BlueBird 第64話 ~闇の源泉~
「……本当にこの先にお城があるんだよね?」
「うん」
僕が指さす方向へ進むと、そこには巨大な渦状の雲があった。
中へ入る事に、カノンは少し抵抗を感じていたようで、ペロがしっかり掴まるよう促すと、顔を埋めるようにして身を伏せた。
白く冷たい世界を抜け出すと、先程の青空から一変。世界はセピア色に染まり、空には謎の黒い破片が浮かんでいる。太陽の光がここだけ一部遮られているようで、辺りはとても薄暗かった。
「大変! あそこにいっぱい影がいるよ!」
カノンが指さす所には、大小様々な形の影がまるで集団生活をしているかの如く集まっている。ここは人の代わりに影が暮らす街のようだった。
そして、街の中心部と思われる場所には、漆黒の城が荘厳な空気を醸し出しながらたたずんでいる。僕が見た未来予知では、そこからユールの笑い声が聞こえていた。
「ここが……闇の源泉だよ」
ペロが彼女達と出会った最初の場所。ここは何だか、僕が初めて闇の球体を目にしたあの街と似ていた。シュウヤが落ちていったあの瞬間が、脳裏によぎる。
「ここにある闇を払えば、きっとシュウヤは戻ってくる。考えてみれば、最初からここを目指して進めば良かったのかもね……」
「いや、僕達は最初からここに向かっていたんだよ。その途中で偶然見つけた闇を払っていたら、少し時間が掛かっただけさ。今までの旅は、決して無駄じゃない。ここへ来るまでに、僕達は強くなったんだから」
「そうね。きっとツバサ君達が巡ってくれなかったら、私はきっと再会出来てなかったし!」
「そっか~……って、ツバサ、いつの間にかすっかりポジティブだね! もしかして、ペロの出る幕無かったりして」
「何言ってんの」
僕の希望だとあれほど言ってた癖に、妙に後ろ向きなペロを僕はそっと撫でた。何だか久しぶりに彼女を撫でた気がする。
「ペロがいたから強くなれたんだよ。それにこれからも、僕にはペロが必要だ。なんてったって君は僕の希望なんだからね」
「えへへ……何だか照れちゃうな」
「これからもずっと一緒だ」
「……うん!」
最初に出会う前、彼女と一緒にいなかった分の時間を、これから思う存分味わう。
僕は改めてその意思を固めた。
城の前に降り立つと僕らは武器を構え、待ち構えている影に剣先を向けた。闇の世界には似合わない光を見て、影達は低い唸り声をあげながら城を護衛する。
「これで最後……いっくよ~!」
それっと、カノンが放った「宣戦布告」とも捉えられる巨大な花火が、影の群れに向かって襲いかかる。強い光で視線が逸れている隙に僕が強風を起こし、ペロは口元から光弾ではなく、光線を放った。彼女の前にいた影は一瞬にして塵と化し、漆黒の群れの中に一筋の道が出来上がる。
さらに、両側に残された影を僕が回転斬りで瞬く間に倒し、風を使って空高く飛び上がったかと思うと、地面に向かって剣を投げ落とす事で衝撃波を起こす。
「向かうところ敵無しだね!」
「油断禁物、ここからが本番なんだから」
城の前に立ちはだかる影を全て倒すと、僕達は入口へと向かう。長い橋を走り抜けると、目の前に巨大な扉が迎えた。だが鍵は掛かっておらず、僕達は失礼ながらも、その扉をゆっくり開けて中に入る。
「ようこそ、いらっしゃいました。未来使い」
エントランスに入り最初に出迎えたのは、空中で足を組み不適な笑みを浮かべながら見下ろす黒髪の女性「ユール」だった。さらに、僕らの前には執事と思われる白髭の男も現れる。男は深くお辞儀をして、紳士な振る舞いを見せる。
「彼はゼロ、仲良くしてあげてね。あなた達がこちらにいらす事は、既に承知の上でよ? 漸くのご登場と言ったところかしらね。まあ、主役は大抵、来るのが遅いそうですし」
「茶番はそれくらいにしようか、ユール。そろそろ君の本当の企みをお披露目するのと、君の知り合いであるアラベルに会わせて欲しい。彼にはどうしても言いたい事があるんだ」
「あら、せっかちですこと。もう少し遊びましょうよ。そのために、色々なお食事もご用意したのですから」
その食事とやらは、決して言葉通りの意味ではない。
すると、ユールはフフフと不気味な笑い声をあげ、突如僕らの視界から消えた。思わず周囲を見回すと、彼女は途切れ途切れに姿を現し、僕らに暗示をかけるかのように話し始めた。
「この広間にはいくつか扉あります。あなたはその扉が示す道に従い、次なる部屋へと進みなさい。そこには、それぞれ簡単なオードブルが置かれているわ」
「僕らに……ゲームをしろと?」
「その通り。あなたはそのゲームに勝ち、最後に私の袂まで来れば、あなたの欲しているもの全てをあげる。彼と話す時間もあらゆる真実も、そして、あなたの大切なものも……」
「僕の……大切なもの?」
「それじゃ、バイバ~イ♪」
僕の質問をあしらって、彼女は闇の穴を創り出すとそのまま消え去った。気づくとゼロと呼ばれる執事も姿を消している。
もう後戻りは出来ない。仮に出来たとしても、僕の心が許すはずなかった。今度こそ助ける。そう誓ったのだから。そして、この気持ちは僕だけではなく、隣にいた彼女達も同じだった。
「行こう」
「うん!」
「ここまで来たら、やるしかないアン!」
僕達は、エントランスを囲むようにしてある扉から一つ選び、暗闇が広がる世界へと足を運ぶ。