BlueBird 第54話 ~ケルティッカ遺跡前~
その後、僕らは男に案内されて、彼女がいる村へと訪れる。
先程見た土色の遺跡は、ここの施設の一つだった。山に囲まれている中、突出している不思議な建物に目を奪われる僕に対し、カノンとペロは視覚より嗅覚が働いているらしかった。
「ツバサ君、良い匂いがするよ! それもとっても美味しそうな!」
「只今ここでは、彼女が戻ってきた祝いと共に収穫祭を行っているのです。この通りにある屋台は、自由に召し上がってくれていいですよ」
「本当かアン!?」
たちまち女の子達は、フンフンとわざとらしい鼻息を立てて、周囲を見渡す。そして、食べ物の匂いに嗅ぎ付いて、男の前を通り過ぎて直進し始めた。
僕はまるで獲物を狩るような目つきで走る彼女達に、肩をすくめつつも、男に一言断ってついていく。
人気の無かった道から、黄色やオレンジ色の光が点々と現れ、さらに進むと、木々に提灯のようなものが彩り華やかに飾られていた。
「ツバサ君、早く早く~!」
くるくると回りながら僕を呼ぶ彼女は、まるで無数の光に包まれて咲く花のようで、つい見とれてしまう。彼女達の元に辿り着くと、ペロが少し心配そうに首を傾げてきた。
「大丈夫? 顔が赤いアン」
「光のせいだよ」
少し走ってきたからと言い訳をしながら、僕は顔の熱を冷まそうと必死に仰ぐ。
また暫く進んでいくと、今度は奥から鈴や笛の音が聞こえてきた。さらには太鼓の音に合わせて両手を叩く音も胸打ってくる。ここに来て、ようやく僕らは人々が集まる祭りの会場へと辿り着いた。
勿論、彼女達の匂いセンサーが切れる事は無い。多くの楽器が独創的な演奏を奏で、人々がそれに合わせて踊る所を通り過ぎると、カノン達は、食事をしながらその風物詩を見ている人々の元へと走り出す。周辺には屋台や休憩所として設けられた施設が建ち並んでいた。
(ああ、もう……)
一度エンジンが入ってしまったのか、カノンとペロは夢中になって人だかりの中へと突っ込んで行く。僕は彼女達を見失わないよう、人混みをかき分けながら必死に後を追った。あらゆる方向から音や声が飛び交い、視界も頭も何だかグルグルする。
なるべく、この状況から抜け出したい……そう思っていると、突然僕の腕を誰かが掴んだ。
「!?」
そのまま僕は、体ごと持って行かれ、彼女達とは反対方向へと流されていく。
人混みから抜け出し、レンガ畳の暗い路地にまで連れられると、僕はようやく解放された。
顔を上げると同時に、どこからかろうそくが出てきて、連れてきた人の顔が浮かび上がる。一際装飾の凝った服装の女性が、わざとらしく髪を手でときながら話しかけてきた。
「この辺じゃ見ないわね。どこの箱入り坊や?」
「……」
「ねえ、あんな汚い所にいないで、お姉さんと遊ばない?」
女の人はそう言ったと思うと、突然僕の手を掴みレンガの壁に押さえつけてきた。嫌な予感がした。
僕は、「いいです」と手を振りほどこうとするが、突然全身に電流が流れ、身動きが取れなくなる。
(この人……ハヤテと同じ能力を!?)
「ダメダメ。一度かかると、もう逃げられないんだから」
女の人は、どこからか瓶を取り出し、その蓋を口で開けると先をこちらへ近づけてくる。装飾のために延ばされた長い爪が、押さえられている僕の肌に食い込む。
僕の目には、不敵な笑みを浮かべる女の人の顔が、薄暗い空間の中でもはっきりと確認出来た。
瓶から漂う怪しい香りで危険を察知し、乱暴ながらも剣を出そうとしたその時、突如一枚の薄い布が飛び出し、意志を持ったように女の手首をはたき落した。
女の手から瓶が離れ、謎の液体は土の床にじんわりと染み込んでいく。
「誰!?」
女の人が振り返ると、再び布が飛んできて、今度は彼女の頬をひっぱ叩いた。重心がずれ、女の人はそのまま気を失ってしまう。
呆然と立ち尽くす僕に、女を攻撃した布の主が肩をすくめながら溜息を零した。
「相変わらず女々しいわね。だから狙われるんじゃないの?」
暗闇から聞こえたのは、別の女の人の声。次に見覚えのある人影が布を垂らしながら現れる。
「全く、世話の焼ける……」
「ミリナリア!? どうして君がここに!?」
「バイト。今日限りなんだけど」
「ええ……」
「何その返事? 訊いてきたから答えてやったのに。そんなんだったら助けてあげない。ここであんたを倒して、女の餌食にしてやるんだから」
「すみません……助けてください」
「なら、よろしい」
聞いた話、どうやら彼女は、あの女の人に引っ張られている僕を偶然見つけて、尾行してきたらしい。
あの人混みの中見つけたというのは、奇跡としか言いようが無い。
「運も実力のうちね」
そう言いつつも、彼女はどこか嬉しそうだ。
布が蛇へと変化し、僕との再会を喜んでくれている辺り、やはり彼女は素直じゃないなと思った。
人が集まる場所へ戻ってくると、テーブル席を占拠しながら食事を堪能していたペロが、空になった串を振りながら僕を呼んだ。
「ツバサ! もうどこ行ってたんアンよ!」
「ごめんごめん……でも、偶然ミリナリアに会ってさ……あれ?」
お礼を言おうと振り返るが、既に彼女の姿は無く、代わりに一枚のチラシが落ちていた。そこには彼女が出演するダンスショーの案内が書かれている。
(本当、素直じゃないな……)
「わあっ、とっても綺麗な踊り子さんね! この方がニナさん?」
「違うよ。彼女はミリナリアで、旅をしている時に出会った人アン。でも、どうして彼女がここに……」
すると、周囲から僕らの会話を遮る大歓声が飛んできた。そして、皆が一斉にリズムを刻むようにして拍手を始める。何か見物があるのかと、二人は食べ物をくわえながら人々の視線に向かって進み、僕もついて行く。
すると、人の隙間から一人の女性が踊っている様子が見えた。その人物を見て、ペロは目を丸くする。
「みみみ、ミリナリア!?」
金髪の髪を優雅になびかせ、両手に持つベールのような薄い布を巧みに使い、小柄にも関わらず大胆な演技で観客を魅了している。魅了される観客には、カノンも含まれていた。
「凄い……」
桃色の布が波のように悠々と広がり、時に激しく荒れ狂う姿はまるで桜吹雪。そして、花の中から現れた一人の女神は、どこか切なげな表情で、その桜を散らしていく。
時にはこちらに向かって桜を吹き起こし、時には風で宙に舞わせる。
しかし、カノンは華やかで美しい容貌よりも、唯一居場所を間違えたような彼女の瞳にくぎ付けだった。輝きを失い、まるで獲物を狩るような緑色の目。その目には、どこか既視感があったのだ。
そして踊りの最後に、その瞳はカノンの目とバッチリ合う。
「え……」
「え……?」
歓声や拍手喝采の中、カノンとその踊り子だけは異世界に飛ばされたような感覚に襲われる。
周りの音が一切遮断され、彼女とカノンだけがその場にいるような……そんな不思議な感覚に二人は思わず息を飲んだ。
踊り子のミリナリアも一時肩をすくめていたが、口元に指を当て、フッと息を吹きかけながら何やら呟く。
「……だよ」
「え?」
「カノン? どうしたアン?」
ペロの声が聞こえた瞬間、先程までの静かな空間は消え、カノンは元の現実へと戻される。気づくと踊り子はステージに居なかった。
「あれ……?」
「大丈夫アン? ぼんやりしちゃって……もしかして空腹のあまりに意識まで朦朧とし始めたアン!?」
「まさか! それは無いけど……でも……」
カノンは、ゆっくりと僕に視線を向ける。その顔は、まださっきのダンスを見た余韻で夢うつつな様子だった。思わず顔の前で手を振ると、カノンは顔を左右に振って、
「すごかったぁ……!」
と、純粋な感想を告げた。感動した様子の彼女に、僕は満足だ。