BlueBird 第53話
翌朝、僕らは巨大化したペロの背に乗って、一晩休んだ丘を後にする。再び滅多に経験しない空の旅に、カノンは興味津々だった。僕も、影の気配がある場所がないか、地上を見下ろす。
「それにしてもツバサ君、手持ち少ないよね。サバイバル精神高い!」
「そんなつもりは無いけど……」
「そうなの? でも、ずっとこんな感じで旅してたら……お腹空かない?」
「うーん……?」
そういえば、僕らはハイラナシティで朝食をとって以来、何も口にしていなかった。ハヤテが舟を調達中の際、僕とペロは街で聞き込みをしつつ、パンや軽食となるものをつまんだ程度だ。
しかし、あれから激しい運動をしているものの、あまり空腹感が無い。
「何か、それどころじゃない気がするんだよね」
「ええ~ダメだよ! 腹が減っては戦が何とかだよ!」
「そう言うカノンこそ、あっちの空間に閉じ込められている間、食事はどうしてたの?」
ペロの質問に、カノンはうーんと指を顎に当てながら過去を振り返る。
幻の光に誘導されて、一人闇の空間に迷い込んでいたカノンだが、そんな彼女の口から出たのは思いもよらない内容だった。
「私は欲しいと思った時、いつでもどこでも出せたんだよね。今思えば、魔法みたいなお話だったな~……」
「みたいな、ではなくまさしく魔法だよ!?」
「いやいやそれを言うなら、ツバサ君だって魔法を使ってるかもよ? もしかしたら、未来使いの力で空腹感を抑えてたりして……」
「ええっ!? じゃあツバサは今、餓死寸前って事!?」
「何でペロが驚いてるの……?」
当の本人はこの落ち着きである。
正直、食事をする時間も惜しいと感じるところなのに、ペロは慌てて滑空体制に入り、キョロキョロと周囲を見渡す。
「皆、ひとまずご飯食べに行こう! ペロが今から急いで探すよ!」
「わーい! ちょうど私もお腹空いてきたところなんだよね。腹が減っては戦は出来る~!」
「ひらがな一つで意味が逆転してるよ……」
「うわあっ本当だ! ニホンゴ、ムズカシイ……って、それくらいお腹空いてるの! ベリーハングリー!」
日本と英語圏のハーフかつ帰国子女とは思えない発音だ。一度決めたら止まらないカノンは、ふわふわの毛の上でジタバタ駄々をこね始め、ペロは今までよりスピードを上げて飛行している。
ここで止める事は、不可能だろうな……と、思っていたその時、
僕の目が一瞬熱を帯びた。
「ペロ、下だ!」
「!」
僕の声を聞く少し前に、ペロも気配を察知したらしく、瞬時に体を横に傾けて下方から飛んできた火の玉をよける。状況を理解しきれなかったカノンは、咄嗟にペロの毛を掴み、小さな悲鳴をあげる。
「何!? 何が起こったの!?」
「どうやら、地上からペロ達を狙ってる奴がいる!」
「ええっ、どうして!? 私達、別に何も悪い事してないよ!?」
僕はふと、ハルマ達との最初のやり取りを思い出す。未来使いに対する解釈の違い……あの洞窟はリアルとファアルの混在が激しい場所だとも言っていた。
つまり、この地域はファアルの概念が強く流れている場所であり、未来使いに関する情報もまた……。
「ペロ、僕が先に降りる」
「何言ってるの!? まさかここから飛び降りる気!? 冗談じゃないよ!」
安全を第一に考える者として、また常識的に考えて、ペロの意見は最もだと思う。だが、もし相手が僕を標的としているなら、ペロやカノンを巻き込んでいる現状は、僕にとって許せない事だった。
それに、僕はここから宙に身を投げ出しても、生き残れる自信があった。何故か恐怖も不安も感じなかった。
「ダメ! 馬鹿な事言わないで!」
「ペロちゃん危ない!」
ペロが僕を降ろさぬよう、翼を動かしている間に次の一手が放たれていた。ペロは咄嗟に攻撃をかわすものの、その後に吹き荒れる熱風でバランスを崩し、そのまま地上へと急降下していく。くるくる回転しながらの落下に、僕とカノンは必死でペロの毛を掴みながら堪えた。
土壁の巨大な遺跡が見えたところで、僕らは山奥へと吸い込まれていく。
こうして木が生い茂る場所を訪れたのは、これで三回目。ニナ達の住む村と、ペロが巨大化するきっかけとなった島、そして不本意ながら辿り着いたこの場所だ。
(厳密には不本意じゃないけどな……降りようとしてたし)
ペロが地面に激突する直前、僕は剣を地面に向かって投げ、激しい突風をクッション代わりに彼女の体を無理矢理浮かせ、無事に着地する。木の葉が毛にまとわりついて邪魔そうだったので、僕とカノンはここで降りて、ペロを身震いさせる。
「大丈夫? ケガはない?」
「私は全然。でも、ツバサ君が風起こしてくれなかったら、ピンチだったかもね……」
「見つけたぞ」
草陰から男の低い声が聞こえてきた。僕達は先程の奇襲もあり、すかさず武器を構え、攻撃の姿勢をとる。これを向こうは、「おっと」とわざとらしい台詞を零し、突然笑い始めた。
「待った待った。あのような無礼をしたのは、すまない。だが、我々は決して敵意を向けたのではないのだ」
「?」
そして再び草木が揺れたと思うと、男が両手を上にあげながら現れる。珍しい空色の髪を持ち、上半身は革ジャケットのみを着ていて、そこ以外は小麦色の肌がむき出しになっている。その髪色を見て、僕とペロは一瞬森で出会った少女を思い出す。
一方カノンは武器を仕舞い、
「ならどうして、私達を攻撃してきたのですか?」
「あれは、あくまで君達の気を引かせるためだったのだ。君達ならこの程度の攻撃、難無く避けれると彼女から聞いていたからね」
「彼女?」
「知っているだろう。俺の髪を見て、どうも様子が違うからな」
すると、男はまるで僕らの思考を読んでいたかのように、その少女の名前を唱えた。
「ニナだよ。我らの種族で唯一の音姫だ。彼女は一時この里を離れ、踊り子となる事を拒んでいた。だが、つい先日この地に戻ってきて、そこで君達の事を聞いたのだ。女髪を持つ緑目の優しき少年と、大きな翼を持つ美しき獣、と絶賛していたよ」
「へえ~、音姫さんかぁ……ツバサ君達、そんな方に会った事があるんだね」
「うん。そうみたいだけど……けど……」
もしそうだとすると、僕とペロには一つ疑問があった。これは特段大したものではないが、とても印象的なやり取りをしていたので、どうしても気になってしまう。ペロは巨体から元の姿に戻りつつも、青髪の男に尋ねた。
「あの……ペロ達が知ってるニナって人は、確か物凄く英語を話してたけど……」
「ああ、あれは自身の事を悟られないために行っていた演技だ。彼女も、君達と同じ言葉を生まれつき話す」
「「そうだったの!?」」
あんなに苦労して理解したのは、水の泡だったのかと僕とペロは肩を落とした。
カノンが苦笑いしながらフォローしてくれるが、もしあの時、ハーフかつ帰国子女の彼女がいればよかったなと、一人仮定願望に浸るだけだった。