BlueBird 第60話 ~亀裂~
村を去り暫く空の旅をしていたが、今回は珍しくカノンも大人しく、ただ風を切る音だけが聞こえていた。誰かこの沈黙を破らないかと待つ状況で、僕もカノンもうつむき、ペロもただひたすら前を向いて飛行に集中している様子を見せる。
言いたい事、訊きたい事があるのは、誰もが心の内で分かっていた。
「これから……どうしよっか?」
耐えきれなくなって、カノンが僕に尋ねてくる。
僕は本題に入る前に、昨夜ペロがニナと話していた事がふと脳裏をよぎった。
「そういえば、昨晩ペロはニナと何を話していたんだ?」
「……ニナが森で、あのユールっていう女の人と出会った話を聞いていたアン」
「ユールってニナさんの隣にいた黒髪の人だよね? あの人は一体何者なの?」
「あの人は……この世界に闇の球体を送っている張本人だアン」
「ええっ!?」
思いもよらない発言だった。ペロはあらゆる街で起こっていた異変の原因を最初から知っていた上、その原因を起こした犯人も知っていたのだ。
気まずさを感じつつも、ペロはここで彼女達の存在について、赤裸々に話してくれた。
「ユールが言っていた『闇を使って、二つに分かれた世界を一つに戻す』話は事実だよ。
リアルもファアルも恐れる闇を世界の間に創る事で、互いが協力してその闇に立ち向かわせようとしているんだ。そうすれば、皆の心が一つになって、バラバラになっていた世界が一つになるんだって」
「ユールさんは世界を一つにするために、その闇をあちこちの世界にばらまいているの? でも、彼女だって一人の人間でしょ? そんな大役をどうして彼女が……」
「それは分からない。でも、彼女は以前ペロ達が出会ったアラベルと結託して、リアルとファアルの融合に力を入れている。
ただ、その時にアラベルは、自身が研究した闇の中でも動ける影を使って、ついでに人の数を減らして世界を安定させようと企んでいるんだ」
「待って、影を創ったのはアラベルなのか?」
僕はてっきり闇に呑まれる事で、勝手に生まれてくる謎の生き物と捉えていたが、どうやらそれは違うらしい。あれはアラベル個人が作り出した、実験の成果だったのだ。
そしてアラベルは、世界が融合すれば人口が一気に増えるため、世界の秩序が乱れて折角一つになった世界が再び崩れると考えているらしい。そのため、闇の影響で混乱しているスキに、影で罪の無い人達を襲わせていたようだ。話をするにつれ、ペロの口調がだんだん怒りに満ちていく。
「影を使ったやり方は、間違いなくアラベルの勝手な行動なんだ。でも、ユールはそれによって人々がより団結出来るんじゃないかと考え、彼のやり方に同意した。
そして何よりも許せないのは、世界が一つになった時、それに貢献したのは自分達だと言って人々から評価を受け、そのまま世界を統合する独裁者になろうと考えているところだ」
「それって、いわば世界征服じゃない!?」
「リアルとファアルが融合すれば、この世界には神様の概念が流れ込んでくる。世界が起こした現象に貢献したとすれば、彼らは神の使いとか何とかって祭られて、少なくとも普通の人からは逸脱した存在になるんだ。
闇を使って絶大な力を手にしたとされる彼らが、その後に目指すもの……そんなの口にしたくない」
「それでペロちゃんは、彼らと対立しているのね。私も、世界が一つになるのは別に良いけど、そのために人々を襲ったりするのは反対だな。だから影は、やっつけなくちゃ!」
「でも、それも彼らの思惑なんだよな」
僕の言葉に、カノンは「あぅ……」と情けない声を零す。
影は危険な存在、人々を襲う危ない生き物。そういう意識を皆が持つ事で、人々は影を倒そうと団結し、心を一つにしていく。そうして、皆の感情が一致すれば、リアルとファアルは繋がって世界は一つになる。そうすれば、彼女達は……。
その時、突然僕の片目が熱くなり、久しぶりに不思議な映像を目の当たりにする。
場所はここと同じ空中。青々とした森を過ぎ海面が見えると、上空に奇妙な渦巻き状の雲がある。その雲の中へと入り、真っ白な世界を抜けるとそこには、セピア色の空が広がっていた。そして地上を見下ろすと、どこからか不適な笑い声が聞こえてくる巨大な漆黒の城が建っていた。
(あそこは……まさか……)
そこで僕の映像は途絶える。シュウヤを始めに探す時もこのような映像が見えて、そこに向かうと確かに彼がいた。これは間違いなく未来予知だ。
「ツバサ君、大丈夫?」
「もしかして、何か見えたの?」
きっとユールは、僕をあそこに向かわせて、決着をつけようと考えているのだ。だが、こんなものを見せられた以上、罠の可能性もある。彼女達を巻き込みたくない。
僕はここで、彼女達と別れて進むべきだと考えた。
「僕、降りるよ。ここから先は、一人で行く」
「ええっ!?」
「また馬鹿な事言ってるの!? 見えたんだったら教えてよ! ペロがそこに……」
「ペロは僕達の事、騙したよね」
「!」
本当はこんな言い方したくない。だが、あのような真実を告げられ、今まで一緒に旅をしてきた以上、そう思わざるを得なかった。
ユールが言った事が事実なら、ペロが自身の希望を守ろうとした事も事実かもしれない。今ここにいる人達から聞き出せない以上、僕はその真実を知る必要もあった。
ペロは、必死に僕を降ろさぬよう翼を動かす。危険から守ってくれているのかもしれないが、この旅を変えたくないという彼女の希望からとった行動なのかもしれない。
あの時もそうだったが、ペロは今回もまた、僕の希望を叶えてくれなかった。
「僕の希望だって、言ってたくせに!」
「待ってツバサ! ペロは、本当は……」
「もう知らない! 本当に僕の事を思っていたなら、もっと早くに教えてくれたら良かったのに。僕は、ペロの事を……」
「ツバサ……?」
分かっているんだ。彼女が何者なのか。彼女がどうして言えなかったのか。
分かっている。分かっているから、悔しかったんだ。
僕は宙に身を投げ出すと、剣を出さずに風を起こして、そのまま彼女達から去っていった。