まないよ!」
「私もだよ!」
壁に桃色の光が放たれ、後方でカノンが弓矢を構えながら叫んでいた。
「私も思わない。だって、ツバサ君が人の未来を奪う訳無い。寧ろツバサ君は、人のために自分の未来を使ってるんだよ。だから今こうして戦ってるんじゃない!」
「綺麗事も大概ですね。反吐が出ます」
すると影は再び大きくなって、また僕の視界を闇に染めた。
次に現れたのは、何とずっと会いたいと願っているシュウヤだった。
「シュウヤ!」
僕は思わず手を伸ばす。前は届かなかった僕の手が、今は届きそうだった。
今度こそ彼を助ける。そのために僕は、ここまで来たんだ。
僕の手が彼に触れた次の瞬間、
「え……!?」
僕の触れた先からシュウヤの体にヒビが入り、驚き涙をこぼす顔を最後に、彼はあっという間に塵となって消え去った。これにペロとカノンも息を飲む。そこで影がまた動き出した。
「僕は……」
僕は何のために強くなったのだろう。
「ツバサ!」
シュウヤをああして壊すため?
「ツバサ君!」
世界を滅茶苦茶にするため? 全てを闇に染めて、他人の未来を奪うため?
僕は未来使い。そもそも未来使いって何だ? 本当に、他人の未来を使って生きる力なのだろうか。僕は違うと思っていたけど、もしかして、僕が知らない間に誰かの未来を奪って、今ここにいるのだろうか。
僕はどうしてここにいるのだろう? 僕はどうして生きているのだろう?
気づくと手から剣が滑り落ち、僕はその場に座り込んでいた。
「ツバサ……!」
「そろそろですね。最後の足掻きでも見せなさい。その力も、己の形をした影が翻して、あなたに安らかな最期を見せる事でしょう」
「ダメだよ、ツバサ君……ツバサ君!」
影の刃が、僕の首元に軽く当たる。
このまま僕は、倒されてしまうのだろうか。いや、恐らくまた目が光って否が応でも避けてしまう。
僕は、自分の目が怖かった。こんな怖い力を、僕はいつ手にしてしまったのだろうか。
胸が痛い。胸が苦しい。どうせ倒されるのなら、どうかいっその事一思いに……
――生きろ!
「!」
聞き覚えのある声に思わず顔を上げると、そこにはもう影が振るった刃があった。
視界が刃の陰で埋め尽くされる。全てが歪んで、全てが終わって……
だが、そこから僕の視界が変わる事は無かった。影の剣は、僕に当たる寸前で止められたのだ。
「何!?」
「これが剣道の面打ちだぜ、ツバサ」
剣先から夕焼け色の光が放たれ、剣が僕に当たる前に仕舞われたと思うと――
そこには僕の影ではなく、光に満ちたシュウヤ本人が立っていた。
前よりも大分伸びた長髪を一つに纏め、何故か制服ではなく、空色のポロシャツに白い上着、デニムジーンズという姿だったが、シュウヤはニッと歯を見せ笑顔を浮かべる。
この状況に理解が追いつかず、ただ呆然と座ったままの僕。それを見て、シュウヤはケラケラ笑うも、そのままギュッと自分の元へと僕を抱き寄せた。
「悪い、遅くなった。本当によく頑張ったな」
「……」
温かい。懐かしい温もりだ。
最後に味わった日がとても遠く感じる。実際に遠かったのかもしれない。
僕は気づけなかった事に対する後悔と、今ここにシュウヤがいる喜びが混じって、そのまま彼の元で涙を流した。いや、声をあげて普通に泣いた。思い切り泣きじゃくった。
シュウヤは、久しぶりに僕の頭を撫でてくれた。
間違いない。この安心出来る優しさ、自然と力が抜けてしまう感覚、これは彼にしか出来ない事だ。
思わず顔を埋めてしまう。
「おいおい、大袈裟だって。全く……お前は少しも変わってないな」
「ごめん……」
「何言ってるんだよ。変わってないから安心したんだ。本当にありがとう」
やっぱり僕は、シュウヤがいなきゃ駄目だ。
目の光が弱まり、僕はそのままシュウヤの腕中で力尽きた。