BlueBird 第55話
合流後、僕は暫くカノン達が選んだ屋台を、端から次々と買っては食べ歩き、久しぶりに満腹感を味わう。彼女達は、食べ物を口にする度、ランキングをつけて遊んでおり、現在タレがよく染みた焼き鳥を食べてから、甘いみたらし団子を食べるのがトップに来ているらしい。
「よーし、どんどん制覇していくアン!」
(まだ食べる気なのか……)
そろそろ僕は限界が見えてきたんだけど、と伝えかけた時、ペロは勢い余ってフードを被った人物と衝突事故を起こす。慌てて現場に駆け込み、ぶつかった人物に何度も頭を下げる。
が、そのフードの陰から見えた美しい青色のツインテールに、僕は思わず声をあげた。
「ニナ!?」
「ウィング……?」
すっかり片言になっていたが、彼女は間違いなくエミレスの森で出会った少女「ニナ」だった。彼女は深々とフードを被り直すと、人目を気にしながら僕の手を引いて場所を移す。
さっき彼女はこの村に戻ってきた事を祝われていると聞いたが、彼女はやけに隠匿姿勢だった。
踊りの会場を抜け、僅かだが人気が少ない広場に着くと、ニナは自身が英語で話していたのを忘れたかのように、ペラペラと僕らが即座に理解出来る言語で話し始めた。
「ごめんなさいね、面倒事に巻き込んじゃって。でも皆、私を見たらすぐはやし立ててうるさいから、こんな密やかな感じになっちゃっているの。でも会えて嬉しいわ、まさかここで再会するとは思わなかった!」
「あ、うん……僕もだよ」
あまりにも普通に話すので、話の内容が逆に頭に入ってこなかった。ペロもポカーンと口を開けて、宙に浮かんでいる。この場で最も状況把握に長けていたのは、初対面のカノンだけだった。
「初めまして、ニナさん。私はカノン。ツバサ君とは以前会ったみたいね。聞いたところ暫くの間、ここを離れてたみたいだけど……?」
「ええ、そう。巫女にされるのが嫌だったから、留守にしてたわ。けどこの街に悪霊が憑き始めたと聞けば、話は別ね。その者達を払うために、私は巫女としてここに戻ると決めたの。それで戻ってきたら、この様よ」
「なるほど、そうだったんだ」
ハンターとして銃を構えてた彼女が巫女とは、なかなか想像しにくいものがあったが、彼女はこの村で唯一の音姫と呼ばれる存在のようだ。その事をしっかり自覚し、悪霊から村を守るために戻ってきたというのだから、大した勇気だと思う。
ペロは開けていた口を閉じ、フルフルと顔を左右に振って意識を戻す。
「それで、その悪霊っていうのは一体何アン?」
「悪霊は、この村に突如現れては人々を襲う魔物よ。姿形は不特定、色んな種類があるのだけど……」
するとどこからか悲鳴が聞こえ、僕らは思わず振り返る。そこにはどこからか現れた黒い影が、広場の民に襲いかかっていたのだ。
「あれって……影!?」
「ツバサ!」
「分かってる!」
僕はニナをこの場から離れるよう指示した後、剣を呼び出し、その剣先を地面に突き刺す。反動をつけて激しい摩擦音と共に影へと接近し、噛みつこうとする黒い獣の背中を火花を散らす熱い剣で薙ぎ払った。影が消えたかと思うと、いつの間にか空から新手が襲いかかる。
「ツバサ君、危ない!」
すると、後方から何本もの光る矢が飛んで来て、僕の視界は満開の桜で埋め尽くされる。矢を放ったのはカノンだった。いつの間にか白い弓を握っており、影に対抗しようと戦闘態勢に入っている。
「援護するよ!」
僕達は、混乱する人々に影が近づかぬよう、次々と空から降ってくる影を着地前に片づける。
風を身に纏うと、僕は空中に留まって目の前にいる影を回転斬りで倒していく。何度も繰り返す事で徐々に勢いが増し、終いに側転をしながら影を斬り払う人間離れした戦術をしていた。
僕が見逃した相手は、カノンやペロが地上から倒していく。カノンが放つ矢は、影に当たると花火のような爆発音と共に、満開の桜を作り出す。これは影を倒すだけでなく、民衆の心を掴む力もあったらしい。
非常事態にも関わらず、酒で酔った人の一部は、演出の一つだと思って彼女の戦いぶりを鑑賞している。
桜吹雪の中、僕は残り数体になったところで、自身の体を高速回転させながら一体の影に向かって突進した。同時に影の後方からはカノンの光る矢が襲いかかる。僕の剣と彼女の矢が同時に当たると、影はたちまち巨大な桜の木へと姿を変え、その中から僕が桜を散らせながら飛び出し、次の影を奇襲していく。
これには拍手が沸き起こり、緊急時ではあるが、混乱を抑えるには絶好の機会だと思った。
僕は、残りの影を激しい暴風で一気に吹っ飛ばしてフィナーレとし、この戦いの幕を閉じた。影が消え、周囲の混乱が収まると、人々は歓声をあげながら僕らの元へ駆け寄ってきた。カノンは、有名人になった気分でとても照れくさそうだ。
だがその中には、人々と異なる考えを持つ人もいた。
「あなたが……あれを連れ込んで来たの?」
皆とは違う感想を伝えたのは、さっきまでフードで自身を隠していたニナだった。人々は彼女がいる事に酷く驚き、慌ててその場にしゃがみ出す。僕達とニナ本人を除く全員が、彼女に向かって頭を深々と下げている状況に、ペロは違和感を覚える。
すると、彼女の背後から一人の老師と思われる人物が現れ、さらに僕らの背後からも巨大な青髪の男二人が現れて、突然僕とカノンの両腕を掴み拘束する。
「何!?」
「離してよ!」
「私が申した通りでしょう。我々の秩序を乱し、この地に地獄を創ろうとした部外者であります。あの者達は祭らねばならない。だが、彼は巫女であるあなたの目的を阻害する……彼こそ悪魔に違いないのです」
「!?」
僕が驚いたのは、老師の言葉ではない。
このタイミングで起こった体の異変だ。僕は全身に激痛が走ったと思うと、握っていた剣を手から離し、そのまま宙づりになる。ペロが慌てて近寄ろうとするが、男の鋭い眼光で体が硬直してしまう。
これ以上動けば身が持たないと、自身の命の危険を悟らせる恐ろしい視線だった。
僕の前でカシャンと剣が音を立てると、ニナがゆっくり近づきその剣を拾いあげた。
「これが……あの方が求めていたもの……ノンリーサル」
「返すアン! それはツバサのものだアンよ!」
「いいえ、これは本来彼女の物であります。悪魔が手にして良いものではありません」
「ツバサも何してるアン!? 早く剣を戻すアン!」
「……」
手に力が入らない。視界が歪んで、頭痛がする。
気づくと、僕の目から未来使い特有の光が消えていて、僕は自身の体があの一線で軽く限界を超えてしまったのだと実感した。
ぼんやりと、聞こえていた気がする。僕が戦っている間、ペロがふとカノンに尋ねていたのだ。
――ツバサ……何だか戦い方が乱暴じゃないかアン?
(まさか、ここで体に来るとはね……)
動けず、反論する力も出ない僕に、カノンが今度は老師ではなくニナに異論を唱える。
「違うよ。ツバサ君は悪魔なんかじゃない。さっき襲ってきた影を倒してたの、ニナさん見てたでしょ?」
「……」
ニナの様子が明らかおかしい。さっきとはまるで別人かのように、冷たく、人を見下すような視線でこちらを睨んでくる。
これではラチが明かない。僕は何とか痛みに耐えながら、男にあるお願いをする。
「君達は……僕に用があるんでしょ? だったら、無関係な彼女達は……解放して」
「ツバサ!? 何言って……」
「いいから行って!」
これ以上の異論は認めないと、僕は彼女達を目で説得する。老師も、この意見には従ってくれるようで、カノンとペロを拘束から解放するよう指示した。自由を取り戻すと、カノンはすぐさま僕の元へ駆け寄ろうとしたが、僕の目を見てその足を止める。
「ツバサ君……」
「僕は大丈夫だから。カノンはペロを連れて、ひとまず逃げて」
これを最後の言葉に、ニナと老師をこの場を去り、男は僕を引きずりながら霧の中へと姿を消していく。後ろでペロが叫んでいるのが聞こえたが、僕はその内容を聞き取り前に、そのまま意識を失ってしまった。