BlueBird 第59話
闇が払われ、影がいなくなった村は、再び祭りの賑わいを取り戻し、眠らぬ夜を過ごしていた。
カノンとペロは、屋台を回ってすっかり満喫したので、宿を借りて一息つく。宿代は、ニナがお詫びにと言って出してくれた。そして、彼女はどうやら今までの事を話したいようで、それを聞くためペロは一旦部屋を後にする。カノンは寝室から手を振り、二人を見送った。
その後、部屋に入ってから暫く沈黙が続いたようだ。妙な時間に寝てしまったので、辺りがすっかり深い暗闇と化したところで、僕は目を覚ます。隣からカノンがクスリと笑って、僕の頬にそっと触れてきた。
「いっそ、朝まで寝ちゃってたら良かったのに」
「そう言われても……」
一度起きてしまったら、なかなか寝付けない僕にとって至難の業だ。
僕は軽く伸びをして、自分の体をぼんやり眺める。いつの間にか体の痛みや傷がすっかり癒えている。
(ペロが治してくれたのかな……)
「ペロちゃんは、ニナさんとお話し中だよ。二人が森を出てから、何があったのか話してるんだって」
「そっか……」
「大変だったね」
「……」
あの夜を送った翌晩も、また二人きりか。
今回は、特に体の異常も無く、突然彼女を不安がらせる事は無さそうだ。だが、日中の一件もあって、カノンはやはりどこか気の置けない表情を浮かべていた。
「ごめんな。色々と巻き込んじゃって」
「ううん、いいんだよ。私はこうなっても構わない気持ちで、ツバサ君について行ってるんだから」
「そっか」
カノンは、そういう人だったな。何となく口元がほころび、それを見てカノンも笑った。同じような事を考えたのかもしれない。
「本当、ツバサ君は相変わらずよね。すぐ何でも自分のせいにして、償うためなら危険も顧みず飛び込んじゃうんだから」
「ごめん……」
「でもよかった。それでもやっぱり、約束は守ってくれたね。私、あの時一瞬、約束破られちゃったのかと思ったんだよ?」
「昨日の今日で、それは無いよ」
「アハハ! そっか~、そうだよね」
それに、こんな形で終わる訳にはいかない。
まだシュウヤも見つけていないし、あの黒髪の女性が言っていた事も気にかかる。ペロとも何も話していない。そんな中途半端な形で終わってしまうのは、さすがに心残りが多過ぎる。
だから……まだ……
「僕は、まだ……」
「ツバサ君?」
いつの間にか声に出ていたようで、僕は慌てて彼女に笑みを向ける。しかしカノンは、今回は笑い返さず、そのまま僕に自身の腕を絡めてきた。
一気に距離が近まり、僕は自分の体が熱くなるのを感じる。確か、こういうのはペロの前でやっちゃいけない約束だから、彼女が戻ってくる前に離れないといけないが……
「ツバサ君、自分の心にだけは正直になってね」
「……?」
今度はカノンが僕に顔を埋めて、静かに言葉を綴った。月の光が何となく眩しい。
「どんなに他人を信頼していても、どんなにあなたが優しくても、自分にしか言えない思いがあるのは、皆同じ。だから、秘密にしている事があっても決して悔やまず、気負いをせず、自分に正直になって、それを思ってね。心の内にあるものも偽ってしまったら、あなたはきっと、本当のあなたではなくなってしまう」
「カノン……」
「どうか見失わないで。困った時は、いつでも呼んでね」
「……うん」
それを最後に、カノンは僕から距離を置き、再びいつもの笑顔が戻ってきた。
でも、その目はどこか刹那気で、どこか彼女じゃない気がしてしまう。そこにいるのは、間違いなく僕の大切な人なのに……
(あれ……?)
僕にとって、大切な人とは一体どういう人の事だろう。
そんな何気ない疑問は、ペロが戻ってきて、いきなり飛びつかれたら忘れてしまった。
二度寝は出来ないと言っていたのに、僕はあの後カノン達とぐっすり眠りについていたらしく、いつの間にか朝になっていた。僕が起きて暫くするとカノンが飛び起き、それに驚いてペロが飛び起きる。
夜遅くまで祭が行われていたのもあり、外はまだ眠っているように静かだったが、僕らは手早く身支度を済ませ、村を去る事にした。ニナをはじめとする村の人達に挨拶せず去るのは、少し気残りだったが、旅にひと段落着けば、また会いに行ける。
それに、僕にはそこまで時間にゆとりが無かった。
「行こっか」
「うん」
何か尋ねてくるかと思ったが、カノンは大きく頷き、巨大化したペロの上へ一目散に飛び乗る。最早、僕の考えは全てお見通しなのかもしれない。
「よーし、早速行こう! 突如姿を消す、ミステリアスな旅人さんになりましょう!」
「カノンは本当に楽しそうだね」
テヘヘと体を左右に揺らすカノン。それを見て笑みを浮かべるペロ。
僕は、彼女達が一体何を考えているのかよく分からないままペロの上に乗り、また広い空へと飛び立つ。