BlueBird 第63話
ここで戦いは終わった。フェイは剣を捨て、再び両手を挙げて降参の姿勢を取ったのだ。
「心と心の戦いにおいて一番の敗北は、見せたくない心を見られる事だと思う。だから俺の負けだ。お前にだけは、これを見せたくなかった」
「何なんだ……それ」
は、と聞く前に、激しい動機が起こる。体が熱く、胸が痛い。再び口から血が吐き出される。
僕は剣を手から離し、そのまま抵抗する事無く地面に倒れた。
すると、フェイが僕の元へと駆け寄り、体を軽く起こしてくれた。頭を軽く後ろに傾ける事で、呼吸が楽になる。まさか他人を拒むフェイが、こんな気遣いをしてくれるとは思いもしなかった。
「フェイ……?」
「俺は昔、誰よりも生きたいと願った。でも俺の人生は、誰のために尽くす事しか許されず、しかもその事を誰からも称賛されない立場だった。だから嫌だったんだ。誰かのために生きる事が、それを誇りに思うお前が、俺は見ていて気持ち悪かった。まるで過去の自分が間違ってるみたいで嫌だった」
「奴隷……だったのか?」
「そうだ」
遥か七百年程前、彼は奴隷として生まれ、それから逃れるために脱獄を図った。だが、その途中で心臓を射抜かれ、死の中を彷徨いかけた。
だが彼は、誰よりも生きたいと強く願っていたので、それを聞いた何かによって何かをされ、結果として不老不死となった。最初はそれを喜んだが、生きていくにつれ、様々な災難や不幸に見舞われ、それでもなお死ねない体に嫌気がさした。
「今は誰よりも死にたいと願っている、そう思う」
「それでも、死ねないんだけどね……」
僕は彼の腕に支えられたまま、身動きが取れなかった。体が微塵も動かない。どうやら未来使いの力に頼りすぎて、体が軽く壊れてしまったらしい。
フェイは、不老不死故の治癒力があるのでこのような事は無いそうだが、もしこの力が無ければ、間違いなく僕と同じ状況に置かれていただろうと笑った。僕も笑うが、彼程元気は無い。
「しかし参ったな。お前なんかに負けてしまうなんて。これでも七百年以上生きた人間かよって、自分を殴りたくなるわ」
「殴れば? それに自分が人間だって、いつからお前は人間に戻ったんだよ……人間失格」
「ハハハ、そうだな。でもさっき戦っていた時の俺達は、間違いなく人間だったぜ」
「うん……そうだね」
自分の信念のために戦った。生きるために戦った。相手を認め、自分を信じ、怒りという感情を武器に戦い抜いた。これは、紛れもなく人間らしい行動だ。
そして最後は、笑っていた。少しシニカルに、でも楽しそうに、僕とフェイは笑っていた。笑う事もまた、人間にしか出来ない事だ。
「さて、これからどうするよ? お前、最早一歩も動けそうにないけど」
「多分もうすぐペロ達が来る。さっき僕が竜巻起こしたから、居場所は分かると……思う」
「何だよ。やっぱ仲直りするのか。だっせえな」
「何とでも言え……喧嘩する程仲が良い、雨降って地固まるってね」
「確かにあの雨のせいで地面固いな……お前自分で固めといて、痛かったんじゃねえの?」
「そういう意味じゃねえよ。いやでも確かにちょっと後悔してる……」
なんだそりゃ、と言っているところで、上空から鳥ではないシルエットの生き物が飛んでいるのが見えた。どうやら僕の予感は的中したらしく、彼女達が迎えにきてくれたようだ。
するとフェイは、不親切に僕から腕を離して、そのまま地面に落とす。何とか頭は防いだが、背中を強打してなかなか痛い。
「ほんじゃな、ツバサ。また会った時は、殴り合いしようぜ。勝ち逃げは認めねえからな」
「分かったよ、フェイ。また会った時は、殴り合いして、その後どこかでお茶でもしよっか」
「お茶って……お前は中世の夫人か?」
「まさかとは思うけど……お前、僕の事を女だと思ってないよね?」
「思ってるって言ったら?」
「……やっぱ、次会った時は殺す」
うへぇという、嫌そうながらも楽しそうな呟きを最後に、フェイはその場を去っていった。次に会う時は、もう少し明るい場所で会いたいものだ。
すると、彼と入れ違うようにして、空から巨大化したペロとカノンがやってきた。
「ツバサ!」
「がふっ!」
まさかのペロは僕の上で着地し、毛に覆われた僕はくすぐったさと息苦しさに悶えた。だが、彼女のおかげで体にあった傷はみるみるうちに消え、呼吸も大分楽になった。
そこで漸くペロは僕から離れ、元の大きさへと戻る。後ろからカノンがうっすら涙を浮かべながら、二人で話し合った事を僕に伝えてくれた。
「ペロちゃん、ちゃんと謝って、ツバサ君の行きたいところに連れて行ってくれるって。多少無茶しても、構わない。でも、その時はちゃんと一言相談する事。それが条件!」
「本当にごめんなさい。ツバサがペロ達を守りたい気持ちは分かるアン。でも……ペロ達だってその気持ちは同じなんだアン。今までずっと一緒に戦ってきて、互いに支えあってきた……だから大丈夫アンよ。それとも……そんなにペロ達、頼りないかアン?」
「そんな事ない。僕こそ勝手な事してごめん。これからはちゃんと話すよ。それに……僕一人じゃ、とても出来そうに無いからね」
「アハハ、やっぱりそうかアン?」
ちょっと上から目線な彼女に、僕はクスリと笑う。
お調子者でちょっぴり自信過剰なくらいが、ペロらしくて僕は好きだ。そして、いざという時は真剣で、いつも僕の事を守ろうと立ち向かってくれる彼女は、やっぱり……
「ちょっと遅めの反抗期、だったかも」
僕はふと呟く。それにペロは少し驚いた様子だったが、すぐさま笑みを浮かべて、
「そっか」と、だけ返した。