BlueBird 第50話
それにしても、強化魔法を使うとか、世界の原理に詳しい辺り、彼らはファアルから来た者と考えて間違いないだろう。そして、今のカノンの反応やヒノの発言から、僕らがリアルの人間である事も彼らは把握済みだ。
概念が流れ込んできている事象はあったが、反対側に住む者とこうして出会うのは初めてだ。これはあのペロも例外ではないようで、さっきからヒノの事を警戒しつつも興味深そうに見つめている。
「にしても……あんたら、ほんまに何も知らんのやな。流石にそこまで間抜けな面されたら、ワイも心配になってくるわ」
「そりゃそうアン! いきなりツバサを悪者呼ばわりして襲ってくるんだもん! ツバサは未来使いだけど、決してそんな酷い事をする人ではないアン!」
「それに、ファアルの世界でも影が出てるって本当なの? だとしたら一大事よ。早く何とかして影の侵攻を止めなくちゃ!」
「うん、それは僕らも思ってるよ。だから、影を操る親玉を懲らしめて、影を根本から消そうって事になったんだけど、それでヒノが突然『犯人は未来使いだ!』なんて言い出すから……」
「なっ……ちゃうちゃう! ワイは未来使いなんて上級魔法の持ち主が、リアルに居るのはおかしい思って、その原因を突き止めるために、一番リアルとファアルが混じりやすいこの場所に、光の通気路を創ったんや!」
「やってる事と言ってる事が違うアン」
ペロから鋭い眼光が飛ばされ、ヒノはさっきまでの大柄な態度から一変し、まるで本物のウサギみたいにプルプル震え始めた。流石にかわいそうになってきたので、僕はペロをなだめにかかる。ヒノは必死に言葉を探して、口をパクパクさせながら、苦し混じりの言い訳をする。
「それは……その……ちょっと早とちりしてしもてん。早よ闇消さな世界が潰れちまう思うと、ジッとしてられんくってな……」
「そんなに深刻なのか?」
「かなり闇に呑まれてるみたい。僕の周りはまだ安全だけど、ある地域は完全に闇に染まっちゃって人も精霊もいないんだ」
「おまけに神のお告げでは、一刻も早く真実を突き止めないと、時を翔け、生命を結ぶ者が消えるとかって言われててな。よく分からんけど、何かヤバい事が起こるのには違いないんや」
「時を翔け、生命を結ぶ者……」
「何だか、ツバサ君みたいだね」
カノンの言葉に、ハルマとヒノは思わず互いを見合わせ、「どういう事?」と言わんばかりにズイッと顔を近づけてくる。
彼女が僕みたいと言ったのは、恐らく未来使いの能力を想像したからだろう。未来予知をして、命の危険を察した時、何らかの力を使って必然的にその危険を回避する。先の時間を見て、命の危機を逃れるこの能力は、確かに「時を翔け、生命を結ぶ」という言葉の意味と合っている。
僕から未来使いの能力に関する説明をすると、再びハルマ達は驚きを隠さんばかりの表情で互いを見て、「本当!?」と今度は口に出して問いかけてきた。
「その話が本当だとしたら大変だよ! 僕達、完全に勘違いして……」
「いや待ち! もしかしたらこやつらが、ホラ吹いてる可能性も……無いか」
再びペロからの眼光に怯えたヒノは、すかさず自分の発言を訂正する。完全に彼女には敵わない相手となってしまっている。
僕は彼らが何故未来使いの事を知っているのか、あと何だかこちらとは正反対そうな能力である「過去探し」についても気になって尋ねてみた。すると、ハルマは少し気まずそうに、でも正直に、自分達が思っていた未来使いの印象を話してくれた。
「僕達、未来使いを別名『死神』って呼んでたんだ。人の寿命を吸い取って、自身の寿命を伸ばし生きるものだと思ってた。そして、僕らはある人から未来使いが自身を不死身にしようと企んでるって聞いて、そのために影を使って沢山の人から一気に寿命を吸い取ってると思ってたのさ」
「ところがどっこい。実態を聞いたら、今の話とはあまりにかけ離れとったからなー……でも、あんたの顔見てると、ほんまに死神とは思えんし、寧ろ今言われた話の方がめちゃしっくりくる。ワイらは、まんまとそいつに騙されちったって事やな」
「因みに、その話を持ちかけたのって誰?」
「えっと……リアル側の君達に分かるかどうかは微妙だけど、確か『ライトミール』って名前だったよ」
ライトミール……初めて聞く名だ。
僕は一瞬アラベルを疑ったのだが、どうやら彼はこの件に関与していないらしい。
(流石に彼でも、リアルとファアルを移動する事は無理か……)
「えっと……これで疑いが晴れたのは良かったね。でも、どうしてさっき二人は目を酷く痛めたの? 力を封印するとかなんとかって言ってたけど……」
「あーあれはな、あんたの未来使いとハルマの過去探しが似たようなタイプの能力やからや」
「過去探しは、己の知らぬ過去を見て、そこで出会う様々な偉人から力を授かる力……未来使いの親戚なんだって」
「そやで。あんたが未来を知るのと同じように、こやつはあらゆる過去を知る事が出来るんや。あんたが予知なら、こっちは既知って訳。
ほんで、そこで出会った神含む様々な偉人の力をコピーする。一度覚えた力は、ハルマのオリジナルになって、いつでも使えるようになるっちゅー寸法や!」
「未来使いと違って咄嗟な事は出来ないし、親戚の割にあんまり大した能力じゃないんだけどね」
「え、いや……凄いよ!?」
寧ろ僕よりも優れてる気がする。神含む様々な人の力を我がものに出来たら、彼に敵う相手はどこにもいないのではないだろうか。使えば使う程強くなる能力、過去から自身の力に繋がるものを探す力……僕は十分親戚に匹敵するものだと彼に伝えた。
「あれ、そっかなー? でも、そんな気もするー……えへへー」
単純だな、とハルマ以外の一同が思った。
しかし、親戚だからという理由で何故目が痛くなるのかは、説明されていない。すると、今度はヒノがどこからか本を呼び出し、難しい文字がびっしり書かれたページの一部を指差す。
「魔導書によれば、魔法にはそれぞれ階級が存在する。そして、階級が上位になればなるほど、一つの空間で使える数が制限されるんや。
ほんで過去探しや未来使いみたいな、所謂『時空』魔法は第一級魔法。これは、一つの空間で一つしか発動出来ない。
おまけに、この二つの能力は、使おうと思わなくても勝手に発動するから、今みたいに無理矢理封印させんと、魔法ルールを破った罰としてあの痛〜いオシオキが下されるって訳や」
「なるほど……親戚なのに、相容れないんだね」
「まあ、こっちの世界では割とよくある事やけどな。それにしてもあんた、リアルにおるのに、一体どこで未来使いなんて能力使えるようになったんや?」
ヒノの質問に、僕は上手く答える事が出来ず、ペロに助け舟を出す。
ところが、ファアル側の人相手にペロもどう答えたら良いか分からず、結局その舟は虚しく沈んでいった。答えるのに戸惑っていると、ヒノは一瞬眉間にシワを寄せたものの、「まっ、ええわ」と本をパタンと閉じて、あっさり質問を引っ込めてくれた。諦めが早くて安心したと、僕とペロは同時に胸を撫で下ろす。
すると、今まで説明をするばかりで、あまり自分から発言しなかったハルマが、突如僕の前に駆け寄ってくる。
「あの……未来使いさん!」
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はツバサ。彼女がカノンで、この子が……」
「ペロやろ。もう散々聞いたから覚えてもーたわ」
「ペロ『さん』、だアン」
「あ、はい……ペロさん……」
今まで敬語を請うような真似はしなかったのに、すっかり驕り高ぶってるペロに、僕は流石にストッパーを掛けるよう指示した。ヒノは、さっきからペロに視線を外さぬよう気を遣っている様子だったので、僕は苦笑いして彼をなだめた。
話を戻して、僕は目を宝石の如くキラキラ輝かせているハルマに視線を向ける。
「ツバサ様!」
一同が吹き出し笑った。僕は笑いつつも、あまりの恥ずかしさに顔を赤らめる。
「呼び捨てでいいよ」
「えぇ……じゃあツバサ兄ちゃん!」
百歩譲って許そう。このままでは、なかなか本題に入れない。
「えっと……何だい?」
「僕、過去探しの力を持ってしても知る事が出来なくて、でもどうしても知りたい事があるんです!」
「過去探しでも知れない事? そんな大それた事を、教えれるかは分かんないけど……何かな?」
「あの! ……リアルってどんな感じなんですか!?」
「へ?」
すると、緊張が解けたのか突然僕の両手を掴み、一気に距離を縮めてくる。僕の視界には、目をキラキラと輝かせるハルマの瞳でいっぱいだ。
「リアルって、自分で色んな物を作るんですよね!? クールマーとかキッテンとか……魔法が無くても料理が出来たりとか!」
「えっと……」
「聞かせてください、リアルの事! これだけは、僕の好奇心や過去探しでは、解決出来ない事なんです!」
ぐいぐいと引っ張ってくるハルマに僕は目を回しながらも、何とか答えようと試みる。
でもまず、クールマーは車の事で、キッテンはキッチンの間違いである事から教えてあげた。