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Blue Bird ~fly into the future~ 完結版  作者: 心十音(ことね)
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BlueBird 第52話 ~休息~

皆が眠りについた頃、僕は静かに立ち上がり裏山へと足を運ぶ。

何となく眠れず、じっとしているのも退屈だったので、少し近場で別の景色を眺めたい衝動に駆られたのだ。草木をかき分け、なるべく音を立てないように注意しながら、僕は一際大きな木の麓で歩みを止める。枝葉の隙間から、僅かながら月の光が射し込み、ここはほんのり明るい。僕はそんな木の傍で腰かけようとしたが、その前にふと根元の土を両手でかき出す。

胸の奥が熱い。喉元で嫌な空気が溜まっている感覚に襲われる。

だんだんそれは濃くなって、ついに腹部も悲鳴をあげるかのように激しく動き出した。



僕は、吐いていた。

いつの間にか、先程作った穴に酸っぱい液を吐き出していた。



「はぁ……はぁ……」


肩が激しく上下し、頭がぼんやりしている。少し頭痛もあった、けどそれより胸元や腹部の方が苦しかった。

土で汚れた手を胸に当て、鼓動が早まっているのを感じたのも束の間、僕は再び激しい吐き気に襲われた。


(何で……)


言葉よりも先に体から液が喉を通り、僕は暫く嘔吐を繰り返す。しんどいのを通り越して、疲れてきた。死にたいとすら思えてくる。


(何で……!)


すると、どこからかガサガサと草木が揺れる音がした。少し後に、嘔吐き続ける僕の背中にそっと誰かの手が当てられる。


「!?」

「苦しいね。今は吐きたいだけ全部吐いちゃおう。心も体も空っぽにして、少し気持ちを軽くしよう?」

「か……の……」

「大丈夫。大丈夫だよ」


優しく背中をさすってくれるカノンに、僕は目からもしょっぱい水が溢れ出た。咄嗟に手で拭おうとするが、彼女がさすっている方とは反対の手で止められる。


「そんな汚れた手で擦っちゃダメ。目が傷ついちゃう。今は全部流してすっきりしよう。ね?」

「う……うぐ……」

「大丈夫だよ。今は心を空っぽにして、後で嬉しい事や楽しい事をいっぱい心に詰めよう。手伝ってあげる」

「うん……うん……ごめん、ごめんなさい……」

「いいよ」


どうして謝っているのか分からない。

彼女に迷惑をかけたから? こんな情けないところを晒してしまったから?

それでもカノンは、ひたすら謝る僕を何度も許してくれた。「いいよ」と、優しく言いながら、いつまでも僕の頭を撫でてくれた。



暫くすると、吐くものを全部吐ききったらしく、僕は気持ちが楽になっていた。

彼女が言った通り、何だか気持ちが軽くなった気がする。しかし、一度覚えてしまった不快感はなかなか拭い取れず、カノンの声や辺りの景色は何だかぼんやりとしていた。

また涙が出てくる。もう十分泣いたはずなのに、未だ僕の目からは例のしょっぱい水が溢れるようだ。

カノンは僕を寄りかからせ、代わりに涙を拭ってくれた。

いつまでも謝ってばかりではいけないと、僕はカノンにかすれ声で話しかける。


「カノン……」

「なぁに?」

「カノンは……前に言ってた約束、今も覚えてる?」


以前、カノンと交わした約束。

それは、彼女の母親が亡くなった直後、僕がカノンに心の支えになると誓った日に交わしたものだ。ほとんど彼女が一方的に決めた事なのだが、僕はカノンの意思に応えようと、それから自分の身の事もちゃんと考えるようになった。


――これ以上、大切な人を失って生きる事は出来ないから……ツバサ君が死ぬ時は、私も一緒に連れていってね。



「勿論、覚えてるよ。片時も忘れた事無い」

「そっか……」


僕としては、忘れてくれてた方が嬉しかったのだが、彼女の性格上それは叶わぬ願いであるのは、薄々気づいていた。

なら、この事はなるべく早く、彼女に伝えておかなくてはならない。


「あのさ……」

「うん?」

「カノンには……本当に感謝してるんだ。だから君には幸せになって欲しい。いつまでも……笑っていて欲しい」

「うんうん」

「だから……その……僕は……」


再び涙が邪魔してくる。今度は何故か上手く堪えきれず、僕はそのまま彼女に顔を埋めて泣き始めた。

もう思考も回らない。次に出す言葉が何か分かっているのに、嗚咽が出るばかりで全然声が出ない。

最低だった。どこまでも情けなかった。

それでもカノンは、黙って僕の泣く声も謝る声も言葉にならない声も、全部受け止めてくれた。






   *


「やっと眠ったアン?」


元の場所へ戻り、半ば強制で膝枕させられ、彼が寝息をつき始めた頃、ペロが彼女に問いかけた。カノンは、ペロと最初に交わした約束を思い出しあわあわとするが、ペロはクスクス笑って「いいアンよ」と許してくれた。


「ツバサがそうやって甘えるのは、久しぶりだからね」

「甘えてるというより、私が無理矢理甘やかした感じだけどね」

「今はそれで十分アン。そうしてツバサが安心出来るのは、カノンがいてくれるおかげアン。ありがとう」

「そんな。私はただ、ツバサ君にはもうちょっとだけ肩の力を抜いて欲しいだけなの……」


静かに眠る顔を眺めていると、カノンは少し切なげな表情を浮かべる。ペロが心配そうに寄り添うが、カノンは自分の事ではないと首を左右に振った。


「ツバサ君……かなり焦ってるみたいなの。シュウヤ先輩の事もそうだし、闇の件だって任されちゃってる訳じゃない?」

「後半に関しては、あまり深く考えないように促してるつもりだけどね……ハルマ達に会ったせいで、今後はそう簡単に気を紛らせそうにないアン」

「やっぱりそうだったんだ」


気づいていた。

闇の件を話すと、すかさずペロは「本来の目的はシュウヤを見つける事だ」と、思考の路線を戻している。ペロにとって世界の事は二の次で、これ以上彼に負担をかけさせたくないからという優しさ故だった。

ただでさえ不安な状況で、おまけに未来使いの力があるという事は、それだけ命の危機に晒されているという事なのだ。いつ壊れてもおかしくない。さっきの出来事だって、彼が決して皆には見せなかった心の叫びだと思う。彼の心は、ずっと裏で悲鳴をあげていたのだ。


「それに……」


すっかり伸びて、きしんでしまった彼の髪に触れながら、カノンは苦し紛れの声でペロに伝える。


「ツバサ君、本当に時間が無いみたいなんだ」

「どういう意味?」


ペロの疑問にカノンは答えない。

ただ唇を軽く噛んで、今まで一度も流さなかった涙を、初めてここで一つ溢した。ペロはギョッとして、すかさず彼女の肩に乗って犬らしくそっと彼女の頬を舐めた。カノンは、笑みを浮かべながらもほんのり赤くなった目をこすって、再び膝元で眠る彼を見た。


(だって……普通、あんな事言わないじゃない)


自分の懐で泣きじゃくる中、彼は「死にたくない」と呟いていた。



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