BlueBird 第68話
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彼が嗚咽から咆哮を唱えたと思うと、二人の前にあった壁が突如消失した。
言うまでもなく、カノンとペロは彼の元へと駆け寄る。そこには真っ赤に染まった床と、動かなくなった執事の姿があったが、カノンはその光景を見て即座に察した。
「これ、幻だわ!」
「えっ!?」
すると、執事の体はいくつにも細分化され、終いには霧状になって消え去る。さらに、真っ赤だった世界も次第に元の白さを取り戻していた。
きっと同じ幻を使うものとしての勘が働いたのだろう。彼女によって正体が暴かれた途端、その幻はこの場から立ち去るようにして無くなっていったのだ。
だが、それは彼の心を壊すのには十分すぎる時間が経った後だった。
彼はその場に膝を崩し、全身が激しく震えている。その目には、一切の光も感じ取られない。
「こんなのデスマッチじゃない。ただの一方的破壊アン……!」
「彼の心をこうするために、仕掛けたんだわ……許せない」
ペロはその大きな体で、彼を包むようにして抱き寄せる。彼女から発せられる光のオーラで、さっきの戦いでついた傷は癒えたが、彼の目に生気が戻る事はなかった。
「ツバサ君」
「……」
名前を呼んでも、反応しない。まるでこちらの声が届いていないような、それどころか、まるでこちらに意識を置いていないような状態だ。
また彼は、一人で抱え込もうとしている。
「大丈夫だよ。前に言ったでしょ」
未だ震える手をカノンがぎゅっと握りしめ、彼の額に自身の額を当てた。
もうペロとかわした約束なんて、気にしている場合じゃない。これには彼女も百も承知だった。
すると、ペロの耳に不審な音が飛び込んでくる。庭の奥で何かが唸っているような……何かがこちらに視線を送り、待ち構えているようだ。
「カノン、ツバサをお願いしていい?」
「ペロちゃん?」
ペロが毛並みを逆立て、全身のオーラを徐々に強めている。カノンは、良からぬ事態に戸惑うが、彼女の言葉を受け入れ、彼に身を寄せる事に専念する。
「私、ツバサ君を守ってるね」
「お願い」
その言葉を最後に、ペロは次の部屋へと翔けていった。
二人この部屋に残されると、カノンは握っていた手を離し、そのまま彼の頭へと動かしていく。
「約束したよ」
カノンと彼の間に、微かな光が生まれる。
虚ろな彼の瞳が、一瞬桃色に輝いた。
「辛い事、悲しい事、怖い事……嫌な事は全部半分こだって。私は絶対裏切らない。ずっと、あなたのそばにいてあげるから」
「……」
彼女の手は僅かに震えていた。だが、それはきっと彼の震えがこちらに伝わっているせいで、彼は次第にカノンへと体を預けていく。
距離が一気に狭まった事で、彼の鼓動も、彼の微かな吐息も感じられるようになり、何だか一つになれるような気がした。すると、再び彼の瞳が桜色に光り出し、そこから一気に柔らかい光が二人を包み込む。
気づくと石畳の庭は、広大な草原へと変わっていた。穏やかな風が吹き、どこからか飛んできた白い花びらがそっと彼の髪を撫でていく。
そして彼の体を包む人物は、日の光に照らされてよく見えなかったが、どこか彼女とは違う雰囲気を醸し出していた。
「母……さん……?」
彼の口がそう動いたと思ったが、確かめる前に彼はゆっくりと瞳を閉じ、そのまま眠りについてしまった。