BlueBird 第62話
「!」
ここでフェイの動きが止まる。銃は、確実に僕の脳天を貫通する位置で銃口が当てられているが、そこから弾が出る事は無かった。
僕は手を伸ばし、目も凝らしたまま、珍しく赤い瞳の奥で困惑を見せるフェイに余裕気な笑みを返す。
「ここで君がトドメをさそうとしたら、未来使いが発動されて、ほぼゼロ距離の位置から剣が出てくる。そしたら確実に、君の頭と体は分離するね。いくら不老不死とはいえ、頭と体が離れた状態から治すのは時間が掛かるんでしょ? だから君は動けない。違うかい?」
「……」
僕の指が一瞬彼の喉に触れる。唾を飲んだ事で、彼の喉元が動いたのだろう。逆光で見えにくいが、フェイはただただ驚いていた。こんなにも唖然とした姿は初めてだ。
暫くして、彼は「うへぇ」と呟き、両手を挙げて降参の意を示した。銃は僕の隣で、カシャンと軽い音を立てて落ちた。
「流石に今ここで首切られたら面倒だからな。この勝負はお前にくれてやる。これでお相子だ」
「そうだね」
フェイは僕の上から退き、僕もパンパンと砂をはたきながら立ち上がる。
こうして戦ったのは二回目。一回目は彼の圧勝、二回目は僕の戦略勝ち。
しかし、僕らは互いにこれらの戦いに納得していなかった。
「ここらで最終決戦としゃれこもうぜ。こういうのは、同点になった方が白熱するんだろ?」
「いいよ。でも今度は、頭を使ったおままごとは無しだ」
「ああ、ここは頭ではなく心とやらで戦おう。互いの信念をぶつけ合う戦いだ。お前は他人に支えられる事で鍛えられた力、俺は自身を極める事によって磨いた力。どちらの力が強くて、どちらの信念が正しいか。どちらの存在が正しい方に近いか、どちらの存在が消えるにふさわしいか。決着つけようぜ、未来使い」
「勿論やろう、不老不死。今度こそ、互いの存在を賭けた、殺し合いをしよう」
僕は「刃」の付いた光る剣を呼び出し、フェイは先程の竜巻で転がってきた剣を拾い上げる。互いに同じ系統の剣を握り、互いに怒りに満ちた目で相手を見る。
だが、それは自身を守るために、まずは相手を認める目でもあった。確かに僕達は、互いに相手の存在を否定しているけれど、対立出来る相手がいるおかげで、自身の存在を保っていられる。だからどちらが負けても悔いは無い。でも僕は、そして彼も、今ここで死ぬわけにはいかない理由がある。
だから、手は抜かない。そもそも、こんな人間じゃないもの相手に、本気を出さずにはいられない。
互いの咆哮を合図に、僕らは走り出す。そこからは、激しい怒号と金属音の殴り合い。一瞬のスキを許さず、一切の無駄を許さず、僕とフェイは互いの執念を認めつつ、ぶつけ合った。
「怒りは己の力を高める。決して数字では表せないものだ」
「そうだよ。でもお前には、その怒りの源泉が僕より少ない。独りで生きる者には、自身を否定された時の怒りしか無いけれど、僕には他人を否定された時の怒りもまた含まれるんだ。だから、僕が今抱いている怒りの強さは、お前には決して計り知れないものだ!」
剣と剣が幾度となくぶつかり合う甲高い音の中、僕とフェイはこんな会話を繰り返していた。
他人がいる事で生まれる価値、あるいは他人がいる事で失われる価値。自立と孤独、他人からの裏切りと自らの裏切り、それらの違いについて戦いながら語り合い、結果としてどちらの立場が強いかを討論した。しかし、結果は同等だった。
口だけのやり取りでは決まらない。だからここは体で決めるしかないと思い、終いに僕らは猛獣のような雄たけびしか出さなくなった。
「ツバサ!」
「フェイ!」
そういえば、彼がこうして僕の名前を呼んだのは初めてな気がする。最初は、偽善者という肩書きを僕にくれていたが、今はある程度僕の実力を認め、話をしているうちに僕の意思を一部受け入れ始めている。これもまた、彼が言っていた「魔性」の効果とやらかもしれない。僕が他人に心を向け、他人もまた僕に心を向けるのだとしたら、独りで生きようとする彼の心もまた……。
「お前は、誰かに頼らないと何にも出来ない弱者だ。だからあいつと喧嘩別れした事を後悔してんだろ?」
「……」
認めざるを得ない。もう僕の中で仲直りしようという意思がある理由は、もしかしたら自分の弱みを補ってもらうためなのかもしれない。けど僕はそれ以上に、彼女に対して思う事がある。それは彼女以外の人物では取って代わる事の出来ないものだ。
「ペロは……」
「別にいいんだよ。あんな奴の事なんて、俺は知ったこっちゃねえ。それより、お前のその不服気な目つきの方が気になるな。弱者だと認めるが、内心そこまで納得してない。そんな面構えだ」
「ただのこじつけだ。でもフェイ……僕は君のその一言でますます許せなくなったよ。理由の以下を問わず、今すぐ撤回してくれたら、まだかろうじて許せなくもない」
「は? 何を撤回しろって言うんだよ? お前が弱者である事か?」
違う。もう彼の猶予は無くなった。これ以上彼が何を言っても、僕は決して彼を許せない。
僕は他人を愛するし、自分も愛する。でも、僕にとって一番愛する者は……
自分と繋がりを持つ他人だ。
「フェイイイイイイイ!」
僕の怒号が響き渡ると同時に、上空に突如漆黒の雲が現れる。足元の土が一気に黒く染まり、さらには砂を弾き出す程の大きな雨粒が、大地に降り注いだ。
「雨か……っ!?」
彼が見上げた瞬間、空が一瞬真っ白に光り、その中に僕の陰が映る。僕は剣を彼に向け、さらに上空から彼が立っている地上目掛けて稲妻を落とした。フェイは、疲れを一切感じさせない、快速の足運びで空からの閃光をかわしていく。体を巧みにひねらせ、激しい雷鳴と地響きに耐えながら、濡れた顔を拭いつつ僕の方へと駆け出していく。
だが、それは後に罠だと気づくのだが、時すでに遅し。
「食らえ! これが僕の力だ!」
他人によって支えられた力――その一つがペロ達との旅を通して、時に戦い、時に教わって身につけた風の力だ。
激しい暴風が僕の周囲で吹き荒れる。雨で地面がぬかるんだせいで、フェイはその勢いに耐えきれず、そのまま上空へと体が投げ飛ばされる。何とか滑空姿勢を取って、風に振り回されるのを防ぐが、見えない風の刃によって服のあちこちが切り裂かれる。
「なるほど、『かまいたち』って奴か……久しぶりに面白い事してくれるじゃねえか!」
フェイは相変わらず微笑んでいる。寧ろ楽しそうだ。これまでの戦いで、白熱したのは遥か昔らしい。激しい暴風の中で、フェイは剣を構え直し、竜巻の中心にいる僕の方へと体を運んでいく。
「ツバサアアアアアアア!」
再び空中で激しい金属音が鳴り響く。時々雷撃が竜巻の中へと流れ、稲妻の走る音も混ぎれる。轟音の中、僕は彼のマフラーを斬り落とし、彼の懐に刃を当て、フェイは僕の髪を薙ぎ、僕の腕や足から血を飛ばした。
「楽しい遊びもここまでだ、ツバサ!」
「なっ……!」
今まで剣と剣のぶつかり合いだったのに、突如フェイは自身の頭を僕の額目掛けて振り下ろしてきた。骨と骨が響き、僕は軽く舌を噛んで意識が薄れた。
そのスキにフェイは僕の襟ぐりを掴むと、竜巻の外へと追い出す形で僕を地上へと突き落とす。仰向けの状態で不時着し、僕の口から僅かに血が吐き出された。
「これで終わりだ!」
雷光によって輝く彼の剣が、次の一瞬で空から降ってくる。僕は、ここでまた目から閃光を放った。そして、彼の剣を何とかかわすと、そのまま下を向いていた剣を勢いよく振り上げた。
手ごたえは無かった。しかし、フェイの口からは驚きの声が漏れ出ていた。
それから遅れて、チャリンとマフラーの下に隠れていたチョーカーが落ちる音がした。
「それは……」
落ちたチョーカーを見て言ったのではない。チョーカーで隠されていた彼の首筋を見て言ったのだ。
そこには、昔何らかの理由で刻まれたのであろう「146」という数字の刻印があった。